【本編】act0+4 疑問、そして昂揚 | 魔人の記

【本編】act0+4 疑問、そして昂揚

act0+4 疑問、そして昂揚

「しぇーじくん!」

「ん?」

「ねぇ、しぇーじくん!」

「なに?」

「いつも、だれとおはなししてるの?」

「え? だれと、って?」

「しぇーじくん、いつもだれかとおはなししてるでしょ? でもだれかわからないの」

「わからない、って…ここにいるよ?」

「いないよ」

「いるよ」

「いないよ。しぇーじくんのウソツキ!」

「え…!」

「ウソツキ、ウソツキ! だれもいないよ!」

「ウソじゃない…うそじゃないもん! いるもん!」

「…オバケ?」

「ちがうよ! ぼくとよくにてる子だよ!」

「ウソツキ! だれもいないもん!」

「…いる…いるよ…ね?」


”ああ、いるぜ”


「…はっ!?」

征司は体を起こしていた。
気づくとそこは、自分の部屋だった。

「…」

暑くもないのに、寝汗で体はぐっしょりと濡れている。
枕元に置いてある携帯電話を見ると、午前2時過ぎだった。

「…どうした、セェジ」

征司が起きるのに遅れて数秒、ヴァージャも目を覚ましたらしい。
携帯電話を投げて、ベッドで軽くバウンドさせた征司はこう返した。

「夢を見た…ちっちゃい頃の」

「へぇ」

「女の子が、オレにウソツキって言う夢…その子には、お前の存在がわからないから」

「なんだ? 俺がらみなのかよ?」

征司の視界の中で、ヴァージャは少し驚いた様子を見せる。
うなずいた後で、征司は額にそっと手を当てた。

「もうずっと見てなかった夢なのにな…」

一度まぶたを閉じ、開く。
照明が消え、真っ暗になっている部屋を見渡す。

そしてため息をついた。

「…はあ」

「で、どーすんだよ。シャワー浴びた方がいいんじゃねーのか」

「いや、いい。母さんたちが帰ってたら起こしちゃうしさ」

「別に気にしねーだろ。あのふたりだって朝しか家にいねーんだしよ」

「それとオレが起こす起こさないは別の話じゃないか?」

「そうじゃなくて、お前は気を遣いすぎなんじゃねーかって言ってんだよ」

「そうかな…」

額に当てていた手を下ろし、首を傾げる。
一度深く呼吸をしてから、ベッドを下りた。

「着替えるだけにしとこう」

「そーかい。ま、好きにしなよ」

「ああ」

征司はタンスに近づき、照明をつけないまま自分の服を出す。
汗まみれになった服を脱いで、椅子の背もたれに重ねてかけた。

そして手早く着替え、すぐにベッドへ戻る。
まぶたを閉じて寝る体勢に入った。

「…」

だが、まぶたはまた開かれる。
征司は小さな声で、ヴァージャに向かってこう言った。

「お前の姿が、みんなには見えないって知った時から…なんか、こういうことになるんじゃないかって思う部分はあったんだ」

「…何の話をしてる」

「刺客だよ」

「…お前……」

征司の視界から姿を消していたヴァージャが、ふわりと現れる。
彼が寝るのを邪魔しないように姿を消していたのだろうが、逆に彼の言葉に驚かされて姿を現してしまったようだ。

