【本編】episode43 仕返しの功績
episode43 仕返しの功績
「う…」
「天馬さま…!」
目覚めた天馬は体を起こそうとした。
榊がすぐに気づき、彼の行動を手伝う。
ベッドの上で座る体勢になった天馬は、少しだけ深く息を吐いた。
「ふぅ」
「……!」
「………っ!」
そんな彼の姿を、玲央菜と紫苑は感極まった表情で見つめている。
だが、ふたりともその場を動かない。
天馬への激しい思いを玲央菜に語っていた紫苑も、駆け出して天馬に飛びついたりはしなかった。
ただただ、その場に立っているのが精一杯という風情だった。
そして玲央菜は、胸に手を当てて瞳に涙をため、泣くのを我慢しているのか顔を真っ赤にしている。
天馬は、そんなふたりを交互に見た後で、座ったままぺこりと頭を下げた。
「ふたりとも、本当にごめん」
「……」
「………」
玲央菜も紫苑も、ふるふると首を横に振るばかりだった。
返事をしたいのだが、口から言葉が出てこない。
天馬もそれは理解しているようだったが、話の続きをする前に榊の方を見た。
そして彼に向かっても頭を下げる。
「榊にも、悪いことをした」
「天馬さま…おやめください、私に頭を下げるなど」
「いや、長年いっしょにがんばってくれてたのに、最後の最後で俺はお前に黙って風野を頼った。悪かったと思ってる」
「…それは…」
榊は苦い表情になる。
天馬は顔を上げ、彼の肩を軽く叩いた。
「ま、お前も黒皇刃を勝手に玲央菜ちゃんに持たせたから、おあいこといえばおあいこなんだけどな」
「…!」
天馬の言葉に、榊は思わず目を見開く。
その直後には、言葉が口から漏れていた。
「ご存知…だったのですか」
「そりゃそうさ、黒皇刃は俺たちの最後の切り札…お前だけに管理させるのも変な話だからね」
「…おみそれいたしました」
「ただ、俺が風野を頼ったのと、お前が黒皇刃を玲央菜ちゃんの部屋に仕込んだのと…どっちが先なのかは、ちょっとわかんないな?」
「…!」
榊は驚き、天馬の顔を見つめる。
三日三晩寝続け、さすがにやつれた主人の顔は、しかし明るく笑っていた。
天馬はこう言っている。
どちらが先に相手を出し抜いたのか…それがはっきりしないのだから、どちらも何も責任を感じることはないのだと。
昏睡状態から目覚めたばかりの者とは思えない気づかいに、榊は思わず頭を下げた。
「…この榊、感服いたしました」
「よせよ、ホントにどっちが先なのかわかんないんだしさ」
「……」
榊にはわかっている。
天馬がわざわざ自分にそう言うということが何を意味しているのか、はっきりと理解している。
だが彼の主人の笑顔は、そのことに関してはもうこれ以上何も言うなと言っている。
ならばそれに応えることが、執事たる自分の役割なのだと思った。
「……」
「………」
榊は小さく微笑み、天馬も笑ってみせる。
ともに戦い続けたふたりには、もはやそれで充分だった。
その後、榊は一礼して天馬から少し離れる。
天馬もまた、今度は玲央菜と紫苑に説明すべきだと考えていたようで、彼女たちの方を見た。
「ふたりとも、もうちょっとこっちに来てくれ…ちゃんと話す、いや話をさせてほしい」
「…はい」
「……」
玲央菜は返事をし、紫苑は黙ったままベッドのそばへ向かった。
用意された椅子は1脚しかないのと、今はメイドの服を着ている(=メイドの仕事中)ため、玲央菜は立ったまま、紫苑は椅子に座って天馬の話を聞く態勢をとった。
「まず…」
天馬の目が、玲央菜を最初に見る。
しかしすぐに紫苑へと向かった。
「紫苑」
「…!」
先に紫苑の名を呼ばれたことに、玲央菜の胸の奥がちくりとした。
だが考えてみれば、紫苑は天馬の家族であり、先に話をするのは当然だった。
だから彼女は努めて冷静でいようとする。
その耳に、天馬の紫苑への話が流れ込んできた。
「…先に、お前に何も言わなかった理由を説明させてほしい」
「……」
紫苑は、きゅっと唇を噛んでいる。
瞳にはまたいっぱいに涙をためて、怒ったような顔で天馬を見ている。
