おはようございます。


お前ら今日もてんこ盛りだぞ!おまけもあるぞ!こんなブログ他にないぜ?


笑っていきましょう!



さてさて、本編はアイオナさんの「ガイドとの対話」の続きです。


今日は数日前のコメント欄のご紹介。

今回のガイドさんの言葉と関係がありますもので。


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Re:こんにちは
>ヒトリ・ジョウカーさん

お盆でしたか。

電波ってあるでしょう?車のラジオって時速100キロで走っていても聞こえますよね?ということは「電波はあまねくある」わけです。私たちの身の回りにまとわりつくように常にある。私たちの500メートル先にも1キロメートル先にも「同じ情報の電波が同時にある」わけです。

波動の低い電波ですとラジオ局の電波が届く範囲は限られます。

量子力学では、もっと高い波動の「光(ガンマ線)」で考えることが多いですが、光となるととんでもなくて、「宇宙の端から端まで一瞬にして移動できる」のですね。言い方を変えると「まんべんなくある」ともいえます。

電波は波動が低いですが、亡くなられたお母さまは光という高い波動に「情報体が変わった」ということです。

「その人の話をしているとき、その人はいる」なんて言いますが、お盆などで(じゃなくても)亡き人を「ありがとうございます」と思うとき、ヒトリ・ジョウカーさんのところへお母さまが情報体として「一瞬にして来ている」、あるいはヒトリ・ジョウカーさん周りにお母さまが情報体としてまとわりついています。(表現はなんですが)

こういう言い方、難しいでしょうか?なんとなく伝わればうれしいです。

もうすぐ「ガイドとの対話」のご紹介に入るのですが、テーマの一つとして「お墓」がありますので、この話と合わせてお読みいただくとおもしろいかもです。

つづく
♡ジーナたん♡ 2016-07-16 19:42:51返信する


むう、かっこいいなσ(゚∀゚ )オレ




今日のけだし名言
「あなたは私たちのことをガイドと呼ぶが、私たちにとってもこの人はガイドなのだ」

これ聞いたとき、わたし感動しちゃいました。

俺よりかっけーわ!



それではどうぞ!


アイオナさんはご先祖さまに非礼なことをして申し訳ないという思いがあるのですが、それについてはいかがでしょうか?

「柱時計」のビジョン。



「柱時計のおもりの部分が左右に揺れて強調されている」

「先祖には感謝のこころを持っていれば、それでよい。先祖がいたから、この人も存在しているのだから。しかし、間違えないで欲しい。先祖もこの人に感謝しているのだ。この人が存在しているから、先祖も存在したからだ。

だから、先祖はこの人に感謝しかないのだ。純粋なる愛しかない。いいかな、それはずっとだよ?感謝で包んでいるのだ。愛で包まれているのだ。
あれこれ理屈で考えることは、何もないのだ。

こんなに素敵なことはないだろう?私たち(ガイド・ヘルパー)は、この人のガイドとしてあなた(私ジーナ)と対面しているが、存在の個体数でいえば、数え切れないくらいある。それをガイドと呼ぼうが先祖と呼ぼうがかまわない。この人も、またガイドであり先祖なのだから」


よく分かりません。どういうことでしょうか?

「あなたは私たちのことをガイドと呼ぶが、私たちにとっても、この人(アイオナさん)はガイドなのだ。あなたたちC1からはとてもそうは思えないだろうけれど。だから『非礼』ということはあり得ない。分かるだろうか?そもそも『礼を失する』という『礼』を私たちは持たない。幻にとらわれると恐怖心、罪悪感が出てくる。そんなものは要らないよ?


あぁ、ありがとうございます!!
人は皆、お互いガイドですよね。
その時その時必要なことを伝えてくれますものね。



お墓のことも、お墓を所有物と思うところから迷いが出てくるからね。私たちはこの人にそのようなことを望んだことはない。

お墓と、そのお墓の土地は、本来誰も所有していないのだ。まったく気にすることはない。なぜなら誰のものでもないからだ。もちろん、私たち(ガイド、この場合先祖も)のものでもない。この人はお墓を建て、守るという習慣があるところに生まれただけだよ。


なるほど、そうですね。古い価値観でした。これも教えられたことをそのまま自分に強要していたかもしれません。



こちらは、お墓を建てたときの『気持ち』、お墓参りをしたときの『気持ち』、それだけを感じているのだ。感謝で共鳴するからね。

お墓という「もの」に対して、私たちは何かを感じるということはない。嬉しくも悲しくもない。なにも共鳴しない。私たちはこの人が存在していることだけで、ただ感謝している。ただ愛している。なので、お墓参りでいえば、お墓という時計を見に来て、感謝や愛を向けてくれるときに、私たちはとても共鳴する。うれしいのだ。お墓参りが重要なのではなく、感謝や愛を向けることが重要だ。


場所が場所だけに今お墓参りはしていませんし、ご仏壇も家にないのですが、食事のたびに祈りと感謝は申し上げています。先祖に向けてだけではありませんが^^;



お墓が崩れた、それは時計が壊れたということだ。私たちは時間を持たないので、時計が壊れても気にしない。時がないのだから、当たり前だろう?

でも、この人はこのことについてゆっくり考えてみて欲しいな。ゆっくりね。F15の感覚をじっくり味わって欲しいな。このお墓という問題がクリアされると、この人のなかで『ものの見方』が変わる。すべてが変わる。これは楽しみだね」


ありがとうございます。


今はまだわからないので、F15にきちんと向き合ってみます。
『ものの見方』が変わったらどんな楽しいことがあるのでしょう?楽しみです!


(勝手ながら、今日はコメント欄を閉じさせていただきます)