藤原師光 | 辻村寿和Collection「寿三郎」創作人形の世界

辻村寿和Collection「寿三郎」創作人形の世界

創作人形作家辻村寿三郎の作品を皆様にご紹介いたします。

藤原師光(西光)
ジュサブロー館の創作日記
2009年制作

写真をクリックすると大きいサイズで見ることが出来ます。
細かいディテールをご覧ください。

撮影 Canon EOS 5D Mark II
EF24-105mm F4L IS USM

藤原通憲(信西)乳母の子と言われる。

もとは阿波国の在庁官人であったが、藤原家成の養子、
乳兄弟とされる信西の家来となり、左衛門尉に昇る。

平治の乱で信西が死ぬと出家して西光と名乗る。

のち後白河法皇に仕え、「第一の近臣」と呼ばれた。

西光は藤原成親・俊寛・多田行綱らの平氏打倒の陰謀に加わり、鹿ヶ谷の山荘での密議の首謀者となる。
ジュサブロー館の創作日記
信西の乳兄弟藤原師光は平治の乱で、
信西とともに宇治田原に落ちて行き、そこで出家し西光と名乗ります。

乱後、後白河院の近臣となり、鹿ケ谷の山荘で平家打倒の謀議に加わります。

多田行綱の密告により謀議は発覚し、西光は清盛の西八条邸へ引き出され厳しい尋問をうける。

清盛は西光の顔を踏みつけ責めるが、西光は逆に平氏を罵った。

怒った清盛は西光を拷問の末、五条西朱雀で斬首させた。
ジュサブロー館の創作日記
写真をクリックすると大きいサイズで見ることが出来ます。
細かいディテールをご覧ください。

撮影 Canon KissX
EF100mm F2.8 マクロ
ジュサブロー館の創作日記

墓所:西光寺(京都府亀岡市安町)

死罪となった藤原師光入道西光法師の遺骨を、後白河法皇の命によって同庵に埋葬して、
西光寺として一宇を建立、開山を西光法師としました。

ジュサブロー館入り口鉢植えの蓮の花
ジュサブロー館の創作日記
さいごの一輪はまだしばらくかかりそうです。
写真をクリックすると大きいサイズで見ることが出来ます。
細かいディテールをご覧ください。

撮影 Canon KissX
EF100mm F2.8 マクロ