唇を噛み、怒ったような顔をしていなければ、涙がこぼれてしまうのだ。
彼女は必死にそれをすまいとしている。
だが天馬はそれに気づいていないのか、彼女にこう声をかけた。
「…いいかな?」
「早く…教えて」
しゃべってしまったので、唇を噛む力を抜けてしまう。
紫苑の頬を涙が流れ落ちた。
彼女はそれを、慌ててハンカチで拭いつつ下を向いた。
一度鼻をすすってから、顔を上げて天馬に言う。
「…早く言ってってば」
「わかった」
天馬は、いつも強気な義妹の涙に微笑みを見せた。
そして彼女に、なぜ何も教えなかったのかの理由を語る。
「お前に何も教えなかったのはなんでかっていうと…そのまんまでさ。お前には何も知らないでいてほしかったんだ」
「…それは…私が、いつも……うるさくしてるから?」
「ちがうちがう」
天馬は苦笑し、手を軽く振ってみせる。
これが意外だったのか、紫苑はきょとんとした表情になった。
「え? じゃあどうして…」
「お前には、いつも通りのお前でいてほしかったんだよ」
「いつも通りの…私?」
「ああ」
天馬はここで笑顔を消し、真剣な面持ちでうなずいた。
このことが、紫苑にある種の覚悟をさせる。
彼がこれから言うことは、自分がうるさくしているのをなだめすかすための言葉ではない。
覚悟とは、これから天馬が語る言葉を、真正面から受け止める覚悟だった。
天馬が続きを語り始めたのは、彼女がそう考えたのとほぼ同時だった。
「お前はいつも、俺のことを大事にしてるとでっかい声で言う。正直、それはちょっと恥ずかしい」
「…うっ…」
「だけど、やっぱり嬉しいんだよ。俺のためなら誰彼かまわず噛みつくとこも、困った部分ではあるけど嬉しいんだ」
「お兄さま…」
「ただ、それだけ俺のことを考えてくれてるからさ、もし俺の体のことを知ったらきっと…いつも通りではいられなくなると思ったんだよ。解決のために走り回ってくれるだろうし、いろんなことについて悩ませると思った」
「…でも、それは当たり前じゃない? 私とお兄さまは家族なんだから」
「確かにそうかもしれない。でも、俺は当たり前だとは思わなかった」
「…え?」
「紫苑」
天馬は、紫苑に向かって手を伸ばした。
彼女は思わずその手を握る。
すると、天馬の方から強く握ってきた。
「お前が、皇の家でどれだけ苦労してきたのか、俺もわかってるつもりだ…あの事故から俺は家を出ることになって、その後に迎え入れられたお前は女で、権力をほしがる連中からずいぶんいじめられたと聞いてる」
「…この私がいじめられたですって? おかしなことをおっしゃいますのね、おにい…」
「お前はずっと、俺が家に戻れるようにがんばってくれてたんだよな」
「…さま……えっ?」
「それだけじゃない、没落しかけた親父をずいぶん助けてくれた」
「ちょ、ちょっと待ってくださる? 何を言ってるのか…全然わからないんですけど?」
「榊」
「はっ」
天馬が榊を呼ぶと、榊はポケットから何やら小さなものを取り出した。
それは虫の形をしたロボットであり、紫苑がこの住良木家に侵入させているものと同型に見える。
「紫苑さまから送り込まれたロボットは、ほとんどすべて破壊しておりますが…天馬さまのご命令で、いくつかは無傷で捕獲し、改造して紫苑さまのもとへ送り返させていただいております」
「…はぁ!?」
紫苑は驚きのあまり、天馬の手を振りほどいて椅子から立ち上がる。
足早に榊へと近づき、ロボットを奪い取った。
「こ、これは…確かにうちで作らせたロボット…でも、なんで?」
「ホントは、ちょっとした仕返しのつもりだったんだ」
天馬が笑顔で言う。
紫苑がそちらを見ると目が合った。
「しかえし?」
「ああ。こっちばっかのぞかれてるのはシャクだからさ、たまには送り返してやれってイタズラ心でやってみたら…俺たちが知らないところで歯を食いしばってる『妹』が見えた」
「…!」
「どんな相手にもひるまず立ち向かう、誇らしい妹が俺にはいるんだなってわかったんだよ」
「ちょっと…ちょっと待って、えぇ…? 待って、ちょ…えぇ……?」
