新宿の損保ジャパン東郷青児美術館で開催中の「オランダ・ハーグ派」展を見て来たのですね。


「オランダ・ハーグ派」展@損保ジャパン東郷青児美術館


といっても、ハーグ派なる一派は寡聞にして知らず…の状態でありましたので、
まずは会場冒頭の説明文から引用して、ハーグ派とは何ぞやというあたりを。

自然主義的な絵画を描いてきた自国の伝統と、バルビゾン派が実践していた近代的な意味での自然主義絵画から多くを学んでその画風を発展させ、オランダに特徴的な景色を独自の静謐で詩的な方法をもとに描きだした。

…ということでありますので、展示の方も序章的にバルビゾン派 の作品から始まります。
バルビゾン派は当時の「ヨーロッパにあってはきわめて新鮮な主題」である
「自然」そのものを対象として作品を制作しましたけれど、
デオドール・ルソーやドービニー、デュプレらの作品を見ながら歩を進め、
「これからハーグ派の画家の作品ですよ」と言われても、
ちょっと区別がつかないようなところがありますね。


本展フライヤーのヴィレム・ルーロフス作「アプカウデ近く、風車のある干拓地の風景」あたりも
風車がオランダらしさを醸しているではないかと言われれば、「そうかも…」と思うくらい。


ただ、オランダはとにかく高さのない海面すれすれかそれ以下の土地が広がるばかりで、

平坦この上ない。ですから、風景を描こうとしてアクセントになるのは、

それこそ風車くらいなものらしいと聞けば、なるほどなあと思いますですね。


それだけに、かつてのオランダが一分野を築いたと思われるのはむしろ海景画でありますね。
バルビゾンは内陸の村ですから、さすがに海を描くことはなく、

これはむしろハーグ派の独擅場かと。


ヤコプ・マリス「漁船」(部分)


ヤコプ・マリス描くところの「漁船」(部分)などは見たまんまなのでしょうけれど、

詩的ですらあるという。


と、遅まきながらここまで来て言うのもなんですけれど、
オランダはオランダで絵画の輝かしい伝統があったではないかと。
神話画・宗教画に重きを置くあまり、他ではむしろ軽んじられていた風景画、室内画などで
素晴らしい作品を数多生み出してきたのがオランダなわけで、
むしろそうした部分にバルビゾン派は目を付けたというべきなのかも。


さすれば、ブルーノ・タウト が「なぜ日本人は日本ならではのものに着目しないのか」と

指摘したことにも似て、オランダでは忘れられてしまった(?)伝統的なところを

バルビゾン派によって再認識することになったと考えたらいいでしょうか。


となると、バルビゾン派から影響というのはきっかけであって、むしろ自国の伝統を掘り下げて、
(バルビゾン派とも違う)独自のハーグ派となっていったと思ったらいいのかも。


ただ、温故知新的ではあっても、

フランス発で印象派 やポスト印象派が新しい地平を切り拓いていく中では
革新性に乏しく、埋没してハーグ派そのものが忘れられていってしまったのかもですね。


そうはいってもバルビゾン派の影響もまたと思わせるところがあるのは事実でして、
このフィリップ・サデーの「貧しい人たちの運命」(部分)はそうした一枚ではないかと。


フィリップ・サデー「貧しい人たちの運命」(部分)


魚の水揚げを遠景として、その手前、真ん中あたりに
腰をかがめて落ちている魚を拾おうとしている姿が描かれていますけれど、
まるでミレーの「落穂拾い」、これの漁村版ではなかろうかと思われます。


ところで19世紀末は絵画の世界も激動期なだけに、
ハーグ派は埋没していってしまい…と書きましたけれど、
結構な大物二人にオランダ絵画の伝統を橋渡ししたようでありますね。


ひとりはゴッホ、もうひとりはモンドリアンということでして、

ゴッホの場合、従来からよく知られるバルビゾン派との関わりは
そもそもオランダ時代に絵を習ったのがアントン・マウフェという

ハーグ派の画家であったそうですから、
バルビゾン派との出会いもハーグ派を通じてということができそうです。


一方、モンドリアンはといえば、

三原色が幾何学的に区分けされた作品で有名だったりしますので
ハーグ派との繋がりや如何にと思うところですが、絵を描くようになるきっかけのひとつとして
「叔父がハーグ派の流れをくむ風景画家」であったことが挙げられるそうな。


そうしたことを踏まえて、

展示されている抽象に至る以前の作品を見ていくと、さもありなむの気がしてきますし、

流れとしてモンドリアンが具象画から抽象画へと移っていく過程を見るような

楽しみがありましたですね。


ピエト・モンドリアン「夕暮れの風車」(部分)


1917年頃の作とされる「夕暮れの風車」(部分)、
これなどはまさに転換点にある一枚であるかもしれません。

…と、予期したよりはずっと面白く見ることのできる「オランダ・ハーグ派」展でありました。