「水だけで800円」 高いか?安いか? | 仕事の覚書き

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メモメモ

最近は以前ほどメディアには露出していないようであるが、一時は、その甘いマスクでちやほやされた川越シェフ。

同じ料理人という目で見ても、そんなおかしなことは言っていないし、まあ、出てくるメニューについても味は想像できるし、決して疑問を感じるようなものではないので、まあ、至極まっとうな料理人なんではないかと思う。
ただ、はっきり言うと、彼の料理を食べたことがないので、そこまで絶妙なのかどうかは断言できないぐらい。

今回は、そんな川越シェフネタ。

川越シェフ 「食べログ」 書き込みにキレる 「水だけで800円、当たり前です」 

どうも、お店で出された 「お水」 に800円という料金が付けられており、どうやら、それが問題になっているようである。

う~ん・・・

フレンチにイタリアンではないが、業界を知るものとしては、微妙に修正を入れたくなる記事である。

1.設備費がお水チャージの理由か

水道水であっても、通常のお店であれば、何らかの浄水設備は付けているものである。以前、わたしが経営していたお店でも、シーガルなどの浄水器を付けている。
一応、日本の水は全国的に 「軟水」 とも言われているが、やはり、地域によって若干異なるためか、うどんを打つ店などでは、軟水器を付けている店も結構ある。
では、その設備費がチャージの理由か?・・・と言われると微妙である。飲食店におけるキッチンなどの設備には、意外とお金が掛かるものである。そしてキッチン全体の設備投資に比べれば、浄水に掛かる費用など微々たるものである。
このため 「屁理屈」 としては、「お水にも結構、設備費用が掛かっておりまして・・・」 と言うことは出来るが、あまりただしくない。

2.では何でお水にまでチャージされるのか?

一言で言ってしまうと、レストランなどのディナーもそうだし、和食店でもそうであるが、夕食時は、ドリンクのオーダーがあることを前提に価格が設定されているためである。
たまに、若いカップルなどが、お水だけで、済ましていくようなケースは、今も昔もある。こういう場合、以前なら店主は 「将来への投資だ」 と割り切っていたものである。

では今になってチャージされるようになったのか?
それは、あまりにも、そういうケースが増えてきたためである。しかも、そういうお客に限って 「ドヤ顔」 をきめるのである。

3.難しくなったお店と客の関係

一昔であれば、お店とお客の間にも、なんとなく 「阿吽」 の関係と言うものがあった。サービスをしてくれれば、店主や親方にお礼の言葉をしっかりと掛けるし、予算の都合などで無理を聞いてくれたようなときは、出来るだけお店に手間を掛けないようにお客の方も心掛けたものである。
しかし、最近は、その関係が崩れ始めてきている。

ウチの店で実際にあった経験から言うと、かきこみ時の週末に、子連れで来られて、かつ、ドリンクすらオーダーしないお客様ご一行(苦笑)
そんな日に限って、手配が付かず、人手が足りない状態・・・というのは、店側の都合であるものの・・・

ウチの店は、「ファミレスではなくて、『居酒屋』 なんですけどぉ~」

と言いたくもなる。仕舞いには、店員を呼び付けた後でメニューを見て考え始める始末。他に動ける店員もいないので、オーダー済みのドリンクのサービスも滞り、次第に他のお客の緊張感が高まっていくのが肌で感じられる。
このケースは、店としてはかなりテンパった極端なケースであるが、やはり、夜の営業においてドリンクなしのお客様だと違和感を感じる。

ウチの店は、どちらかと言えば、一見の客様よりは、繰り返し来店してくれるお客様の方が多かったので、この程度だったが、都心などの一等地で営業している店ともなると、一見のお客様が見えられる頻度も、もっと高くなってくる。

そうすると、そういった 「望まざるお客様」 が見えられる回数も否応なく増えてくるのである。
特に、メディアに露出することによって、お客の来店頻度を高めているような川越シェフの店などはその傾向が高まるだろう。

店の視点からすると、高級店に来店することが即ち 「ハレ」 と言うつもりはないものの、「わざわざ高級店まで来て、恥をかくようなことをするな!」 と言いたくなるのである。

当然、お客さん個々に予算はあるし、個々に事情もある。そんなの今に始まったことではない。
以前であれば、そんなのを雰囲気で察したり、あるいは、簡単な会話から汲み取って、お店はお店でお客様に配慮してきたし、また、お客様はお客様で、「武士は食わねど高楊枝」 ではないが、決して気品は失わなかったのである。

