第七章 メタルの条件(1) | 私、BABYMETALの味方です。

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アイドルとメタルの弁証法
-May the FOXGOD be with You-

2014年2月26日にリリースされたファーストアルバム「BABYMETAL」は、米ビルボード誌総合アルバムチャートBillboard 200の187位に、日本人最年少でランクインした。iTunesアルバムダウンロード数では、世界7か国でロック/メタルアルバムのトップ10に入った。
アルバムを聞いた海外ファンが議論したのは、BABYMETALははたして本物のメタルであるか、ギミックなのか、ということであった。
日本人の可愛いアイドルが、メタルバンドのフロントマンをやるなどということは、欧米では「ありえないこと」である。
ポップアイドルは楽しくてノリノリの恋や青春を歌うもの、メタルは毛むくじゃらの大男が過激なパフォーマンスでフラストレーションを爆発させる音楽と相場が決まっている。
だが、プロデューサーとしてクレジットされたKOBAMETAL(小林啓氏)は「アイドルとメタルの融合」をテーマに掲げ、「メタルにJ-POPを導入した新しいメタルのスタイル」だと言っているらしい。
確かに、「BABYMETAL」の楽曲は、スラッシュメタル、デスメタル、ブラックメタル、パワーメタルのリフをベースにして、そこにラップ、ヒップホップ、ユーロビート、和風のメロディ、童謡が継ぎはぎされ、その上にJ-POPメロディを歌うSU-のパワフルなヴォーカルが乗っている。アレンジは巧みで、演奏は申し分ない。
よくある日本のコピーバンド、ガールズバンドではない。考えようによっては、メタルにヒップホップを導入したNuメタルのように、J-POPを導入した新しいメタルだといえなくもない。しかし、いくらなんでもアイドルをフロントマンにしたのは、“売らんかな”の商業主義ではないのか。だとすれば、やはりこれはメタルではなく、ポップとして分類されるべきではないか…。
これらの楽曲を小林氏がどういう経緯で作っていったのかは、前章で考察した。その上で断言する。
BABYMETALは正真正銘のメタルバンドだ。「おねだり大作戦」で、それがわかる。
欧米のメタルヘッドたちの議論には、決定的に抜け落ちている論点がある。それは、歌詞だ。
「おねだり大作戦」は、2012年10月6日、Legend“I”で初披露された。
世界中に知られた「ギミチョコ」や「メギツネ」などより先に作られ、ラップを歌うYUIとMOAをフィーチャーした、リンプ・ビズキットLimp Bizkit風の、つまり、あまりメタルらしくない曲だ。
だが、この曲は、BABYMETALの楽曲の中で、ある意味、最も“メタルな”曲なのだ。それを理解するには、少しだけ、へヴィメタルの歴史を紐解いてみる必要がある。
1970年代後半、イギリスで、商業的に成功したハードロックに代わって、シンプルな音楽性と、クレイジーで社会批判的なパフォーマンスをするニューウェーヴ=パンクロックが台頭した。
ところが、パンクがモッブファッションと結びつき、一種の“スタイル”になってしまうと、その軽薄さを嫌った音楽ファンの間では、旧世代に連なるジューダス・プリーストJudas Priest、アイアン・メイデンIron Maidenなどのバンドに注目が集まり、NWOBHM(New Wave Of British Heavy Metal)と呼ばれた。
音楽的には、ギターのチューニングを1音下げる「ダウンチューニング」(ブラック・サバスBlack Sabbathのギタリスト、トニー・アイオミが創始者とされる。ドロップチューニングともいう)によって重低音を出したり、ツインリードギターでソロに重厚感を出したり、ダブルバスドラム、ダブルキックペダルによって、ハイスピードの曲でも重いビート(2ビート)を持続させたりする点に特徴があった。これが、ハードロック(硬い岩)よりも重い、へヴィメタル(重金属)という名称の謂れである。
