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話が決まると、三人は絵画教室として使われている部屋へと


移動した。



家具がなく、椅子がいくつか置かれているだけの


がらんとした部屋だった。



部屋に入ったイチは


壁際に置かれた椅子に座り、困ったような顔をして、


あとの二人を見上げていた。



二人は激しく言い争っていた。



「絶対に嫌。エームがやってよ」


「駄目。モデルはサラの方がいいわ」



イチの絵のモデルにどちらがなるかで、


二人は喧嘩していた。



サラはどうしてもモデルになりたくなかった。


自分の顔は嫌いではなかったが、


絵に描かれたいと思うほど好きでもなかった。



「教室に貼るんでしょ。絶対に嫌!


 自分の顔なんて、毎朝鏡で見てるのに、


 紙に描いたのまで、毎日見たくないわ!」



サラの言葉に、エームは首をふった。


「何度も作戦を説明したでしょ。


 まず、イチが絵を描いて、ここに貼る。


 イチの絵を見て感激したおじさんが、『緑の乙女亭』に来る。


 感激したおじさんから、イチとあたしが、


 うまく『秘密の店』の場所を聞きだす」


 

「本当に、そんなに上手くいくと思ってるの?」


サラは腕を組み、ちょっと馬鹿にしたようにエームを見た。



「他に方法が思いつかないんだから仕方ないじゃない。


 さっきまでは、サラも、これしかないって言ってたでしょ」



「だって、私の絵を描くなんて思ってなかったから」


サラは口を尖らせ、そっぽを向いた。



「サラ。諦めて。ここに立って。


 あたしより、サラがモデルの方が、絶対に効果的なの」



エームは嫌がるサラを無理やり窓辺に立たせると、


イチに言った。



「イチ。雑貨屋のおじさんが、


 思わず『緑の乙女亭』に走ってくるような絵を描いてよ」



「まかせてください」


イチはにこやかに言うと、


いつも持ち歩いているあの古い鞄を開き、


てきぱきと用意をしはじめた。



そんなイチが気に入らないのか、


サラが、ふて腐れた顔をして言った。


「それにしても、意外よね!」



「意外って何が?」


爆発したようなサラの髪を、


なんとか整えようとしていたエームが聞き返した。




「イチは、からくり人形なんかには


 興味がなさそうなタイプなのに、


 こんなに熱心に協力するなんてね!」



「からくり人形に興味がないタイプって、


 どんなタイプよ?」



エームは可笑しそうに聞いたが、


サラの返事はとげとげしかった。



「何言われても、にこにこうなずくだけ。


 騒がない、怒らない、ろくに喋らない、感情がない、


 そんなタイプよ」



「ねえ、ちょっと、それ失礼じゃない?


 モデルをするのが嫌だからって、


 イチに八つ当たりする事ないでしょ」



エームがサラを睨みつけた。



サラは、ふて腐れたように口を尖らせていたが、


自分でも、イチに八つ当たりしていると


気づいていた。



イチは確かにあまり喋らないが、まったく喋らないわけじゃないし、


ずっとにこにこしているが、感情がないわけじゃない。


それは分かってる。


しかし、これだけ言っても、ちっとも怒らないイチを見ていると、


イライラした。


それで、また言ってしまった。



「だって本当の事でしょ。


 感情がないなんて、人間じゃなくて、植物みたい」



「サラ!!」



「いいんですよ。エームさん。


 よく言われる事ですから」



イチはあまり気にした様子もなく、怒り出したエームを止めた。



「だって、イチ」


「いいじゃない。イチは自覚してるみたいだし!」


サラは自棄になって叫んだ。



イチは困ったようにうなずき、


自分の黒い髪に手をやると、静かに言った。



「髪を切ってから、ずっとこうなんです」



エームとサラは、ぽかんとして聞き返した。


「髪ですって?」



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