地震か?・・・いや、違う。上から押し潰されるような感覚。気圧が・・・重くのしかかってくる。


窓を開けた。・・・やはり、空が大きくなっているように見えた。


「父さん!」


たまらなくなって外へ飛び出した。


父は、天に向かって手を突き出していた。


空を支えているのだ。


「息子よ・・・」


父は苦悶に顔を歪め、こう言った。


「お前に頼みがある」


「頼みってなあに?僕何でもするよ!!」


父は、年がら年中空を支えていた。すべてを投げ出し、それをやっているのだ。


しかしそれは巨人の宿命。やらなければ世界は・・・そらの下敷きになってしまう。


そんな父へのせめてもの手助けに、僕は何でも彼の頼みを聞いてあげらねばならないことはわかっている。


ご飯をあげるのも、排泄物の処理も、全て僕がやらなくちゃいけない。


でも、その時の父の頼みというのは全然別のことだった。


「実はな、わしは今、ある病気に侵されているんじゃ」


「ええっ!?本当なの!?」


「ああ、本当だとも。しかし、治らない病気ではない。お前に頼みたいこと・・・それは薬をとってきて貰うことじゃ」


その薬とは、遠くの山にある、薬草のことらしい。毎年夏になると大きくなるそうで、別に珍しいものでもないようだ。


「うん、わかった。三日で戻るよ。それまで待ってて」


「すまんな・・・」


こうして、僕は旅に出た。





日が経つのは早いものだ。一日歩き通したが、殆どあの山へは近付けなかった。


今日もまた、あの揺れが起きた。・・・急がないとまずい。父さん、頑張ってくれ!!


「ひゃあ、何か空がでかくなったような気ぃするなあ」と、その時、背後から声が聞こえた。相手をしてる暇なんて本当はないはずなのに、僕はこう答えた。


「でかくなってるんじゃなくて、落ちてこようとしてるんだよ」


「何やて!?そりゃほんまかいな!」


返答がきた。うーん、ヘンな口調だ。一体何処の国の人だろう。好奇心に駆られて、僕は振り向いた。


「え・・・?」


と、そこには誰もいなかった。何だ!?もしや・・・幽霊!!!???


「ニイチャン、ここや、ここ」


その声は下から聞こえた。しゃがんで見てみる。


こ、これは・・・カエル!?


「何やニイチャン、驚かんでもええがな。俺は旅の医者。名前は・・・仮にゲロンとでも言っとこか。遠くの山でデコイワ草が今年も大きくなってるそうやから、今から採りに行くところなんや」


聞いてもいないのに、そのカエルはべらべらと自分のことを語りだした。むむむ・・・、何か怪しいぞ!でも、デコイワ草ってもしかして・・・。


「そんでな、もし良かったらニイチャンに俺を運んで貰おかと思ってな」


おお、これはチャンス!!もしかしたら、その薬草について色々教えて貰えるかも知れない。なんせ、名前も知らなかったんだもん。もちろん、形なんかもわからなかったのだ。


「喜んで運ばせて貰うよ!」





「お前のおとんも大変やなあ。なしてそないなことせなあかんの?」


「・・・だって、それが運命だから・・・」


「あかん!あかんなあ!」


山登りの途中、僕らは何やら人生相談のようなものをやっていた。医者なんて言うもんだからてっきりお偉いさんだと思っていたが、本当は志望で、歳もあまりとっていないそうだ。むしろ、まだカエルになったばかりだそうで、オタマジャクシに近いらしい。だから、すぐに僕らは仲良くなった。


しかし、もう二日目だ。のんびり話もしていられないはずだが・・・。


「もっと希望を持たなあかんで!!運命なんぞ信じちゃあかん!!」


「でも・・・」


「でももだってもあるかい!!つよーい希望をやなぁ・・・・・・おっ!ちょい見てみい!」


カエル、もといゲロンはびしいっと前方を指した。何だ何だ?・・・むっ、あれはもしかして!!!


「あれや!!多分あれがデコイワ草や!!」


やった!遂に見つけた!!そうか、あの黄色く長い、まるでスギの木みたいな(ちょっと大きすぎるかな?)植物が・・・。でも、「多分」・・・?


「ねえ、どんな薬草なのか知ってるんじゃなかったの!?」


「そないなことゆうとらへんがな!!でも大きな草とゆうたらあれしかあらへん。とにかく採取や!!」


よっしゃ!まっててね、父さん!!僕はすぐに帰るよ!!





ゴゴゴゴゴゴ・・・・・。


「急げ!!何かやばいで!!」


「わかってる!!もうすぐだ!!もうすぐで到着する!!」


木々が殆ど気圧に押し潰されている。父さん、あと少しだ!!帰路を必死で駆けていく。三日目の日が沈もうとしている。世界が・・・全てが潰されようとしている!!


「父さん!!」


やっと着いた!!父の周りには水溜りができていた。多分、汗だ。


父は本当にやつれ顔だった。こっちが泣きたくなるほど苦しい表情だった!!


「息子よ・・・その草を・・・そのままわしの口に・・・」


僕は黙って薬草を一本一本父の口へ押し込んだ。父は、むさぼるようにそれを飲み込んだ。


「おおおおおお・・・」


一通り飲み終わると、父は叫び声をあげた。


そして、思いも寄らぬ出来事が起こった。


父の体が・・・だんだん硬く、岩のようになっていったのである。


「父さん!?」


もしかして僕が採取してきたのは、ものすごい毒薬ではないのだろうか!?そんな、父さん!!!


「心配せんでええ!!」


そのときゲロンが口を開いた。


「お前のおとんはな、一本の柱になりたかったんや・・・。もう、巨人が空を支えなくてもええようにな」


・・・・・・えっ?


「お前は、自由に生きろ。わしの分まで・・・いや、先祖たちの分までな。その、仲の良いカエルと共に」


父のその声は消え入りそうだった。


ただ、その顔は・・・満ち足りた表情をしていた。





「希望を持て・・・か」


「なんや?そんな寂しそうな顔して」


「だって・・・」


「だってもでももあるかいな!オレが一緒にいてるやないかい!」


そうだ、僕には友達がいる。医者志望の、ヘンな訛り言葉を話すカエルが。


そして、自由が。


「見てみい、あの空は・・・お前のおとんが一生懸命支えてくれているんや。そしてな、その下の世界はな・・・希望に満ちてるんや」


(完)