K大学医学部研究棟での出来事…

腹痛で女子トイレを探していた私。
ようやく見つけたトイレは、男女共用だった。


ベニヤ板一枚で区切られただけの、女子トイレ。
しょうがないのでそこに入り、下痢で苦しむ私…

苦しむこと十数分、


そのときちょうど下痢波が小休止し、
うーん、腹痛くてもう一回ゲリしそうだけど
今すぐは出ない…という感じ。

すなわち、待機状況というわけ…






そこへ、

ふんふんふ~ん



ハナウタもゴキゲンに、誰か男性(たぶん医師か講師)が
足音も軽やかに、男女共同トイレに入って来た。


個室横に設置された

男性小用アサガオ便器

に響く音が、じょんじょろ、じょんじょろ…

小便の水音とハナウタとの合唱である。


それは別にかまわないのだが(そうか?)





小便を終えると、そのゴキゲンドクター

またも高らかに


るんるんる~ん♪


とハナウタを歌いながら、


おもむろに


トイレの電気を消した のである。



そしてスキップでもしてんのか
タッタカタッタカと軽快にトイレを出ていかれた…


!!!!!!!!



………



私はまだ、腹痛に脂汗を流しながら和式便器の上に
滞在していた。


不運なことに、そこのトイレには窓がなく

たったひとつの蛍光灯を消されると、

昼でも真の暗闇になった。




…確かに、

「電気をたいせつに。
使わない時は消しましょう」



ってステッカーが貼ってありましたよ、そこのトイレには。


エコロジー、たいせつですよね。


でも。


でも、私…


ぐわああ!!

私、まだ

入ってますからぁ~~!!




消された瞬間、叫んで私の存在・生存を知らせれば、

嗚呼、あの

ゴキゲンるんるんドクターに呼びかけたなら、

「ああいたの?ゴメンゴメン」

って電気をつけてもらえたろう。



でも、その時の私は若干ハタチの乙女。


見ず知らずの男性に、個室から声をかけるなんて。

しかも、長時間個室に滞在してることからして、


ウンコと知れる

こと、必至。


とても言えない。


ああ乙女心。



ペーパーもわからぬほどの真っ暗闇で、
腹痛をこらえている自分…

泣けてきた。

マジ泣けてきた。



下痢が一段落してから、私はよろよろとその場を立ち去った。

専門課程学生400人に対して、
450人の講師を擁するK大である。

あのるんるんゴキゲンドクターが誰だったのか、
それは今でもわからない。

哀しく恥ずかしい青春の思い出であった。



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医学部のお話。

8~9割が男子という世界なので、女子はそれはそれは
少なかった。

100人中だいたい女子はヒトケタで、
わが学年は14人の女子が在籍し、女子が多い多いと
言われていた。

それゆえ、女子向け施設というのはとても少なかった…


たとえば、トイレ



生物的欲求にしたがえば必要なトイレ。


講義や試験会場ともなる第一校舎にて、


男子トイレは一階


女子トイレは三階


であった。


男子はトイレに行くのに、教室をヒョイと出れば済む。



しかし、女子はトイレに行くためには、


えっちらおっちら3階まで

ひたすら階段を上らねばならなかったのである。


エレベーターはあったが、学生は基本的に利用禁止
…だったのだ。

これはきつい。

だからトイレはがまんせず、早め早めに行っておくのが
女子のたしなみであった。


この決めごとを恨んだのは、テストの時。
私は試験前ギリギリまでテキスト見直しして頭に詰め込み、
あがく方だったので、トイレ時間のロスも惜しかった。

男子だったらラクなのに

と何度も思ったものである。




そしてある時、

私はまた別の校舎でトイレを探していた。



…ここから先、お食事中の方はご注意を…



ストレスに弱い私は、しょっちゅう腸を壊し、


しぶり腹になってしまうのであった。

くの字になって腹痛に耐え、
トイレ探索ミッションをひとりでこなす私…


幸い、女子トイレ表示を2階で発見!!

それは廊下の奥も奥、

ずいぶんと奥まった場所にあった。






おお、ゴッド…!!

しかしそれは、女子トイレ表示は、




男子トイレの入り口

に貼ってあったのだ!!





つまり、男子トイレの3つある個室一番奥だけを

ベニヤ板で仕切って

女子トイレ(仮)


にしてあったのだった…。


共用かよ!!


こ、工事現場じゃないんだからさぁぁぁl!


