とうとう、この日がやってきてしまいました。
寝台特急「北斗星」の廃止の報道です。
かねてから噂はされておりました。
でも、再来年の北海道新幹線、新函館北斗の開通までは持つものと思っておりました。
ところが、新幹線の試運転に支障をきたし、ダイヤの調整が難しい、との理由で来年3月の廃止がすんなり決定してしまいました。他には、車両の老朽化が挙げられるようです。
今まで廃止されたブルートレインを含め、「北斗星」は乗車率が高く、ブルートレインの中でも優等生だったんですがねえ。残念です。
これにより、日本の鉄路から、長年にわたって親しまれたブルートレインが定期列車としては、完全に姿を消すことになります。
青函トンネルが開通したのは1988年3月13日。
それと同時に、上野-札幌間に寝台特急「北斗星」が運転開始しました。
定期2往復、季節1往復の計3往復の運転でした。
今までにはない豪華な個室寝台を多く連結し、また、食堂車も連結し、夕食は予約制という、今までの寝台列車とは一線を画する列車でした。
青森-札幌間には急行「はまなす」、大阪からは「日本海」が函館まで延長運転され、その後、「トワイライトエクスプレス」が運転開始します。
小生はその年の5月3日、上り「北斗星6号」のB寝台車に乗車しました。
C62牽引のSLニセコ号を乗車しに行った帰りに乗車しました。
B寝台個室を希望しましたが、ゴールデンウイークとあって発売と同時に売り切れとなり、それでも普通の2段式B寝台の上段が取れました。
尚、往路は、やはり走り始めた、秩父鉄道のSL列車「パレオエクスプレス」を乗車したあと、上越新幹線、羽越本線、奥羽本線経由で青森に入り、青森から急行「はまなす」の自由席で北海道入りしました。
運転開始まもない頃の「北斗星」を紹介します。
この頃の札幌駅は高架化されず、牽引機のDD51はブルートレイン塗装ではなく、普通の塗装でした。
札幌19:19発
上野駅13番線に11:12に到着した「北斗星6号」。
青森からの牽引機EF81もまだ、オリジナルのローズピンクのままです。
運転開始当時の「北斗星」のパンフレット。左がJR東日本製作、右がJR北海道製作のものです。
食堂車「グランシャリオ」のメニュー付きパンフレット、北斗星乗車記念の栞などなど・・・
運転開始当時の記念の品が、文字通り、思い出の史料となってしまいました。
その当時の車内放送が今でも頭の中に残っております。
青函トンネルの案内放送で「将来は新幹線が走行可能な構造となっております。」
その時は、反対側の寝台のお客さんと、「一体、いつの事になるやら・・・」なんて言っておりましたが、
とうとう新幹線が本当に青函トンネルをくぐり抜け北海道に上陸しましたからねえ~。
光陰矢の如しとは、この事です。
その後、「北斗星」には何回か、乗車しており、ブルートレインの中でも乗車回数の多い列車の一つとなりました。実は、「北斗星」は、妻との出会いのきっかけとなった列車なのですが、それについてはまた後日UPします。
小生にとって、「北斗星」は運転開始から廃止まで見届けることになりそうです。
この冬も、厳しいようで、東北・北陸は大雪の情報が伝えられております。
このまま豪雪が続くと「トワイライトエクスプレス」共々、雪による運休を余儀なくされそうです。
何はともあれ、最後まで安全に、無事故で、廃止の日まで走り続けて頂きたいと思います。
また、いずれ「北斗星」やブルートレインについてはUPしたいと思います。
本日の交信局
50MHz FM JE3UHC JA3URG JA3DHH
144MHz FM JM3PMD/3
430MHz SSB JP3AWG JJ3WOV JP3BCS JQ3WNA JN3BUZ JH3SFU
以上10局でした。
各局、交信ありがとうございました。