ワインに惚れ、人に惚れる (Weingut Schloss Saarstein)
2年ぶりにシュロス・ザールシュタイン醸造所 にやって来た。ここはザール川流域で最も上流に位置する特級畑
つまりモーゼル・ザール・ルーヴァー地域で最も奥まった場所にあるグランクリュである。モーゼルワイン研究の
第一人者であるきりあんさん と合流した我々一行は、総勢4名でこの辺境までやって来たのであった。
前夜トリアー市内に宿泊した我々は、朝食を済ませてから悠長にもモーゼル中流にまで寄り道し、取って返した
トリアー市内で予定外の時間をロスする羽目になってしまい、ゼリッヒSerrigの村外れの人里離れた山奥にある
シュロス・ザールシュタインの館に辿り着いたのは、結局約束の時間を40分も過ぎてしまってからのことだった。
それでもオーナーのクリスチャン・エバート氏は快く我々を中に招き入れ、素晴らしい眺めの展望テラスへと
案内してくれた。そう言えば初めてここへ来た6年前 にも我々は途中で道に迷って1時間も遅刻したことを思い
出す。もう訪問客の遅刻には慣れっこになっているのだろうか。途中で連絡を入れていたとはいえ、何事も
なかったかのように笑顔で手を差し出すエバートさんを前に、こちらは咄嗟に詫びる言葉も思い浮かばないまま
ただ笑って大きな手を握り返す他なかった。
展望テラスからの素晴らしい眺め。眼下を流れるザール川と、左手にはゼリッヒ村が見える。
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久しぶりのこの展望テラスからの見事な眺めにはしばし言葉を失う。天気が良いので殊更見晴らしも良かった。
ただ唯一残念だったのは、前回 に引き続いてまたもや奥さんのアンドレアさんがアメリカ出張で留守だったこと。
それでも彼女は出張前の慌しい時間を割いて、我々が酔っ払っても大丈夫なように近くに手頃な宿と、夕食用の
お勧めレストランをちゃんと手配しておいてくれたのだ。これで我々は心置きなく旦那と飲めるというものである。
ただでさえ親切なアンドレアさんではあるが、過日の寿司攻撃 の効果もまた絶大なのであった。
旦那のクリスチャン・エバート氏はドイツ人らしく大柄で、素朴な人柄の好人物である。6年前に初めて会った際は
どこか寂しげな空気をまとっているように感じられたのだが、実はあの時父親を亡くしてまだ日が浅かったのだと
後できりあんさんに聞いたものだ。そして一昨年我々の相手をしてくれたエバートの旦那は、これが本性なのか
ハッキリ言って単なる愉快な大酒飲みであった。いちいち吐き出しては試飲している客を前に、ガンガン飲んでは
しまいにフラフラになっていたものだ。こんな魅力的な造り手には会った事がなかったので、彼の造るワインには
もちろんのこと、その人間性にも大いに惹かれてしまったのだろう。いずれにしても今回の訪独は、彼に会うため
だと言っても過言ではなかった。
醸造所のオーナー兼ケラーマイスター、クリスチャン・エバート氏
「Helzlich Willkommen!(ようこそ!)」 エバート旦那のこの言葉で試飲は始まった。
1. 2008 Saarstein Pinot blanc trocken
アフターにヴァイスブルグンダー(ピノ・ブラン)らしさの片鱗が窺えるが、クリーンな酸と果実味の素晴らしさに
度肝を抜かれる。シーファーのアロマをもつ、軽やかでエレガントなヴァイスブルグンダー造りを目指したという
造り手の言葉を見事に体現するものだ。試飲にもかかわらず、思わずもう1杯お代わりしてしまうほどであった。
「最初の頃(6月)に比べるとずいぶん良くなっている」とエバートの旦那は言う。
このヴァイスブルグンダーは全部で1万リットル造って、4月に5000リットルを瓶詰め、残りの5000リットルを明日
瓶詰めしてタンクを空にするという。そして2000リットル入りの5つの樽のうち2つの樽を乳酸発酵させたとのこと。
乳酸発酵(biologischer Saeureabbau)させると ヴァイスブルグンダーはエレガントになる。そして えてして重く
なりがちなヴァイスグルグンダーだが、ステンレスタンクで造るとクリーンに軽く仕上げることが出来るという。
ただヴァイスブルグンダーがいくら良いと言っても、ここでは常にリースリングの下位に位置するものであるから
この品種でシュペートレーゼやアウスレーゼを造る気はないということであった。
そしてここからがリースリング。まずは辛口から。
2. 2008 Saarstein Riesling trocken
これまた非常にクリーンで、より鋭く酸に収束した味わい。飲み頃感があって実に親しみ易い。
このキュヴェはシュロス・ザールシュタイン畑からの収穫が8割と、残りの2割は向かいの斜面の畑からの収穫を
使って造ったもの。畑の名前は?と訊くと、「たぶんゼリガー・アントニウスベルクって名前だったと思う」だって。