もうひとつ彼らには共通点があった。死や血、暴力、狂乱といったおどろおどろしいイメージを用いて、時代の閉塞感や行き場のない怒りを表現したことである。演奏技術の進歩とともに、より過激で、クレイジーな表現力を持ったところが、へヴィメタルの大きな特徴だといえる。
同じころ、アメリカでは、ハードロックの進化形として、画期的なライトハンド(タッピング)奏法を生み出したギタリスト、エディ・ヴァン・ヘイレンを擁するヴァン・ヘイレンVan Halenや、モトリークル―Mőtley Crűe、ボンジョヴィBon Jovi、顔面ペイントのキッスKISSなどが登場していた。派手なパフォーマンスをする彼らは、始まったばかりのケーブルテレビ番組「MTV」にはもってこいの素材で、商業的に大成功する。ロサンゼルス出身のバンドが多かったのでLAメタルとか、グラムロックならぬグラムメタルなどと呼ばれた。
これに対して、ハードコアパンクに強く影響を受け、ハイスピードのリフと攻撃的な歌詞を武器に、グラムメタルを“ヘアメタル”(髪の毛だけのメタル)と揶揄するメタリカMETALLICA、スレイヤーSlayer、メガデスMEGADEATH、アンスラックスAnthraxなどのバンドが現れ、スラッシュ(鞭打つ)メタルと呼ばれた。
それ以降、メタルと呼ばれる音楽は、暗い情念をグロウル(デス声ともいう)で表現するデスメタル、悪魔崇拝的なブラックメタル、ドラマチックで疾走感のあるパワーメタル、美声の女性シンガーをフィーチャーした幻想的なシンフォニックメタルなど様々なスタイルを生みながら、英米だけでなく、ドイツ、オランダ、北欧、南米などに広まっていった。日本のヴィジュアル系バンドもグラムメタルとパワーメタルの融合だといえる。
こうした歴史から、メタルとは何かと定義するるとき、音楽的な“重さ”やテクニックだけでなく、パフォーマンスの過激さや社会批判性もまた、その指標となることがわかる。だから、一見メタルとはミスマッチな、泣き叫ぶようなラップを導入したコーンKornやリンプ・ビズキット、覆面をかぶったスリップノットSlip Knotも、その衝撃的な歌詞や過激なパフォーマンス、風刺性によって、Nu(ニュー)メタルとして認知された。
BABYMETALに対するメタルヘッドたちの議論も、J-POPアイドルをメタルバンドのフロントマンにすえる、ということが、“商業的なウケ狙い”なのか、“クレイジーな表現”と見るのか、というところに焦点がある。
「おねだり大作戦」は、リンプ・ビズキットを彷彿とさせる、ラップのリズムにのったNuメタルへのオマージュ、と位置づけられるが、その歌詞の内容は、可愛い女の子が、パパに欲しいものを買ってもらうために、「肩モミすかさずパパ大好き!!」とご機嫌をとり、はては「お疲れさま、神様!!」
「好きなタイプはもちろんパパ大好き!!」と言ったりして、ヨイショしまくるというものである。
メインパフォーマーはYUIとMOAであり、SU-はウィスパー(カッコ内)で合いの手に入る。
「ウソでもいい(遠慮は無用)、ホメまくれ(ゴマスリゴマスリ)、アレも欲しい(もう少しカマセ)、コレも欲しい」「(天使の顔した悪魔のささやき、説教するならカネをくれ)×2」から、衝撃の決め台詞。
「わたし、パパのお嫁さんになるんだ!!」
娘を持つ父親ならわかると思うが、女の子は幼少期、他に大人の男性を知らないから、同性であるママへのライバル心もあって父親にこんなことを言うことがある。父親としてはとろけてしまいそうな瞬間だ。
「おねだり大作戦」の女の子は、もう少し年上の設定(初演当時、水野由結と菊地最愛は13歳)だから、こういう父親の心理をわかったうえで、手玉に取っているわけだ。サビは、
「Let’s go! Let’s go! おねだり作戦、可愛く「プンプン!」駄々こねろ!」
「最強の!! 最高の!! 天使の笑顔に騙されそうだww」
「お願い! お願い! ママに内緒でゲットしちゃお!」…。
なんのことはない、どこの家庭にもある、欲しいおもちゃや洋服を買ってもらいたい女の子の、パパへの可愛いおねだり“作戦”を、おおげさに皮肉っただけに見える。
ところが、BABYMETALが「成長期限定アイドルユニット」さくら学院の出身だ、ということを思い返すと、とたんにこの歌詞の意味に“毒”が加わってくるのだ。