ピュアモンスター吉澤嘉代子(1) | 私、BABYMETALの味方です。

私、BABYMETALの味方です。

アイドルとメタルの弁証法
-May the FOXGOD be with You-

以前、「ギタ女」という記事で、吉澤嘉代子をとりあげた。

ホントはもっと書きたかったのだが、記事のテーマと離れてしまうので、「ハマる人はハマる」とか「お下品」とかしか書かなかった。それで、今日は吉澤嘉代子について、書く。

1990年6月4日生まれだから、ぼくの長女(前々妻との娘)と同じ年である。O型、好きな食べ物はお寿司。

埼玉県川口市で、荒川沿いにある鋳物工場を経営していた父親が、井上陽水の物まねで有名だったので、幼いころから自然に影響を受けて育つ。廃工場の一室をあてがわれ、おばあちゃんにもらった黒い長いスカートをはいて「魔女修行」をしていたため、中学校にはなじめず、卒業式以外は出席しなかったという。不登校少女だったのだ。学校教育ではなく、ひとりで本を読み、知性や感性を研ぎ澄ましていったのだろう。音楽については、70年代風のフォーク=シンガーソングライターではなく、1950-60年代のニール・セダカやポール・アンカ、モータウン系のR&Bや80年代ポップスの職業作曲家がお手本だとか。ぼくにはビンゴ!という感じでしっくりくる。

通信制高校に入った16歳から作詞作曲をはじめ、バンドも組むが、音楽性が違いすぎ、結局ソロで川口駅前でのストリートライブを続け、教育系の大学に進学。2010年、つまり20歳になってから、ヤマハ主催の第4回「Music Revolution Japan Final」で、グランプリとオーディエンス賞を獲得。

2013年、23歳の誕生日の翌日に、インディーズデビュー作となるミニアルバム「魔女図鑑」を発売。11月に初のワンマンライブ「夢で逢えたってしょうがないでSHOW」を開催。

2014年5月14日、ミニアルバム「変身少女」で、日本クラウンとヤマハが合弁で立ち上げたe-stretch recordsというレーベルの第一号アーティストとしてメジャーデビューし、「美少女」がオリコンFMパワープレイランキング1位を獲得。同年11月、ファーストツアーを実施。

2015年1stフルアルバム「箒星図鑑」をリリースし、続くミニアルバム「秘密公園」をベースに全国8都市ツアーを実施。2016年2月には、2ndアルバム「東京絶景」をリリース、8月3日には、サンボマスター、岡崎体育、私立恵比寿中学などとコラボした「吉澤嘉代子とうつくしい人たち」をリリースしたばかり。

16歳で作詞作曲を始めたというところは、他のギタ女と同じだが、世に出たのは20歳を過ぎてから、メジャーデビューは24歳になる直前である。“現役女子高生シンガーソングライター”がもてはやされる最近のギタ女にしては、下積みが長い。

デビューまでの道のりが、辛く、困難だったことは、2014年のメジャーデビュー会見で、「今日がメジャーデビューなんですが…」と言ったところで言葉を詰まらせ、集まった200人ほどのファンから「頑張れ!」の声がかかると、あふれる涙を拭っていたということでもわかる。(東スポWEB2014年5月14日記事)

言葉やメロディ、コード進行に対する天才的な感性をもっていた彼女だが、デビューまでの苦闘の時間の長さは、その表現に、歌詞の凝縮性や、道行く人を立ち止まらせるユニークな歌い方や、トリッキーなフレージングや、全身から発散されるエネルギーや、とにかく他の誰でもない吉澤嘉代子らしさを与えたと思う。そこが“等身大”“手作り”で事足れりとしている、デビューの早い他のギタ女との決定的な差になっているとぼくは思う。

ぼくは、まだ、彼女のライブを生で見たことがない。だが、BABYMETALと同じように、吉澤嘉代子を発見してから、YouTubeで見られる限りのMVやライブ動画を見た。1stアルバムと最新のミニアルバムは買って聴いた。

