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February 08, 2012 posted by k-osumi

G.W.山行計画(案) 永田浜~神様のクボ~宮之浦岳~(向こうの海岸)

テーマ:登山
ゴールデンウィークの山行計画(案)です。

永田の海岸からのんびり歩いて入渓。ゆっくり慣らしながら猟師道を歩いて初日はすぐにビバーク。二日目ものんびり歩いて上の岩屋でビバーク。三日目は神様のクボ、永田岳、そして焼野まで。四日目に宮之浦岳。ここから海岸までのルートは未定。

新高塚小屋、小杉谷、愛子岳から小瀬田というルートも魅力的なのですが(5泊6日)、たぶんそんな体力は残ってないはず。素直に三泊目を鹿之沢小屋、花山歩道、大川の滝ルート(3泊4日)で下山する方がいいかな。

永田川遡行を少しでも楽にするために、ショルダーできるひととふたりで行きたいところです。僕の方がたぶん体重が重いので、ショルダーは常に僕が出します(。-_-。)

永田川は天気を選んで入渓する予定ですので、またゆっくり遡行するのでめちゃくちゃ困難というわけではありません。ただ、海抜0mから1,900mぐらいを遡行するので、また相当な藪のようなので、体力はかなり必要な気がします。藪の薄いとこの見当はついてます。読図も大丈夫。ザイルを出すとこはほとんど無いと思います。

稜線に出て別チームから食糧補給をすることも考えてますので、とにかく身軽な方が楽だと思います。具体的には屋久島会で相談させてください。

ヾ(@⌒ー⌒@)ノよろしくねっ




February 06, 2012 posted by k-osumi

最近のくじゅうの状況

テーマ:登山



仕事が無ければ毎週のように坊がつるにおさんぽしているのですが、昨年に比べると雪はあまりありません。アイゼンが必要なとこもそれほどありません。寒くありません。

というわけで、あまり冬山っぽい感じではないのですが、登山口までのアクセスには、チェーン or スタッドレスが必要だと思います。特に牧ノ戸峠。

実は私は車を持っていませんので、福岡市内から登山口まで乗っけていってくださるひとを絶賛募集中です。運転はできます。交通費は人数割りできます!(あたりまえ)

そうそう、すがもり峠でブログの読者さん(かなりのイケメン!)に声をかけられました!ツイッターのフォロワーさんにはよく声かけいただくのですがブログの読者さんからはあまりないのでとっても嬉しかったです。今後ともよろしくお願いします。

あ、それから、ゴールデンウィークの山行計画をそろそろ立てなければいけない時期なのでパートナーも募集しています。僕と同じぐらいのへたれ具合な初心者さん希望デス ((ノシ≧∀≦)ノシ_彡☆ヨロシクー



January 18, 2012 posted by k-osumi

【私の、憧れの山】 小楊枝山(危石) 1,720m

テーマ:登山


僕にもささやかな目標があって、そのひとつがこの山に登ること。投石平あたりからにょきっと突き出ている姿を確認できますので、宮之浦岳縦走中にみかけられた方も多いのではないでしょうか。

現在では小楊枝山と呼ばれているこの山、江戸時代後期に編纂された三国名勝図会には非常に危険な場所であるとふれられており、「危石(あぶないし)」と呼ばれていたそうです。実は、淀川~宮之浦岳の登山道ができたのはつい最近のことで、それより以前は栗生~宮之浦岳のルートが使われていたとのこと。おそらく、現在の旧栗生歩道の上部にある大洞杉あたりから沢に下りて尾根筋を登り、中島の頭、小楊枝山、栗生岳経由で宮之浦岳に至っていたものと考えています。

屋久島には宮之浦岳・永田岳・栗生岳を指す「三岳」という言葉があるのですが、三岳に栗生岳を含めるのには異論もあるようです。三国名勝図会に示す栗生岳の位置が現状と違うという理由もあるらしいのですが、単純に栗生岳が独立した山ではなく、宮之浦岳の付属のように思われているからだと思います。

栗生から昔の登山道をようやくここまで登ってきた人は、この小楊枝山で休息をとったことでしょう。危石の頂上から宮之浦岳をみやったかつての登山者は、そこにどのような景色を観たのでしょう。中央に宮之浦岳。左に永田岳。そして右には、やはり栗生岳がバランス良くそびえて見えるのではないかと思っています。これは私の想像に過ぎませんが、ひょっとしたら、三岳のいわれを一瞬で納得できる絶景に出会えるかもしれません。それを確かめるためにこの山に登りたいのです。