ワインアトラスにはちゃんとSerriger Antoniusbergと載っている。そこも自分の畑だろうにこの御仁、あまり細かい
事は気にしない性格のようである。(^o^;)
3. 2008 Schloss Saarstein Riesling Kabinett trocken
これは酸にハッキリとした鉱物が加わる。閉じ気味ではあるが、果実が充実しており酸のボリュームもより濃密。
人によっては刺々しく感じるかもしれない、飲み手を選ぶワイン。
4. 2007 Schloss Saarstein Riesling Kabinett trocken
比較飲みのため奥から探して持って来てくれたボトル。もちろん既に売り切れ。よりまろやかで全体に丸い印象。
5. 2008 Schloss Saarstein Riesling Spaetlese trocken → 6月に飲んだ記録
樹齢60年以上の葡萄から造った辛口。密度の濃い果実と引き締まった酸・ミネラル。さすがにポテンシャルが
違う。見事な辛口である。昨年の10月14日から11月の初めにかけての収穫で造ったとのこと。
現在辛口の生産割合は全体の40~50%ということだが
「トロッケンは辛口過ぎてドイツでしか売れないんだ。アメリカ人は甘いのしか飲まないからね」
なるほど、最大の得意先であるアメリカに於いても売れ筋は日本と似たようなものらしい。だが売れているだけ
日本よりましだ。ちなみに今年QbAの甘口を日本に600本出荷したそうで、もっと売ってもらえるように現在新たな
インポーターを募集中とのこと。
VDP (高級ドイツワイン生産者協会)の格付けで、ここのシュロス・ザールシュタインという畑はエアステ・ラーゲ
(Erste Lage、グランクリュに相当)に認定されているにもかかわらず、何故辛口シュペートレーゼのエチケットに
それを表示しないのか?という問いには、「ラインガウのエアステス・ゲヴェクス(EG)やプファルツのグローセス・
ゲヴェクス(GG)と並べて飲むとどうしても見劣りしてしまうからね。やっぱりウチの最も偉大なリースリングは
甘口なんだ」。そう話す彼自身も甘い方が好きなようである。(註・EGもGGも辛口グランクリュという意味の格付)
展望テラスでの試飲風景。 香:香草園さん き:きりあんさん (撮影 by trittenheimさん
)
「食事の際には辛いのも飲むけど、友人達とこういう風にテラスに腰掛けている時はたいてい甘いのを飲むね。
ひとつ問題な事は(奥さんの好きな)ジルヴァーナが好きになれないことかな。まだオプティマとかオルテガとか
バフースとかの方がましだな。でも酸と言いアロマと言い、やっぱりリースリングが最高だよ」
6. 2008 Serriger Schloss Saarsteiner Riesling Kabinett feinherb
これは半辛口。鉱物味がしっかりあって、見事に引き締まった味わいで飲みやすい。残糖25g/l。
「さぁ、これからが本当のリースリングだ」 そう言いながら彼は自慢の甘口リースリングを取りに行き、我々の
グラスに注いでくれるのであった。
7. 2008 Saarstein Riesling
甘くホッとさせる味わいの中に、キリッとした酸がちゃんと存在する。
これは輸出用にのみ造っているというアイテムで、ほとんどがアメリカ向けで1本約15ドル。(一部はイギリスや
日本にも出している)。2007年産は収穫の実に40%がこのワインとなり、アメリカだけでも25000本も売れたという。
アルコール度数は8.5%、残糖45g/l。所有畑10haのうち、近隣の農家3軒に貸している1.2haの畑からの収穫も
ここに加えられている。若木の葡萄はカビネット以上には使わないので、若い葡萄はみなここに入ることになる。
「最低でも15年以上の樹齢にならないとカビネットには使わない」のだそうである。
8. 2008 Serriger Schloss Saarsteiner Riesling Kabinett
明確な鉱物の味香。QbAに比べるとやや控えめの甘さと、見事な甘酸のバランス。
「これがお気に入りの1本なんだ。典型的なザールのカビネットは昔からみんなこうだったんだよ」
4つのタンクのうち1つだけに天然酵母を使い、残りは培養酵母を使ったという。天然発酵で造ったリースリングは
非常にアロマティックで複雑味も出るが、全てそうすると少し強過ぎるので仄かに天然発酵のアロマが出るように
天然酵母の割合を20%程度に調節しているという。
9. 2008 Serriger Schloss Saarsteiner Riesling Spaetlese
閉じ気味なのか、鉱物の味香はカビネットに比べると控えめ。アルコール度数8%でとても軽やか。
「これがウチのグローセス・ゲヴェクスだよ」
10. 2008 Serriger Schloss Saarsteiner Riesling Auslese
凝縮されたドライフルーツの味わい。貴腐香はなし。残念ながらなんと既に売り切れ!
