先日
相手の手を握って、悪い気を体の外に出す、
というのができるおじさんに、会いました。
というか、そのおじさんは何年も前から一年に一回だけ会う釜で焼き物をする職人さんで、でもそんなことができるなんて僕はずっと知らなくて
優しい語り口の、優しい笑顔のおじさんは、やってもらっていいすか!と僕が言うと、僕の両手の親指の付け根のところに、優しく自分の両手の親指を添えて、今まで見たことのない真剣な顔になりました
それから少しして、フゥっと息を吐きながら両手を離し、こう言いました
「ちょっと話してもいいですか?」

 


えっ、あっ、僕どっか悪いですか!?
慌ててきく僕に、おじさんは穏やかに言いました
「いやいや、話したほうがいいかな、ということがある人にだけ、話すようにしてるんです」

 

おじさんが僕に話してくれた、僕についてのこと
手を握ってわかった、今の僕についてのことは
…いや、うまく書けないのですが
とても、刺さるもので 僕は
あああ~とか言ったりして、
ありがとうございます、あああ~とか言ったりしながら、


ふと 思ったのは

たしか 少し前に
おんなじことを誰かに言われた、ということでした

思い出した
それは
去年の秋に出演した舞台の、ドイツ人の演出家に、でした

 


シゲル、シゲル

あなたは、

 

 

〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇

 

 

おととい、ボクシングジムで
初めてスパーリングをしました。
今まで、5年近く通いながら、一度もやったことはありませんでした。ただのへっぽこ練習生の僕には、関係ないことと思っていたので

 


調子よくバカスカとサンドバッグを叩いていた僕に、おもむろにトレーナーさんは、言いました
「よし、サトチャン。スパーやろう」

周りを見回しても、今日の練習生は僕しかいなくて だから必然的にプロの人と、ということになります。
「あっ、僕、死んじゃうと思います」
ヘラヘラ笑って断ろうとした僕に、トレーナーさんはさらっと言いました
「大丈夫、プロだから。」

 

〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇

 

初めてワセリンを塗りヘッドギアを付けて、初めてファウルカップ(アソコを守るやつ)を付けて、僕はリングに入りました。

プロボクサーのNさんは、いつも練習を見ていてすげえなぁ、すげえなぁ、と思っていた人で、だから、面と向かってリングに立っているのが、なんだかもうよくわからなくて


Nさんは左だけ、ということでスパーリングは始まりました 緊張と、初めてのヘッドギア(とファウルカップ)で、なんだか僕の両足はもつれて、息苦しくて
(当たり前ですが、かなり軽めにしてくれていた)Nさんの左ジャブは的確に僕の頭をコツンコツンと揺らし、
そして僕のパンチはことごとく空を切り、

「1分!」
トレーナーさんの声が聞こえました マジかよまだ1分か、マジか。
グローブが重たい、腕をあげているだけでもきつい、はぁはぁ、はぁはぁ、

 

長い長い3分が終わり、お礼を言ってへろへろとグローブを合わせて
立ってるのがやっとの僕に、トレーナーさんは、言いました。

「よしサトチャン、もう1ラウンド。」

えっ、という声すら出せない僕に、汗だくの笑顔でNさんは言いました、

「もっと!
もっと、ぶっ殺してやる、くらいの感じでやってもらっていいっす!!」

ブザーが鳴って、次の3分が始まりました
僕の息はすでにあがっていて、でもやらなきゃ、手を抜いちゃいけない、なんて気持ちもありながら
「サンドバッグ叩くみたいにいっちゃっていいよ!」
トレーナーさんの声が聞こえて


そしてついには、N さんに「左も無しの、ディフェンスのみ」という指示が出て

僕は、まるでもたれ掛かるかのように、Nさんに突進し、
僕の喉からはずいぶん前からヒューヒュー変な音がしていて、
手を出せないNさんに向かって振り回す僕のパンチは、やはり空を切り続け、
ロープ際、Nさんとおでこを付き合わせるようにしながら、お互いの荒い息を(荒いのはほとんど僕、)聞きながら、フック、ボディと振り回し、当たらず、
一回だけ、左のボディが当たったような気がして
見学していた他のプロの方がナイスボディ!と言ってくれ、でも僕には、あの硬いNさんの右脇腹に当たったパンチは一ミリも効いちゃいないことはわかって、
なんだか、海で溺れているかのような心持ちで、腕を振り回し、ディフェンスのみだからこちらが打たれることなんかないのに、Nさんの圧に押され、距離を取ろうとして
さがっちゃダメ、サトチャン、いけいけ、と言われ

 


ブザーが鳴って

Nさんはいつものとびきりの笑顔で
「あざした!!」と言ってくれました

へろへろとグローブを合わせて、声にならない声で、「あらした…」と言った僕は、
自分でグローブもヘッドギアも外せず外してもらい

たぶんお辞儀をして、リングから出ました


〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇

 

今考えれば、とんでもないことだけど
スパーリングやろうと言われた時、僕は、
試合前のプロの選手に、間違ってけがさせたりしたらどうしよう、なんて少し、考えました
そんな心配、今考えたら本当に恥ずかしいのですが

 

「顔を殴るって、非日常だからね」
スパーリングの後、トレーナーさんが、言っていました 初心者にはなかなか、殴れないものだよね

 

僕は、過去に
殴り合いの経験はあるにはあります でもその時はそれなりの理由があって
殴ってやろうと思ってそうしたのであって
Nさんは、いつも練習を見ていて尊敬すらしている人で 練習生の僕にもいつも礼儀正しく、というかジムのプロの選手の方はみな、とても気持ちのよい人ばかりなのですが だから


…いやでも、それ以前に、圧倒的な技術の差で、僕のパンチは当たるはずもなかったのですが それだけではなく

 

トレーナーさんは
「大丈夫、プロだから」
と言いました

Nさんは、言いました
「もっと!ぶっ殺してやる、くらいの感じでやってもらっていいです!!」

 

スタミナがなくなった後半はもってのほかですが、まだ元気だった前半ですら
僕にはそれが、できなかった

 

〇〇〇


僕は役者だから
芝居の稽古場で、相手役が本気でやってくれなかったら、とても、嫌です。


Nさんにとってのボクシングが
僕にとっての芝居と同じだと、考えるならば


ぶっ殺してやる、くらいの感じでやってもらっていいです!!

僕はしなかった
できなかった

いろんな言い訳がある
でもそうじゃない
シゲル、シゲル

 

それが出来ない理由
それをしない理由

僕の〇〇について

 


今、そんなことを考えています
ずっと 考えています