「お前の中に俺がいるってのに気付いた時から、お前は…『刺客がくる』って思ってたってのか?」

「なんとなく」

「なんだよそれ」

「なんていうか、自分は特別なんだって強く意識したのがその時だったんだ。3本めの手よりも、お前の存在の方が強烈でさ」

征司は小さく笑う。
だがヴァージャは笑わない。

しかし何も言わず、征司が続きを言うのを待った。
征司はやがて笑みを消し、そっと言葉を続ける。

「なんだろうな…オレはまだ、よくわかっていないのかもしれない。だけど、どこかで覚悟っていうか…『期待してた』部分がある気がするんだ」

「…」

「だってさ、リアライザとの3回目の戦い…向こうが反撃してきたのを見てビビりまくりだったのに、『刺客』が来るって聞いても全然ビビる感じがないんだよ」

「…そりゃお前、どういうことかまだよくわかってねーんだよ」

学校の帰り、Y.N.から送りつけられたメール。
そこにはこう書かれていた。


『土曜の夜12時、椎葉宮の奥。最初の刺客』


椎葉宮には、学校の最寄り駅である「椎葉宮前」で降りてから、駅を出て右手にずっと歩いていくとたどり着くことができる。

征司は直接行ったことはないが、わかりやすい道なので行くのに苦労はしない。
ただしそこには「刺客」がいるという。

「別に、ビビってねーのをわざわざビビるようにする必要もねーけどよ」

と、ヴァージャは前置きしてから、征司にこう続ける。

「刺客っつったら、こっちを殺しにくる相手ってことだ。油断しねーように、ある程度の緊張感は必要なんじゃねーのか」

「いや、緊張感までないわけじゃない。でもさ、なんていうか」

「『セェジのクセにビビらなさすぎ』って言いたいのか?」

「…ま、まあ…そんな感じかな」

「フン…」

ヴァージャは鼻から強く息を出す。
しかめっつらで征司にこう言った。

「セェジ、お前はただわかってねーだけなんだよ。誰かが殺しにくることが、どういうことかってのがな」

「…やっぱり、そうなのか」

「ああ。じゃなきゃ、俺はお前を『すっげぇ肝っ玉が太ェ大したヤツだ』って認めなきゃならねぇ」

「…いいじゃないか、そこはそう認めてくれても…」

「バカ言うな、そういう荒事がらみは俺の管轄なんだ。お前はな、大人しそうなツラして『ボクはビビりのセェジくんです』って言ってりゃいいんだよ」

「その言い方、結構カチンとくるな。ヴァージャ」

「カチンと来てろよ勝手に。ハハハッ」

ヴァージャはそう言いながら、征司の上をくるくると回る。
征司はそんな彼を見つつ、もう一度まぶたを閉じた。

「…なんか、話してスッとしたっぽい」

「そうかい」

まぶたを閉じれば暗い世界。
そこにはヴァージャの姿はなく、声だけが聞こえる。

征司の視界に姿を見せているので、ヴァージャとしてはこの真っ暗な世界にも出現することはできる。
だが、征司がようやくリラックスしたのを見て、その必要はないと考えたようだ。

