※ 今回 最終回のためにいつもよりも長い文章となっています 読み終わるまでに平均5分37秒程を要します 最後までお付き合いいただけましたら幸いです。







夜9時




雲のない夜空には 今日も無数の星が煌めいて

風が止まり 穏やかな水面は月の明かりをゆらゆらと写しています



サポカン島の20m程の小さな桟橋には大勢の漁師達が魚を担いで集まり バリ島の市場にこの島で採れた魚介類を運ぶ船へ 我先にと荷を積み込んでいきます


僕とトウル君と竹中さんの3人の荷物も 魚と氷を詰め込んだ発泡スチロールの箱と共にその船に積み込まれました。


発砲スチロールの箱から染み出した 魚の汁は容赦なく僕らの荷物を濡らしています 後で匂いが心配ですね…





そう 今夜僕らはこの島を離れて バリ島に向います



6月のマドゥラ島出航から 約5ヶ月間の時間を共にした古代冒険帆船”マジャパヒト号”と離れ 一度皆 自分達の元の場所へと帰るのです



山本船長は修復を頼む船大工との打ち合わせが終わるまでこの島に残るそうです


「やっぱり船長たるもの 最後まで船と一緒にいなければな!ワッハッハ」


山本船長は少し寂しそうに笑っていました




今日は皆 心なしか口数が少ないようです






僕は船の出港を待ちながら マジャパヒト号の出航前にに思い描いていた航海のフィナーレの場面を思い返しました



最初の予定では マジャパヒト号は8月の半ばには日本へと無事に到着



港には沢山の報道陣や出迎えの人々が集まり


集まった人達に向って僕は


「やっぱり 海が僕を一回り大きくしてくれましたね!」

的な事を語り



海を渡って日本に辿り着いた充実感と達成感を噛みしめながら

友人達に囲まれ 数週間ぶりの冷えた日本のビールに感激して


実家では おじいちゃんやおばぁちゃんが「はるばる南方からよく帰ってきた!」と喜び


一年近く会っていなかった遠距離恋愛の彼女には 少し離れた所からはにかみながらも笑いかけ…



「ただいま…」




なーんて



そんな些細な想像に胸を膨らませていたんです




でも実際には…








今日という最後の日を インドネシアでも人知れぬ小島

カンゲアン諸島スペカン島の桟橋で漁船の出港を待ちながら迎えています




この凄まじい違いはいったい何ですか?




「ププッ!… ワッハッハッハッハー! ギャハハハー」


なんだか可笑しくなって笑っちゃいました



見送りにきてくれた オランバジョーのランランさん

「ヒーロ! なんで笑ってるんだ?大丈夫かお前?」


ヒロユキ
「ゴメン ゴメン! また来年もみんなに会えるのが嬉しくてさ!」


ランランさん
「そうだぞ! 元気で早くここに帰ってこいよ! お前は冒険が終わったらサポカンに住むんだからな! それとお土産で水中メガネもってこいよ!」


ヒロユキ
「えっ!? 俺そんなことは一言も言ってないけど… まぁいいや ランランもみんなも元気でね またできるだけ早く戻ってくるから!それとランランの船に使い古しだけどダイビング用のブーツ置いてきたから使ってね!」





見送りには この島でお世話になりっぱなしだったパハジ先生 サポカン海洋少年団の面々 それに元クルーのランランやラシッドさんが来てくれました




僕らは 生臭い魚の箱を避けて 船の屋根に登りました


船は淡々と舫いをほどき ギアをつないでプロペラを回しはじめました


ゆっくりと桟橋を離れていく 船の屋根の上から岸壁の皆に僕らは大きく手を振りました


「またねー! また戻ってくるからねー それまでマジャパヒト号をよろしくねー!」






船は懐かしい焼き玉エンジンの ポンポンポン という音と共に波のない穏やかな海面を走り出し スペカン島の小さな灯りは さらに小さくなっていきました。








漁船の屋根の上で 小さくなっていく島を見つめながら




トウル君
「ねえ 最後にビデオ撮ろうよ… ビデオに向って 最後に何か一言! フフフッ…」


ヒロユキ
「 えっ!? いきなり? それに最後にって なんか嫌な感じじゃない? 俺また泣いちゃうよ!」


トウル君
「うーん… そうだね… じゃあどうしようか?」


ヒロユキ
「じゃあさ! 二人で対談みたいな感じでいこうよ! 俺もトウルちゃんに質問するからさ トウルちゃんも俺に質問して話そうよ!」


トウル君
「ええ… 僕も話すのか… うーん 」


「いいじゃんか そうしようよ!」






ヒロユキ
「じゃぁ 俺からね! 今回 一番嫌だったってか 辛かったのはいつ?」


トウル君
「えーと… それは絶対マドゥラ島にいたときだね… 僕ははじめインドネシア語もほとんどわからなかったしさ、いきなりバジョー族と一つの家で暮らすことになって あの泥水みたいな井戸の水でシャワー代わりでしょ、船だってなかなかできあがらないし あの毎日決まってなるコーランのうるささには辟易したし 正直何回も逃げだそうと思ったよ… 」


