【お知らせ】


Content&Publishing 編集会議 2015年春号
Content&Publishing 編集会議 2015年春号


『新人作家ってどうですか? ──駆け出し作家座談会』


新人作家って苦労だらけ!?コエヌマカズユキ×舟崎泉美×平原学による新人作家の座談会の模様が4ページにわたって掲載。作家を目指すすべての方、必読です!


$一日一話の創作部屋『スミズミまできく!バルさん。』-金魚(表紙)
長編作品『ゴオルデンフィッシュ』


著者:平原 学 出版:文芸社


ISBN978-4-286-14129-9


※全国の各書店・オンライン書店にて、販売中!!


Amazon/楽天/Honya Club/e-hon/TSUTAYA/エルパカBOOKS/セブンネット/boox/BOOKFAN/ヨドバシ.com/ブックサービス/YesAsia.com(※海外向け)


(最新情報はこちら


【その他お知らせ】
$一日一話の創作部屋『スミズミまできく!バルさん。』-『3.11 心に残る140字の物語』
・内藤みか編集『3.11 心に残る140字の物語』
(学研パプリッシング)


――自作Twitter小説『未来の友へ。』掲載


ディスカバートゥウェンティワン主催「第三回Twitter小説大賞」


――『魔法の力で永遠の若さを得た女』佳作受賞、電子書籍にて出版予定


(※詳しくは、リンク先の主催者様サイトにて)


♪♪♪♪読者登録・感想コメント、ペタ等大歓迎です。♪♪♪♪


ご意見、誤字脱字指摘等も遠慮なくコメントください!


(※全面コピー&ペーストしたような量産コメントはご遠慮ください)

  • 18 Sep
    • これまでのお仕事まとめ。(2016.9.18更新)

      【小説】 ●単行本『ゴオルデンフィッシュ』(文芸社)(Amazon) ●Woman.excite(著者ページ) ●第3回ツイッター小説大賞 佳作 【雑誌】 ●Nintendo DREAM(ニンテンドードリーム) 2016年 08 月号 特集『ゼルダの伝説30周年 ニンドリ Love Zelda 30th』読者座談会(文・写真)(Amazon) ●Content&Publishing 編集会議 2015年春号『新人作家ってどうですか? ──駆け出し作家座談会』(インタビュー)(Amazon) 【コラム】 ●オウチーノdeヨムーノ(著者記事一覧) NEW! ●PARAFT(著者ページ) NEW! ●オモタノ(著者記事一覧) ●Excite LAURIER(ローリエ)(著者ページ) ●All About newsdig(著者ページ) ●Excite ・「硬い」「固い」「堅い」 使い分けには「堅焼きおつまめ」を食べれば良い!? 【取材記事】 ●イベニア ・触手好き必見! 15キロの巨大ダコに絡まれる美女『Numeru Namada -ぬめなま展』 NEW! ・3,000個のからあげクンを食べ尽くせ!『からあげクン祭2016』 発売前の新ご当地12種類が集結 ・美少女が怪獣に! 「シン・ゴジラ」に負けない『ウルトラ怪獣水中ニーソ化計画』 ・『女子高生制服絵師』が描く、台湾JKのすべて 【蚩尤個展 制服至上ファイナル】 ・すみだ水族館が縁日に!? 約1000匹の金魚づくしイベント「お江戸の金魚ワンダーランド」 ・『しんでしまうとは なにごとだ!』まさかのパーティー全滅!? ドラクエの世界を冒険する「竜王迷宮からの脱出」に、リアル脱出ゲーム初体験のライターが挑戦してみた ・おっぱい派もふともも派になる!? ふとももだらけの展示会「ふともも写真の世界展」 ・マイクラ『日本科学未来館』、ささりそうなおっぱいも見どころ。史上最大級ゲーム企画展「GAME ON」で遊んでみた。 ・「BAGUS 肉の日イベント」肉の楽園に行ってきた! 肉で乾杯、特大マンガ肉入刀、世界の肉料理・ワイン食べ飲み放題。 ・SNSで『いいね』が欲しくてたまらないアナタへ。 “世界で最も気持ち悪い男”主催・リア充ナイトに行ってみた ・ここ地球だよね!? 現実とスター・ウォーズの世界が融合する写真展、日本初公開。ジョージ・ルーカスも絶賛する「DARK LENS」作者にインタビュー。 ・ウルトラマンもステージに登場! 宇宙に一台のウルトラヴァイオリンも。「ウルトラマン シンフォニーコンサート2015」 ・あの頃の甘酸っぱい記憶も蘇る? 全国の女子高制服が大集合「イラストと写真で綴る【制服図鑑】」 ●CHINTAI情報局 ・結婚式が1万円~ってどういうこと!? スマ婚について聞いてみた ●Excite Bit ・甲冑の総重量20キロ超え!「リアル騎士」を操る戦略ゲームの迫力が凄い ・Suicaのペンギンクッキーが発売! どうやって食べたらいいんだコレ!? ●レッツエンジョイ東京 ・曜日限定のパワー系朝食! 築地「とんかつ八千代」のチャーシューエッグ ・1日10食限定! 両国で山盛りイクラの巻き寿司を独り占めしてきた ・シーズン後半はお得で楽しい! GWデートで行きたい「いちご狩り」園3選 ・千鳥ヶ淵のお花見デートに!絶品テイクアウトフード3選 ・卵料理対決! 老舗の親子丼 VS 絶品オムライス3番勝負 ・代々木公園のお花見デートに!話題のお店・テイクアウトグルメ3選 ・六本木のお花見デートに!テイクアウトもできるレストラン3選 ・すじこも大盛り!具の量が凄い「ぼんご」のおにぎりを食べ比べてきた ・寒くても体の芯から温まる♪ 絶品スープが味わえる都内のお店8選 ・一人飯の決定版! 精肉卸直営「肉そば ごん」の大盛り肉蕎麦を堪能してきた ・山盛りロブスターロールに限定メニューも! LUKE’Sを一人で食べ尽くす ●ファンダフル ・甘~い誘惑に負けるが勝ち? 女子も大満足の甘すぎる「チョコラン」に参加してみた【動画あり】 ●Gazoo .com ・東京モーターショー2015、みんなが印象に残ったクルマは? ・東京モーターショーのコンパニオンさんに聞く、理想のドライブとは? ・月1回の洗車はフツウ? みんなの洗車頻度と費用について聞いてみた ・ドライブ中に聴きたい! オススメのAM局ラジオ番組10選 ・ドライブ中に聴きたい! オススメのラジオ番組10選

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      テーマ:
  • 02 Sep
    • 『シン・ゴジラ』ブームに乗り遅れた方々へ。今からでも観るべき3つの理由

      気づけば9月。仕事で書いた記事のまとめは随時更新して2、3週間に一回くらいのペースで更新していたが(毎度「いいね」くださる読者のみなさま、ありがとうございます)、ブログの記事としては4ヶ月半ぶりとなってしまった。 手短に近況報告を書くと、8月は「ゴジラ」の一ヶ月だった。世間が映画『シン・ゴジラ』の巨大な御輿をワッショイワッショイやっている中、私も「いいなー、あの端っこだけでも担ぎたいなぁ」と思いながら、目の前の仕事と子育て(昨年、長女が生まれました)に追われていた。  映画は2回観た。すでにネットでは『シン・ゴジラ』論や対談などがさまざま溢れる中、たった2回の私ごときが何を語れるのか。頭の中で何度もプロットを書いては他のライターに先を越され、「いや、これで書けるかも!」と新たな希望が見えた次の瞬間には、それより面白い原稿が現れ……。 「スクラップ&ビルドでこの国はのし上がってきた。今度も立ち直れる(by赤坂秀樹)」いや、私はスクラップ&スクラップです、ぜんぜん立て直せませんと涙目状態。自分の好きな記事も書けず、これでなにがプロのライターだ、なにがっ……!「今は『シン・ゴジラ』より仕事を優先すべきです(by花森麗子)」と、常に心の中の劇中登場人物たちと言い争ってきた。 映画鑑賞は2回。が、パンフレットやネットにあがり続ける記事も熟読したし、今まで観ることなかった1954年版・モノクロ映画の初代『ゴジラ』と、私が生まれる一年前に放映された1984年版『ゴジラ』もTSUTAYAからレンタルしてきて観た(※huluなら初代から『ゴジラ FINAL WARS』に至るまでの東宝全ゴジラ作品が観れるらしい。ちょっと後悔である)。 そろそろ、何か自分なりの感想文を書いてもいいんじゃないかと思う。まずは、この『シン・ゴジラ』祭り現象について思うことから語り始めたい。 ●興行収入53億円突破!けど、まだそんなもん? 最初に興行収入について。そんなに!?という驚きが半分。残り半分は、え、まだ100億円行ってないの!?というガッカリ感がある。 ・ねとらぼ「「シン・ゴジラ」の興行収入が53億円超え 既に“エヴァQ”を突破、盛り上がりはいまだ衰えず」(2016/8/29) 興行収入など、イチ観客が気にするものではない。ふつうの映画だったら、観たい人が観ればいいと思う。「面白かった!オススメ!」と紹介して「ふーん。興味ない」と返されれば、私の伝え方じゃ足りなかった、残念、という気持ちはわいても、「まあ人それぞれ好みはあるし、無理強いはよくない」という結論に落ち着く。 ただ『シン・ゴジラ』は違う。「観ない」と言う人に対して「はぁ!?あんたバカぁ!?どうせ来年あたりTVで放送されると思ってるんでしょ!映画館で観なきゃ迫力も何も伝わらないじゃない!後悔しても知らないんだからぁ!!」と、『エヴァ』のアスカばりの剣幕で叫びたくなる。じっさい私がそんな風に叫んだらキモイですが。 ただこうした気持ちを持ってしまうのは私だけじゃない。観た人全員が同じ感想を持つハズだ。「これは日本国民全員が観るべき映画」と。ゲーム作家・ライターの米光一成さんも、こんなレビューを書いている。 ・エキレビ「大傑作「シン・ゴジラ」をオススメしたい人を考えてたら日本人全員になってしまった」(2016/8/3) もちろん大絶賛する方が大勢いる一方、批判の声もある。「いい意味で裏切られた。パニックムービーであり、政治映画。骨太で大人向けだ!」「怪獣映画じゃない。子どもと一緒に観に行ったが、会議のシーンばかりで退屈」絶賛はそのまま批判になる。またその逆もしかり。「あまりに淡々としすぎて、感情移入できない」「恋愛や人間ドラマなど邪魔な要素が省かれ、テンポよく観やすい!」 ただ「観る価値のない映画だった、金返せ」という批判は一つも見た記憶がない。絶賛する人も批判する人も、それぞれ思い思いの感想の言葉で、SNSなりブログなり、ニュース媒体なりを埋め尽くしている。観る人の心になにがしか、感動なりトラウマなりを必ず残す映画というだけでも、「いま観るべき映画」と言えるのではないだろうか。 ●観るべき理由1:東日本大震災の追体験として 観た人々がこんなに『シン・ゴジラ』を推す理由とは。いろいろあるが、やはり一番は東日本大震災をモデルに描いている点だろう。 初代『ゴジラ』が時の東京大空襲や水爆実験などと密接に結びついているようにように、『シン・ゴジラ』と地震・津波や福島原発事故は切っても切り離せない。東京湾に現れたゴジラがたくさんの船舶を押しながら蒲田に上陸するまでのシーンは、3.11の津波の映像そのままに見えたし、上陸後に散々暴れ回ったあとに残った瓦礫の山、放射能漏れによるパニックを描いた点も「あの日」の再現に他ならない。 いまや毎年3月11日になると、例の津波の映像なり当時の混乱っぷりがテレビで放送されるのが恒例行事だ。「※映像を見て気分を悪くされる方は視聴をお控えください」などというテロップ付きで。気分を悪くさせるつもりがあるなら最初から見せるなよ、とツッコミたい気持ちもある。だが同時に「あの日の記憶を忘れてはならない。無理してでも見なければ」という相反する感情もわく。あの映像を見せられるたびにそのジレンマに苦しむ。 『シン・ゴジラ』の上陸シーンは、あの映像と酷似している一方で、「これは虚構(フィクション)だ」というのがハッキリとわかる。だから「怖いけど、まだ安心してみられる」。 初代『ゴジラ』を映画館で観た1954年当時の人々もそうだったのだろう。ゴジラが吐く火炎放射で東京が焼かれる。戦時中の空襲を思い出す。怖い。けれど映っているのは現実離れした巨大怪獣だ。ウソだとわかるから、まだ落ち着いて観られる。 実際に過去に起こった悲劇も、虚構というオブラートに包めば受け入れられる。風化させてはならない過去を、ジレンマをあまり感じずに思い起こすために、「あの日」を体験したすべての日本人が『シン・ゴジラ』を観るべきなのだ。 ●観るべき理由2:未来の日本への警告として そして「観るべき」2番目の理由は、これが未来に起こる東京の災禍を予告しているかもしれないという点。首都直下型大地震は、今後30年以内に起こる可能性が70%と言われている(AERA「首都直下地震 死者最大2万3千人の7割は火災が原因と予測」2016/8/30)。その未来の日には、ゴジラよりも広範囲の破壊が起きる可能性もある。 そのときに国はどう動くか。我々はどう生き延びるべきなのか。その指針を示してくれる映画でもあると言えるだろう。現時点では、この映画で描いている内容こそが描きうる最善策のシミュレーションだ。政府や自衛隊など細やかな取材によって、そのオペレーションのすべてがここに描かれている。 が、飽くまで「うまくいった場合」のケース。現実は、映画のように感動的なエンディングが迎えられるとは限らない。現実としてゴジラに匹敵するような災いがおとずれたとき、何を優先し、どう行動すべきか、指針だけに頼らないそれぞれの生き方が改めて問われることになる。 ●観るべき理由3:今を生きるすべての人の心の支えとして その現実の危機に際しても、やはりこの映画を鑑賞した記憶は役に立つことだろう。3番目の理由、ただ絶望するだけではない、立ち上がり前へ進み続けるための希望の持ち方も、この映画は教えてくれているのだ。 もちろん、地震のような大災禍に限らない。個々人の日常生活においても、ピンチはいくらでも訪れる。私のように、仕事・育児に追われている人も多いだろう。そんなとき「まずは君が落ち着け!(by泉修一)」と、ワンシーンワンシーンの記憶が今のあなたを支えてくれるはずだ。実際、私もそうです。 ●おわりに まだまだ『シン・ゴジラ』について語りたいことが山のようにある。ストーリーの細かい分析なども、またできる限り近いうちに書きたい。しかし、今は仕事を優先する。「事態の収束にはまだ……ほど遠いからな(by矢口蘭堂)」また今月も、仕事・子育てにめいいっぱい励ませていただきます。 続きは、また3回目を観た後にでも書ければいいな……とりあえず「観た」という方、この記事にコメントください。そこで、共に熱く語りあいましょう(笑)。