彼は少しだけ優しい声で、征司にこう言った。

「スッとできたんなら、さっさと寝ちまうことだな…明日も普通に学校なんだからよ」

「ああ、わかった。そうする…土曜のことは、お前が言ったようにドーンと構えておくことにするよ」

「ははっ、そうだな。そんなこと言ったな確か。じゃ、寝ちまえ」

「うん。おやすみ」

こうして、真っ暗な部屋での会話は終わった。
数時間後には陽が上り、またいつもの学校生活が始まるのだった。

そして土曜日。
昼過ぎに帰宅してから、征司はベッドの上でただじっとしていた。

そんな彼の視界に、ヴァージャが姿を現す。
征司が寝ている真上に浮いた状態で止まった。

「調子はどうだ?」

「うん、問題ない」

「そうか。もうしばらく寝とくか?」

「眠くなれば寝るし、そうじゃなきゃ起きてる」

「体に任せるってか」

「そんな感じ」

「そうか…見たところやけっぱちってわけでもねーし、普通っぽいな」

ヴァージャはそう言いながら、征司の上をぐるぐると飛んでいる。
征司はそれがなぜかおかしくて、笑いながらヴァージャにこう言った。

「なんだよヴァージャ、なにぐるぐる回ってんのさ」

「え?」

征司に言われ、ヴァージャの動きが止まる。
彼はハッとした表情で、突然姿を消した。

「べ、別にいいだろーがぐるぐるしててもよォ! あ、アレだよ、お前がいざって時にビビって逃げちまわねーように、心が強くなる催眠術っていうかよ!」

「…じゃあ、別に消える必要はないと思うんだけど…」

「え? あ、そ、そうだな? そうか、そうだな…」

「なあ、ヴァージャ」

「あ?」

「実は、ヴァージャの方が緊張してるのか?」

「なっ…!」

征司の言葉に、ヴァージャは絶句する。
直後、姿は見せないまま、怒声だけが聞こえてきた。

「バカ! バカじゃねーの? バカなに言ってんだよ! そんなわきゃねーだろっつの! 俺ァな、こんなめんどくせーことはさっさとすませちまいてぇだけなんだよ!」

「…ふふっ、なんでそんなに慌ててんのさ? オレは『緊張してるのか?』って訊いただけで、『ビビってるのか?』とは言ってないだろ」

「えっ? あ、ああ?! そうなのか? いや、そうなのかじゃねぇ! うるせーよセェジ! お前、自分がちょっと余裕あるからってな、わけわかんねーこと言って俺を混乱させんじゃねぇ!」

