南九州の旅2 (知覧、仙巌園) | じゃからんだの気ままな旅 

南九州の旅2 (知覧、仙巌園)

翌日は10時出発。朝ものんびりと過ごせます。

最初に向かったのが長崎鼻。ここは新婚旅行以来です。かつてはこのあたり、新婚旅行の定番だったのですが、今はその面影もありません。

 

開聞岳がとてもきれいに臨めます。

 

 

岬の灯台

 

 

竜宮神社

 

 

次に訪れたのが釜蓋神社。ここはパワースポットとして知られ、スポーツ選手も多く訪れるようです。イチロウもたびたびここを訪れたそうです。

 

 

神社の鳥居から境内まで釜の蓋をかぶって参拝すると願いがかなうそうです。早速試している人もありました。

 

 

 

知覧へ向かう道路沿いの畑は一面茶畑。このあたり、お茶の産地です。お土産に知覧茶を買い求めました。

 

 

知覧では知覧特攻平和会館を見学しました。入口に戦闘機の複製が展示されております。この飛行機で多くの若者が命を散らしたと思うと胸がつまります。

 

 

当時、滑走路があったところは今はグランドになっておりました。

 

 

陸軍飛行学校知覧文教所正門

 

 

特攻で亡くなった1036名の御霊を弔うため、平和記念館入口から道路沿いに亡くなった数と同じ1036基の灯篭が建立されております。灯篭にはひとつに一人の名前が刻まれておりました。

 

 

 

三角兵舎が復元されておりました。ここで出撃するまで起居をともにし、寄せ書きを書いたり、遺書を書いたりしたそうです。一人のスペースは畳一畳ほどしかありません。

 

三角兵舎

 

 

 

知覧特攻平和会館

 

 

中には遺品、遺書などの資料が多く展示され、隊員の写真が展示されております。

10代後半から20代の若者がどんな思いで突撃したのかと思うと胸がつまります。ほとんどが当時の兵隊の階級でいえば、少尉から大尉となっており、下の階級の者はおりません。これは、自分たちは選ばれた有能な青年だ、日本を救えるのは自分たちしかいない、と信じさせるために、若いにもかかわらず階級を与え、自分はお国のために死ななければならないと思わせたものでしょう。

 

遺書を見るとほとんどが死ぬことを誇りに思っているようです。多くの人が、父母に悲しまないでくれ、親孝行ができなかったのがつらいということを書いております。

二度とこんなことが起きてはならないと感じさせられました。

 

戦争のない国は今では日本だけなのでしょうか。日本は戦争とはかかわりのない特別な国だと感じます。

いつまでも日本だけが特別な国であることが続くとは思えませんが、これが世界の標準となる日が来ることを願わずにはいられません。

 

さて、さまざまな感慨を胸に、最後は仙巌園に向かいました。

数年前に訪れたばかりですが、何度来てもここは素晴らしい庭園です。

 

仙巌園

 

 

 

桜島がとてもきれいに見えました。

 

 

仙巌園の中はそうそうに、隣の尚古集成館を見ることにしました。

 

尚古集成記念館

 

 

見学のあと、もう一度桜島を見ると、桜島が夕日に映えておりました。

 

 

今回の旅行はこれまで。ここから鹿児島空港に向かい、またANAでセントレアまで帰りました。

 

今回の旅行は1泊2日と短い旅でしたが、2日間、フルに観光をすることができ、しかもゆったり行程で、とても満足できる旅行でした。

 

今回の旅では、知覧の特攻平和会館がとても印象的でした。ここは初めて訪れましたが、若者がどんな思いをして出撃したか、当時に思いを馳せました。

 

 

 


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