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      テーマ:
  • 12 Apr
    • 白衣にギター…って、はぐれメタル装備か! 福山雅治ドラマ『ラヴソング』1話レビュー

      月9、「マシャ兄」こと福山雅治さんに釣られて観ました。フツーに良かった。「またカルい恋愛ものかなー」と思ってたけど、ちゃんとヒューマン・ドラマしてた。 ヒロインの佐野さくら(藤原さくら)は吃音症を抱えている。劇中でも「吃音は孤独に陥りやすい」なんて言われる中、一緒に地元・広島から上京してきた仲間と共に生活し、仕事にも恵まれている彼女。一見、不幸でも何でもなさそうなのに、「恵まれているからこそ、むしろ不幸」な人間の姿を見た気がした。 「子どもなら訓練で治せるけど、大人になってからは難しい。治すのではなくむしろ自分の個性として向き合っていくべき」などと語られてたが、幼いころから一緒だった真美(夏帆)と空一(菅田将輝)は、さくらの吃音に対し、これまでまったく何も対処できなかったのか。 一応、劇中でも吃音を治そうとしているシーンはあった。会社の新人歓迎会の幹事を任されたさくらが店に電話予約する際も、最初は空一が練習相手になっていた。 だがその程度で治るものではない。結局友達なんて、甘やかすだけだ。空一の練習の成果は出ず、電話予約は失敗に終わった。真美も、自分の結婚式のスピーチをさくらに依頼したのを、後々「やらなくていい」と言って自ら取り下げた。 そんな優しい友達に囲まれながら、職場でのさくらは、「何を考えているのかわからない」「まったく、最近の若いもんは」と、上司に冷たい態度を取られる。「手に負えない。先生のとこ行って直してもらえ」「直らなきゃ、お前、クビだからな」まるで道具だ。 なんてクズな上司だ、と思いながら、その上司こそ社会そのものを体現しているようにも感じた。病気の人間に優しく、なんて所詮キレイごとだ。組織は合理性や利益を追求していかねばならない。非合理・無益な病人はイラナイのだ。 たとえ病人でも、それを理解し、自ら励み、乗り越えるから、社会にとって利益のある人材へと飛躍できる。しかし甘すぎる友人らに囲まれ、片や厳しすぎる上司に迫られているさくらには、そういったステップアップができない。RPGに例えれば、はじまりの村から出たらすぐに魔王城が立ちはだかっているようなものだ。無理ゲーすぎる。そりゃ、死にたくもなる。 そうしたさくらを支え、ともに困難に立ち向かう仲間となってくれるのが、企業カウンセラーの神代広平(福山雅治)と言語聴覚士の宍戸夏希(水野美紀)の二人だが……。どうやらミッション達成のヒントとなるのは、音楽らしい。 よくあるパターンではあるが、その「あるある」の展開も含めて、最後まで楽しめる作品になりそうな予感。だって、マシャ兄ですよ。マシャ兄がギター持ってドラマ出てたら、それだけで観たいよ。しかも「ガリレオ」のころの白衣までまとって、なんですかこの最強装備。いきなりはぐれメタルシリーズ揃えちゃってるんですか。神々しい限りですわ……。 ところでヒロインの藤原さくらさん。マシャ兄と同じアミューズ所属のシンガーソングライターさんなんですね。忽那汐里さんにも似てる気がしたけど。将来的にYUIさんとか中島美嘉さんみたいな大物タレントへと成長していくんでしょうか。それも楽しみです。

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      テーマ:
  • 10 Jan
    • 「阿良々木暦はなぜ吸血鬼を助けたのか」という圧倒的すぎる説得力。映画『傷物語 鉄血篇』レビュー

      想像してみよう。目の前に瀕死の吸血鬼がいる。四肢切断され、動きもままならない。 「うぬにわしを助けさせてやる。血をよこせ」 そんなことを言われたら、人は恐怖心から逃げ出すのが当然だ。阿良々木暦も実際そうした。相手は動けない。簡単なことだ、走れ。そう泣き叫びながら逃げた。 「う、嘘じゃろ…助けてくれんのか」 そう言われても、誰が引き返すものか。人は結局、自分の命が第一のハズだ。 しかし阿良々木は引き返した。なぜか。 映画『傷物語 鉄血篇』の最大の疑問点にして、最大の見せ場はそこにある。この映画は、「なぜ阿良々木は吸血鬼を助けたか」の理由を語るためだけにあると言っても過言ではない。それも非常にシンプルな手法で。 よくある話のパターンをいくつか考える。吸血鬼とわからず、人だと思って助けようとしたらいきなり襲われる流れ。吸血鬼を助ければ、何か願いが叶うと誘われる流れ。また、実は吸血鬼が瀕死になるよりもずっと以前に主人公と出会っていて、その過去の記憶を呼び覚まされ、助けようという流れ。 本作では、そのどれも取らない。まったくの初対面。相手が化け物という認識もある。助けたところで何のメリットもない、ただ血を吸い尽くされて死ぬだけ――と、助ける前の阿良々木は考えている。 しかし彼は引き返した。ついに泣き出し、「ごめんなさいごめんなさい」と命乞いをし出す吸血鬼の声を聞いて。このときの阿良々木の心情を観客に「説得」させるために使われた演出が、ある音だ。 赤ん坊の泣き声。 吸血鬼の泣き声にかぶせるようにして響く、ほんぎゃあ、ほんぎゃあという泣き声。 阿良々木には、吸血鬼が赤ん坊に思えたのだ。道を引き返し、再び彼女の姿を見たとき、思いは確信へと変わる。金髪で長い髪、整った大人の顔立ち、豊かな胸。けれど四肢を失い、血だまりの中で泣きながらバタつく姿は、赤ん坊にしか見えない。 「そうか、俺の人生の主役って、俺じゃなかったんだ」。これは、あるラジオ番組で聞いた台詞だ。お笑いコンビ・パンクブーブーの佐藤が、子どもが産まれたときに言ったのだそう。きっと阿良々木も、これと同じことを考えたのだろう。 自分が手を貸さなければ死んでいく存在が目の前にいる。誰もが親になると抱く感情、母性本能。この子が無事生きながらえてくれさえすれば、自分は死んでもいい。彼女を助けようとする阿良々木の心理を表すのに、これ以上の説得力を出す演出は他に無い。 またこのシーンにいく直前が、本屋でエロ本を買った帰りだというのも象徴的である。最初にあったのは、性欲を満たしたいという思い。帰り道でたまたま吸血鬼の血痕を見つけ、それをたどってしまうのも、ただの好奇心だけではない。長い、地下深くまで続くあまりに長い道を潜っていく様子は、言ってみればセックスに際して男性が自分の性器を女性器の中に深く沈める行程にも似ている。 この間、台詞が一切無いのもまたすさまじい。無我夢中で地下へもぐっていく(=セックスする)のに、言葉はいらない。口から漏れるのはただ吐息だけだ。そして最後までたどりついた先に待っているのが、キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレード(=赤ん坊)。 けっきょく買ったエロ本は、瀕死の吸血鬼を目にした時点で捨てている。赤ん坊ができれば、性欲よりもそれが優先されるからだ。やがて阿良々木は吸血鬼に血を吸わせる(=乳を吸わせる)。そしてその結果、彼は死ぬのではなく、吸血鬼の眷属になった。正真正銘の親になってしまったのだ。 もちろんこの時点での主従関係で言えば、キスショットの方が主で、親だ。けれど力を失った彼女は、子どものような姿になってしまった。おまけに眷属である阿良々木へ最初に出した指示は、「頭を撫でよ」である。やはり阿良々木の方が親で、キスショットが子であるように見える。 ただ、これで「めでたしめでたし」にはならない。やはり阿良々木には現実が受け入れられない。理性を捨ててキスショットを助けてしまったが、冷静になれば正直、元の状態に戻りたい。結局は「若気の至り」とでも言うべき行動だったのだから。「僕は人間に戻れるのか?」そんな疑問、いや、希望を口にしてしまう。 そこで与えられたミッションが、3人の吸血鬼ハンターに奪われたキスショットの手足を取り返してくること。そして次の場面では、もういきなり3人がかりで襲われている。それを救った忍野メメとの出会いがあり、「200万で助けてやろう」と言われる(この200万というのも、まるで離婚の慰謝料のようだ)。 さて、阿良々木はぶじ吸血鬼の両手両足を取り戻せるのか? というところで話は終わる。正直「え、これで終わり?」という印象だ。こんな、これから盛り上がろうというところで話を閉じてしまうことには勇気もあったハズだ。 もともと本作は、2012年公開予定となっていた。恐らく1本で完結した作品として。それが4年の月日を費やし、3部作になった。その英断をまずは称えたい。 新宿バルト9では『傷物語』コラボカフェがオープン中。キスショット・アセロラドリンク 600円(税込)などのオリジナルメニューが味わえる他、各キャストの直筆コメント&サインが入ったキャラクターボードも登場。 3部作だからこそ、短いストーリーを語るのに贅沢すぎる時間がかけられている。キャストだってたったの4人だ。阿良々木暦、羽川翼、キスショット、忍野メメ。吸血鬼ハンター3人の台詞は、機械合成音のようにボカされ、ほとんど何を言っているのかわからない。それもあえての演出だろう。少数精鋭の、ストイックな作品に仕上がった。 映画を見終えた時点での満足度は、75%と言ったところ。残りの25%は、第二部、三部への期待として残しておきたい。ともかくこの緊張感は、劇場で観なければわからない。 来場者特典:混物語①第忘話は、「忘却探偵シリーズ」より掟上今日子と阿良々木暦のコラボが楽しめる1作。