猪の被害が酷いため仕方無しに11月の終わりに収穫を早めてすべてを摘み、そこから粒を選んで造ったという。
「2008年はボトリティス(貴腐菌)無しにはこのアウスレーゼは出来なかった。でも貴腐の香りはしないだろ?
2005年や2006年に比べると軽いアウスレーゼだね」
この地域でも温暖化の影響で成長が早くなったのか猪が増えているという。狩りが趣味のエバートの旦那は
去年17頭の猪を仕留めたが、ルーヴァーのグリュンハウス のシューベルトさんは100頭もの猪を仕留めたという。
どんぐりが少ない年には、猪は葡萄を食べにやって来るのだそうである。
結局ベーレンアウスレーゼやトロッケンベーレンアウスレーゼなどは出来なかったが、2008年はザールらしい
良いヴィンテージであったと彼は話を結んだ。
ここで彼は1本ブラインドでボトルを出して言った。「何年のだと思う?」
フローラルな香りが印象的で、造り手本人は「黒スグリの香り」だと言う。上品な酸とドライフルーツの味わい。
正解者はおらず、APNr 3 555 014 10 03,Alc 8%vol の2002年産シュペートレーゼであった。ウチのワイン庫に
何本かあった筈である。今度ゆっくり飲んでみよう。
葡萄畑へと歩く途中、醸造所の裏口を振り返ったところ (撮影 by trittenheimさん)
「さぁ、畑を散歩しに行こうか」 試飲が一通り済んだところでエバートの旦那が立ち上がった。
玄関を出て、展望テラスの下の道を館の裏手へと回ると、もうそこは一面の葡萄畑である。右にも左にも前にも
ザール川を見下ろす山の斜面に、眩しい太陽の陽を浴びて整然と生い茂る見事な葡萄畑が拡がっていた。
モーゼル河畔の畑ほどではないにしてもやはりなかなかの急斜面で、下草もきちんと刈られており手入れが
行き届いている。樹齢の古い葡萄畑は、時々電動草刈り機で下草を刈ってやる程度。これに対して若い畑は
時々耕して土壌を入れ替えてやる必要があるのだが、最近は温暖化の影響でゲリラ豪雨みたいな大雨が
降り易くなって来たので、そんな事をしていると土壌が流れてしまうために最近ではしなくなったという。
「樹齢が古くなると葡萄は粒が小さく、疎に実るようになる。この小さくコンパクトな粒こそが甘いんだよ」
樹齢の古い葡萄、すなわちアルテ・レーベン。ちょっとピンボケ
根っこの接木をしていない葡萄は、樹勢が弱く成長は遅いし実る葡萄も少なく粒も小さいが、非常に健康である。
丸くて柔らかく、しかも疎に実った粒には貴腐菌が付き難いので、クリーンなカビネットやシュペートレーゼを
造るのに適している、そうである。
「糖度の高い若い葡萄よりも、糖度が低くても樹齢の古い葡萄の方が良い。小さく、疎に実るのが重要なんだ」
エバートの旦那は歩きながらそう何度も繰り返した。
そして新しく葡萄を植えている区画には、古い畑の中から良いクローン、つまり「小さな房、より小粒の葡萄、より
甘い葡萄」を選んで植えていくのだという。こうやって更に素晴らしいリースリングが選り分けられていく事になる。
気の遠くなるような作業だが、考えただけでもワクワクする仕事だ。
畑の中でも醸造所の建物に近い標高の高い区画にはブルグンダー系の品種が植えられている。
「今年から畑の2%にグラウブルグンダー(ピノ・グリ)を始めたんだ(8%はヴァイスブルグンダー)。木は3年前に
植えたものだけどね。今はまだ実験段階だけれど、ヴァイスブルグンダーだって最初は実験だったんだからね」
左:ヴァイスブルグンダー 右:グラウブルグンダー
「昔はリースリングのQbAやカビネット、シュペートレーゼ、アウスレーゼってな具合に、いろんなクラスの
