夜通し雨がタープを打ち付けていた。強い雨が降っても大丈夫なようにいつもより細引きを増やして張ったので、タープの下はとても快適であった。少し横になったが、うとうとするぐらいで熟睡はしなかった。


朝を迎えても雨は降っていた。どうも体調が良くない。風邪をひいたのかもしれない。のろのろと起き、アルコールストーブでごはんを炊く。しかしほとんど食べられず、アルミホイルに炊きたてのごはんを包んでおにぎりを4個作った。



8時15分、権七小屋谷を出発。僕が先頭に立つ。歩きにくいところは躊躇せず巻き道を利用した。途中、少しペースが速すぎたので効率重視のルート取りから一転、楽しそうなルートを選択することとした。岩壁をへつったり滝をまたいだりしながら2時間で吐野到着。沢タビを脱ぐ。



11時00分、大休止の後、登山道に上がる。五葉ダキ付近でだいちゃんが一度目の転倒。怪我は無かったが少し疲れているようにみえた。「疲れた?」と聞くと「大丈夫」と返ってきたが、ここで休憩を取るべきだった。その直後、11時30分にだいちゃんが再び転倒。ぬかるみの上でしばらく動けない。ザックを身体から離し、少しずつぬかるみから移動させる。転倒の際にブチッと音がしたとのことで、どうも靱帯が切れているようであった。

40分ほどその場で安静にしていても痛みがひかず自力歩行は困難であるように思えた。しかし、空身であれば全く歩けないというわけではなさそうだった。転倒場所に折れて間もない大きめの枝が落ちていたことからそれを加工し即席の杖を作った。登山道上に落枝はたくさん落ちているものの、そのほとんどは枯れ枝であり、少し力を入れると折れてしまう。ほぼ生枝に近い丈夫な杖を得ることができたのは幸運だった。

荷物を放棄し、ロープでだいちゃんを確保しながら下山しようか。それとも背負って下山するべきか。様々な方法を考えたが、だいちゃんの状態や現在の時間などを総合的に判断して私がだいちゃんの荷物を背負い、その上に自分のザックをしっかり固定して先に下山することとした。大崩山荘まで下山すれば非常用の救急用具があるかもしれないという淡い期待もあった。その間になじゃがだいちゃんをサポートし、少しずつでも下山してもらうことになった。

昨年であれば1人分のザックが30kg近くあっただろうに、最近は軽量化を志向していてとても助かった。ザックオンザックのため重心が極端に後ろにふれ怖かったが、それもすぐに慣れた。こういうことがあるなら登山靴を履いてくるべきだったが、これぐらいの重さの荷物を担ぎ屋久島ゼロtoゼロを何度もやった実績があり、足下の不安は全く感じなかった。実際に歩いてみて分かったが、重い荷物を担ぐと地面に根が生えたように安定感が増す。面白いように足が前に出た。

危険なところは慎重に。万一転倒しても大事になりそうにないところは駆け足でずんずんと下山していった。通常なら休憩を挟む時間になったが、構わず下り続けた。下りはスピードが出る。非常時で冷静に歩くことができなかったのかもしれない。不意にバランスを崩し久々の転倒。すぐに身体を斜面に押しつけそれ以上の滑落を防いだが、痛みでしばらく動けず。ここで僕が行動不能になるような、そんな情けないことになったらまずい。痛みで朦朧とする頭を落ち着かせるために大休止を取ることとした。痛みを感じる部位は見なかった。骨の痛みではないので少し休めば大丈夫だろう。

ザックを投げ出し小岩に腰掛けた。膝を曲げ、その上に自分の頭を乗せた。ぼんやりとする頭にいろいろな思いが浮かんできては消えた。だいちゃんはいまこうしているときも痛みを我慢して少しずつ下山しているだろう。無理をしなければ歩くことすらできないのだ。杖をついたところが緩くて再び転倒するかもしれない。岩場のトラバースで足を踏み外すかもしれない。そうなれば、たとえ無事であったとしても自力で崖を登り返すことはできないだろう。なじゃ一人ではとても対処ができない。そして、連絡を取ろうにも携帯電話の電波はつながらないのだ。少しでも早く戻らなくてはならない。しかし、もう身体が動かなかった。痛みの中で大きなあくびをひとつした。とても眠い。押し寄せてくる睡魔に身をまかせた。

ふと気づくと頭は随分とクリアになっていた。痛みはひいていた。もう大丈夫。再び起き上がりザックを背負った。時計を見ると20分も記憶を無くしていたようだ。そこから大崩山荘まで下り、一旦ザックを下ろした。山荘に救急用具が無いか確認してみたが、残念ながらそれらしきものを見つけることができなかった。だいちゃんの歩行スピードは非常に遅く、またあの状態では通過するのに非常に危険な場所が多すぎた。今日中に下山するのは難しい。そう考え、ビバーク装備を防水袋に詰め込み山荘にデポすることとした。

ふと気になりパンツの左ふくらはぎの部分を見た。パンツにはいつのまにか泥が付いていて酷く汚れていた。ぬるぬるして気持ち悪いので裾をまくり上げてみると、それは泥ではなく、自分の血であった。

残りのザックを再びパッキングし、登山口に向かった。登山口へ到着すると、登山届に事故発生の旨書き置きし、車にザックを押し込む。車に残っていた飲みかけのコーラをひとくち飲み、トランクにあったヨーグルトを3つ空のザックに入れた。すぐに登山口にとって返し、再び入山。登り返すこととした。だいちゃんが待っている。焦る気持ちを抑えながら、身軽になった身体で登山道を駆け上がった。


【閲覧注意(怪我の写真があります)】



















なぜか痛くないの(´-ω-`;)