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      テーマ:
  • 24 Jun
    • “6年半ぶり"に彼氏ができたら? 恋愛初期のネガティブエピソードから、恋の怯えを払拭する考え方

      『6年半ぶりに彼氏ができました。』恋がしたくなること間違いなしの胸キュンエピソード3選 「恋人って欲しいときに限ってできなくって、どうでもいいと思っているときにできてしまうもの……」表見返..........≪続きを読む≫[アメーバニュース] このたび、女性のための恋愛コラム媒体『LAURIER(ローリエ)』に、漫画『6年半ぶりに彼氏ができました。』(シモダアサミ著/メディアファクトリー)のレビューを書かせていただいた。 上の記事には「恋をしたくなる胸キュンなエピソード」に絞って紹介したが、うれしいことばかりじゃなく、やっかいなこともたくさんあるのが恋愛初期である。 再び本書の中から、恋愛初期のちょっとつらいエピソードに視点を向けて、恋することとはどういうものかを考えていこう。 ■1.メールを返すだけでも一苦労 本書の主人公、宮田さん。仕事中に恋人の佐山さんからのメールで夕食に誘われるも、なかなか返信できずに思い悩む。文章がかたすぎないか、絵文字を使うか否か。すぐに返信して「仕事をサボっている」と思われないか、遅くて嫌われたりしないか……。 さんざん悩んで、返信を終えるまでに費やしたコマの数は20を超える。4コマ漫画の5話分以上……長い。 メール1通で面倒臭すぎると思われるかもしれない。短い言葉や定型文のやりとりだけで連絡が成り立つ相手に囲まれていることは楽でいい。 しかし必死で言葉を選びながらおもんぱかる相手がいることこそが、人の心を成長させるいい刺激になる。 言葉というものは人間同士のコミュニケーションの基本だ。とくに今まで言葉をぞんざいに扱ってきた人にとっては、恋愛こそがその大切さを改めて考えさせる、よいきっかけになるはずである。 ■2.ひとりぼっちの時間が寂しくなる 佐山さんの仕事の都合で約束をすっぽかされたとき、ひとりで映画に出かけても、TVで話題のアイスを食べに行っても、どこかつまらなそうな宮田さん。「ひとりだった時よりも さみしいって思うことが 増えた気がする」と独白する。 仕事が終わったかどうか心配しつつも「ここは許してないってことを示さないと」とメールを送らないことに決める。そのハズが、直後、彼の方から謝罪のメールが送られてくると、「こんなメールで簡単に許すと思うなよ!!」と心の中で叫びながらもけっきょく返信。 なんでもないことが急につらくなってしまう恋愛初期。いつもクールに振る舞っていたつもりの人も、恋をしだすと意外な自分の心の弱さに気づかされてしまうかもしれない。 その一方、相手の細やかな気遣いに気づけるようになったり、ちょっとしたことですぐに心が軽くなるのもこの時期の特徴だ。 つまり、恋は人の心を弱くするのではない。感受性豊かに心を育ててくれるのである。 ■3.将来のことが不安になる ある日、親友の女性が8年付き合った彼氏と別れたことを知り、ショックを受ける宮田さん。自分も過去の失恋を思い出しながらも、「今とは全然違うんだから」と必死に自分を奮い立たせようとする。 それでもまた不安な顔をしながら、三日月が昇る夜空をひとりで眺める。なんとも詩的なワンシーンだ。 身近な人の失恋があったり、自分自身も過去に別れを経験していたりすると、なかなか将来に希望ばかりを見いだせなくなってしまうもの。 独り身でいればそういった不安を感じることもないだろう。しかしそもそも、独り身じゃなくならない限り、結婚への希望も見いだせない。 独り身でいるときの安心感とは、いろんな不安にふたをしてしまっているようなものだ。恋人ができることで、そのふたが一斉に開き出す。 けれど、目を覆ってはいけない。そのたくさんの不安の中には、多くの希望も含まれている。言ってみれば、不安と希望は表裏一体なのだ。 この本を読んだ筆者自身、一度失恋を経験して次の恋に進むまで、何年もかかった。またその恋をしたのも、就職活動の真っ最中。彼女なんかつくっている場合ではない時期だ。 けれど今は、その時期に恋ができてよかったと思う。再びパートナーができたとと、恋によって心が成長できたことのお陰で、その先の様々な困難をも乗り越えることができたと感じている。 恋に臆病になってしまっている人。ふるえてばかりでは、一生前へ進むことはできない。恋の喜びも、悲しみやつらさも、ぜんぶ受け止める覚悟で、勇気を持って新たな恋を始めてみよう。

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      テーマ:
  • 13 Jun
    • 30歳になった報告と、初の商業連載小説が30話を迎えた話。

      ポニーテールと寿司ネイル 【彼氏の顔が覚えられません 第1話】 「竹野内豊と金城武が区別できなきゃ、恋愛できないでしょ」ユイに言われた言葉、すっごい覚えてる。そのと..........≪続きを読む≫[アメーバニュース] 人生、前ばっかり向いてるとなんだかツラく思えてしまったりして、後ろを振り返れば急にふっと寂しくなったりします。 つい先日、いよいよ30歳に突入しました。幼いころの夢が叶って、初の全国出版となる長編小説『ゴオルデンフィッシュ』を送り出すことができたのが28のとき。それから1年と半年。「続編はー? つぎ、いつ本出すのー?」と言われ続け、なんか「ゴメンナサイ……」な感じでブログの更新すら滞っちゃってましたが。 そうは言いつつも、振り返ってみれば「ああ、なんもやってこれなかったわけではないんだな」とホッとできるようなことも。6月4日、初めて商業媒体で連載となった作品、『彼氏の顔が覚えられません』が30話を迎えました。 自分が30になる日の近くに連載小説も30話目だなんて、なんだか運命感じちゃいます。って、どうせなら同日にしろよというツッコミも入りそうですけど。まぁ、ちょっとズレてるくらいが私らしい気も。 ご存知ない方のためにもイチからご紹介。本作は女性向けWebメディア「ウーマンエキサイト」にて、毎週木曜日に連載しているラブコメです。上にリンクを貼ってるように、「Amebaニュース」やYahooの「ネタりか」など他の媒体でも配信されてますのでゼヒご覧ください。 連載を始めた当初は、こんなに長く続けるつもりはありませんでした。もともとは、ブログで短編1本で書き終えていた『ツイン』っていう短編の主役を女の子に書き換えて、2、3か月ぐらいでサクッと終わらせるつもりだったのが…… 「えー、もっとがんばりなよー」的な知人・友人の言葉にそそのかされ。 「アクセスいいですよ!」という編集さんの言葉に惑わされ。 って、なんか、人の言葉に責任押し付けてないか? テメーの意志はねぇのか? と文句言われそうですが……(苦笑)。 ぶっちゃけてしまうと、コメディを書くことって、私にとっても相当難しく、苦痛な作業です。 「小説には書いたことをネガティブな方向に引っ張る磁場のようなものが働いている」と『書きあぐねている人のための小説入門』(保坂和志著/中公文庫)にも、書いているとおり。どうがんばっても、なんだか暗い方向に話がいってしまう。 「これって本当にコメディなの?」 そう自問自答しながらウンショウンショと必死で作り上げていっているのです。 だいたい、設定の時点ですでに。主人公のヤマナシイズミ(19歳・大学生)は、生まれつき人の顔を覚えられない、失顔症という病をかかえています。 友達の顔すら見分けられず、学生時代にそれでイタズラに遭った過去などもありながら、「顔覚えられないのって、ホントに『イタイ』んだ、私。このままじゃ、男の子と恋する権利もないんだな」なんて悩みを持つ彼女。ネガティブです。ネガティブの塊かもしれません。 そんな彼女を「ははは、ひでぇな、それ」なんて笑うタニムラカズヤ(19歳・大学生)。カレシである自分に対して「どなたでしたっけ」なんて言われても、けっして怒らず「ああ、だって俺、B型だから」と。 ポジティブキャラの位置づけでしたが、ちょいちょいバカやります。彼女に判別してもらうために、顔面に落書きされたり、馬のかぶりものつけてきたり。バカゆえのコメディ要素だと思ってるのですが……いや、バカなだけでしょうか(読者さまの判断にゆだねます)。 ほんと、これも最初は「ブログで連載はやったことあるけど、商業媒体だもんなー。むかし書いてたやつみたく、いきなり休止したり、書き直したりってできないぜー……」といろんなプレッシャーに押しつぶされそうになりながらでしたが。 いま振り返ると、「ああ、なんだかんだ、よくここまで書いてきたなー」とホッとする一方。「あ、でもこれもいずれは完結させなきゃいけないんだもんな。商業媒体だし、途中でやめるとかないわな」なんて、キャラクターたちのと付き合いが終わることを少し寂しく思っちゃったりもします。 あっという間じゃなかったけど、気づいたら30歳。そして連載小説も30話。まだまだいろいろやんなきゃいけないこれからの人生。ちゃんと終えなきゃいけない連載小説。 そんな感じで、これからは人のせいにするんじゃなく、ちゃんと自分の責任で生きていかなきゃいけないですね……。 (一応補足ですけど、連載が続いたのが他人のせいだっていうのもモチロン冗談のつもりです……って、そういう冗談を書いておきながら、あとで不安になって補足してしまうのもやっぱりコメディ作家に向いてない(苦笑)) というわけで、この記事をご覧になってくださったみなさま。これからもよろしくお願いしますね。 P.S. 平原学(ひらばるまなぶ)のFacebookページを始めました。今後、書いた記事やお仕事のお知らせは、こちらで発表していきます。FBアカウントをお持ちでない方でもご覧いただけます。 ぜひ「いいね!」またはブックマークをよろしくお願いいたします!