私は人気のある山よりも、あまり知られていない山に激しく惹かれることがあります。その山に登ったからと言って自慢できるわけでもありませんが、そうした他人の評価を気にした山登りは面白くありません。これからも、本当に自分が登りたいと思える山に出会っていきたいなって、そう思います。



January 15, 2012 posted by k-osumi

【幸せを感じる瞬間】 新雪で熱々の珈琲を淹れる

テーマ:登山




翁岳のところにある最後の水場。ここで水を汲むのをよく忘れる。今回も忘れてしまった。

宮之浦岳まで登った後、翌朝までこのあたりで待機しようと決めたが、水が残りわずか。焼野三叉路に下りる途中に水がわき出しているところがあったなと探してみるも、厚い雪に覆われていてとっくに凍り付いていた。

仕方なく、山頂直下の雪を集めてきて3リットルの水を確保し熱い珈琲を飲んだ。風は強くなり少々吹雪いてきたが、昨年に比べればなんともない。ビニール袋に雪を入れ、ザックとともに積み上げ風よけにした。雪よけのリップストップナイロンに雪が吹き付ける音を聞きながら仮眠を取る。

深夜、ふと目を覚ます。周囲に雪が落ちる音が続いているところを見ると、まだ雪は止んでいないようだ。しかし、雪よけのシートを叩く雪の音がしない。遠くに雪の気配を感じながら、自分が寝ている周囲だけぽっかり音のない空間ができているようで不思議だった。

真っ暗闇の中でしばらくまどろんだ後、再び水を作ろうとシュラフカバーから這い出した。昨日風よけに作った壁や雪よけに被せていたシートの上には厚く雪が積もっており、あたかも雪洞のようになっていた。風がそれほど強くないためにこれほどまでに雪が積もったのだろう。寝ている間に音を感じなかった理由が分かった。

この夜に積もった新雪を再び集める。コッヘルに水を湧かし、そこにふわふわの雪をかきいれる。真っ白な雪が一瞬で溶ける。さらに雪を入れる。そうやって作ったお湯を山専ボトルに入れる。

午前3時。もうしばらくすれば朝がやってくるだろう。たったいま降った雪を溶かして水を作り、その水を湧かして作った熱々の珈琲を飲みながら、これから登る宮之浦岳の山頂をみやった。






道は明瞭。





体重が重いといちいち踏み抜くので困りもの。



 




 
エビの尻尾は気温が上がると溶けて頭の上に落ちてきます。早朝に突破すべし。


 

January 10, 2012 posted by k-osumi

【屋久島ゼロtoゼロ(栗生→楠川)】 新高塚小屋→楠川

テーマ:登山


新高塚小屋で昼食を食べているとふたりの登山者が登ってきた。どちらも非常に小さなザックを背負っており、ひとりはいま流行りのウルトラライトのギアで縦走を試みる青年、もうひとりは荒川に停めた車を起点に夜通し歩き、一周するという男性。どちらも型どおりの登山をするのではなく、自分なりの挑戦をしているという意味において、画一的で硬直しがちな従来型の登山に新しいスタイルの風を吹き込んでいるように思え感慨深かった。

食事を終え、新高塚小屋を後にした数分後、雪のトラバース道を転げながら走ってくる青年に出くわした。その青年が視界に入った瞬間、「これは亡霊だな」と思ったほど、この場所にそぐわない光景であった。ジャージに薄っぺらいスニーカー姿。履いていた薄いカッパはお尻のところで大きく破れており、しかも手ぶら。息は上がっており全身びしょ濡れのようであった。体つきをみても、どうみても登山経験などなさそうな彼が、午後1時に新高塚小屋にいる。素早く計算してみたが、すぐに下山しなければ、彼が明日の朝まで生存できる可能性はあまりないように思えた。

高塚小屋から縄文杉、ウィルソン株とのんびり観光しながら下山を続けた。本当は高塚小屋でもう1泊した方が余裕を持って下山できるのだが、山行4日目でもあり、早めに下界に下りたい気分であったし、おそらく命からがら下りてくるであろうジャージ姿の青年をどこかでサポートしなくてはならないだろうという思いもあった。下山中に天気は崩れ、雨。すぐに止むと思っていた雨足はどんどんと激しさを増していった。トロッコ道に下りて、早足で楠川分かれを目指すも暑くなり、ついついアウターのジッパーを少し開けてしまったのがまずかった。ジッパーの隙間からわずかに露出しているフリースに雨が染みこみ、そこから進入した雨がほんの数時間のうちに全身をびしょ濡れにしてしまった。ようやくビバーク地にたどり着いたときまで、衣類をすべて濡らしていることに気づかなかった程、切羽詰まったトロッコ歩きであった。