ラインナップが求められたけど、今は同じベーシックなレベルでいろんな品種のワインが求められているんだよ」
「親父の頃はオプティマとかオルテガとかバフースなんてのもあったけどね」
バフースと言うところで、彼はブタの真似をして見せた。
畑の散歩を終えて醸造所の手前まで戻って来ると、ザールシュタインの葡萄畑にうっすらと虹が架かっていた。
再びテラスに戻って少し休憩しながら、今度はリストの片隅に載っている赤ワインを試飲させてもらう。もちろん
ここで採れたものではない。奥さんの実家であるフランケン地方のハンス・ヴィルシング醸造所 の畑で採れた
シュペートブルグンダー(ピノ・ノワール)を、エバートの旦那自らが醸造して瓶詰めしたものである。
11. 2007 Iphoefer Spaetburgunder trocken
色は薄めで若干残糖感の残るジャミーな味わいで、少々雑味が残る。悪くはないけど、赤を造るのはあまり
上手くないな、と感じた次第。(^人^)
ここでは赤は造らないの?訊いてみた。
「シュペートブルグンダーを造るとなると、畑の良い場所に植えないといけなくなるのでそれをする気はないよ」
今年の葡萄の出来栄え(2009年産)についても尋ねてみた。
「去年の同じ時期に比べると、酸のレベルは同じ程度だがモストは今年の方が重い。酸度はこれからもう少し
下がるかもしれないね。収量は去年の65~70%と、去年より少ない」
見よ、この飲みっぷり
グラスのワインを煽るように飲んでいたエバートの旦那だったが、娘さんに呼ばれて奥に引っ込んだかと思うと
「これからまた客が来るんだ。嫁さんのいない時に限って忙しいんだよ。まったく、娘にはお父さんいつも時間が
ないんだねって文句言われるんだ。これから宿まで送るよ」
気付けばここに来てから既に3時間以上が経過していた。館を出た我々は、彼の運転する車に先導されて
この日の宿へと向かうのであった。宿に着いてから礼を述べると、別れ際に「今度はいつ来る?」と尋ねられた。
再来年ぐらいかな?と言いかけると目が笑っていなかったので、つい「来年また来るよ」と言い直してしまった。
すると旦那は満面の笑みで 「オッケー、それで良いんだ」 と力一杯この手を握ってくれたのであった。
ゼリッヒのガストツィンマー(民宿)に宿泊した我々は、翌朝メルテスドルフへと向かう前に再び朝もやに霞んだ
ザールシュタインの葡萄畑にやって来た。やり残した事を片付けるため、そしてもう一度ゆっくりとこの畑を見て
おきたかったからである。
ゼーリガー・アントニウスベルク畑のある斜面の一番上のあたりから、右端に醸造所を望む
↑クリックすると全体が見えます (撮影 by trittenheimさん)
この日は前日と異なり、向いの斜面からいったん谷に下りて、ザールシュタインの斜面の麓の方から畑に
アプローチしてみた。見下ろすのとまた違って、見上げる畑は一層その規模の大きさを感じさせる。
ぼんやりと霞がかった中にリースリングの房の美しい緑が鮮やかに映えていた。畑には青~灰色のシーファーが
ゴロゴロ転がっている。そして足元には、剪定されてまだそれほど経っていないと思われる瑞々しい葡萄の房が
あちらこちらに転がっていた。そんな中にちょうど良い長さの枝付きの1房が、まるで持って帰れと言わんばかりに
こちらの視界に飛び込んで来た。(^ε^)♪
リースリングや畑の写真を撮ったりシーファーを吟味したりしていると、上の方から何やら大声が聞こえて来る。
どうも我々に向かって何か叫んでいるらしい。いや、これはその落ちているのを拾っただけで何も悪い事など...