ヒロユキ
「そうそう! てかトウルちゃん実際に2回家出したよね、僕は船を作りにきたんじゃありません!って言って 山本さんに怒鳴られてさ 一人で街の安宿に逃げ込んだよね!あの時はトウルちゃんを引き留めるのに苦労したよ俺は。

俺は一番辛かったのは… マニラにいたときだね48日間だよ48日間! これからどうなるのか本当に見えなかったし 毎日一人で船の掃除ばっかしてさ ブログには海のこと全然書けないし、でも書くの止めるわけにもいかないしさ いろんな人にどうなってますか?って聞かれて それでも何にも応えられなくて… ああいうのは辛いよね 嵐で船が大揺れだった時の方が全然ましだったよ…」



トウル
「そうだね… あの時は ヒロユキ君もさすがに挫けかけたよね クルーが帰っちゃった時… ブログには格好良く書いてたけど もう自分も帰るっ!て言い出したよね。」



ヒロユキ
「言った!言った! その時は珍しくトウルちゃんにたしなめられたよね。 僕のこと引きずり込んだくせにこんな時にやめるなんて言うな!って言われたよ」


トウル
「でもあの時は山本さんにも助けられたよね 僕らはもう航海は失敗で終わりだと思ってがっかりしてるだけだったけど あの人は全然そんなふうに思っていなかったからね… 次はこうしよう 来年にはああしよう! っていつも考えて僕らに話してくれたものね… あのおかげでなんとかモチベーションを下げないでがんばれたよ」


ヒロユキ
「うん… あの人自分は毎日一食しか食べないのにそれでも僕らにお小遣いくれたりしてさ…」


「じゃあ 今まで辛いことはいっぱいあったけど 楽しかった事っていうか… いい経験として印象に残ってることは? 自分最高視聴率の瞬間みたいなさ! 」



トウル
「それは絶対に 赤道の海の上で見た星空だよ… 今も星空キレイだけどあの時の星空はレベルが違ったよね… あれ以来、星空がキレイだって思えないっていうか… あの時の星空と比べちゃうんだよね あれ以上の星をこれから期待できるのか心配だよね…」


ヒロユキ
「おお! あれ以上の星空はチベットとか行くか砂漠の真ん中とか行かないと見れないだろうね… あの時は一晩中星を見てたねー

俺にとっては… 進水式の時が衝撃だったな 凄かった! 船が引っ張られて地面を滑ったときさ すごい地響きが鳴ったでしょ? あの瞬間 本当に体が熱くなったし心が震えたよ なんか原始的な“祭り”の喜びっていうかさ あれはなかなか体験できないでしょ 」


トウル
「でもその後に船すぐ浸水したよね… それで二人で夜の海泳いで船まで行って すぐ寝ようとするバジョー達を叩き起こしながら 朝までバケツリレーしたね…」


ヒロユキ
「したした! あれは最悪だったね でもあの後見た朝日は最高だった… 生きてるって充実感を感じた 思えば最悪にして最高のこと沢山あるよ マニラでの日々も本当に辛かったけど 今にして思うと最高の勉強させてもらったと思う… 失敗から学ぶ経験ってわざとできるものじゃないでしょ? 」


トウル
「うん… 」




竹中さん急に起き上がって

「ウォホン! そうですよ!確かに今回は失敗です だけど失敗から学べればそれは失敗とは言わないんです それはこれから取り戻せる! あの有名な海洋冒険家“白石康次郎”だって初めて冒険航海が成功するまでに2回も失敗してるんです!お金をだしてもらったスポンサーに謝ってまわって それでも成功するまで続けたんですよ!」


ヒロユキ
「あれ! 竹中さん起きてたんですか!?」



竹中さん
「これから来年に向けて僕も日本でがんばりますよ!そんでもって日本まで行けた暁には今度もっとでかい航海をやりましょう! ところで僕はもうこの魚臭さに耐えられませんので もう眠ります お休みなさい!」


ヒロユキ&トウル
「はぁ… お休みなさい。」




僕らは別れ際にパハジ先生からもらったビスケットをかじりながら

また空を見上げました


南の空から北に向けて ミルキーウェイが雲のように流れています

南の水平線と空の境に 南十字星を探しましたが

行きの航路でこの時間によく見かけた南十字星も もうこの時期では夜の空に昇ることはありません



トウル
「あっ… ビデオの電池切れちゃった… 」


ヒロユキ
「別にいいんじゃない! それよりさ この5ヶ月間で一番笑ったこと何だろうね?」



トウル
「 そうだね… そういえば 海軍のリスキーさんが船酔いで吐いたのは笑ったよね!」


ヒロユキ
「あれは笑った! 海軍の大尉なのにあれは恥ずかしいよね 誰も突っ込めなかったもんね そういやトウルちゃんも熱低で海が大荒れだった時 吐いたよね? 俺見てたよ! 」


トウル
「……… でも やっぱり一番面白かったのは 山本さんの記憶喪失事件だよね」


ヒロユキ
「そう! あれが間違いなく一番笑った! フィリピンの宿の濡れた床で転んで 頭ズゴーン!って打ったとき 5分くらい気を失ってたでしょ? 本当に死んじゃったって思ってさ 俺 脈とって瞳孔確かめたもんね」