しかし、そういったことを知らないお客様が増えてくると、事情が変わってくる。

以前はサービスとしてお店が提供していたものを、「当たり前」 あるいは 「客としての当然の権利」 と勘違いしたお客が増えてくると、はっきり言って店も不愉快になってくるのである。
そして、お客がお店に対して権利を主張すれば、店は店で対価を求めたくなるのである。

4.お通し問題と根っこは同じ

質問者: 「飲食店に入ったら、頼んでいないのに、お通しが配られて、お金を払わされましたが、この代金は、払わなければならないのでしょうか?」
弁護士: 「お通しは代金を取らないお店もあるので、一般的な商習慣とは認められません。このため、あらかじめ明示されている場合を除き、注文していないものに対しては、支払い義務はありません。」

どのような条件を満たせば法で規定される商習慣と見なされるかは議論の余地があるものの、法的な解釈としては間違いない。しかし、現状では、お通しに価格が設定されていたとしても、その価格がボッタクリとも言えるような異常に高いものではない限りは、即、違法性を問われることはない。要は、あくまでも 「民事」 の問題なのである。

では、どんなスタイルが、飲食店に望まれるのか?
これらの条件を書面にし、入店するお客様に提示して、事前に書面による合意を得てから、お席にご案内するお店があったとしたら・・・

第2条 入店に際しての前提条件
入店に際して、お客様(以下乙と称する)は、以下の各項について
第1項 甲は飲み物を一人当たり最低ひとつ注文するものとする。但し、健康上の事由等正当な理由により甲が摂取可能な飲み物がない場合若しくは甲が飲み物を摂取する能力がない場合を除く。
第2項 乙は甲が飲み物を注文しなかった場合、サービスで提供した水等に添付の別表で示す価格をチャージすることができるものとする。
・・・

多くのお客ははっきり言って 「野暮」 だと感じる筈である・・・と言うか、まずは真面目に読んで貰えないだろうし、それを強制する店が現われたら、余程お客が価値を認識していない限りは、ほとんどの客が、面倒臭くて入店しない方を選ぶ筈である(苦笑)

5.今回の問題の核心

書き出してしまったものの、はっきり言って、書いていて馬鹿らしくなってきている(苦笑)
ファミリーレストランのように、不特定多数が入店する場合は、もし、本当にお店が望むのであれば、上記のような措置を取れば良いし、メニューにその説明をくどくどと書けば良い。
必要なら、民事では常識であるけれども、お客様の責若しくは過失により、店に損害を与えた場合は、お客がその弁済に責任がある旨もくどくどと書けば良い。

しかし、いわゆる高級店もそうであるし、逆に言えば大衆店もそうであるのだけれど・・・

そんなこと、はっきり言って野暮ったいのである。

一昔であれば、「そんなことも知らない若造は、店に入る資格がない」 とか、 「そんなことを知らないのは、おのぼりさん(田舎っぺ)か成金だけ」 などと先輩格に説教されたものである。

時代が変わったのか、一緒に先輩格と付き合う時代ではなくなったのか、あるいは、そんな先輩格自体が存在しなくなったのか、法律論で看破せんとする風潮が高まっている。

6.一見さんお断り

京都では、「一見さんお断り」 の札を良く見かける。日本有数の観光地なのに、こんな張り紙をしたら、観光客を摑まえることが出来なくなってしまうのになんでだろう・・・と思うかも知れない。

キャパシティに限界のある飲食店の理想は、やはり、連日、一定のお客が入ってくれること、それに尽きるのである。
だから老舗などでは 「常連のお客に迷惑が掛かるから・・・」 とメディアなどの取材を断わる店も多いが、もうひとつの理由は、観光客は毎週足しげく通ってくれるわけではないということ。大半は、旅行の際に入ってそれで終わりなのである。そして一番厄介なのは、いろいろと難問を持ち出して来ては、文句を言うお客の存在なのである。
「その土地の一番美味いものを食わせろ」 だの、「何処の○○は美味かった」 だの、仕舞いには 「ここの店より○○の方が美味かった」 だの・・・。
本人に悪気はないだろうが、地元の常連にとっては、目障りでうるさいだけの 「困ったちゃん」 なのである。

日本で一二を争う観光地ともなれば、こんなのは日常的な風景である。だから面倒臭い・・・ということで 「一見さんお断り」 という運びになってしまうのである。

念のため、わたしの駄文をここまで読まれた読者が居たときのために書いておくと、京都の 「一見さんお断り」 のお店でも、きちんと礼節を尽くして、入れるかどうかを聞けば、(お茶屋さんでなければ)通常のお店なら大抵は通してくれる筈である。