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  • 04 Feb
    • 中谷美紀主演『ゴーストライター』を反面教師に学ぶ、ネタが尽きない作家の生き方

      同じ中谷美紀でも、先日観てレビューを書いた映画『繕い裁つ人』の南市江と、火曜の夜10:00放送の『ゴーストライター』の遠野リサでは、役どころがあまりに違い過ぎる。 偉大な先代の技術を受け継ぎながら、「作品」である服に対し、それを着る人々に対し、真摯に向き合った市江。 「ほんとうの私は最初からなにも持っていなかった」なんて完全に自己否定しながら、「作品」である小説に対し、それを読む人々の声に対し、ビクビク怯えてばかりのリサ。 ここまで180°真逆の役を演じ切る中谷美紀には敬服しまくる。さすが女優と言うべきところ。それを見比べられるだけでも、それぞれの作品を観る価値はある。 それにしても、『ゴーストライター』の遠野リサというキャラクターはクズ過ぎる。「作家として一番やっちゃいけないことだろそれ!」というのを次から次にやってくれて、むしろ清々しくすらある。 作家としてスランプに陥る第一話。 アシスタントとして来た川原由樹(水川あさみ)の才能を見出し、小説のプロット代筆者として育て始める第二話。 小説のプロットだけではなく小説自体も川原由樹に書かせ始める第三話。 とうとう何も書けなくなり、由樹に土下座までして原稿をせびり出す第四話。 そして、世間に「ゴーストライター」の存在がバレてしまう第五話。(来週放送) ここまで完全に崩壊のテンプレかと思うような道筋をたどってきている。すべてが予定調和的に、第一話の冒頭に流れた「二年半年後」の終局――作家とゴーストライターの、雨の中の罵り合いのシーンへと導かれている。ってか、わかりやすっ。 特に昨夜放送の第四話では、リサは作家としてほとんど何も仕事をしていない。「映画の原作だけは書くっ」と言いながら原稿に向かうものの、深夜の仕事場でPCを前にした途端「ぎゃあああああああ」と発狂。それでもなんとか書きあがった作品は「今までの中で一番ツマンナイものデキタヨー」と言い、秘書(キムラ緑子)もガッカリ。 けっきょく映画の原作も由樹に任せることになって、「原稿マダー。遅いー」と電話したり、家で待ち伏せしたり。挙げ句、由樹が持ってきた原稿を素直に渡してくれないと、「原稿をくださいませご主人様」と土下座。 と、完全にダメ子のリサちゃんなのである。萌えキャラかよ。(※なお、セリフには一部、筆者の脚色が入っております) と言うか、書くネタが無いなら探せよと言いたい。ネットを開けば、ニュースサイトにネタはいくらでも転がってるだろう。ネットはエゴサーチするためだけの場所ではない。 作家仲間とのトークイベントに出るのもいいが、観客に向けた台本のようなセリフを吐くだけじゃなく、しっかり対談しろ。自分の意見と相手の意見をぶつけ合って、新しい発想を学んでこい。 海を見ながらシャンパン飲んだり、音楽を聴きながら暖炉の火を見て過ごすのも優雅で憧れるけど、それを日常茶飯事にするな。リフレッシュというより、ただ暇を持て余しているだけのようにしか感じられない。そんな暇あったら、ライバル作家が書いてる本でも読めよ。 また、取材に関してもそう。これまでで唯一取材のシーンがあったのは、第二話でウェディングプランナーの仕事を見に行ったとき。その際にも、取材意図の説明は編集者の神埼雄司(田中哲司)に丸投げ。リサ本人はペンとノートを持って、ただ黙って頷いていただけだ。そんなの取材じゃねぇよ。社会見学か。もっと自分から積極的に質問しに行かないと、わざわざ現地に行く意味はない。資料に目を通すだけと変わらない。 (そしてリサは、第一話でアシスタントの由樹が集めてきてくれた資料にも目を通さない。やっぱクズだこいつ!) こういう日々の過ごし方をちょっと変えるだけでも、ネタはそれこそ湯水のように湧いてくるものだと思う。小説が「無から作り出されたもの」だと考えるのは、小説を書いたことのない人間か、ただ小説家に憧れるだけのシロウトである。実際の小説家は、たくさんの情報をインプットするし、たくさんの人と話す。その溢れた情報の海の中から、自分だけの物語が生まれてくる。 第一話を振り返る。リサが「登場人物が勝手に動き出すとでも思ってる!?」と言う場面があったが、これは創作活動というものを完全に否定したセリフだった。もちろん、小説の中の人間は実在しない。実在しないからこそのフィクションだ。だが書いている側は、あたかも実在しているように思い描きながら書かなければならない。 私の創作スタイルを例に挙げる。まず、人の顔を覚えられない人がいると発想する。その人は日常生活にどんな支障をきたしているのだろうか。想像してみたり、わからなければ、実際にそういう人がいないか調べる。ネットを見るだけでも、ブログや2ch、NAVERまとめなどにさまざまな情報が掲載されている。妄想で書かれた部分もひっくるめて、それらは参考になる。 次に、その人に恋人がいたとする。その人はどうやって自分の恋人を認識しているのだろうか、声によって、手触りによって、または嗅覚によってか。また、友達はどうだ。家族は。顔が覚えられなくても、強烈な個性をもつ人々が周りにいるなら、記憶できるのではないか。そうやってさまざまに周辺のキャラクターが生み出されていく。(ウーマンエキサイトにて連載中の『彼氏の顔が覚えられません』より) 正直、プロットは書かない。一応、展開を考えはするが、プロット通りに事が運ぶとつまらなく思えてしまうのである。以前読んだことのある話をなぞり書きしているだけのように感じてしまうのだ。 そこから、また「登場人物が勝手に動き出す」。本来言わせるつもりのなかった台詞を吐いたり、思ってもみなかった行動に出たりする。創作をする上での一番の醍醐味だ。それがなければ、自分が書いている意味などない。過去、別の作家が書いた小説を読んで楽しんでいればいい。 では、今後『ゴーストライター』の主人公、遠野リサは、これからそういった創作をする上での醍醐味を、本当の意味での喜びを取り戻すことができるのだろうか。先の展開は、どうなるのか。 知人のライター、市川新悠氏はこう予想している。 "リサのデビュー作から全盛期までの作品はすべて母親が書いたもの。母親が認知症を患ってからは数本残っていた母の未完原稿にリサが加筆して出版していた。" なるほど、と思う。それだと、これまでどうしても作家としてプロとは呼べそうになかった遠野リサの言動にも納得がいく。しかし、物語の展開としては伏線の張り方があまりに露骨過ぎるし、ガッカリである。 それよりも、ゴーストライター・川原由樹を失い、地位も名誉も失って作家としてのどん底に叩き落された上で、そこから這い上がるのはどうか。自分の身に今まで起きてきたことを一つの作品として仕上げて、それがドラマ『ゴーストライター』に……なんて、これもいささか凡庸か。 では、まったく予想もつかないラストになるのか。むしろ、そうなってほしい。これまで予定調和に進み過ぎた展開を見事に引っくり返してくれることに期待したい。 でなければ、これを「2015年の最新ドラマ」と呼ぶことはできない。

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  • 01 Feb
    • 中谷美紀主演『繕い裁つ人』はグルメ映画だった? ホールサイズのチーズケーキがうまそう!

      『しあわせのパン』はパンが食べたくなる物語で、『ぶどうのなみだ』はワインを飲みたくなる作品だった。二つ続けて「食」にスポットを当てた作品を描いた三島有紀子監督。彼女の最新作『繕い裁つ人』が、1月31日に公開となった。今回のテーマは「服」。しかも監督のオリジナルではなく、漫画原作である。 前の二作は、小説・映画と二つのメディアで展開され、三島監督はどちらも「著者」「監督」というメインの立ち位置で関わっていた。そのため“自分の作品”に強くこだわる人というイメージがあり、今回の作品展開は少し驚いた。彼女も人気の原作に便乗した"稼ぐための仕事"をやるのかと、勝手に不安にも思っていた。もちろん、まったくの誤解だ。 パンフレットによると、三島監督がテーラーや洋裁店の取材を開始したのは8年も前だという。取材の中で「車イスの方のウエディングドレス」というものを知り、オーダーメイドの意味を深く見つめた作品を撮ろうと考えていたそうだ。原作との出合いは、その折りのことだったと。 また本編を見ると、レトロな舞台美術しかり、ガンコで一途なキャラクターの生き様しかり、おいしそうな食べ物しかり、すべてが"三島有紀子監督の作品"に仕上がっていた。 とくに食べ物の撮り方は、前二作に続くようなこだわりを感じさせられる。前作『ぶどうのなみだ』主演の大泉洋も、ラジオか何かで語っていた。「三島監督、めちゃくちゃ食べ物にこだわるんですよ。何度撮り直しをさせられたか……」というようなことを。きっと今回も、リテイクを重ねたに違いない。 まず物語の主人公・市江(中谷美紀)の母、広江(余貴美子)が、客人の藤井(三浦貴大)にふるまうお団子。出されるたびに、毎度ものすごい量だった。物語の中で、藤井は「実は、お団子苦手なんですよ……」と言うが、実際に演じていた役者本人も、たくさん食べさせられて参ったのではないだろうか。 次に、市江の親友・牧葵(片桐はいり)が食べる細長いパン。「あんたも食る?」と言って、自分が食べているのとは反対側を市江に差し出すシーンは、なかなか微笑ましかった。美味しく感じるのは、人と人とが分け合って食べるからこそ。そんな演出が、ここでも効いていた。 一方、観ているこちらも食べたくなるようなメインの食べ物として今回スポットが当てられた(?)のは、チーズケーキである。こちらは珈琲の店「サンパウロ」で、市江がよく食べるメニューとして登場する。 原作の漫画同様の1ピースではなく、3、4人分くらいのホールサイズ。それに、市江はそのままフォークを入れる。やわらかい生地にフォークの先端が差し込まれ、「フワッ」と切り離される音。大きめに取った一口を、市江が丸ごと口に入れたときの恍惚とした表情。「はぁ……」という官能的な声が、またたまらない。私もチーズケーキになりたい……じゃない、私もそのチーズケーキ、食べたい! と思わざるをえなかった。 ちなみに、撮影で使われた「サンパウロ」は実在する店であるものの、このホールタイプのチーズケーキは、メニューに無いという。物語の中では、店の創業以来変わらぬ味を保ち続けているものとして登場。なぜそれを市江が食べ続けているのか。また、物語が進むにつれ、市江はその味をどう感じるようになるのか。これも物語を読み解く中での重要なポイントとなってくる。 『しあわせのパン』、『ぶどうのなみだ』と同様、静かに静かに進んでいく物語。観ている間は、ずっとこの世界に浸っていたい、終わってほしくないという気持ちを抱かせる。けれど、ただの癒し系映画というわけではない。 派手なアクションがあるわけでもない、豪華なCGが使われているわけでもない。静かなシーンが多く、ほとんどカメラで撮ったまま、自然の美しさを感じさせる映像が使われている。だからこそ、観る側は感覚が研ぎ澄まされていく。必ず誰かの心に「刺さる」瞬間がある。私の心に刺さったのは、物語の終盤で市江が言う次の台詞だった。 「今生きているお客さまには、今生きている私しか、作れないんですもの」 偉大すぎる先代を持ち、その技術を完璧に継承しながらも、それを超えることができないでいた市江。私も小説家になりたての身ながら、早くも同じような苦しみを抱えていた。私が書かなくても、おもしろい作品は過去の偉大な小説家たちが書き尽くしているように思える。今は編集さんに「面白い」と言ってもらえて何とか書き続けられているが、たくさんの読み手が夢中になるような「頭一つ飛び抜けた」作品を描くにはどうすればいいのか。 今から「誰も見たことのないような全く新しい物語」を書こうとしても不可能だ。自分が書くものは、必ず過去自分が見たり読んだりしてきたものの影響を受けてしまう。 しかし、それでもいいと思う。今生きている読者に寄り添う物語は、今生きている私にしか書けない。何度も試行錯誤していく中で、いずれ誰かの“人生を変える一作”を仕立てられたらいい。そうやって、書き続けていこう。 書くのに疲れたら、市江のように、チーズケーキを頬張ろう。できればチェーン店ではなく、こだわりが強く感じられるお店で。また、できればホールで。食べたら、先人たちの作品に触れ、人と語り合い、再び新しい物語の構想を練るのだ。そうやって、これからもずっと書き続けていこうと思った。 これは、ただ服に興味がある人だけが観るべき映画ではない。ものづくりに関わるすべての人、一途に生きるすべを忘れてしまった人、逆に、一途過ぎて生き方を変えることができなくなってしまった人。すべての人が観るべき、普遍的なテーマを抱えた作品である。