ついにジャージの彼は我々に追いつかなかった。空身である彼がこの時間までに我々に追いつけないということは、小屋にとどまっているか、宮之浦岳に向かったか、途中で滑落しているかである。おそらく高塚小屋で1晩を過ごしているのだろうと判断し、とりあえず自分のことを優先させることとした。タープを張り、その下で衣類をすべて脱いだ。吐く息がもうもうと白くなり、ヘッドライトの光に照らされ視界を覆うほど冷え込んでいた。しかし、すでに標高727mまで下りていることから、裸になってもそれほど寒くはない。防水袋に入れておいた非常用の下着を身につけ、シュラフカバーに夏用シュラフをセットする。このままシュラフの中に潜り込めたらどんなに幸せかと一瞬躊躇したが、思い直し、乾いた下着の上に濡れた登山服を履いた。自分の体温で明日の朝までに乾くだろう。

深夜になると風が強くなり暴風雨となった。パートナーが危険を感じ、すでに寝ていた私を起こすほどの激しい雨風であったが、我々にできる最善を尽くしているのでこれ以上はどうすることもできない。せっかくの熟睡を邪魔されはなはだ迷惑ではあったが、大丈夫だと言い聞かせ、恐ろしい風の音をシュラフ越しに聞きながら再び眠りに落ちた。

深夜3時。ふと目覚めると風の音がいくぶん小さくなっていた。雨も降っていないようだ。縄文杉を目指す観光客がここを通過するまでに出発しようとシュラフから這い出す。思った通り登山服は完全に乾いていた。真っ暗な辻峠は、疲労のたまった寝起きの身体にはきつかった。身につけている衣服とシュラフ以外はすべて濡れていることから、食事とガソリンが減っているにもかかわらずザックは30kg以上に感じられた。ヘッドライトの電池も切れかけており、わずかな光量で踏み跡を探しながらのろのろと登っていった。

何度かの小休止を経て、ようやくヘッドライトの電池を替えた頃には、樹々の間にのぞく空がいくぶん明るくなっているとみえ、樹の枝や葉のシルエットが確認できた。いつものことであるが、この瞬間、無事に朝が来たことを感謝する気持ちになる。もう大丈夫。すぐに朝が来る。

暗闇の中で、何でもないところで踏み跡をロストしたり、何度もザックを下ろして休んだりした結果、かなりの時間を費やし辻峠に到着。ちょうど日の出直前であり、ひょっとすると太鼓岩から日の出が見えるのではないかと思ったが、これ以上登るのは嫌だろうなとパートナーに聞くと登ろうと言う。そこで、ザックをデポし、カメラと行動食、山専ボトルのみをアタックザックに詰めて太鼓岩に登ることとした。

急にほぼ空身となったことで、身体がふわふわして地に足がつかない。文字通り飛ぶように太鼓岩まで駆け上がった。太鼓岩は貸し切り。体温を一気に奪う強烈な風が吹きつけていたが、東の空は晴れていた。この風すらも、我々にとっては爽やかに感じられた。太鼓岩の中央に両足を投げ出し、日の出の瞬間がやってくるのを待った。

山専ボトルから熱々のココアをカップに注ぎ、それをすすりながら東の空を無言で見つめる。 モノトーンの下端から徐々に彩度が増していき、寒色系の空が暖色に染まっていく。そして、日の出。あまりの感動に息をのむ。強い光が瞳を貫く。たまらず後ろを振り向くと、我々がまる5日間をかけて縦走してきた山々が朝日に照らされ紅に染まっていた。相変わらずの強風に身体を揺さぶられながらも、全く寒さを感じることは無かった。奥岳のアルペングリューエン。

思う存分日の出を堪能した後、白谷小屋に向かう。小屋の前で今回の最後の食事をとり、ゆっくりと休憩する。ここから下は通い慣れた観光地である。もう安心。その思いがあったが、これからさらに楠川の海岸まで標高差830mを下らなくてはならないのだ。白谷小屋を出発し、さつき吊橋を渡らず直進すればもう他の登山者に会うことも無いマイナー歩道になる。ガレたトラバース気味の登山道は滑りやすく意外に危険。ゆっくりと標高を落とすこととした。たった60分のコースタイムが永遠に感じる。ようやく登山口にたどり着いたときは正直ほっとした。