紫苑は顔を真っ赤にしてその場で右を向いたり、左を向いたりしている。
完全に冷静さを失っていた。
だがその妙な動きも、次の天馬の言葉でぴたりと止まることになる。
「…だから、お前には絶対にバレないようにしようって思った」
「!」
「最初から決めてたことではあるんだけど…お前ががんばってる姿を見て、あらためて絶対にバレないようにしようって榊と決めたんだよ」
「……じゃあ…」
紫苑はゆっくりと天馬を見る。
その表情からは、深刻さが薄らいでいた。
「私に心配かけたくないって、本当にただ…それだけで?」
「ああ。お前の邪魔をしたくないと思ったし、俺の前ではいつものお前でいてほしかった。お前に何も言わなかったのは、俺のワガママだったんだ」
「お兄さまの、ワガママ…」
「本当にごめんな、紫苑」
「…ううん!」
紫苑は駆け出すような勢いで、椅子にまた戻る。
そして天馬の手を握った。
「私、ずっと思ってた…いつも私がうるさくしてるから、きっとお兄さまには嫌われてるって。でも私はこういうふうにしか言えない。私ばっかりワガママでごめんなさいって…」
「お前は、俺の大事な…とても大切な妹だよ」
「…!」
天馬の微笑みとその言葉で、紫苑の心にある頑固な何かが崩れ落ちた。
彼女は、そばに玲央菜がいるのも構わず、思いきり泣き出した。
「お兄さま…お兄さまっ…!」
「……」
泣き続ける紫苑に、天馬は何も言わない。
ただ、彼女に握られた手に少しだけ力を入れ、握り返す。
「………」
紫苑の素直な涙に、玲央菜も思わず泣いていた。
彼女が泣くのを邪魔しないように、どうにか嗚咽をこらえている。
天馬は泣き続ける紫苑を優しく見つめていたが、ふと玲央菜に視線を移した。
この時、一瞬だけ自嘲気味な笑顔を見せたのだが、彼女に気づかれる前にそれを消し去る。
その後でまた紫苑を見つめた。
心のままに泣きじゃくる妹の手を、彼はもう少しだけ強く握るのだった。
>episode44へ続く
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「う…」
「天馬さま…!」
目覚めた天馬は体を起こそうとした。
榊がすぐに気づき、彼の行動を手伝う。
ベッドの上で座る体勢になった天馬は、少しだけ深く息を吐いた。
「ふぅ」
「……!」
「………っ!」
そんな彼の姿を、玲央菜と紫苑は感極まった表情で見つめている。
だが、ふたりともその場を動かない。
天馬への激しい思いを玲央菜に語っていた紫苑も、駆け出して天馬に飛びついたりはしなかった。
ただただ、その場に立っているのが精一杯という風情だった。
そして玲央菜は、胸に手を当てて瞳に涙をため、泣くのを我慢しているのか顔を真っ赤にしている。
天馬は、そんなふたりを交互に見た後で、座ったままぺこりと頭を下げた。
「ふたりとも、本当にごめん」
「……」
「………」
玲央菜も紫苑も、ふるふると首を横に振るばかりだった。
返事をしたいのだが、口から言葉が出てこない。
天馬もそれは理解しているようだったが、話の続きをする前に榊の方を見た。
そして彼に向かっても頭を下げる。
「榊にも、悪いことをした」
「天馬さま…おやめください、私に頭を下げるなど」
「いや、長年いっしょにがんばってくれてたのに、最後の最後で俺はお前に黙って風野を頼った。悪かったと思ってる」
「…それは…」
榊は苦い表情になる。
天馬は顔を上げ、彼の肩を軽く叩いた。
「ま、お前も黒皇刃を勝手に玲央菜ちゃんに持たせたから、おあいこといえばおあいこなんだけどな」
「…!」
天馬の言葉に、榊は思わず目を見開く。
その直後には、言葉が口から漏れていた。
「ご存知…だったのですか」
「そりゃそうさ、黒皇刃は俺たちの最後の切り札…お前だけに管理させるのも変な話だからね」
「…おみそれいたしました」
「ただ、俺が風野を頼ったのと、お前が黒皇刃を玲央菜ちゃんの部屋に仕込んだのと…どっちが先なのかは、ちょっとわかんないな?」
「…!」
榊は驚き、天馬の顔を見つめる。