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  • 11 Jan
    • 夢で見た「現実ではありえないミス」は、現実でもやっている

      世の中、ゼッタイにやってはならないミスというものがある。一方で、やったらただ笑われて恥ずかしいだけで、大した問題にならないミスもある。きょう見た夢は、そんなことを暗示させる夢だった。 自分は高校三年生。吹奏楽部で、チューバを吹いている。ここまでは、過去じっさいそうだった。現実と違うのは、一時期やさぐれて、長期で部活をサボっていたということ。なんやかや仲間との友情を回復させ、夏の吹奏楽コンクールにはメンバーとして出場できるようになった、という設定である。 コンクール当日、我々楽団の出番は一番最初だった。会場がまだ騒がしい中、ぞろぞろと舞台に並び始める。会場を見渡すと、客席がやけに近く感じた。一番前の席に座る、よその学校の女子生徒たちの姿が目に入る。彼女たちが、私を見ながら笑っているような気がした。 「なにあのチューバ、ぼろーい」と。私が持つチューバは、しばらく手入れされていなくてサビだらけだった。また、「あの人、なんか眠そう。やる気あんのかなー」と。 演奏が始まる。コンクールに向けて、じゅうぶんな練習を重ねてきた仲間たち。一方で、練習をサボっていたどころか、楽譜すらまともに覚えていない私。演奏する曲は行進曲で、「パン、ポン、パン、ポン」という具合に、たった2音だけ使って適当にリズムキープしていればいいだろうなんて思っていた。 仲間のチューバ奏者もふたりいたし、序盤はなんとかそれで誤魔化せた。しかし中盤、「パン、ポン、ペン、ピン」と音が階段のように上がっていく箇所があり、そこで一瞬主旋律が途切れるため、チューバの音が目立った。ばかみたいに2音だけのリズムキープを続けてしまった私は、盛大にミスってしまった。 そのミスのせいで、会場がドッと笑いに包まれた。演奏は止まった。それ以上続けられなくなった。みな席を立ち、すごすごと退散し始めた。 とんでもない失敗をおかしたと思った。たった一人の練習不足のせいで、みなの努力が水の泡になってしまうなんて。部員全員、私を恨んだに違いないと思った。しかし楽屋に戻ると、同じチューバの仲間が微笑みながら私に言うのだ。 「ははは、ちょっと苦手な曲だったか? 気にするな、また次があるじゃないか」 現実だったら、彼がそんなことを言うわけはない。「次」なんてものもない。コンクールは年に一度しかなく、三年の我々は、もう引退しなければならないのに――。 目を覚まし、後味の悪さをかみしめながら、こう考えた。夢の中で、現実にはありえないミスをしでかしてしまったわけだが、現実でも似たようなことをやっているのではないかと。それを「まぁよくあることだ」と言い、仲間うちで笑い飛ばしていないかと。 ただ、朝っぱらからそんなことを考えてしまうのはあまりに気が重すぎる。逆にこうポジティブにとらえることにした。若いときのそんな失敗なんて、大したことでも何もない。人生、もっと大きなミスはいくらでもある。仕事をクビになることもあるし、恨みを買って殺されるようなこともある。笑われて恥ずかしいだけのミスなんて、ミスでもなんでもない、と。 じっさい吹奏楽部をやっていた当時も、この夢で見たほどまでではないにしろ、恥ずかしいミスは何度もやってきた。仲間とけんかになることもあった。けれど今では、それらふくめて青春の日のいい思い出となっている(向こうはどう思っているのかは知らないけれど)。 つい昨日のこと――これは現実の話、一年前に宣伝会議の「編集者・ライター養成講座」へ共に通っていた仲間と飲む機会があり、そのうちの一人にこんなことを打ち明けられた。「講座の当時、自分が一生懸命書いた原稿を笑われたことがあって、それがいまだに忘れられない。まるでテレビのバラエティ番組におけるにぎやかし役のADみたいな、感情も何もこもっていない笑い方だった」 私は、「そんなことぜんぜん気にすることではない。忘れたらいい」と言った。じっさい私も講座内で原稿にダメ出しを食らうことは多々あれど、ライターをはじめてみたらそんなの大したことではなかったと気づいた。どんなに時間をかけて書いた原稿でも、ネットで叩く輩はいくらでもいる。ネットはもっと凶暴だ。感情なんてものも当然込められていない。じっくり時間をかけて読んだりしてくれることもないし、ナナメ読みして抱いた批判をすぐTwitterなりFacebookなりで拡散する。 そんな一つ一つの言葉をイチイチ受け止めていたら、書けるものだって書けない。後悔なんかしている暇はない。ヘタな原稿を悔やんでいる暇があったら、すぐ次の原稿にとりかかるべきなのだ。 私自身、それほど筆が早いわけでもない。「たくさん書けてすごいです」と褒めてくださる方もいるが、もっと書ける人は世の中ゴマンといる。これは、謙遜なんかではない。書けないとお金が入ってこない。死活問題なのである。 だからライターにとっては、笑われることがミスではない。笑われることを恐れて何も書けず、食えなくなることが一番のミスなのだ。きょう見た夢は、そういうことを私自身へ警告していたように思う。 と、どうとらえるにしても結局、きょう見たのがひどい悪夢であることには間違いないのだった……。

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  • 30 Dec
    • 相葉雅紀主演、『MIRACLE デビクロくんの恋と魔法』は原作の“欠点”を補完できたのか

      中村航著『デビクロくんの恋と魔法』は平凡な小説だった。物語の随所に「デビクロ通信」というイラスト付きの手書きポエムを散りばめるなど、斬新な仕掛けもあった。が、内容自体は「いつも一緒にいるのになかなかお互いの気持ちが打ち明けられない、よくある片思いの物語」にとどまっていて、時代錯誤すら感じた。 まず男性主人公の光が、あまりにナヨナヨしすぎだし、鈍感だ。いつも気にかけてくれるヒロイン・杏奈の想いに気づかず、たまたま道ばたでぶつかった韓国女性・ソヨンに恋したりしてしまうし。深夜にたびたび「デビクロくん」という妄想のキャラクターになりきって、街中に「デビクロ通信」という謎のビラをばらまくし。日ごろ満たされない自分とのバランスを取るための行為のようだが、ただのメイワクな変質者である。 いっぽう杏奈も、なかなか光に気持ちを伝えられないじれったいキャラクターだ。一人暮らしの彼の家へいつも食事を持って行ったり、彼が描く絵を褒めたり。そうしながらも、彼をソヨン(実は杏奈の知り合いだった。なんて偶然……というか、これこそ「MIRACLE」?)とわざわざ引き合わせたり。さらにデート用の衣装をコーディネートしたり、ディナーの予行練習までさせたりと、ありとあらゆるお膳立てをする。完全に自分で自分の首を絞めていることをわかっていながら、「これでいいの。私は光のことを諦めて、ただ応援するって、もう決めたの……!」と悲劇のヒロインぶっている。 こうした80年代、90年代のラブコメのような展開がダラダラした文章で続き、読みながら相当なストレスだった。映画になったら尺の都合でもっと凝縮されるだろうし、ちゃんとした役者が演じているから多少は感情移入もしやすくなるのではと思っていた。が、フタを開けてみれば……お、おい……嘘だろ? まったく改善されていないどころか、むしろ悪化してるじゃねぇか! 映画の改悪によって、年上と年下の関係だったハズの光と杏奈は同い年になっていた。それどころか、子ども時代のシーンでは杏奈の方が背は高く、低い光の方が年下のような印象を受けた。小説版では、杏奈が光に想いを伝えられないのは年下ゆえの引け目もあるのかなと感じていたのに。映画版ではそれがなくなってしまっていた。 そしてもう一つの改悪点。これは大きなネタバレになってしまうが、小説の方で、光は幼いころ杏奈に一度告白していたのだ。彼が書いた「デビクロ通信第1号」に、その言葉が書かれている。しかし映画版の「第1号」の言葉は、単に父親が亡くなって悲しむ杏奈への励ましに書き換わっていた。(※ちなみに原作では、杏奈の父は死んでいない。登場人物を勝手に殺すな!) 映画版の杏奈は、自分から光に告白できないでいたこれらの理由が失われ、単に奥手なだけの情けない女子に成り下がっていた。それを、榮倉奈々は見事に演じきっていたと思う。「決して不細工ではないし、一緒にいて安らぐけれど、何となく恋愛対象から外れてしまう残念な子」の役を、ひきつった笑顔をつねに見せながら完璧にこなしていた。 そんな残念女とナヨナヨ男の恋愛模様、一体だれが共感するのだろうか。同じような境遇に置かれている人でも、「いや、私はここまでひどくないよ」と安心するか、あるいは「くっそ、こんなヤツらだって最後には結ばれるのか。俺も負けてられん」と自らを奮い立たすか、どちらかのような気がする。そういう意味では、ラブストーリーとしての価値も100点満点中10点くらいはあるだろうか。 では残りの価値はというと、「夢を叶える物語」としてだ。小説版の光は単に絵を描いているだけで、同人誌を出したことすらなく、杏奈に勧められて初めて作るに至った。映画版ではもっと積極的で、同人誌即売会では常連の出店者となり、同人仲間すら作ってがんばっていた。ナヨナヨした光に対し、唯一好感が持てる点として改善されていたと思う。 そして北山というキャラクター。彼の立場の違いこそ、小説から映画で改善された部分の最たるものだったと思う。小説版では、韓国女性ソヨンから紹介された出版社の編集者だった北山。映画版では、光の学生時代、共に漫画を描きあった戦友となり、現在では売れっ子漫画家というポジションに立っていた。つまり、光とは真逆の立場である。 平凡な「夢を叶える」物語は、どうやったら夢が叶うのか四苦八苦する主人公の姿しか描かない。小説『デビクロくんの恋と魔法』がそれだ。映画版は、これから一皮むけていた。実際に夢を叶えた北村の存在を出し、プロゆえの苦悩や孤独を描くことで、「単純に夢を叶えるだけがすべてではない」という現実を訴えかけていた。 欲を言えば、北村がその苦しみから解き放たれる術として、「元恋人であるソヨンと復縁する」だけじゃなくもう一つ何か欲しいところではあった。しかし尺の都合もあったろうし、単なるサブキャラクターに期待するものでもないのかもしれない。 それよりも、結局主人公が夢に向かって一歩前進するための行動や切っ掛けみたいなものが何も無かったのが残念だ。光にとって心の闇であった「デビクロくん」は、結局最後は消滅してしまう。小説も映画も同じように。北村からは、「本当に美しいもの、温かいものってのは、むしろ闇から生まれる」と教えられたのではなかったのか。ならば消滅ではなく、いつまでも光の心の中で生き続けるとか、光自身と一体化するとか、他に描きようがあったハズだ。 最後に、映画『MIRACLE』と原作の違いで一番納得いかなかった点。それは、原作にあった「デビクロ通信」の文章が、映画版では書き換えられていたという点だ。先に指摘した第1号だけでなく、それ以外のものもほとんど。ダメな原作の唯一好感が持てるところだったのに、余計ダメにしてしまうとは……この監督、よほど原作者が嫌いなんじゃないか? あるいは、原作を超えるつもりだったのだろうか。 もしそのどちらか、あるいはどちらもだったとしたら、「バカ野郎!」と言いたい。原作に対するリスペクトを失った時点で、すべての原作ありきの作品は破綻してしまう。キャラクターのセリフを変えてもいい、立場を変えてもいい、なんなら舞台や時代だって変えてしまってもいい。ただ、「これだけは原作に忠実に」という一点を持たなければならない。ファンのためじゃない、物語を作るという姿勢においてである。「ここを変えたら原作を超えられる」なんて思ったところに、監督の「奢り」が出てくる。 そしてそれは、原作ありきの映画をつくるときだけではない。すべての創造物は、過去のなにがしかのイミテーションである。「過去作を超えよう」「まったく新しいものを作ろう」なんて奢ってはならない。超えたかどうかは、それを観た者が決めることだ。創作者は、ただ謙虚に自分が作るものを良作にすることだけを考えていればいい。 そういう意味で、自身も創作者である私は、この作品の映画と原作、見比べられて非常によかった。よい「反面教師」として勉強になった。それぞれ金を払って見る価値があったと思う。 ……って、うそだよチクショー! 金返せ!!

