好き嫌いの克服は“愛情”という名の隠し味
「さて・・・久々に行ってみるかねぇ」
髪を結い、しっかりと化粧をし・・・いつもより少し明るい色の着物に着替える。
「ガラじゃないけど・・・まぁ、たまにはいいさね」
そう言いながら、小さな箱を袖に忍ばせる女は、どこか寂しそうで・・・
けれど、幸せそうな顔で微笑んでいる。
お登勢・・・ではなく、寺田綾乃の姿がそこにはあった。
今日は2月14日。
バレンタインデー。
旦那を亡くし、愛だの恋だのと現を抜かす歳でもなくなってしまった女にとっては無縁の日。
まぁ、スナックのママである彼女は客にチョコを渡したりするのだけれど。
もちろん、それは所謂“義理チョコ”と言うヤツ。
本命のチョコなんて、もう何年・・・いや、何十年も渡していない。
店を出たお登勢がまず最初に向かった先は・・・
スナックお登勢の上、万事屋銀ちゃん。
(ピンポーン♪)
「はぁ~い!あ゙、お登勢さん・・・」
出てきたのは雑用係でダメガネの新八。
家賃の回収だと思ったらしく、お登勢の顔を見るなり表情が曇る。
「銀時いるかい?」
「今呼んできます・・・」
そう言ってから待つこと数分。
「何だ、ババァ。金ならねぇぞ。」
「随分待たせるねぇ・・・何やってたんだい。って言うか、なんだいその格好?」
「べ、別に何でもねぇよ・・・あ、アレだよ?バレンタイン意識してとかそんなんじゃないからな?」
「はぁぁ・・・ったく、そんなことだろうと思ってたよ。・・・ほら。」
お登勢が差し出したのは、ピンク色の包装紙に包まれた四角い箱。
「・・・何これ?」
「何って・・・チョコレートに決まってるじゃないか。どうせくれる相手もいないんだろ?」
「ばっ・・・ババァからチョコレート貰って喜ぶ奴がどこにいんだよ!」
「おめぇ、チョコレートの中に突っ込んで一緒に固めてやろうかァァァ!」
「上等じゃねぇか!つーか、喜んで!」
「はぁ・・・まぁ、一応義理でも渡そうと思ってねぇ。いらないなら持って帰るけど・・・どうすんだい?」
「チョコレートに罪はねぇ。貰っといてやらァ。」
差し出された箱を受け取る銀時。
「ほら、新八も。」
「僕にもですか!ありがとうございます!」
素直に喜び、受け取る新八。
「2人ばっかりずるいアル!私もチョコ欲しいネ!」
“チョコ”と言う言葉を聞いて飛んできた神楽。
「何言ってんだい。今日はバレンタインなんだ。アンタは渡す方じゃないか。」
「そんな相手いないネ。」
「誰でもいいから渡しときな。ホワイトデーにはお返しがくるんだからさ。」
「マジでか!そんな日もあるアルか!」
「ババァ!余計な事教えるんじゃねぇ!」
「アンタら・・・教えてなかったのかい。覚えておきな。ホワイトデーは3月14日だよ。」
「忘れないアル!」
「じゃあ、私は用があるから行くさね。あ、銀時。お返しはいらないから家賃払いな、家賃!」
そういい残し、万事屋を後にしたお登勢。
次に向かったのは・・・
向かいのある花屋ヘドロの森。
別に、屁怒絽にチョコを渡しにきた訳ではない。
目的は花を買うことなのだ。
「あぁ、お登勢さん。いらっしゃいませ、お待ちしてました。」
「頼んでおいたもの出来てるかい?」
「はい、こちらに・・・」
屁怒絽が店の奥から持ってきたのは、白い百合の花をメインにした一対の花束。
「さすがだねぇ。アンタにお願いして正解だったよ。」
「気に入ってもらえて良かったです。」
「お登勢さん。」
店を出ようとしたお登勢を、屁怒絽が呼び止めた。
「その着物、よく似合ってますねェ。今日のお登勢さんには、その花束もピッタリですよ。」
「何言ってんだい。そんなお世辞言っても、何も出やしないよ。」
そう言って笑う顔は、屁怒絽の知っているお登勢・・・ではなく、寺田綾乃の顔だった。
花束を受け取り、準備は整った。
お登勢・・・いや、綾乃は目的の場所へ歩を進める。
旦那に会いに・・・
いや、旦那に会いに・・・と言っても、別に天国へ行こうとしている訳ではない。
もちろん、旦那の眠るお墓に向かっているのだ。
旦那の墓前に立った綾乃は、石の下に眠る旦那に声をかけた。
「今年は・・・来てやったよ。」
まずは墓石の掃除を始める。
そんなに頻繁に来ている訳ではないが、汚れがひどくなるほど放置している訳でもないので、そんなに時間はかからなかった。
隅々まで丁寧に拭きあげ、花を添える。
「綺麗な花だろ?アンタの好きな百合の花だよ。向かいに花屋が出来てねェ。頼んで作ってもらってたのさ。アンタも気に入ったんじゃないかい?」
笑顔で語りかけた。
「そこの店の野郎がね、今日の私にはこの花がピッタリだって言うんだよ。世辞なんか言っても、何も出しゃしないのにね。」
やはり女はいくつになっても女。
世辞だとしても、褒められれば嬉しいのだ。
「アンタも・・・そう思ってくれるかい?」
返事がないのを承知でたずねる。
「・・・・・・」
当然、そこは沈黙が続くだけ。
「そうだ。今日はバレンタインデーだからね。ちゃんと持ってきたんだよ。」
お登勢が墓前に供えたのはチョコ・・・ではなく饅頭。
「アンタはチョコ嫌いだから、ちゃんと好物の饅頭にしたんだよ。」
綾乃は、昔の事を思い出していた。
まだ、結婚して間もない頃。
バレンタインデーと言うことで、はりきって作ったチョコレートを旦那に差し出す。
「何だ、これは。」
箱を開けて怪訝な顔をする。
「何って・・・チョコレートだけど。ほら、今日はバレンタインデーだから・・・」
「俺ァ、チョコは食わねぇ!日本人なら饅頭だろ、饅頭!」
「なっ・・・!酷いじゃない!折角作ったのに!」
「妻なら旦那の好き嫌いくらい知ってて当然だろうが!」
そう言って喧嘩をしたのが、最初のバレンタインデー。
以来、バレンタインには饅頭をあげるのが恒例になっていた。
「懐かしいねェ・・・。アンタが死んでから、バレンタインに会いに来たのは初めてだったね?」
袖から小さな箱を取り出した。
「アンタにまた怒られるだろうけど・・・これ、作ってきたんだよ。」
そして、その箱を饅頭の横に並べて置いた。
「好き嫌いばっかり言ってないで、食べてみな。食わず嫌いなんだろ?アタシが作ったんだから美味いにきまってるじゃないか。残したら承知しないよ?」
そう告げて立ち上がる。
「じゃあ、また来るさね。」
立ち去ろうとした綾乃の耳にふと何かが聞こえた。
「・・・え?」
「・・・り・・・う。」
「・・・・・・」
「ありがとう、綾乃。来年もチョコレート持ってきてくれよな。」
「・・・・・・わかったよ。」
好きな人からの愛が込められたものならば・・・好き嫌いなんて関係ないのだ。
長年連れ添った夫婦の・・・初めてのハッピーバレンタイン。
~完~