登山口から海までは非常に気楽であった。後日、この道を車でなぞってみたが、びっくりするぐらい長い車道であった。しかし、もうすぐ山行が終わるのだという気持ちと、滑落の心配のない安全なアスファルト歩きという精神的な気楽さが足取りを軽くさせた。途中、常宿のコテージ高平岳のゆうこさんとかずくんが車で応援に駆けつけてくださり、下界に下りてきたのだという思いがさらに強まった。山羊の放牧地を右手に見ればその先は県道。ここから集落に入ってしばらく歩けば海が見える。海の傍には神社。この神社は三国名勝図会にも記載があり、現在は楠川天満宮と呼ばれている。ザックを置き、無事に山行を終えられたお礼をする。そこから海岸線にしばらく歩くと砂浜に出る。防波堤の階段を下りれば目の前は青々とした東シナ海がひろがっていた。

ザックを背負ったまま砂浜に近寄る。寄せては返す透明の液体にそっと右手を差し出せば、波に洗われた指先にほんのり海の温もりを感じた。




昨年の12月28日に栗生の海にふれてから5日目。島の反対側の海まで自分の足で歩いてきた。「栗生と海の味が違う!」と言うパートナーの言葉に、そっと右手の中指を口に含んでみる。海塩のしょっぱさが口の中にひろがったその後に、確かに、他の風味も感じられた。それが、これまで触れた登山道の土の匂いであることに気づいた瞬間、この5日間の記憶が一気に身体を駆け抜けた。その後、じわじわと胸の奥から沸き上がる達成感にしばらく身を任せつつ、しばらく海を眺めた。




太鼓岩から見る二日の出。



倒れこみながらも海にタッチ!


 
January 08, 2012 posted by k-osumi

【屋久島ゼロtoゼロ(栗生→楠川)】 花之江河→宮之浦岳→新高塚小屋

テーマ:登山




ついに森林限界を超える。昨年は栗生の海岸から丸2日間をかけて花之江河へたどり着いたものの、悪魔の叫び声のような暴風雪が山の峰々を越えて谷を駆け抜ける凄まじい音に大変な恐怖を感じたのであるが、今年はそれが嘘のように快晴。他の登山者の足跡も複数あり、しっかりとトレースがついていた。

雪質もまずまずで登山靴を濡らすことはなかった。投石平でのんびり昼食を食べた後、栗生岳に向かう。

栗生岳に荷物を下ろし祠のある岩屋に入ると、そこはすでに雪に埋もれていた。手袋を脱ぎ、ポケットに右手を突っ込むと、素手の指先に細かな砂が感じられた。その砂粒を人差し指と親指でつまみ、祠の手前、積もっている雪上にそっと供えた。栗生の海岸から運んできた3粒の砂が栗生岳山頂に。正式な手続きに則ったわけではないが、私なりの岳参りができた。

栗生岳の祠がある岩の隙間から後ろ向きに這い出て振り向けば、宮之浦岳の頂はすぐ目の前である。あとひと踏ん張りで九州最高峰に立つことができる。2011年12月31日。その年の最後の日に、この山頂に帰ってきた。

山頂から望めるのは永田岳。私の一番好きな山が綺麗に見えた。


新年は雷の音を聞きながら、降り続ける雪の下で向かえた。山頂直下50mの所で午前3時まで待機した後、再度宮之浦岳山頂に向かう。山頂はそれほど気温が下がっておらず、バラクラバも手袋も不要なほど暖かかった。残念ながら初日の出は見えなかったが、風下の岩陰にいさえすれば過ごしやすかった。

雪は相変わらず降り続いていた。これから気温が上がるにつれ、また、高度を下げるにつれ、雪がどんどんと湿ってくるだろう。天気が大きく崩れる前に、安全な新高塚小屋まで一気に高度を下げることとした。


宮之浦岳山頂の岩。なかなか寒そう。



南の島にいるとは思えない。
 


 


January 07, 2012 posted by k-osumi

【屋久島ゼロtoゼロ(栗生→楠川)】 栗生の海岸→旧栗生歩道→花之江河

テーマ:登山


今回は栗生の海岸から林道を歩き、標高400mより旧栗生歩道。翌日栗生歩道に歩みを進め花之江河へ。3日目に宮之浦岳、4日目に縄文杉を経て楠川分かれ。5日目に楠川歩道を下り楠川の海岸に至る。



パートナーは久しぶりの通称ヒル班長。屋久島はここ2年で6回目。うち、沢登り4本、冬山2回。ゼロtoゼロ2回。いつのまにか経験が積み上がってしまっているのだが、本人は登山にはあまり興味を示さない不思議な人。私とほぼ同じ重量のザックを担ぎ、初めての道をルートファインディングしながらも、後ろを歩く私をぐんぐんと引き離していく健脚ぶりは今回も健在であった。



