←前のページ    目次 登場人物   次のページ→


今日もまた店番を押し付けられていたサラは、


ビスケットが詰まった籠を見た途端、手を叩いて喜んだ。



そしてエームから、『緑の乙女亭』の主人が、


どんなふうにこの籠を手放したのかを聞くと、


涙が出るほど笑い転げた。



「私もエームも、自分の父さんには苦労してんのよ」


やっと笑い終わったサラが、イチに言った。



「そのようですね」


イチは苦笑しながら、うなずいた。



三人はまた、雑貨屋の棚に囲まれた狭苦しい空間に椅子を並べ、


白いカップでお茶を飲みながら、ビスケットを食べていた。



妙に心安らぐ場所その場所で、


エームは、憂鬱そうに背中を丸め、


長いため息をついた。



「なんだか最近、うんざりするのよね。


 あたしがどう言えば、父さんがどう行動するか、


 深く考えなくても、分かるようになってきた事に」



サラは、慰めるようにビスケットを一枚差し出して言った。



「ビスケットでも食べて元気出してよ、エーム。


 私も同じだから、気持ちは分かるわ。


 子供の頃からずっと父さんに困らされてきた結果だもんね。


 ほんと、うんざりする」



しかし、サラはちっとも、うんざりしてるようには見えなかった。


エームから受け取ったビスケットのつまった籠のせいだ。


それを膝の上に置いて、


好きなだけビスケットをかじっているサラは、


ずっと満足そうな笑顔を浮かべていた。



「それで、イチは、うちの絵画教室用に絵を描いてくれるの?」


ビスケットの匂いを吸い込みながら、


幸せそうにサラが聞いた。


イチはにっこり笑ってうなずいた。

「そのつもりです」



「ありがとう、イチ」


サラは籠からビスケットを二枚つまみあげ、イチに差し出した。


お礼のつもりらしい。



「生徒さん達も喜ぶと思うけど、きっと一番喜ぶのは父さんね。


 父さんはああ見えて、本当に絵が好きだし、


 自分でも綺麗な絵を描く事に憧れてんのよ。


 たぶん、イチの絵を見たら、生徒さん達より先に


 緑の乙女亭に行くはずよ」



背中を丸め、ぼんやりとしていたエームが、


急に勢い良く体を起こし、サラに聞いた。



「絵に感激したら、おじさんはイチに


 『秘密の店』の事を教えてくれるかしら?」



サラは呆れたようにエームを見た。



「まだ、あの店の事を言ってるの?


 昨日も言ったけど、無理よ。


 どうしてだか分からないけど、父さんはあの店の事になると、


 すごく口が堅くなるの。


 たぶん、自分好みのガラクタを沢山置いてある店だから、


 誰にも教えたくないんだと思う」



「でも、おじさんはその店からからくり人形を


 買って来たのかもしれないんでしょ」



サラはうなずいた。


「たぶんね。


 でも、町のどの辺りにあるのかも分からないし、


 『秘密の店』っていう名前だって、私が勝手につけて呼んでるだけだし」



エームはそれでも目を輝かせてサラに言った。



「サラなら探し出せるでしょ。


 おじさんの隠した物を全部探し出せるんだから


 それにサラはすごく頭がいいもの」



急に褒められたサラは、顔をむずむずさせていたけれど、


結局最後には、にいっと笑って、自信たっぷりに、うなずいた。



「もちろんよ。


 私が本気で探せば、必ず見つけ出せるわ。


 今までは探す必要がないから探してないだけ。


 でも、ヒントはもう見つけてる」



「ヒント?」


エームが尋ねた。



「そう。ヒントよ。


 私もエームと同じで、


 何も考えなくても、父さんが何処に何を隠してるのか


 ヒントくらいは分かるようになってんのよ」



「それは何?」


エームが期待をこめて聞いた。


サラはにやっと笑った。



「ビスケットよ。不味い方のね」


←前のページ    目次 登場人物   次のページ→