結論。吉澤嘉代子は中島みゆきに匹敵する、真のアーティスト魂を持ったモンスターである。

前回、ロックとは、「何じゃこりゃ?」と世間の眉をひそめさせるような奇矯な言動や、奇抜なファッションがフロントマンにとってはやむにやまれぬ世界との接し方であって、そのピュアで真摯な生き様が、やがて人々の心を動かし、価値観を変えてしまうような音楽である、と書いた。

常識の檻を突き破り、人間界に降り立ったモンスター。それが、ロックスターだ。

エルヴィス・プレスリーも、ビートルズも、ローリングストーンズも、セックスピストルズも、NWBHMに始まるメタルバンドたちも、そして我らがBABYMETALもそうだ。

アイドルとメタルの融合?パロディじゃないの?と思われながら、日本の技術の粋を集めた楽曲と演奏、そして三人の少女の、天性としかいいようのない渾身のパフォーマンスが人々の心を揺り動かしているのだ。

本当は常識の範疇におさまる感性しか持っていないのに、コピーやパフォーマンスとしてワルを演じているようなのは、一時人気が出たとしても、すぐにバレる。

モンスターと言っても吉澤嘉代子の場合、ロックスター風の奇矯な言動ではなく、どちらかといえば「天然」とか「不思議ちゃん」的な扱いを受けることが多い。だがそれも微妙に違うと思う。

前回の記事で、お下品な「ケケケ」を紹介しておいてなんだが、吉澤嘉代子には品がある。少女っぽい。リリカルである。そこが椎名林檎や大森靖子との違いだ。

ステレオタイプな表現だが、マッチョな肉体や漢気あふれる言動、上下の分に厳しい体育会系的な生き様を指して、「男臭い」という言葉がある。それと同じように、女性の鋭敏な皮膚感覚や強烈にエキセントリックな感情表現を「女臭い」と言ってみると、ぼくの基準では、戸川純や椎名林檎や大森靖子の世界は、到底、男のぼくには理解しがたい、女臭さの極にある。中島みゆきも理解しがたい女臭いところがあるが、声質や歌唱法を含めて男臭い部分もちょっとある。吉澤嘉代子も、女臭く下品に見える瞬間と、男性作家が描く少女漫画や松本隆の歌詞のような文学的な側面の両義性をもっている。結果、品格を感じるのである。

2015年9月29日に放送されたBSスカパーの「フルコーラス」に出演した吉澤嘉代子は、「妄想系個性派シンガーソングライター」と紹介された。この表現自体、彼女のいわく言い難い“モンスター性”を如実に示しているようで面白かった。この番組では、彼女自身が、曲作りについてかなり突っ込んだ話をしているので、後ほどご紹介したいが、その前にいくつかの曲をレビューしておこう。

デビューシングル「美少女」は、モータウンサウンドのメロディラインに、「恋っがしーたいんっ」というファルセットを使ってクイッと上げる歌い方が一日中耳に残る、キャッチ―な曲。

MVでは、赤い服の黒髪と白い服の金髪の二人の女の子に扮した吉澤が歌い踊るのだが、あざといと思えばあざとく、可愛いと思えばカワイイ、奇妙な世界。途中、キツネサインをするシークエンスもある。最後の方で、「ちょっとだけ痛くても経験してみたい」と、処女喪失願望のような歌詞があるのだが、すぐに「思われニキビ」のことだという。それにしてはその後、ピンク色の鮮血が飛び散ったような映像も挟まれる。わけがわからない。だが、不思議と下品にはならないのだ。これが2014年5月度オリコンFMパワープレイランキング1位(推奨曲にするFMラジオ局が全国29局)となった。

これ以前に発表されていたインディーズのミニアルバムに収録され、1stアルバムにも収録された「未成年の主張」という曲がある。こういうタイトルをつけられることからして只者ではないが、政治的・社会的な内容は何もなく、ただただ恋人に「好き」と言いたいだけの曲。だから“未成年”の主張なのだ。MVは、都電荒川線「庚申塚」の駅構内で、アコギ一本でエキセントリックに歌い踊っているのだが、サビの「あなーたが、あなーたが、あなーたが…」と繰り返すコードとメロディラインの美しさ、いつまでも「好きです」と言わない間の持たせ方、なんと見事なことか。路上ライブで、こうして間を持たせることで、少ない観客が盛り上がっていく光景が目に浮かぶ。