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  • 29 Dec
    • 映画「海月姫」はキャストを変えずに連ドラ化すべき!

      漫画「海月姫」が、“国民的美少女”として名高い能年玲奈を主演に迎えた実写映画となり、今月27日にとうとう公開された。漫画やアニメ作品が実写化された場合、毎度「アリ・ナシ」で大きく意見が分かれる。それで、今回の実写化。結論から言うと「アリ、アリの、大アリ!」だった。 よくこれだけのキャストを揃えてくれたと思う。一人一人ハマリ役すぎてびっくりした。 能年ちゃんは、“オシャレ人間”相手にビビってる感じも喋りがたどたどしい感じも「素の能年ちゃんだろww」と思うくらいハマリ役。ドレス着たり着物着たりしてみせたときのあの変わりようも……予想通りというか、満点を上回る120点あげたいくらいの美少女だった。漫画の“月海たん”そのもの過ぎて、他に代役が思い浮かばない。 モデル体型のまややも、三国志好きのオタクそのもの。演じた太田莉菜はモデル出身らしく、終盤でもモデルとして活躍することになったが……三国志まややの姿こそが、役者の真の姿なんじゃないのか? どっちが役なのか本性なのかわからなくなってきたぞ……。 鮎淵修を演じた長谷川博己は見た感じから真面目で童貞のシュウシュウそのものだったし、メルセデスのドライバー・花村よしお役の速水もこみちは、車を磨く姿がもう「moco'sキッチン」でオリーブオイルを操る姿そのままで様になりまくっていた。蔵之助役、菅田将暉の女装はポスターで見たときから「美人過ぎる!」だったし……ただ声はまんま野太い男だから、出てきた瞬間「男だろ!」ってすぐ思ってしまったけど。 ばんばさんは、まさか「ジョゼ虎」でヒロイン役だった池脇千鶴が演じてたのか!? と思ったけど、肉を見たときの目の輝きから何からばんばさん。千絵子さんもジジ様も、見た瞬間から「漫画のまんまだ!」と思えた。特に篠原ともえなんて元から個性の強いキャラクターがやってるのに、見事に目立たず地味に……というか、それ自体がジジ様の個性なんだけど(※褒めてます)。 とまぁ、2時間という尺の短さで、よく一人一人のキャラを出せていたと思う。あれだけのものをよく詰め込んだ……詰め込めたと思うけど、それだけに残念だった。 もっと長く見ていたかった! 「海月姫」は、物語ももちろん面白いけれども、それを形作る一人一人のキャラクターの個性によって成り立っている。2時間というと、どうしても物語の進行の方に重点が置かれてしまう。尼~ずメンバーだけでも5人(+目白先生)、キャラを語るために一人最低30分くらいのエピソードは必要だ。やっぱり、これだけのものを映画の2時間に収めるというのが難しいハナシだったのである……。 でも、それでこの映画を過小評価したくはない。「詰め込みすぎ」とは言え、終盤のファッションショーは、よくぞあれだけ華やかにやってくれた。あれをやるためだけに前半を駆け足でやったのだと思うと、納得せざるを得なかった。月海の作った海月ドレスが現実の世界に出現し、煌びやかに魅せてくれたあの幻想的なシーンを実写で見れただけでも、劇場に足を運んだ価値があったと思う。 月海とシュウシュウの恋い模様については……いい意味で「生殺し」だった。あのシュウシュウの告白のあとがどうなるのかヒッジョ~~~~ウに気になるところではあるけど、それは好評連載中の漫画を見ろということか、あるいは映画続編の可能性も……? ともあれ、「海月姫」は今後もっともっと伸びていって欲しいコンテンツだ。アニメ2期が放送開始されるでもいいし、短編アニメの「それゆけ!尼~ず探検隊」が実写化されるでもいい。月海たちのファッションブランド「Jellyfish」のドレスが現実の世に出るでもいいし、売り出しどころはまだまだあるハズである。 今回の実写映画化を、「海月姫」人気のピークにするのはもったいない。まだまだ、始まりに過ぎないと願いたい。もちろん、実写映画の続編も期待してますよっ!

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  • 14 Oct
    • 日本一は人気者になれない? キングオブコント2014に思うこと

      キングオブコント2014にて、シソンヌが7代目王者に輝いた。 番組開始1発目からシソンヌのコントで始まり、最後のコントもシソンヌで終わった今回の大会。ラストに見せたコントも感動的な内容で、がっちり芸人審査員たちの心をつかんでの勝利だった。 けれど、あれはちょっと卑怯でもある。自分勝手な彼氏にフラれた傷心の女性を、タクシードライバーが運転で慰める彼らのコント。「私は、あなたの言う通りに走りますよ」だなんて、次々にイカすセリフを連発し、よくよく考えればメロドラマの真似事をしているだけ。オリジナリティあるコントとは呼べない。 また、優勝したシソンヌが今後ブームになる可能性も低いように思う。2013年優勝のかもめんたるも結局大して話題にならず、それより準決勝に進出しただけの日本エレキテル連合に注目が集まった。過去さかのぼっても、2010年優勝したキングオブコメディもブームにはならなかった。当時は準優勝のピースに話題が集まり、現在も彼ら(綾部・又吉)の方が各局に引っ張りだこである。 売れるには、コントが面白いというだけでなく、トークも面白くなくてはならない。そして、運も必要だ。そういう意味では、準優勝のチョコレートプラネットこそ売れるような気がする。「全員倒してこそキングオブコントやないか!」とボケ担当の長田(おさだ)が言い、宣言通りファイナルステージで1番手のくじを引き当てたこと。そのまま4番手のラバーガールまで一度も負けずに進んだことも、「彼らは、持っている」と感じさせるものがあった。 最後、シソンヌとの勝負の際にも長田は、「シソンヌは僕らの同期なんで。チョコンヌ(という名前でユニットを組んだり)とかやってます。そんな相手と戦えるなんてまさにキングオブコントですわ!」とテンション高く発言していた。晴れの舞台、終始緊張のしっぱなしでどうコメントしてよいやらパニックになる出場者が多い中、発言も堂々とできる芸人こそ売れる要素があると言える。 また、意外にヒットするのではと思えたのはバンビーノのコント。ツッコミどころか会話すらない彼らの演技はあまりに独特。キングオブコント2010でひたすら「オバハン」を連呼したジャルジャルや、2011に出場して「右ひじ左ひじ交互に見て」という歌(?)を披露した2700を彷彿とさせるものがある。 1stステージでは、歌とダンスで野生動物を狩る(歌詞も動きも意味不明で、狩りが成功するたびになぜか審査員席から拍手が!)。ファイナルステージでは……あれは言葉でどう表現したらいいのか。二人ともゲームのキャラクターとして規則性のある動きをしながら、なかなかクリア条件の(たがいが向き合って)「ハグする」に行きつけない、というコントをやった。言ってみれば、いつもここからがNHK教育番組でやっていた「アルゴリズム体操」に似ている。が、同じ動きを少しずつズラすのではなく、次にどんな動きがくるのか全く予想できない面白さは、バンビーノの方が洗練されている。 年末年始のお笑い番組は、バンビーノのこれらのコントが再びお茶の間をわかせ、これから子どもたちも真似していくことになるに違いない。 それにしても、毎年毎年なドラマがあるキングオブコント。個人的には、犬の心を応援したくなった。芸歴だけは長いのに、平成ノブシコブシなど売れている後輩たちからいじめられている状況からは何とか抜け出してほしいところだ。 これから12月にTHE MANZAI、2月にR-1ぐらんぷりと、お笑いの頂点を決める戦いは続く。いったい、どんな新たな人気者が登場することになるのだろうか。期待して待ちたい。

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  • 06 Sep
    • タロイモパイやカレーも! 中国マックの意外なメニュー

