孫崎 享 さんの記事です:
 Date:    Thu, 06 Jul 2017 08:06:33 +0900

Subject: 北朝鮮ICBM発射。日米、対北朝鮮への制裁強化で一致。冷戦後、米軍は「イラン、イラク、北朝鮮の脅威」を前提に巨大な軍事力維持を決定。


つまり北朝鮮の脅威が必要。真に北朝鮮のミサイル開発・核開発止めるなら体制を軍事で転覆しないという約束をすること。

 

北朝鮮は「“火星14”は4日午前9時に発射され、最高高度2802キロに達し、39分にわたり933キロを飛行した後、日本海に設けた目標水域に正確に弾着した」と発表した。

 

これに対しティラーソン米国務長官は4日、「米国や同盟国だけでなく、地域や世界に対する脅威が新たな段階に入ったことを示している」と述べ、同時に「世界規模の脅威を食い止めるため、世界規模の行動が必要だ」として、北朝鮮の核・ミサイル開発につながる資金源を断つために、関係国に制裁強化を求めた。

 

岸田外相はティラーソン米国務長官と電話で協議し、「国際社会による北朝鮮に対する圧力を一段と引き上げる必要がある」との点で一致した。

 

今後、国際社会は、北朝鮮のミサイル・ミサイル開発、核兵器開発に一段と制裁を強化する形で進行していく。

 

だが、この流れが本当に世界の安定、更には極東の安全に貢献するかを考えてみたい。

 

具体的には、「北朝鮮のミサイルや核兵器開発が究極的に国際社会、特に米国にどの様な脅威を与えていくか」、「国際社会としてどう臨むべきか」をここで分析してみたい。

 

そのために歴史的経緯を顧みたい。

 

先ずは、ソ連崩壊後の、米国の新しい戦略の誕生にまでさかのぼる必要がある。

 

ソ連崩壊後、米国には二つの選択があった。

 

一つは米国への脅威が軽減したとして重点を経済に移すこと、

 

もう一つは世界で最強になった軍を維持することである。

 

そのいずれの道の選択も可能であった。

 

1990年代初頭、米国は日独の経済的追い上げをうけていた。国民レベルでは米国への軍事的脅威が軽減したとして重点を経済に移すことの方が自然であった。

 

しかし米国は国防省などが中心となり、最強になった軍を維持することを選択した。

 

その際には国民に対してなぜ最強の軍を維持する必要があるかを説明しなければならない。これまでの脅威、ロシアの脅威が消滅した。これに変わる脅威が必要である。

 

経済で追い上げる日独は当然軍事力で米国を脅かす状況にない。中国はまだ、経済発展が十分でない状況である。

 

こうした中で出てきたのが、クリントン政権下、アスピン国防長官の主導で作られた「ボトムアップレヴュー」である。そしてこの考えが今日まで、継続されている。

 

主要な内容を整理してみよう。

 

・ 重点を東西関係(注、対ソ戦略)から南北関係に移行する

 

・ イラン・イラク・北朝鮮等の不安定な国が大量破壊兵器を所有することは国際政治上の脅威になる。したがってこれらの諸国が大量破壊兵器を所有するのを防ぎ、 さらにこれらの国々が民主化するため、必要に応じて軍事的に介入する

 

・ 軍事の優先的使用を志向する

・ 同盟体制を変容させる(具体的には、同盟国、特にドイツ、日本を軍事行動に積極的に関与させる)。

 

つまり、「イラン・イラク・北朝鮮の脅威がある」ということで、米国の強固な軍事を維持する方針を打ち出すことを決めた。

 

それを別の表現で言えば、「強固な軍事を維持するためには、イラン・イラク・北朝鮮の脅威を助長させた方が望ましい」ということになる。これらの国の軍事力が如何に強力になったとしても、ロシアや中国の脅威以上になることは絶対にありえない。

 

もし、米国が、「イラン・イラク・北朝鮮の脅威が真に米国の脅威にある」と判断すれば、実は別の戦略の選択がある。それを述べたのは、若い時代のキッシンジャーである。

 

キッシンジャーの『核兵器と外交政策』(日本外政学会、五八年)は、基本的に米国の核戦略と言っていい。

 

キッシンジャーは、核兵器と外交の関係につき次のように述べている。

 

・ 核保有国間の戦争は中小国家であっても、核兵器の使用につながる、

・ 核兵器を有する国はそれを用いずして全面降伏を受け入れることはないであろう、 一方でその生存が直接脅かされていると信ずるとき以外は、戦争の危険を冒す国もないとみられる

・(したがってこれらの国に核兵器を使わせないようにするには)これらの国の無条件降伏を求めないことを明らかにし、どんな紛争も国家の生存の問題を含まない枠を作ることが米国外交の仕事である。

 

では今日、米国、韓国はどの様な対応をしているか。2016年から、米韓軍事演習は量・質を向上させ、北朝鮮の核・ミサイル基地への攻撃に加え、首都平壌の攻略と金正恩第一書記ら最高司令部の除去に向けた上陸作戦も含む全面戦争をも想定した攻撃的な訓練が実施されている。つまり、「無条件降伏を求めないことを明らかにし、どんな紛争も国家の生存の問題を含まない枠を作ることが米国外交の仕事である」と述べるキッシンジャーの戦略と全く逆の事を行っている。

 

何故か。

先ず第一に、米国は北朝鮮のミサイル開発、核兵器開発を真の脅威と考えていない。それはロシア・中国の核兵器、ミサイルにどの様に対応するかを考えればいい。ロシア・中国の「真の脅威」に対しては、米国との核戦争を避ける安全保障の合意や協議が行われてきている。米国は北朝鮮のミサイルや核兵器が脅威であると認識すれば、いつでも破壊できる。米国にとって、北朝鮮のミサイル開発、核兵器開発は真の脅威ではない。

 

では、北朝鮮のミサイル開発、核兵器開発が進み、脅威らしいものが出来ることに米国は如何なる利益を見出しているか。

 

 米国が軍事力を増強することを正当化できる、

 

 日本の防衛費増大に圧力をかけられる。そして日本が増強する兵器の大部分は米国から購入することとなる

 

 韓国経済はその貿易構造からして中国依存度を高めているが、北朝鮮の脅威が前面に出れば、中韓緊密化に歯止めがかけられる

 

中国に対しても、対北朝鮮政策が緩いと圧力をかけられる。

 

トランプ米政権は2018会計年度(2017年10月~18年9月)の予算案で、国防費を1割近く増額要求する方針を明らかにし、国防費は総額6030億ドル(約68兆円)、になる見込みである。本年、ロッキード、ボーイング、UT等の軍需産業はいずれも過去最高の株価を記録している。米国では、軍事緊張を望む層が国の中枢を占めていることを忘れてはならない。

 

 
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