トウル
「その後 目が覚めても もうフィリピンに着いてるのにまだカリマンタンのポンティアナックにいると思い込んでてさ ここはどこだ!? って叫んでたよね」


ヒロユキ
「ギャハハハ! あの時 本当にカリマンタンからフィリピンまでの記憶がなくなってよね 他のクルーはどうした!? って騒いで もう皆帰っちゃいましたよ って教えてあげたとき山本さん ええ~!? ってすごい顔して驚いてたもんね」


トウル
「あの後しばらくして記憶が戻ったからよかったけど 初めて記憶喪失になった人間 生で見たよ… フフフッ 」



ヒロユキ
「あの時はクルーも帰っちゃって山本さんも記憶喪失で もう絶体絶命だと思ったよ」


トウル
「そうだね… それでも何とかインドネシアに戻ってきたんだもんね… 」



ヒロユキ
「それも なぜかバジョーの島に! なんか大騒ぎして振り出しに戻った感じじゃない?」




トウル
「来年どうなるのかな…?」



ヒロユキ
「うーん… どうなるだろうね? でも いろいろ大騒ぎしたけど やっぱ楽しかったよ!海洋冒険家見習い」





トウル
「うーん… まぁ 一概には言えないけどね…

はぁ~あ そろそろ僕も寝るね… 」










船からはいつの間にか島影が見えなくなっていました

少しだけ冷たい風が吹き 船は揺りかごのようなゆったりとした横揺れをはじめ

まるで眠気を誘うかのよう


トウル君はもう眠っちゃったみたいです



僕は夜の海の先に まだ見えてこないバリ島を見つめます



不意に心に一つの文章がよみがえりました





それは伝説の漁師 大和兆二郎が自分の孫

鮒子に宛てて残した手紙










愛すべき孫娘 鮒子へ


 
もうわっかったと思うが ワシがお前に残した地図は
決して 目の眩むような財宝や富を約束するチケットではない
 
自分の存在や意味を考えてしまうだろうその歳に
ワシはお前に旅立ってほしかったのだ
 
もちろんお前次第で 世界はいろいろ語りかけてくることもあれば 何も語らないこともあるじゃろう


 
どうだ? 世界はお前に何かを語ってくれたのだろうか…?
 
「夏休み」 「冒険」 人はそういう幻みたいな時間をもったほうがいい…

意味や結果だけを求める行為というのは不毛じゃよ



途方もないバカな時間…


本当ははそういう幻のような時間が

人としての豊かさの源泉につながっとる…


 
すぐには手に届かないものを想い 追い求める気持ち


そして それを「よし」とする気持ち


そんな… おおらかさが…



 
人の気持ちは何モノかに支配されるほど ちっぽけななずがない
しかし人は毎日 自分の境遇を愚痴ったり 羨んだり 妬んだり
ただ日常をたゆたうゆように生きとる

そんな人生を死ぬまで続けるとしたら それは不幸であるに違いない


 
今 自分を他人を大切にして生きている大人が まわりにどれだけいるだろか 狭い気持ちで生きてはいかんだ




「万祝」
 
とは祝福 そもそも おおらかなものではないのかの

 
人生は楽しいものだよ…
 
吉日 大和兆次郎




「万祝 海の男 大和兆次郎 鮒子への手紙」 より抜粋













そう…


僕らには日本での出迎えもテレビのインタビューも 冷たいアサヒスーパードライもありませんでした…




それでも僕らは


360度何も見えない洋上で東から昇る太陽が西に沈むまで追い掛け

魚を釣ってはそれをみんなで食べ 洋上の星空に心を振わせ

今までに行ったことのない島々や国を巡り たくさんの人と知り合い 友達が世界中にできました


古代の帆船で海を走り 航海のめくるめく日々を過ごした…



そしてそれこそが 僕が海に出る前に夢見ていたこと






やっぱり海はでかいです


きっとまだまだこの海には心を振わせてくれるような 一瞬がどこかに必ずあるはず…






61才の海洋冒険家 山本船長は言います



「最高の航海 それはいつでもNext oneだ!」




東の空を見上げると

一閃

天上の蒼き狼“シリウス”が 一際輝やきを増したかのようでした。





海洋冒険家見習いの航海日誌








今までこの「海洋冒険家見習いの航海日誌」を読んで下さった方々、マジャパヒト号の航海の行方を気に留め応援して下さった皆様 長い間本当にありがとうございました。

この航海日誌は今回をもちまして「海洋冒険家見習いの航海日誌 第1章」を一度終了とさせて頂きます。


次回 予定では2011年4月再出航 古代帆船マジャパヒト号のマストにセイルが上げられ その帆が海風を受けるその時には このブログを再開させて頂きたいと願っています。

数々のコメント 海を行く旅の上で本当に心に染みる想いでした
ありがとうございました。

「海洋冒険家見習いの航海日誌 第2章」でまたお会いしましょう




「sampai jumpa」



海洋冒険家(見習い) 新海博之 藤井徹


海洋冒険家見習いの航海日誌










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