テロ思想の感染予防・オウムの経験から③ 被害妄想と誇大妄想 | 上祐史浩

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前回は、善と悪の戦いを説く終末思想のお話をしました。特に終末思想を含めた宗教的な戦争の場合は、自分たちが神の側であり、敵は悪魔の側となります。

   客観的には、現実の世界で、一方が絶対善で、他方が絶対悪ということはありえないと思います。むしろ、仏の手のひら、どんぐりの背比べ、と言うように、 本当の意味で神仏から見れば、互いに不完全で、似たり寄ったりの人間同士が争っているという方が正しいように思います。

 しかし、実際の戦争は、自分を絶対善・敵を絶対悪として行われることがほとんどではないでしょうか。なぜならば、それが、大量の殺戮を行う戦争を正当化するために必要だからだと思います。
   そして、そこに宗教が絡むのは、神には人を裁く権利があり、普通は人が人に対してなしてはならない大量の殺戮である戦争を正当化するには、それが神の意思であるという解釈が都合がいいからだと思います。結果として、どちら側も、自分たちが神側であり、相手が悪魔側だと位置づけます。

 もう一つ重要なことは、これが、単なる慢心と見下しならばよいのですが、少なからぬ場合において、自分達が神側だという誇大妄想と、敵は悪魔だという被害妄想とさえ呼べる集団心理が形成されてしまう場合があると思います。それは、本人たちは気付いていないが、客観的には、精神病理的な状態とさえ言うこと ができると思います。
 これは、この問題の中で、見過ごせない重要性を持つと思います。率直に言えば、自分は、カルト集団、テロリズム、戦争行為などの一部には、精神病理的な 要素が深く関連しているという仮説を持っています。これを突き詰めれば、現代社会の薄く広く広がり、その強度を徐々に増しつつある精神病理の問題が、精神疾患と共に、カルトやテロリズムを作り出す土壌になっていると思うのです。

 古くは、植民地侵略の時代、米国などが、インディアンを虐殺して西部を侵略し、ハワイまで侵略することについてあ、それは、神の摂理で与えられた明白な使命、天からの負託(マニフェスト・デスティニー)と考えました。
 これは、キリスト教と民主主義に基づく自己過信・慢心だと思います。しかし、近年でも、米国は、2003年に行なったイラク戦争について、これは、サダムフセインの独裁体制を打倒して、イラクに民主主義をもたらすものだとしました。

    しかし、結果は、戦争後の治安の安定に失敗し、10年以上の内戦状態が続き、これが、本稿の主題であるイスラム国の台頭を許す結果となりました。池上彰氏 も、「全ては2003年の米ブッシュ政権のイラク攻撃から始まった。少数派のスンニ派が多数派のシーア派を抑圧していたフセイン政権を倒せば、両派が殺し 合うことは当然、予想できたはずだ。…その結果、国家が崩壊。内戦が始まり、「イスラム国」の前身だった過激派が組織されていった。」と述べています。

 
 そして、このイラク戦争の背景として、日本ではあまり語られていませんが、ブッシュ大統領の宗教心とその支持母体であるキリスト教右派の影響が指摘されています。
   井上健東大教授は、「(ブッシュ大統領は)歴代大統領の中でも際だって信仰心があつく、キリスト教右派を主要な支持基盤の1つとするブッシュ大統領の共 和党政権下において、キリスト教原理主義は、国家の外交、軍事を左右しかねない影響力を持つに至っている。」と述べています(知恵蔵2015)。
 米国の世論調査では、宗教心が強いアメリカ人ほど共和党、ブッシュ大統領を支持する割合が高く、また宗教心の強い白人の間で戦争支持者が多く、アメリカ人の40%、福音派の71%がハルマゲドンを信じているというデータもあります。

 そして、この戦争の際に、戦争の最大の正当性として、米国は、ブッシュ大統領をはじめとし、フセイン体制が、大量破壊兵器を有し、アルカイダとの繋がりがあると断言していました。
   しかし、戦争後の調査の結果、同大統領も「結果として間違っていた(なかった)」ことを認め、大きな批判を呼び、今では、米国民の過半数が間違った戦争 だったとしています。こうして、戦争の直前の2001年に、911テロの災厄があったとはいえ、米国全体が、戦争前は一種の被害妄想の状態にあったので す。

 なお、米国政府は、イラクの石油利権や軍需産業の利益等が狙いであり、意図的に情報操作をした、という仮説(陰謀説)があります。誇大妄想と被害妄想に は、自己利益と深く結びついているので、そうした一面はあった可能性は感じます。しかし、それを戦争の動機の全てと考え、米国政府が、イラクに対して(被 害妄想的な)不安は全く抱いておらず、欲望のために情報操作をし、悪魔のように戦争に向かったと見るのも、一種の妄想の恐れを感じます。

 また、大日本帝国も、現人神の天皇を有する神の国の日本がアジアを統治すべきであり、英米は鬼畜である(鬼畜英米)と考えました(大東亜共栄圏思想)。しかし、戦後に米国人多数が来日すると、鬼畜ではない様を見て、多くの日本人が驚いたとされます。
   ナチスドイツは、ドイツ民族が世界を支配すべき優秀な民族であるとして、その一方で、ユダヤ民族はドイツ民族を汚してドイツの苦境を作り出しており、排 除すべき劣等民族であると考えました。その結果として、第二次世界大戦とユダヤ人虐殺という破局に突き進みました。これらは、国家全体が、誇大妄想と被害 妄想の心理状態に陥った事例だと思います。

 そして、前回述べた、オウム真理教とイスラム国に共通する終末思想の要点は、自分たちの宗教思想こそが良い社会を作り、欧米主導の現在の世界の支配体制 は、悪の支配であり、近づく終末戦争で、善が悪に勝利するという考えは、明らかに、自己に関する誇大妄想と他者に関する被害妄想だと思います。
 特にオウム真理教の場合は、教祖をはじめ、米軍の毒ガス攻撃を受けていると考え、サリン事件などの事件は、その攻撃に対する反撃の一面もありました。こ れは、実際には被害妄想の集団心理と思われるものの、当時の信者の中には、実際に健康被害を訴える者が多く、心理状態が色々な意味で実際の健康に影響を与 えた可能性が高いと思います。

なお、精神病理は、場合によっては、精神病に発展し得るものですが、最近は人格障害と呼ばれています。そして、これは、どんな人にも多かれ少なかれ存在するとされます。人格障害がある人とない人には二分化できないというものです。
 しかし、現代社会では、体の病気の治療が改善する中で、こうした精神の問題への対応は、なかなか改善していません。そして、社会環境等の諸条件の変化によって、人格障害に関しては、むしろ増大しているのではと思います。