      マカオのマクドナルドには、タロイモパイなるものが売っているらしい。昨年11月、旅行で行かれた知人のライター、名久井梨香さんからの情報である。 世界中どこにでもあるマックだが、世界中どこでもメニューが同じとは限らない。筆者も学生時代にアメリカのマックに行った。覚えているのは、ドリンクのサイズがやたら大きかったことぐらいか。 少なくとも、筆者の記憶に残る珍メニューは置いてなかった。タロイモパイみたいな商品は──タロイモって、あの里芋っぽいやつか? それをパイにするってどういうことなんだろう。話だけではあまりピンとこなかったが、写真を送っていただいた。 パッケージは、あわい紫と紺のツートンカラー(紺色部分に“SWEET TARO PIE”の文字)。 そしてパイの中身も……すごく……紫です……。 タロイモ自体の実は白い。が、茹でることによって紫の出汁が出るのだそうだ。 食べた感想をうかがったところ、皮は日本のマックにあるアップルパイ同様にパリパリ。中身はトロっとしており、甘味があったとのこと。またイモの食感は、ほくほくとしてサツマイモに近かったそうだ。てっきり蒸した里芋のような、ネチョネチョとした感じかと思いきや……。 タロイモについて、詳しくリサーチしてみる。原産はインド東部からインドシナ半島。東南アジアでは主食とされてきた歴史もあり、タイのスーパーなどで簡単に手に入れられるらしい。 また、低カロリーでカリウムが豊富。ダイエットや高血圧予防、むくみ予防にも効くとのことだ。さらに、鉄分、カルシウム、ビタミンC、A、Bも豊富。 それを知ったら、何だか筆者も食べたくなってきた。「里芋に似た芋で作られた妙なパイ」なんて印象はすでに無い。食べたい! タロイモパイ食べたい! また、同じパイ商品としては、パイナップルパイも売っているらしい。おぉ、それは間違いなくおいしいハズ! 食べたい! ……が、その一方でぎょっとするようなメニューも。再び名久井さんの情報。 「今年4月に行った広州では、カレー売ってましたよ」 えっ、カレー……? 耳を疑う、と言うか、会話はFacebook上でのことなので、正確には「目を疑う」だ。 そこで送られてきた写真には、確かにカレーのポスターが(それも、カツカレー)。 ちなみに、現時点で中国のマクドナルドホームページを閲覧しても、このメニューは置いていない。代わりに、ご飯の隣にチキン、またはビーフが添えられたプレートがある。ご飯を扱った商品が置かれていることには間違いない。 日本で売ろうとしたら、店員さんがご飯を炊いたりするのは大変だろうな、などと考えてしまった。だが調べてみると、なんと過去、日本でもマックでカレーやチャーハンを売っていた時代があったそうだ。 ときは1990年ごろ。収益悪化のために「ハンバーガーにこだわらず店舗数の多さを生かしてカレーやチャーハンなどメニューを増やせば、収益力は回復するのでは*」との話が持ち上がった。じっさい、タレントの山田邦子(なつかしい)を起用したテレビCMも作られている。 (*出展:誠 Biz.ID/マクドナルドがこだわった「らしさ」とは何か? ) それが成功していたら、きっと今でも国内のマックでカレーやチャーハンが食べられただろう……。べつに、「残念だ」という思いは湧かない。ただ、フランチャイズ店のメニューの変遷も、弱肉強食なのだという感想を抱く。売れないものは、どんどん消えていく。日本国内のマックでは、ご飯モノは生き残らなかった。中国では、生き残っている。 タロイモパイやパイナップルパイがおいしそうに見えても、それが日本で売れるかどうかというのはまた別の話だ。原材料の差もあるだろうし、採算が合わねば売れない。 だから、「ぜひ日本でも売ってくれ!」という意見は口にしないでおく。いつか中国に行ったら、食べてみたいなぁ。そう考えれば、旅行の楽しみも増える。 ちなみに、日本で売っているアップルパイは中国のメニューには掲載されていない。アップルパイ好きの筆者。次回マックに来店した際には、「日本に住んでいてよかった」なんて思いながら、しっかり味わって食べてみたい。

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  • 05 Sep
    • 今夜放送! 庵野監督は『ヱヴァQ』で何を表現したかったのか

      『ヱヴァQ』は、世界崩壊の物語だ。 これを観て、批判する人々が数多くいるのは当然だと思う。 何しろ後味が悪い。 だがそれこそ、庵野監督の思惑通りのようにも思えてしまう。 今夜の放送に先駆け、いま一度、監督が表現しようとしたものを改めて考えてみたい。 (※今回の記事には多数のネタバレが含まれております。映画初見の方は、ご注意ください) それよりもまずは、『巨神兵東京に現る』というスタジオジブリの短編特撮映画。映画上映当初、『ヱヴァQ』の同時上映となった作品だ。これが、今回のテレビ放送でも放送される予定だそうだ。 それは必然的なことに思える。筆者も上映時にこれを見て、この作品の中にこそ『エヴァンゲリオン』という作品の全てが詰まっているように感じた。 ただ今回の『巨神兵』は何も、『エヴァQ』のためだけに撮りおろされたものではない。 元々は東京都現代美術館にて、2012年7月10日(火)から10月8日(月)まで開かれていた「特撮博物館」での特別公開作品だった。 だが、庵野監督はこの作品をあえて『エヴァQ』の前座として持ってきた。 そうすることで彼は、 「僕は今から、こんな概要の物語を皆さんにお見せしますよ」 というメッセージを提示していたのだ。 『巨神兵』では、巨神兵による東京崩壊の映像が流される。 あらゆる建物が爆破され、燃え、消えていく。 大人も、子どもも、そして犬さえも。 全てが破壊の中に飲み込まれる。 そこには救いも何も無い。 巨神兵と言えば、宮崎駿監督アニメ映画『風の谷のナウシカ』の登場キャラクターだ。 この短編映画でも『ナウシカ』にあった「火の七日間」という言葉が使われ、この物語がそのまま『ナウシカ』の物語とリンクしていると考えれば、まだ救いは感じられるかもしれない。 だが『巨神兵東京に現る』単体で見たとき、間違い無くこれは「世界終焉」の物語である。 以下、『巨神兵』作中のモノローグ。 「災いとかって、突然、なんの予兆もなく訪れたりするものだって思われがちだけど、あるんだよね、どんなものにも“知らせ”みたいなものが」 この「予兆」というものが、『エヴァ』では「使徒」と呼ばれる怪物だった。 エヴァ『序』と『破』の物語では、次から次に襲いかかる「使徒」を、シンジ少年らは「エヴァ」という戦闘兵器を用いて立ち向かった。 そうすることで、世界を破壊から守ろうとした。 葛城ミサトも、これが世界を滅亡から守り、これまでの日常を継続していくための手段であると考えていた。 『巨神兵』の中でも、「私たちはどうにか日常を続けようとした」というような言葉が、声優林原めぐみの声で語られている。 しかし『破』のラストで、日常は崩壊してしまった。 「サード・インパクト」という世界の改変が起こってしまったのだ。 シンジ少年の乗るエヴァ初号機が、『破』のラストで登場したゼルエルという使徒との戦いの際「覚醒」してしまったことが、その引き金となった。 だがこれは、シンジ少年の父親、碇ゲンドウに仕組まれたことであった。 ゲンドウは最初から、「日常を守ろう」などとは考えていなかった。 彼にとっては、「日常」などどうでもよいものであった。 むしろ「日常」などは完全に破壊し、世界を新たなステージへと導くことが重要だと考えていた。 ここに、ミサトとゲンドウの大きな立場の違いがある。 その結果、サード・インパクトの後互いは決別し、14年後に敵同士になってしまった。 『ヱヴァQ』では、ゲンドウはこの「サード・インパクト」の後、再び新たな世界改変「フォース・インパクト」を行おうとする。 それに対し、葛城ミサトは「ヴィレ」という新たな組織を結成し、「フォース・インパクト」を阻止しようとする。 「日常を守ろうとする側」と「日常を完全崩壊する側」両陣営の戦いの物語が繰り広げられているのだ。 どちらの立場が正義で、どちらの立場が悪なのか。 それは明確にすることは出来ない。 『エヴァ』という物語が単純なエンターテインメント作品であれば、「日常を守る」ミサト陣営が正義で、「日常を破壊する」ゲンドウ陣営は悪として倒されハッピーエンドとなるだろう。 けれど『エヴァ』という物語は、そんな単純明快エンターティメントではない。 「日常」は守られればならない。誰もがそう願っている筈である。 しかし世界はいずれ終焉を迎える。我々は知っている、2011年3月11日の恐ろしい震災を。 いや、それより以前から。沢山の自然災害を。戦争を。数々に渡る政変を。 いずれ人類の歴史そのものも途絶えてしまう日が来るだろうことは、誰も否定できない筈だ。 再び『巨神兵』の話に戻る。 「私たちはどうにか日常を続けようとした」 しかし世界は、圧倒的な力で終焉を迎えてしまう。いずれ、必ず。 「とんでもない力によって世界が終ってしまう、そういう想定外の事態が起きた時に、なにができるかってのが大事なんだよ」 終焉していく世界の中で、『エヴァ』の主人公シンジ少年はこれからどう戦っていくのか。 『序』と『破』において彼は、ミサトの言葉を信じて戦ってきた。 つまりこのときは「日常を守る」立場であった。 けれど、その「日常」を崩壊に導いたサード・インパクトの原因が自分にあったと知り、思い苦しむ。 信じていたミサトからは「もう何もしなくていい」と言われ、友人トウジの妹からは「もうエヴァには乗らんといてくださいよ」と言われる。 それでも、父親ゲンドウからは「エヴァに乗れ」という命令が。 これらの様々な言葉が彼の頭の中で飛び交い、 「あ゛ぁぁあぁああああああああ!!!!」 と叫ぶ中盤のシーンは、筆者も泣きそうになった。 自分がこれまでやってきたことが全て、その目的とは真逆のことだったとは。 しかも、助けたと思っていたヒロイン「綾波レイ」さえも、助けられなかったとは。 (劇中に出てくる綾波レイは、クローンだった) はっきり言って救いが無い。 それこそ、圧倒的なリアリティーを持って見る者の心に迫ってくる。 その後彼は、新たに出来た友人カヲルの言葉を信じ、エヴァ13号機に乗ることを決意する。 「世界をもう一度救うんだ」 そう決意を込めて。 だが、いざそのトリガーとなる二本の槍を抜くとき、カヲルは「何かがおかしい」「嫌な感じがする」と言う。 「カヲル君がやれって言ったんじゃないか!」 シンジはそれでも構わず槍を抜いてしまう。カヲルに責任を押し付けるような、強引なやり方だ。 結局シンジは、自分では何も考えられない。常に誰かの言葉に従うだけである。 そうして責任は、全てその誰かに押し付けている。 危うく日常を完全崩壊へと導くフォース・インパクトを起こしかけるシンジ。信じていたカヲルすら死んでしまい、その後はただ、エントリープラグの中でただうずくまっている。これまで自分が落ち込んだときに、よくしていたように。 それを見つけられたアスカは、彼をこう罵る。「ガキシンジ!」と。 これは、世界崩壊の物語であると共に、少年シンジの成長の物語である。 『序』と『破』を経て大きく成長したと思っていた少年は、今回の『Q』において、人生の大きな挫折を経験してしまうことになった。 誰かの言葉に従うというただそれだけでは、人間は幸せになどなれない。 では、どうした人生を送るべきなのか。 この『Q』は、それを問題提起させているようにも思える。 シンジ少年に。 そして、我々自身に。 (『Q』という字は、「Question」の頭文字でもある) 果たして次回の『シン・劇場版エヴァンゲリオン:||』に於いて、シンジ少年の心はどう変化していくのだろうか。 そして庵野監督は、日常が全て崩壊してしまった後、世界がどう変革していくと考えているのか。 それらを、大いに期待したいと思う。 ※本記事は、筆者が2012年11月23日に「最新トレンドニュース・口コミ情報館」というブログへ寄稿した記事のリライト版です。

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  • 08 Jul
    • 野々村議員みたいな号泣が「萌える」? 女に惚れられる男の涙とは。