三日三晩寝続け、さすがにやつれた主人の顔は、しかし明るく笑っていた。
天馬はこう言っている。
どちらが先に相手を出し抜いたのか…それがはっきりしないのだから、どちらも何も責任を感じることはないのだと。
昏睡状態から目覚めたばかりの者とは思えない気づかいに、榊は思わず頭を下げた。
「…この榊、感服いたしました」
「よせよ、ホントにどっちが先なのかわかんないんだしさ」
「……」
榊にはわかっている。
天馬がわざわざ自分にそう言うということが何を意味しているのか、はっきりと理解している。
だが彼の主人の笑顔は、そのことに関してはもうこれ以上何も言うなと言っている。
ならばそれに応えることが、執事たる自分の役割なのだと思った。
「……」
「………」
榊は小さく微笑み、天馬も笑ってみせる。
ともに戦い続けたふたりには、もはやそれで充分だった。
その後、榊は一礼して天馬から少し離れる。
天馬もまた、今度は玲央菜と紫苑に説明すべきだと考えていたようで、彼女たちの方を見た。
「ふたりとも、もうちょっとこっちに来てくれ…ちゃんと話す、いや話をさせてほしい」
「…はい」
「……」
玲央菜は返事をし、紫苑は黙ったままベッドのそばへ向かった。
用意された椅子は1脚しかないのと、今はメイドの服を着ている(=メイドの仕事中)ため、玲央菜は立ったまま、紫苑は椅子に座って天馬の話を聞く態勢をとった。
「まず…」
天馬の目が、玲央菜を最初に見る。
しかしすぐに紫苑へと向かった。
「紫苑」
「…!」
先に紫苑の名を呼ばれたことに、玲央菜の胸の奥がちくりとした。
だが考えてみれば、紫苑は天馬の家族であり、先に話をするのは当然だった。
だから彼女は努めて冷静でいようとする。
その耳に、天馬の紫苑への話が流れ込んできた。
「…先に、お前に何も言わなかった理由を説明させてほしい」
「……」
紫苑は、きゅっと唇を噛んでいる。
瞳にはまたいっぱいに涙をためて、怒ったような顔で天馬を見ている。
唇を噛み、怒ったような顔をしていなければ、涙がこぼれてしまうのだ。
彼女は必死にそれをすまいとしている。
だが天馬はそれに気づいていないのか、彼女にこう声をかけた。
「…いいかな?」
「早く…教えて」
しゃべってしまったので、唇を噛む力を抜けてしまう。
紫苑の頬を涙が流れ落ちた。
彼女はそれを、慌ててハンカチで拭いつつ下を向いた。
一度鼻をすすってから、顔を上げて天馬に言う。
「…早く言ってってば」
「わかった」
天馬は、いつも強気な義妹の涙に微笑みを見せた。
そして彼女に、なぜ何も教えなかったのかの理由を語る。
「お前に何も教えなかったのはなんでかっていうと…そのまんまでさ。お前には何も知らないでいてほしかったんだ」
「…それは…私が、いつも……うるさくしてるから?」
「ちがうちがう」
天馬は苦笑し、手を軽く振ってみせる。
これが意外だったのか、紫苑はきょとんとした表情になった。
「え? じゃあどうして…」
「お前には、いつも通りのお前でいてほしかったんだよ」
「いつも通りの…私?」
「ああ」
天馬はここで笑顔を消し、真剣な面持ちでうなずいた。
このことが、紫苑にある種の覚悟をさせる。
彼がこれから言うことは、自分がうるさくしているのをなだめすかすための言葉ではない。
覚悟とは、これから天馬が語る言葉を、真正面から受け止める覚悟だった。
天馬が続きを語り始めたのは、彼女がそう考えたのとほぼ同時だった。
「お前はいつも、俺のことを大事にしてるとでっかい声で言う。正直、それはちょっと恥ずかしい」
「…うっ…」
「だけど、やっぱり嬉しいんだよ。俺のためなら誰彼かまわず噛みつくとこも、困った部分ではあるけど嬉しいんだ」
「お兄さま…」
「ただ、それだけ俺のことを考えてくれてるからさ、もし俺の体のことを知ったらきっと…いつも通りではいられなくなると思ったんだよ。解決のために走り回ってくれるだろうし、いろんなことについて悩ませると思った」
「…でも、それは当たり前じゃない? 私とお兄さまは家族なんだから」