旧栗生歩道はつい最近、だれかが登った形跡があった。行動食の包み紙が散乱しているのをみるにつけ、私のブログを参考に登った登山者が山を汚しているのではないか、私がその原因を作ってしまったのではないかと自責の念を感じながらのスタートとなってしまった。



この場所に立ち入った者が残したゴミからも多くの情報を得ることができる。行動食の選び方や一度に食べる量、それが捨てられた時期などの状況に加え、同時期に付けられたと思われる足跡等の情報を組み合わせれば、その人の体格や装備、性格、登山スタイル、この場所を登っているときの心理状態をも推測することができる。もちろん精度が保証されるものでもない暇つぶしの思考ゲームに過ぎないのだが、それでも、これらの痕跡はそれを残した人の想定を遙かに超えた情報が詰まっているように思う。



勝手なプロファイリングや思考ゲームをしながら、ふと、私が旧栗生歩道を歩きやすい登山道だと紹介したばかりにここへ足を踏み入れ、結果迷ってしまった人が少なからずいるのではとの思いに駆られた。私自身が山登り初心者なので熟練の経験が必要な場所は紹介していないつもりだが、少なくとも赤布(ピンクテープ)が無くとも読図によって目的地まで歩ける程度の技術は必要であるように思う。そして、それはどこの登山道にも言えることである。



標高400mから700mぐらいまでは過剰に赤布が付けられており迷いようがない。しかし、その新しい赤布は標高700m付近でぷっつりと断絶する。準備していた赤布がすべて無くなってしまったのか、それとも登山道をロストしてしまいこれ以上標高を上げることを断念したのか、いずれにしても熟練者がつけた赤布ではないように思えた。また、その赤布のみを頼りにここまで登ってきた人にとっては、ぷつりと断絶した最後の赤布から動けずどうして良いか分からなくなるだろう。当然のことながら、この場所ではじめて地形図を取り出してみたところですでに手遅れである。現在位置が把握できないと進むべき方向は分からない。



実際には、標高700mより上は間隔がずいぶんとひろくなるものの古い赤布があるし、踏み跡が確認しづらい場所もほんの数箇所である。地形を確認しながら登っていけば特に心配することはない。おおむね標高900mより上は再び明瞭なルートとなり、ほどなくしてミヤコダラ広場に至る。ここには水場があるので水をたっぷり補給すれば1日目の山行は終了。海からゆっくり歩いても日が傾くまでには余裕を持って到着することが可能である。



2日目は栗生歩道に入る。かなりの積雪であった昨年に比べ雪が少ないために、道はずいぶんと歩きやすい。標識や植物の紹介等の看板が随所に見られる。1,290mあたりにある看板は倒木の影響で指している方向には踏み跡が無い。積雪していると分かりづらいが、矢印と反対側に巻けばすんなりと通過できる。ここは踏み跡が薄いので注意。





November 13, 2011 posted by k-osumi

鉄輪温泉

テーマ:
ken writing office


何度通ってもまた帰りたくなる場所のひとつ。
鉄輪温泉の貸間旅館。湯治宿「陽光荘」。


地底から噴出する蒸気で調理する「地獄蒸し」で炊いたお米にお野菜。
とってもおいしかったです。








October 16, 2011 posted by k-osumi

初福智山

テーマ:登山
冬山トレーニングで福智山ボッカ訓練してきました。小倉南ICを降りてダムの駐車場から。登りは福知山山頂までの最短ルート。下りは新道で。

前回のくじゅう三俣山と同様、シャルモがしっくりこずいつもはなんてことない登りでふらふらに。股関節が痛いし頭痛がするしで大変な思いをしながら3時間かけて(!)ようやく山頂。

山頂は風が強かったので避難小屋まで下りて昼食。この時のためにフライパンやらテーブルやらいろいろ持ってきてたので頑張りました(๑・`ᴗ´・๑)


トマトソースの生パスタ
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下山のとき、まさかの転倒。しかも前のめりに(。-_-。)

ボッカのために85リットルザックに思いっきり荷物を詰めてたのですが、自分の体重とザックの重さを顔面で受け止めてしまいました。軽い脳震とう。その後、ゆっくり下山するも再びこけたところでいつものサンダルに履き替えました。やっぱり履きなれた方がいいです(冬山トレにはならないけど)。


と、いうわけで、初めての福智山は大変でした。しょんぼり





October 09, 2011 posted by k-osumi

三俣山朝駆け

テーマ:登山
ken writing office


スガモリ小屋にて流星観測。

その後、西峰→Ⅳ峰→南峰→北千里→法華院→大曲




ken writing office



遊んでると、すぐに夜はあける。


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