同じく、インディーズミニアルバムと1stアルバムに収録されている「泣き虫ジュゴン」。歌詞はシュールで、海水に呑み込まれた日に産声を上げた泣き虫の「ジュゴン」は、海の中なら泣いても誰にも気づかれない、というような内容。いくつかの動画があるが、バックバンドとともに歌っているライブ動画がお勧め。おそらく深い悲しみを表現した歌詞に、ドラマーはじめバンドのメンバーが共感し、全身全霊を込めて演奏しているのだ。よくわからないながら、そこになんらかの強い不条理感や死に至る悲しみの深ささえ感じて、涙が出た。

同じく「ストッキング」。大人になってしまった女性が、13歳の頃の「魔女の宅急便」を思い出し、あのころには戻れない、でも大人にもなり切れないという悲しみ?や苛立ち?や不安?を歌っている。ぼくは女性ではないが、理解できる。歌詞は、「金曜ロードショウ なんとなく見てしまう」から始まり、何度か「~ことを知る」を繰り返し、「もうわかっているよ わたしは特別じゃない 少女のころ窓辺に腰掛け唱えた 信じる魔法を思い出せたら」というBメロにつなげていく。キキのコスプレをして箒にまたがる姿は、彼女が不登校だったころを思い出した、ピュアな心情を表現した曲だということがわかる。

かと思えば、同じアルバムには、例の「ケケケ」が収録されている。「シェーバー!」から始まる、ムダ毛処理の戦隊もの主題歌風コミックソングなのだが、MVではあっけらかんと下の毛、腋毛を剃るしぐさを含んだダンスをしている。振り付けはラッキイ池田だ。

ここまで読んできて、みなさん、どうだろうか。吉澤嘉代子のイメージがつかめただろうか。

実はデビューの2014年5月ごろ、吉澤嘉代子は、STAP細胞の研究者、小保方晴子氏のソックリさんとして、ネット上で話題になった。あの小保方さんが歌手デビュー?との問い合わせもあったらしい。確かに顔の輪郭やプロポーションはよく似ている。だけど、よく見れば、鼻や眉毛などのパーツは当然異なるし、ほかにも黒木華(女優)だとか久保田磨希(女優)だとか、似てるっちゃ似てる女優・タレントが何人かいる。ようするに、びっくりするほど美人ではないが、日本風のお嬢さんタイプのヴィジュアルということだ。

小保方騒動の時に吉澤嘉代子を知ってファンになった方にとっては、今さら何言ってんだ、という感じになるだろう。ぼくはBABYMETALに続き、吉澤嘉代子についても、新参ファンに過ぎない。だが、とりあえず8月3日の「吉澤嘉代子とうつくしい人たち」の初回限定版には間に合った。その1曲目、「ものがたりは今日はじまるの」のMVが素晴らしい。

舞台は、荒川を思わせる大きな川べりの、土手の上の道をダンプが通る際(きわ)にある小さな古い家。中学校の制服を着た少女が、どうしても外に出ることができなくて、学校に電話して仮病で休むところから始まる。少女は制服を脱ぎ、Tシャツに着替えて、誰もいない家で一日を過ごす。自分でそうめんをつくって食べているとき、古いテレビに吉澤嘉代子が写る。「ものがたりは今日はじまるの」と歌う吉澤嘉代子の姿に、そうめんを口からダラリと垂らしたまま釘付けになる少女。

曲自体は、吉澤のオリジナルではなく、サンボマスターの山口隆(G・V)の作詞作曲。歌詞は「私を連れて行ってください」「あなたが私の物語を新しくはじめる」と、恋する男性に向かっていうような内容。だが、このMVはまさにかつての吉澤自身の姿を描いている。窓際に腰掛けてシャボン玉を吹き、押し入れの中でカラフルなテープで魔法の箒を作っているようなシーンもある。テレビの歌手に釘付けになるのも、本当にそういうことがあったのだろう。だから、このMVの「あなた」とは、中学時代に初めて見て憧れたアーティストのことなのだ。そしてそれは、サンボマスターそのひとであった。

