学習後の睡眠は、脳細胞の特異的な結びつきを強化して記憶を向上させる ―Science
(Sleep after learning strengthens connections between brain cells and enhances memory:

ラエルサイエンス 6月8日英語版配信分)


健康的な生活には十分な睡眠が不可欠であることは最早疑いようのない事実と言って良いかと思いますが、このたびニューヨーク大学ランゴン医療センターのWen-Biao Gan教授らの研究により、学習後の睡眠が脳内のニューロンに特異的な変化および成長をもたらしていることが明らかになりました。この成果は、科学誌Scienceに掲載されています。

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睡眠はとても大事

近年の研究により、睡眠は単純に身体の疲労を癒すだけではなく中枢神経系が健全な状態を保つ上で重要な役割を果たしていることが明らかになってきています。


例えば昨年には、米ロチェスター大学の研究によって睡眠中には脳内にたまった老廃物の排出が促進されていることが明らかに なっているほか、睡眠不足の状態が続くことで脳細胞に不可逆的なダメージが蓄積してゆく といった研究結果が報告されています。


眠りと記憶の関連性についても既に多くの研究がなされており、睡眠中に学習した内容が記憶として定着することは経験的・臨床的にもよく知られていることでしたが、そうした作用がどんなメカニズムに基づいたものであるのかは明確になっていませんでした。

ニューロンの構造

本題に入る前に、少し脱線して高校生物のおさらいを。


下図は、ニューロンと呼ばれる神経細胞の構造を示したものです。細胞体部と呼ばれる本体の周囲には「樹状突起」と呼ばれるアンテナのような構造が無数に伸びており、ここに他の神経細胞から伸びてきた軸索と呼ばれるパイプの末端部分(軸索末端)が接続することで、神経細胞のネットワークが形成されてゆきます。

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Credit: 国立遺伝学研究所

この図では示されていませんが、樹状突起の先端には「樹状突起スパイン(dendritic spine)」と呼ばれる棘上の構造体があり、ここから伸びているシナプスが隣り合うニューロンの軸索末端にあるシナプスとの間で神経伝達物質をやり取りすることで、脳内を情報が伝わってゆく仕組みとなっています。


身近な例えで表現すると、ニューロンが木であるとすると樹状突起は枝、樹状突起スパインは葉っぱといったところでしょうか。


最近の研究によって、これらのスパインの数が増加したり成長が促進されたりすることで、学習や記憶・運動コントロールといった脳の高次機能が向上することが明らかになってきています。

睡眠によって学習記憶が定着する

今回Gan教授らは、ニューロン中の特定のタンパク質が蛍光を発するように遺伝子組み換えを行ったマウスを用意し、未経験の運動課題を与えることでニューロン内に生じる変化と、睡眠の有無がそれに与える影響を調べました。


実験では、マウスを回転する棒(spinning rod)に乗せ、走りながらバランスをとる課題を設定。一方のグループには、回転棒上で1時間の運動を行った後に7時間の睡眠をとらせ、もう一方のグループのマウスは同じ7時間を覚醒状態で維持。テスト後にマウスの脳の運動皮質に含まれるニューロンの樹状突起の様子(=蛍光タンパク質の分布状況)をレーザー走査顕微鏡で観察しています。


すると、与えられた課題の種類によって異なる樹状突起上のスパインが成長していることが判明。例えば、回転棒の上で前に向かって走ったマウスと後ろ向きに走ったマウスとでは、それぞれで異なる、特定の樹状突起上でのみスパインの成長が見られたとのことです(前述した木の例えの場合、特定の枝にだけ葉がついたような状態)。


さらに、睡眠をとったマウスでは睡眠をとらなかったマウスに比べて樹状突起スパインが大きく成長していることも明らかになりました。特に深い眠り(ノンレム睡眠)に入っている間は、運動中に活性化していた脳細胞が再び活発に活動するようになっており、逆にこの再活性を阻害してみると、スパインの成長も起こりにくくなったとのことです。

要は睡眠は大事ということ

これらの結果から、神経細胞は学習する内容によって特異的な脳内の構造変化を起こし、それらの組織成長は深い眠りによって促進されていることが明らかになりました。


今回の研究は、脳内の中でも運動機能に関連する領域で起こっている変化を捉えたものであり、このようなメカニズムが別の領域でも普遍的に起こっているかどうかはさらなる研究が期待されるところですが、学習行動とニューロンの特異成長との関連を直接的に捉えたという意味において、画期的な成果と言えそうです。


個人的にも、寝不足の状態が続いていると物覚えが極端に悪くなるといったことが良くありますが、そうしたことも今回明らかになったメカニズムで説明できるのかもしれませんね。


『学習後の睡眠は、脳細胞の特異的な結びつきを強化して記憶を向上させる ―Science』
http://ggsoku.com/tech/sleeping-accelarate-dendric-spine-specific-development/
[Technity]


[英語版 元記事]
http://www.sciencedaily.com/releases/2014/06/140605141849.htm