しかし背に腹はかえられない。

私は個室に入り…

十数分ゲリピーに苦しんでいた



そのとき、事件が…


(明日につづく)
siro


ひさびさに、「親との闘い」コンテンツ更新。
新たになにかあったわけではなく、今までのことをまとめて
おきたくなっただけので、どうかご安心を。




自分の親がちょっとヘン…
そんなとき、子供はたいへんだ。
規範となるべき親が常識の圏外なら、何をもって常識と
すればよいかわからないからである。


私は、必死で大人の顔色をうかがい、世間を観察し、
本を読みまくり、考え考え考え、なんとかこれなら
世間から後ろ指さされないのではないか…

そう考え、生きて来た。

死にたい気持ち…
希死念慮は、つねに私とともにあった。

高校生になって、彼と出会うまでは。


小学生のころ、

本気で死を考えていた。




へんてこな宗教団体にはしょっちゅう連れていかれるし、
両親が心底いやで、希望がなかったからである。

私は幼い頭で、
まわりを殺すことは出来ないから、
自分がこの世界から消えてしまえばいい、と思った。

えんぴつで手を刺したり、自傷行為もしていた。
死のことばかり憑かれたように考える小学生だった。


飛び降りはあとで掃除の人が困るだろう。


電車、車も轢いてしまった人がいやだろう。


首は吊れない
(なにしろ、ひもをうまく結べない子供だったので)


カミソリで手首を切ろうとしたら、風呂場のかみそりは
錆びていて、ひっかき傷になっただけだった。


だったら、入水かな。
泳ぐの得意じゃないし、溺れる自信があるし。
ちょうどいいんじゃないのかな。

そんなことばかり考えていた12の私…

今思うとちょっとイヤだ。



自殺の名所へ行こうにも、
小学生(しかも自転車にも乗れない!)なので
…交通手段がなかった。


冬、クラスの遠足で沼を見に行った。


担任の先生が、
暗く寂しい不吉な冬の沼を見ながら、


「おまえら落ちるなよー。
こんな寒いとなあ、
水に入ったら30秒で
心臓が止まるんだぞ」


と言った。

私は、

入水は溺れるのが苦しいのが難だと思っていたけど、
30秒!たったそれだけでフィニッシュ!ナイス!
30秒だったら、私でもなんとかガマンできそう。


本気で、先生とクラスメートの目をかすめて沼にはまろうと
思っていた。その時だった。


クラス一のおどけものだった男子が、


「30秒で死んじゃうのかー。
だったら、はまっても
29秒で出てくれば
ギリギリセーフじゃんっ♪」



…クラスじゅうが、爆笑につつまれた。
私は、その時死ぬ気を失った。
こんな笑いのあと実行するのが、ばかばかしくなったので。



中学生になってからも、希死念慮は私につきまとった。

しかしそのころ、漫画にはまった。



荒木 飛呂彦
ジョジョの奇妙な冒険 (1)

たかが漫画で死ぬのをやめるなんて、
もともとそれほど悩んでいなかったんじゃない?


…と、思われるかもしれない。

しかしあなどるなかれ、
私をこんなに夢中にさせた作品は、それまでなかった。

体験したことのない、ワクワクとドキドキ。

絶望的に強大な敵に対して、
愛と勇気をもって立ち向かうヒーローが、
私に希望をくれたのである。

毎週ジャンプで読むこの漫画が、楽しみになった。

単純な私は、「JOJOが完結するまでは、生きていこう!」
と思った。


JOJO連載は長期化した。
2006年の今でも、パラレルワールドではあるが、
関連作品の連載が続いているほどである。


そして私は、全国的には無名だが、地域では進学校と
言われている高校に入った。

そして彼氏Tくんと出会う。

彼が、

人間は自由に生きてもいい のだと教えてくれた。

それまで、私は親にさからったことがなかったのだ。


そして…紆余曲折あり、
いま、私は愛する人の妻になった。

本当にいろいろなことがあって、今順風満帆というわけ
にはいかないのだけれど、


それでも、今、いまだからこそ。




あの幼いころに、

わけもわからず

小さな世界で絶望して

死ななくて良かった、



と思うのだ。



生きていれば。

仲間を見つけられる。

それは友人であるかもしれないし、伴侶であるかもしれない。

そして小説。漫画。映画。

それらは、心揺すぶり生きていく勇気をくれるかもしれない。

哀しみから目をそらさせ、一瞬でも癒しをくれるかもしれない。

そして、時。
時間は友だ。
どんなつらい時も、永遠ではない。

いつかは流れ過ぎ去る。

今生きていて本当に良かった、と遅咲きの私は今思う。