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法律論を振り回して正当化するのも構わないが、やはり、昼と同じ感覚で、夜に 「水」 でディナーというのは高級店では、ちょっと野暮と言うもの。
お金がないなら、まず、そういう場所に行こうと思わない方がマシだし、お金が溜めて行けば良い。
わざわざ高級店に出かけた上で貧乏面するよりは、実際は貧乏でも、そうでないフリをして、その一時を楽しむべき・・・なのではと思う。

高級店だからと言って、特別気取る必要はない。大判振る舞いをしろと言っているわけではない。

しかし・・・

チェーン店などを除けば、夜の飲食店の多くは、ドリンクとせめて一品の注文はマナーであると認識した方が良いし、それから外れる場合は、入店時に確認した方が良いのでは・・・と思う。

「そ・・・そんなこと、何処にも書いてないじゃないか~!!」

ってか、だから、そんな人は疎まれる訳である。

「あさましい」 とか 「いやしい」 行為が 「恥ずかしい」 と思う感覚が日常から消えつつあるように感じる。
一昔であれば、「田舎っぺ」・「おのぼりさん」・「成金」 がその代表格とされていた。現在で言うと中国の大陸(香港を除くという意)からの観光客のマナーの悪さを香港出身の中国人が蔑んでいるのと同じ感覚である。
昔も今も、全ての人がそういう訳ではなく、当然、きちんと教養の備わった人もたくさん居るので、こういった表現はあまり的確な表現とは言えないのは重々承知しているが、やはり、そういう行為が目立ったのは事実であろう。

別の言い方では 「格好悪い」 なんて評されたときもあったし、「ダサい」 という時代もあった。  

一時流行った 「品格」 という言葉にも、含まれる要素かも知れないが、
同じく一時流行った 「空気を読む」 のとも通じるものがある。 

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結局は、

「空気が読めない客が、大挙して高級店に押し寄せたものの、こういう連中は、そんな場所でも節約すべく 『水』 で凌ごう(しのごう)とばかりするので、店は怒り心頭で、水に800円の値札を付けたら、今度は法律論で言いがかりを付けられた。はっきり言ってウザい」

というのが、川越シェフの本音であろう。

これを読んで、「それなら食事系に転嫁すればいいじゃん・・・」 と思う人もいるかも知れないが、それをすると、今度は、今まで通り、ワインなどを注文していた人に余計に負担を掛けてしまうことになる訳で。

内情を言えば、フレンチやイタリアンのレストランは一般には 「ワインで儲ける」 と言われる。
当然、料理にも儲けは含まれているものの、原価率を考えると、やはり、飲食店で一般に言われる3割(飲食業で言う原価は、その料理に掛かった材料費しか含まない)で抑えることが困難だったり、実は、人件費や家賃・光熱費といった固定費の伸びが経営を圧縮している場合も多く、その分をドリンクで回収しようと考えているのである。

必ず 「ボトルワインを頼め!」 と言っているわけではなく、グラスワイン1杯でも、ソフトドリンク1杯でもいいのである。

「それでも、高いじゃん!」

そう言われてしまうと窮するが、ある意味 「高級店に行くな!」としか言えない。決して、そんな人が 「すきや橋次郎」 や 「久兵衛」 あるいは 「ジョエル・ロブション」 に行かずとも、これらの店はきちんと経営していけるので、折角行っても 「ウザい」 と思われるだけ・・・としか言いようがない。

後は、もっと客単価の低いところで舌を鍛えて、懐が潤うようになったらデビューすること。
最近はバール形式で、立ち呑みで本格的な洋食を出す店も出て来てるし、割安を狙うなら、ビール会社系列の店舗もお薦め。
系列の居酒屋チェーンなどとは異なり、プロの目から見て、材料の原価を考えると何故あの価格で出せるのか不思議になるような料理もあったりする(笑)。

あとは、地方にある個人店。家賃などが安い分、美味しい料理が安く食べられる(笑)。
今はテレビなどで持て囃されている料理人の兄弟子にあたる人などの店などでは当然割安に食べられる。わたしの親方にあたる人は 「○○の店の大半は掛け軸代だ!」 と良く言っていたが、当然、良い立地の有名店の場合は、当然、人件費はもちろん、一等地にある割高な店舗の土地代から、備品に至る全てのコストが料理の値段に掛かってくる。
 
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だから・・・

「一杯のかけそば」 を蕎麦屋で子供と一緒に喰う人は、家があるなら、家で三杯のかけそばを食べるべきだし・・・

一杯のドリンク代をケチる人は、まず、そういう店に行ってはいけない。