前出「フルコーラス」(BSスカパー)で、吉澤嘉代子は「サンボマスターを見てこのお仕事をしたいと思った」と述べた。「音楽と人」2016年9月号の山口隆との対談では、その曲は「青春狂騒曲」だったと告白している。確かに、テレビ東京で放映されていた「NARUTO-ナルト―」の2004年10月13日(104回)から2005年3月30日(128回)まで、オープニングの曲はサンボマスターの「青春狂騒曲」だった。吉澤嘉代子中学2年生の時である。そして中3になった2005年7月7日~9月15日には、フジテレビで「電車男」が放送され、そのエンディング曲「世界はそれを愛と呼ぶんだぜ」(2005年8月3日リリース)で、サンボマスターは一躍全国区になった。

だが、MVでは、TVに映るのは憧れの山口隆ではなく、彼の曲を歌う吉澤嘉代子自身である。なぜか。不登校少女だった中学生時代に、歌手になる未来へと向かってドアを開けたのは、実はサンボマスターを見て立ち上がった彼女自身だったということが、今ならもうはっきりとわかるからだ。

中学校の卒業式には、サンボマスターに勇気をもらい、式の練習のためだけに登校した。同級生たちは「あれが噂の吉澤だぜ」とざわついた。練習が終わると逃げるように帰ってきて、サンボマスターを聴いて大声で泣き、また翌日、中学校へ行った。

歌手になる決意を固めて通信制高校に入り、作詞作曲をはじめた。2008年4月18日、17歳だった吉澤嘉代子は、サンボマスターの日比谷野音ライブに参加し、出待ちをして携帯電話に山口隆のサインをもらった。そして、「あのステージの向こう側に行ってみたい」と思った。

川口リリアホールのビルとコンコースの下の駅前ロータリーで路上ライブをやった。初日は怖くてギターケースからギターを出すこともできなかった。親友のゆきちゃんがいつも遠くから見ていてくれた。いろんなお客さんが励ましてくれた。「君の声はジョニ・ミッチェルに似ているね」と言ってくれたイギリス人のお客さんもいた。いつも夜遅くなり、家のある川べりまで夜道を帰った。好きになってくれた男に恋をし、気持ちがすれ違って別れたこともあった(かもしれない)。夢をあきらめかけて、学校の先生になろうとしたこともあった(かもしれない)。それでもあきらめられずに、体の内側から湧き上がってくる言葉を紡いで歌詞にし、なんとかお客さんにわかってもらおうと、メロディや、コード進行や、歌い方の工夫をする毎日。

20歳を機に、意を決して応募したヤマハのコンクール。あの中島みゆきも通った道。ヨシザワカヨコとりんりんズ名義だった。エリアファイナルを勝ち抜き、ジャパンファイナルに残り、ついにグランプリ(文部科学大臣賞)とオーディエンス賞を獲得し、インディーズデビューにこぎつける。

それをじっと見ていた神様が、小保方さんに似ているとネット情報を流す。知名度が上がる。そうして迎えたメジャーデビュー。都内のレコードショップで行われたライブのあと、「今日がメジャーデビューなんですけど…」と言った瞬間、あの、不登校だった中学生時代の窓際や押し入れがよみがえる。あの時、MVの少女のように、家を飛び出して、光の中、土手を走ったのだ。彼女の頭の中では、サンボマスター「青春狂騒曲」が鳴り響いていた…。(BSスカパー「フルコーラス」2015年9月29日放送分、WOWOW「ぷらナタ」#8、「音楽と人」2016年9月号より構成、一部妄想)

不登校や引きこもりには、決してならないという人もいるだろう。けれどやむを得ない事情で、そうなってしまう人もいるのだ。その人にとって、一度閉ざしてしまったドアから外に出ることはとても困難に思える。いろんな人が手をさしのべてくれるだろう。だが、そのドアとは自分自身のことだから、結局、そこから抜け出す鍵を見出すのも自分自身なのだ。

吉澤嘉代子にとって、その鍵とはサンボマスターであり、音楽だった。彼女にとって、音楽とは、生きることそのものなのだ。

その証拠に、「吉澤嘉代子とうつくしい人たち」のリリースは8月3日。「世界はそれを愛と呼ぶんだぜ」のリリース日と同じである。

どうです? 

吉澤嘉代子って、ピュアでしょう?

(つづく)