「確かにそうかもしれない。でも、俺は当たり前だとは思わなかった」
「…え?」
「紫苑」
天馬は、紫苑に向かって手を伸ばした。
彼女は思わずその手を握る。
すると、天馬の方から強く握ってきた。
「お前が、皇の家でどれだけ苦労してきたのか、俺もわかってるつもりだ…あの事故から俺は家を出ることになって、その後に迎え入れられたお前は女で、権力をほしがる連中からずいぶんいじめられたと聞いてる」
「…この私がいじめられたですって? おかしなことをおっしゃいますのね、おにい…」
「お前はずっと、俺が家に戻れるようにがんばってくれてたんだよな」
「…さま……えっ?」
「それだけじゃない、没落しかけた親父をずいぶん助けてくれた」
「ちょ、ちょっと待ってくださる? 何を言ってるのか…全然わからないんですけど?」
「榊」
「はっ」
天馬が榊を呼ぶと、榊はポケットから何やら小さなものを取り出した。
それは虫の形をしたロボットであり、紫苑がこの住良木家に侵入させているものと同型に見える。
「紫苑さまから送り込まれたロボットは、ほとんどすべて破壊しておりますが…天馬さまのご命令で、いくつかは無傷で捕獲し、改造して紫苑さまのもとへ送り返させていただいております」
「…はぁ!?」
紫苑は驚きのあまり、天馬の手を振りほどいて椅子から立ち上がる。
足早に榊へと近づき、ロボットを奪い取った。
「こ、これは…確かにうちで作らせたロボット…でも、なんで?」
「ホントは、ちょっとした仕返しのつもりだったんだ」
天馬が笑顔で言う。
紫苑がそちらを見ると目が合った。
「しかえし?」
「ああ。こっちばっかのぞかれてるのはシャクだからさ、たまには送り返してやれってイタズラ心でやってみたら…俺たちが知らないところで歯を食いしばってる『妹』が見えた」
「…!」
「どんな相手にもひるまず立ち向かう、誇らしい妹が俺にはいるんだなってわかったんだよ」
「ちょっと…ちょっと待って、えぇ…? 待って、ちょ…えぇ……?」
紫苑は顔を真っ赤にしてその場で右を向いたり、左を向いたりしている。
完全に冷静さを失っていた。
だがその妙な動きも、次の天馬の言葉でぴたりと止まることになる。
「…だから、お前には絶対にバレないようにしようって思った」
「!」
「最初から決めてたことではあるんだけど…お前ががんばってる姿を見て、あらためて絶対にバレないようにしようって榊と決めたんだよ」
「……じゃあ…」
紫苑はゆっくりと天馬を見る。
その表情からは、深刻さが薄らいでいた。
「私に心配かけたくないって、本当にただ…それだけで?」
「ああ。お前の邪魔をしたくないと思ったし、俺の前ではいつものお前でいてほしかった。お前に何も言わなかったのは、俺のワガママだったんだ」
「お兄さまの、ワガママ…」
「本当にごめんな、紫苑」
「…ううん!」
紫苑は駆け出すような勢いで、椅子にまた戻る。
そして天馬の手を握った。
「私、ずっと思ってた…いつも私がうるさくしてるから、きっとお兄さまには嫌われてるって。でも私はこういうふうにしか言えない。私ばっかりワガママでごめんなさいって…」
「お前は、俺の大事な…とても大切な妹だよ」
「…!」
天馬の微笑みとその言葉で、紫苑の心にある頑固な何かが崩れ落ちた。
彼女は、そばに玲央菜がいるのも構わず、思いきり泣き出した。
「お兄さま…お兄さまっ…!」
「……」
泣き続ける紫苑に、天馬は何も言わない。
ただ、彼女に握られた手に少しだけ力を入れ、握り返す。
「………」
紫苑の素直な涙に、玲央菜も思わず泣いていた。
彼女が泣くのを邪魔しないように、どうにか嗚咽をこらえている。
天馬は泣き続ける紫苑を優しく見つめていたが、ふと玲央菜に視線を移した。
この時、一瞬だけ自嘲気味な笑顔を見せたのだが、彼女に気づかれる前にそれを消し去る。
その後でまた紫苑を見つめた。
心のままに泣きじゃくる妹の手を、彼はもう少しだけ強く握るのだった。
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