例によって旅の話ばかりでは、バリエーションの点で面白みがありませんから、

別の話も織り交ぜて…とは思いますが、少々「またかよ!」的なところから。


先日、いったいポアロなのか、ポワロなのか …なんつうことを書いたりしているものですから、
何度も見てはいるものの、TVシリーズの「名探偵ポワロ」をまた見てしまっておりますよ。


で、シリーズの中の一本、「ダヴンハイム失踪事件」というものを見たところで
「おや?」と思いついたあたりを書こうと思っているわけでありますが、
ここから先の話にはポワロとシャーロック・ホームズと刑事コロンボのお話に関して
いささかのネタばれと思しき部分が出てまいりますので、ご注意くださりませ。


まずはTV版「ダヴンハイム失踪事件」のストーリーから。
さる銀行の頭取であるダヴンハイム氏は、
ある日帰宅するとしばし書斎に籠った後、郵便を出しに行くと屋敷を出ます。
来客の予定がありましたが(郵便局が駅の近くにあって途中の道は一本道なのでしょう)、
来訪者とは途中で会えるだろうからと出かけてしまうのですね。


しばらく経って屋敷に来客がたどり着くも、途中では誰とも出会わなかったと言い、
書斎で待つこと一時間、いっこうにダヴンハイム氏が戻らないことに痺れを切らして

来訪者は帰ってしまいますが、その後も全くダヴンハイム氏が帰宅することは無く、

忽然と姿を消してしまった…と。


その後、警察の捜査が入ると主人の失踪ばかりか、
書斎に掛けられた額縁の裏の隠し金庫がこじ開けられており、
中に入っていた宝石類が全て持ち去られていたことが判明します。


ジャップ警部との掛けによって、ポワロは自身が現場に出かけることなく
ヘイスティングスの見聞だけを頼りに推理を巡らせることになりますが、
さて、ダヴンハイム氏はどこへ行ったのか、宝石は誰がいつのまに奪い去ったのか…。


ここで早速にネタばれですが、宝石は奪い去ったのはダヴンハイム氏自身。
帰宅してから郵便を出しに出かけるまでの間に金庫から取り出していたという。


当然に自分の金庫を自分で開けるのは簡単なことですけれど、
ダヴンハイム氏としては自ら持ち去ったのがバレないように

(むしろ来訪者が奪ったと思わせるように)
無理やりたがねとハンマーで強引にこじ開けたと見せかけるのですね。


ですが、金庫にたがねを当ててハンマーでぶったたけば大きな音がしてしまうわけで、
この音をカバーするために氏が考えだしたのはレコードをかけてごまかすという作戦。


しかし、いくらレコードをかけたところで、分かるだろうよと思うところが、
この時にかけていたレコードというのがチャイコフスキー 作曲の序曲「1812年」でありました。


ご存じのようにこの曲はナポレオンを打ち破ったロシア軍のようすを描写した音楽ですけれど、
元々の楽譜に「大砲」を使うよう指定されているらしく、オーケストラの演奏に被せて
本当の大砲をぶっ放したという録音も残されているという代物。


それだけに(それでも無理だろうと思いつつも)少しばかりは「あり得るかも…」と
ギッリギリ納得しかかるくらいのところには繋がっていきそう…なんですが、
ポワロの活躍した時代には大砲の実射音を入れた録音はまだ無かった(Wikipediaより)ことを

知ってしまうと、「やっぱり無いな…」と思うわけですね。


では、こうした無茶な設定をクリスティーが自らしたのか、
金庫ぶったたきのマスキングにチャイコフスキーの「1812年」を使うものとして書いたのか、
これが気になったものですから、原作に当たることにしたのでありますよ。


ポアロ登場 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)/アガサ・クリスティー


原作はポワロものの第一短編集、

「ポアロ登場」(早川書房刊なのでポアロです)に収録された一編ですが、
この辺りの描写は実にあっさりとしたもの。

そうなれば、ドラマ化に当たってちと大仰な演出を加えたということなのでしょうね。


でも、見るからに「やっぱり無いな…」という手法をなぜ取りいれてしまったのか?ですが、
もしかするとこの部分を見ていて個人的に「そう言えば!」と思ったことに
この制作者側も気付いたのかもしれんと思ってしまったり。


で、そう言えば!と思ったことが何かと申しますれば、

ここで「刑事コロンボ」が登場することになります。


シリーズ中では結構後の方の作品に「殺しの序曲」というのがありまして、

(と、ここでコロンボのネタばれです)
殺人事件の銃声がレコードの音でマスキングされるところが出てくるのでありますよ。


しかも、曲はやっぱりチャイコフスキーの幻想序曲「ロメオとジュリエット」です。
(余談ですが「ロミオとジュリエット」を題材としながら曲名は「ロメオ…」と呼ばれているようす)

これを知ってたポワロ・シリーズの制作者側がもっとインパクトのある曲を探そうとしつつも、
コロンボ・シリーズへのオマージュから(?)チャイコフスキーの中からと考えて見つけたのが
序曲「1812年」だったのかも知れんなぁと思ったりするのですね。


でなければ、もっともっとマスキングに適当と思われるクラシック音楽は他にありましょうからねえ。

例えばですが、ストラヴィンスキーの「火の鳥」なんてどうでしょう。
バレエ音楽としての全曲は1910年に初演され、
1924年に「ポアロ登場」が刊行されるまでに組曲版も作られていましたし。


ところで、ポワロとコロンボまで出てきましたが、

それではシャーロック・ホームズはどう関係が?


いよいよ一番の核心に触れるネタばれですが、「ダヴンハイム失踪事件」のベースは

ホームズ譚の「唇のねじれた男 」にある(あ!言ってしまった!)、
もはやこれ以上の言葉は必要ないですね…。