などと一瞬焦ってしまったが、香草園さん 曰く 「エバートさんが、おいでって呼んでるみたいですよ」と。
いったい何事かと我々は大急ぎで車に飛び乗り再び醸造所へと向かったのであった。
醸造所の中庭ではワインの瓶詰め作業が行われている真っ只中であった。機械がそのまま車になったまさに
「動く瓶詰め作業機」である。年に数日しか使わない設備に高い費用をかけるよりも、こうして必要な時にだけ
出張してもらって利用する方がスペースも取らないしコスト面でも遙かに効率が良い。なかなか考えてるなぁと
感心。瓶詰め作業は他の人に任せておいて、エバートの旦那は「おいで」と我々をケラーに案内してくれた。
裏口の戸を開けてケラーに入った所。ズラリと並べられたステンレスタンク群。
地下に降りると、ちょうど2008年産のヴァイスブルグンダーをタンクからポンプで汲み上げて、中庭の瓶詰め車に
送る作業中であった。そう言えば「明日残りの5000リットルを瓶詰めする」って言ってたっけ。他のタンクは収穫を
前にしてみんな空っぽのようだった。
立ち話をしながら見ているうちにどんどん瓶詰めが進んでいく。
「そうそう、シューベルトさんとこは今年からヴァイスブルグンダーを売り出したんだよ、知ってるかい?」
「ええ、知ってますよ。ちょうどドイツに来る前に飲んだ んですけど、旦那のヴァイスブルグンダーの方が断然
美味しかったですよ」 と、返してみた。もちろん嘘じゃない。すると「ちょっと待ってな」と言って彼は瓶詰め機の
方に行って、たった今キャップのはめ込まれた出来立てホヤホヤのボトルを我々に1本ずつ持たせてくれた。
「今日も天気が良いからピクニックにでも行って飲んでくれ」 そう言って彼は豪快に笑った。
(撮影 by trittenheimさん)
もう1時間ほど待てば奥さんのアンドレアさんが帰って来るということだったが、これからルーヴァー渓谷の
マキシミン・グリュンハウスに行く予定の我々はここでエバートの旦那に別れを告げることにした。瓶詰め機の
カシャカシャという音を背に、後ろ髪を引かれる思いでゼリッヒ村を後にしたのであった。
醸造所に来たのはこれが3度目であり、5月
には奥さんにもいろいろ聞いていたのでそれほど真新しい知見は
多くなかったが、ワイン醸造の過程に於いて天然酵母と培養酵母を併用してそれぞれの利点を生かしている事を
初めて知った。なるほど素人は、やれ木樽だのステンレスだのと、あるいは天然酵母だの培養酵母だのと
どちらかに分けたくなるものだが、現実はそんな単純な話ではない。両者の長所を生かしたり短所を補ったりと
併用することだって有り得る訳だ。現場ではより良いモノを造ろうと試行錯誤を重ねて現在に至っている訳で
これからも時代とともにどんどん変化していくのだろう。ワインが農産物である以上、造る方も収穫具合によって
臨機応変に対応して悪い筈はない。何の彼のと理屈をこねる偏執な飲み手に対して、「ブツブツ言ってないで
現場を見に来りゃあ、いろいろ教えてやるよ」 と新しい視点を与えられたような気がした。
それにしても何と居心地の良い訪問、そして滞在であった事か。醸造所はもちろん、宿泊したガストハウスは
部屋も小奇麗で広々としており、おまけに1泊20ユーロ。オーナーのおばさんも親切で非常に快適な宿であった。
やはり地元の人に選んでもらうと間違いはない。歩いて5分ほどの所にあるレストランもなかなか気に入った。
ワインに惚れ、人に惚れる。人間性に惚れるというのはこういう事を言うのではないか。エバートの旦那も奥さんも
良い意味での田舎の素朴な夫婦である。残念ながら生まれてこの方、街中である意味冷めた日々を送っている
ためか、こういう人里離れた場所で大自然を相手に堂々と生き、そして純粋にモノ造りに励んでいる「強い」姿に
憧れを抱いてしまうのも無理はなかろう。上手く言葉には出来ないが、こういう人物にはワイン造りだけではなく
もっといろんな事を訊いてみたい、そしてそのエネルギーを少しでも分けて貰いたい。
いつかチャンスがあれば居心地の良い宿に長期滞在でもして、醸造所の収穫作業に加わってみたいものだと
強く思う。この世の中、荒唐無稽な願望は別として、強く望んで努力を怠らなければ叶わぬ夢もなかろう。
まずは来年、またここに戻って来れるように日々精進を重ねて生きたいものである(何の精進?)。
朝靄の中に佇むシュロス・ザールシュタイン
・・・・・続きはこちら → 我が故郷 グリュンハウス (Maximin Gruenhaus)