「なんだよそれ…はははっ! それじゃオレがヴァージャを混乱させようとしてるみたいじゃないか。そんなわけないだろ」

「うるせぇ! とにかく俺は、お前が考えてるような状態じゃねーんだ。そこだけはしっかりわかっとけ!」

「ふふふふっ、オレが考えてるような状態、ってなんだよ? わけわかんないぞヴァージャ」

「だーっ、もう! 笑うんじゃねぇよセェジのくせに! くそっ、なんかイライラするぜ!」

「落ち着けよヴァージャ。まだ時間もあるんだ…ゆっくり寝とけばいいよ」

「……」

「…ヴァージャ?」

征司は、ヴァージャに呼びかけながらまぶたを開く。
しかしそこに彼はいない。

「…?」

周囲にもいない。
どうやら征司と話をする気がなくなり、姿だけでなく声も消したようである。

それに気付いた彼は、また小さく笑った。

「ふふっ、ヴァージャのヤツ…なんだよ、あんなに取り乱してさ」

口元を緩めたまま、ゆっくりとまぶたを閉じる。
それから数時間、彼は眠った。

起きた時には夜になっており、街が真夜中へと染められている真っ最中だった。

「10時か…思ったより寝たなあ」

「寝すぎだバカ野郎。遅刻したらシャレにならねーんだぞ」

視界の端からヴァージャが中央へ飛んでくる。
やれやれという表情の彼に、征司は笑顔を向けてやった。

「大丈夫だよ、椎葉宮までは遠いようで近いし。電車なら3駅だ」

「その電車だがな、ボロっちぃローカル線なんだから終電も早いぜ。乗り過ごしのないようにお気をつけくださいって話だよ」

「わかってるよ。でも…」

征司は部屋から出て、風呂場に向かう。
それに気付いたヴァージャは姿を消して、また声だけを飛ばしてきた。

「なんだよ、風呂入ってくのか? 湯冷めすっぞ」

「シャワーだけ浴びていくよ。やっぱりこう…スッキリしてから行きたいし」

「…わかった」

戦いに赴く前のシャワー。
それは、征司なりの禊だったのかもしれない。

洗濯物をカゴへ放り込み、シャワーを浴び…
灰色のシャツと、少し色あせた青いデニム。

目立たない色合いと服装で、彼は出かけた。
それに合わせ、ヴァージャの服装も同じものへと変化した。

「なんだよヴァージャ、今日はオレに合わせてくれるのか?」

「まあな。たまには俺にも変化があった方が、いろいろ新鮮だろ?」

「いや、お前と俺とじゃ新鮮も何もないけど」

そう言って征司は笑う。
そんな彼を見て、ヴァージャはなぜか苦笑した。

「…なに?」

それを征司が尋ねると、ヴァージャはこう返す。

「いや、お前ってやっぱり変なヤツだなって思ってよ」

「お前に言われたくないけど」

「ははっ、ちげーねぇ。とりあえず直前になってもらす、ってわけでもねぇみてーだし、そこはよかったぜ」

「そんなのもらすわけないだろ。オレだってもう高校せ…」

「だがな」

ヴァージャの表情が、苦笑から険しいものへと変わる。

「ビビる必要がねぇとは言ったが…やっぱりお前、ちょっと緊張感なさすぎだ」

「そうかな」

「そうかな、じゃねーだろ。お前自分でも言ってたが、なんでリアライザと戦う時よりリラックスしてんだよ」

「なんで、って言われても…オレにもよくわからないんだ」

と、ここで電車がまもなく発車するというアナウンスが流れる。
征司はすぐに切符売場に行き、椎葉宮前までの切符を買った。

「セェジ? お前なんでいちいち切符買ったんだよ。宮前までなら定期で…」

「そう思うだろ、ヴァージャ。だけど定期で電車に乗ったら、そこから足がつく可能性があるんだ…定期には名前が書かれてる。オレのデータがある」

「…お前…!」

ヴァージャが指示したわけではない。
できるだけ足がつかないようにと、征司が自ら起こした行動だった。

「緊張感がないわけじゃないんだよ、ヴァージャ」

「…」

ヴァージャは黙らざるを得ない。
征司も、それからはしばらくしゃべらなかった。

切符で改札を抜け、電車に乗る。
車両に客がいないことを確認してからやっと、征司はそっと口を開いた。

「切符のことだけじゃない。今こうしてお前としゃべることにしたって、オレはオレなりにちゃんと考えて行動してるんだ…オレも不思議なんだけど、本当に怖いとかそういうのがないんだよ」

「怖くねぇ、ってのか」

「ああ。だけどオレ自身、不思議ではあるんだ…違和感っていうのかな。お前が言うように、普通ならもっとビビったっておかしくないんだ」

電車のドアが閉まる。
老人が痰をからませ続けているような音を大音量で発しつつ、古い電車は動き出した。

「だけど今はこんなに落ち着いてる」

横向きの長椅子に座った征司は、窓の向こうを見ている。
ヴァージャは彼の視界の左側で、彼の顔を覗き込んでいる。

その視線を感じながら、しかしそちらは見ずに征司はこう続けた。

「お前に注意されるようなことを、先回りして全部すませてしまうくらい、今のオレは落ち着いてる…さっきお前も言ってたけど、リアライザとの戦いの方が怖かったくらいだ」

「…」

「リアライザを3回も倒して、それで戦いに慣れたつもりになってるのかもしれない。でも、なんか…オレは心の中で『そうじゃない』って思ってるんだ」

「セェジ、お前なに言ってる…?」

「オレにもわからない。だけど、正直な気持ちっていうか、正直な感覚を言えばそうなるんだ」

電車は速度を上げる。
もう、家の最寄り駅である貝塚駅は見えなくなってしまった。

ほどなくして電車は川を渡る。
JRの線路と平行に走るこの路線だが、しかし方角が少しずれている。

征司たちが今乗っている電車は、真っ直ぐ椎葉宮へ向かうものだ。
そこには刺客が待っている。

「わかってるんだ。誰かがオレを殺しに来るんだって。それが刺客なんだってわかってる。だけど…ちっちゃな頃に『ウソツキ』って言われた時の悲しさに比べたら、なんかどうでもいい感じなんだ」

「…」

「でもヴァージャ、勘違いしないでくれ。お前はオレにとって、とても大事な存在だ。『ウソツキ』って言われたことについて、お前に責任を感じて欲しくないんだ」

「……」

「…なんか、言ってることゴチャゴチャになってきたけど、要するにさ…」

征司は、ヴァージャの顔をじっと見つめる。
そしてよどむことなくこう言った。

「オレは今夜、多分すごい勝ち方をすると思う。ただ勝つんじゃない、すごい勝ち方をする…そんな気がするんだ」

「すごい勝ち方、だと?」

「ああ。戦う前ってことで舞い上がってるんじゃない、何か…何かそういうのが心にあるんだ。いや心じゃないな、胸の奥っていうか…何かあるんだよ」

「…そうか」

電車は次の駅を通過し、さらに次も通過する。
そしてついに目的の駅…

椎葉宮前へ到着する。

「椎葉宮前~、椎葉宮前~、お降りの際は、お忘れものにご注意ください~」

征司はホームに降り、改札へ向かう。
いつもと同じ改札だったが、今日は切符で、そして服装もいつもの制服ではなかった。

改札を出ればそのまま駅を出る格好になる。
椎葉宮へ向かうため、征司は右を向いて歩道を歩いていく。

「…」

ヴァージャは彼から2メートルほど離れた距離に浮き、じっと顔を見つめている。
征司の口をついてでた言葉を、じっと考えているふうでもある。

彼と征司の距離は一定だった。
征司が前へ歩けば遠ざかり、後退すればそれだけ近づく。

今は2メートルという距離を保ったまま、じっと彼の顔を見つめていた。

道はやがて、駅前の雰囲気から森のような木々に包まれた場所へ出る。
この瞬間、ヴァージャは征司から目を離して前方を向いた。

「セェジ」

「ん?」

彼が呼びかければ、征司はすぐに答えた。
それに彼もすぐさま返す。

「お前が何を感じて、今回は大勝ちするに決まってるって思ってるのか…それは正直、俺にはわかんねぇ」

「…」

「そんで俺は、冷静じゃねーとケンカには勝てねぇって考える。もちろん勝つつもりでいかなきゃならねーが、それは今お前が考えてるのとは全然違うんだ」

「わかってる」

「素早く体を動かせねぇ以上、俺は今までリアライザと戦ってきたやり方と同じやり方でやる。どう動くかはお前に任せる」

「ああ」

「でもって、敢えて言っとくぜ。セェジ」

「ん?」

ヴァージャの姿が、征司の視界から消える。
彼の言葉は、その直後に聞こえてきた。

「熱に浮かされんな…どんな勝ち戦でも、油断が戦況をひっくり返すんだ」

「…」

「だから、気をつけろ。今のお前は、間違いなく普通じゃねぇ」

「…わかった」

ヴァージャの声は低かった。
軽口を叩いている時とは全く違っていた。

それが征司の表情を引き締めさせる。
傾斜がきつくなってきた歩道を歩き続けながら、彼は携帯電話で時間の確認をした。

「11時43分…あと少しか…!」

「ちょっと急いだ方がいいかもな」

征司の言葉に、ヴァージャは姿を消したままそう言った。

「わかった」

征司もまた、それに従って小走りになる。
歩道は坂道となり、その坂道が終わる頃…椎葉宮の入口に到着した。

「…ふぅ…ふぅ…」

足を止め、呼吸を整える。
そうしながら周囲を見るが、入口付近に人の気配はない。

この時、ポケット内の携帯電話が震えた。
確認すると、Y.N.からのメールを着信していた。

征司はすぐにそれを見る。


『12 ルサグスフ』


「これは…?」

「おれの名前だよ」

「!?」

突然、征司の背後から声が聞こえた。
それと同時に呼吸が止まる。

彼が、自らの首を絞められているのに気付いたのは、それから2秒後だった。
背後から腕を首に回されていた。

「くっ…うぐっ?」

それに加えて、頭に何か金属の塊のようなものを押し付けられているのを感じる。
だが征司は動けないため、それが何なのかわからない。

代わりに、背後にいる人物がその答えを口にした。

「これが何かわかるか…? これはな、今の時代じゃ最強の武器さ。鉛弾をぶっ放す、拳銃ってシロモノだぜ小僧…!」

「…!」

声は知らない男のものだった。
その男から、征司は思い知らされる。

頭に当てられている金属の塊のようなもの。
それは拳銃であり、その銃口。

呼吸ができないのは、後ろから三角絞めの要領で首を絞められているため。
それを理解するここまでの時間で既に、征司の視界には白と黒の斑点がいくつも浮かんでは消えていた。

「おいセェジ、何やってやがるッ! 反撃するんだ、反撃しやがれ!」

ヴァージャの声が響くが、征司はもう動けない。
三角絞めは深く極まっており、両手を使っても外すことができない。

「く、うう…!」

やがて遠くなっていく征司の意識。
少し前、あれほど彼の心を昂らせていた「予感」は、今や完全にその熱を失っていた。


>act5へ続く