      「コノヒホンァゥァゥ……ア゛ー! 世の中を……ウッ……ガエダイ!」 連日放送され、そろそろ見飽きてきた感がある、兵庫県野々村竜太郎県議員の“号泣会見”。これがネットのあるニュースで、「可愛い」「ギャップ萌え」などポジティブな意見も一部で出ていると取り上げられていた。実際Twitterでも「#野々村クラスタ」というハッシュタグが生まれており、人気ぶりがうかがえる。 (※「クラスタ」とは、同じ趣味など共通点を持ったユーザ同士の集まり) しかし彼女ら(彼ら)は、野々村議員会見のコラージュ動画や画像を見て楽しんでいるだけ。「ネタとして」好きなだけであり、「議員として」「男として」好きという言葉は、少なくとも筆者が見た限りでは発見できなかった。 実際、野々村議員が見せた涙は「逆ギレ」の涙だ。男の涙としてこれ以上に醜いものはなく、女性からも好かれる筈が無い。 世の中において、彼のように「逆ギレ」で涙する男は、残念ながら少なくない。筆者自身も恋人に嫌味を言われ、逆ギレの涙を流したことが。「どうして約束したこと守れないの」など言われても仕方がないことや、「どうしてあなたはいつもそうなの」という、ちょっと突いては欲しくないコンプレックスも。 ただいずれの場合も素直に謝るべきで、逆ギレはよくない。それが原因で「もう知らない」と愛想をつかされそうになりかけた。その点において、野々村議員のことは正直どうしても他人事と思えない(もちろん同情はしないが)。 また、単に女性の気をひきたいだけで泣くという、しょうもない男性も多い。実際の涙ではないが、かつてこんな手紙を読んだことがある。 「ぼくは○○ちゃんのことが好きで、○○ちゃんのことが大切で……ぼくは、ぼくはどうしたらいいんだーーーーーーーーーうぁーーーーーーーーーー!!!」 たまたま、姉から借りた本の間にはさまっていたものだ。何だかマズいものを見たような気がしたが、見なかったことにするわけにはいかず──姉に「こんなものが……」と言って渡すと。「あ、元彼の手紙。まだ残ってたんだ」と言い、ポイッとごみ箱へ投げ捨てた。 手紙を書いた「元彼」は、恐らく恋人へ気持ちを伝えることが下手で、半ばヤケクソでそんな手紙を書いたに違いない。姉も一度はその手紙をしまったものの、結局は彼と別れたのだった。 これらの男の涙は、一時的に、あるいは一瞬だけ女性の気をひくことはあっても、互いの関係を強く繋ぎ止めておくことはできない。ならば男の涙が全て女性にとって無意味か?と言えば、そういうわけでもない。 例えばスポーツ選手のうれし涙。ソチ五輪で金メダルを獲得した男子フィギュアの羽生結弦選手は、インタビューで涙ながらにこう発言した。 「すごい嬉しいなと思うのが半分、自分の中で悔しいと思う所も」 多少自分の演技に納得いかず、悔しさも混じっての涙だったが、それも含めて、批判する者は極々わずかだ。 また、完全な悔し涙にしても。今年のW杯でコロンビア戦に敗北し、決勝トーナメントへの道を阻まれた日本代表の長友選手。彼が試合後に見せた涙には、ついもらい泣きした人も多かったことだろう。 それまでグループリーグで一勝もできず、それでも勝利を信じ、泣きたい気持ちをこらえにこらえ続けていた後の感極まった涙。 負けたことを批判する声も多かったが、この涙自体を悪く言うような声は耳にしていない。 何か大きなことを成し遂げても、成し遂げられなくても、その努力した姿が認められるのであれば、男の涙は美しいし、惚れられる。男は皆に讃えられるような大きなことに挑戦すべきであり、それ以外のことで泣くべきではない。 「皆が皆、日本代表選手みたいな大きなことができるわけないだろ!」 と、また「逆ギレ」気味に反論する人もいるかもしれない。けれど大きなことというのは、何も日本を背負って立つようなことばかりではない。日々の仕事をこなし、妻や子どもに食べさせてあげることも、十分大きなことだ。 だから、仕事に疲れたお父さん。あなたたちは泣いていい。「今日、会社でプロジェクト下ろされてしまった。必死に頑張っていたのにな……」「プレゼンがうまくいって、俺のアイデアが商品化されそうだよ。嬉しいなぁ」そうやってホロリとこぼれた涙を見て、きっと奥さんも惚れ直すだろう。 くれぐれも、浮気がバレて、そのことで泣く、そんなことだけは絶対にやらないように……。

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  • 03 May
    • 文フリ出品作、でけたぞぉ~~~!!

      5月5日の文フリ(東京流通センター 11:00~17:00) に出品する予定の「金魚(ver.2008)」が、本日届きました! 表紙絵:月白 涼(つきしろ すずむ) 本のサイズは文庫サイズ。カバーはありませんが、うすいシートに、だいじに包まれてます。 シートは後ろのシールをはがして開いてください。 開くとこんな感じ。発色良いです。 本の扉。 文章は、二段に。たくさん字を載せたくて、ぎゅっとつめこみました! 読みにくい漢字にはルビをふっています。 おくづけ。「2014年4月20日 発行 初版」となっています。 この初版部数は、15冊。「少ないかな?」とも思いましたが、あまり大量に作り過ぎて売れ残っちゃうのも悲しいので(汗 ちなみに今後、オンライン販売・電子書籍版の発売もする予定ですが、どちらも「第2版」以上の版数になります。 「初版Getするぜぇえ!」という熱心な方は、この機会をお見逃しなく(笑)。 裏表紙も月白涼の絵をあしらいました。 最後に。本作の収録作品は、以下のラインナップになっております。 ●『金魚(ver.2008)』 2013年12月に出版した『ゴオルデンフィッシュ』の原点となった短編作品。 ●『アニマ(ver.2006)』 「男はある日早く起きると、ナンパに出掛けることにした。 /朝つかまえた娘は、金髪で派手な服装の、少し快活そうな感じのひとだった。僕と一緒に子作りしませんか、というと、彼女は愛想よく、いいわよ、と言ってハンドバッグから粘土を取り出した。彼らはそれをこねて、元気のいい男の子を作った。」 ナンパ師の男と、出逢った女たちの、数奇な出来事を描いたショート・ショート。 ●喪失(2011) 「例えどんな人生だろうと、これが私の人生なのだ。勝手に絶望して、壊れなんかしてはいけない。頭の上に掴まるべき吊革があるのなら、それを掴んで生きていかねばならないのだ。」 30歳を控えた女性の、喪失と再生の短編。 ●曼珠沙華(2003) 「彼女の細い腕からポタリと垂れたのは、紅い血だった。反対側の手には、先端を同じ色に染めた、ぎとぎとした鈍い光沢を持つ剃刀が握られていた。/「……何をしているの?」/僕の第一声はそれだった。放課後の教室の静けさの中で、その声はやけに響いた。まるで詰問のようだったが、他に何が言えたろう。 」 著者が高校生のときに執筆した、純度100%の恋愛短編。 通常価格は980円ですが、このブログをTwitterやFacebookでシェアしてくださったみなさんには、キャンペーンとして30%OFFの価格で販売いたします。 ぜひぜひ、お買い求めくださーい!

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  • 29 Apr
    • 5月5日、文学フリマで何かが起こる……?

      わんっ! みんな元気にしてたかなっ!? 「ばるめしあん」こと、ひらばるまなぶです。 4月のアタマから、また会社へお勤めし始めまして。ぜんぜんブログ更新できなかったですねー。 GWに入り、ようやく更新する余裕ができたわけなのですが。 ここでみなさんに告知。なんと、 5月5日(月・祝)、文学フリマに出店しちゃいます! 11:00~17:00 東京流通センター(東京モノレール「流通センター」駅、徒歩1分) (ブース:「スミズミまできく!バルさん堂」 場所:イ-23(2階)) ……って、6日前やんけ!! はい、そうですね……前回にお手伝いとして参加したときも、こんなギリギリのタイミングでしたね……。あのときの反省が全く活かせてねーでやす; けれど、今回はそんな短時間でも充分な宣伝効果を発揮すべく、キャンペーンを実施することにしました。 この告知をアメーバなうやTwitter、Facebookなどで広めてくださったみなさまには、 30%OFFで販売しちゃいます!! かなり気合い入っちゃってますねー、我ながら。 (単に切羽つまってるだけなんじゃねーのか;) ってなワケで、ぜひぜひツイート&シェアお願いしまーす。 ▲記事下にある、これらのボタンを押してください ちなみに、今回出品する商品のラインナップは以下の予定です。 ●『ゴオルデンフィッシュ』 ミチコ、キヨミ、トモヨ。性格もルックスもまったく異なる女子高生達の物語。仲良しだったハズの3人の過去の葛藤が、ミチコが事故で亡くなったことをきっかけに噴出していく……。女子高生たちの生と性を、ヒリヒリするような筆で綴った青春小説。 1,296円(キャンペーン価格:902円) ●『Pokemon Quest 夢の中の魔道士 ~The beautiful World~』 ある日ひとりの魔道士フーディンに出会った、名前の無いひとりぼっちのヤミカラス。力を持たない彼が、やがて森の暴君ムクホークと対峙していく──。ポケモンが喋る、本格ファンタジー小説。 500円(キャンペーン価格:350円) ●『金魚(ver.2008)』 出版作『ゴオルデンフィッシュ』の原型となった短編作品。他に、『アニマ(ver.2005)』、『喪失(2011)』、『曼珠沙華(2003)』と、作家平原学(ひらばるまなぶ)の原点を集めた短編集 980円(キャンペーン価格:686円) ●『猫だるま式ついのべ帳』 著者が何かに急かされるような感じで書いた、個人的傑作Twitter小説集。全50編収録。 300円(キャンペーン価格:210円) ではでは、ご来場、お待ちしております!

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  • 02 Apr
    • 【Twitter小説】バースデードッキリ(2013.12.29.)

      <Twitter小説もくじ> 同僚に誘われて行った飲みで、ケーキが出てきた。 「誰の誕生日?」 聞くと、 「何言ってんだ、君のだろ」 えっ、まさか皆知ってたの!? 「さぁ、火を消して」 感動に泣きそうになりながら、私はケーキに顔を近づける。 そして私の歳の数分の蝋燭を… 「って、誰が私の年齢洩らしたの!?」 #twnovel お誕生日に最適!~ホールアイスケーキ(S) 【ツイッターからの転載/https://twitter.com/chocolatesity/status/417211523350941696 】

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  • 31 Mar
    • 東京オフ会withりりさん(from宮城)

      「オフ会」ってドキドキします。 今まで何度もオフ会っていうものをやってきましたが、今日のはまた特別でした。 ネットで出会って、8年ほどだと思います。なのに、リアルでお会いするのは本日初めて。 りりさん 。 私が学生の頃に運営していた「ポケモンの小説を書くブログ。」の頃から、ずーっと長くお付き合いいただいてる方です。 たった2時間半ではありましたけど、めっちゃ楽しかったです。 だって、池袋から東京へ向かう地下鉄の中でも、皇居周り散歩中も、丸の内ビル内のタイ料理屋さんでの食事中も、ずーっと会話が途切れませんでしたもん。 すげぇです。ホントびっくりです。 私も、自分では結構人見知り激しい方だとは思ってて…… 「あぁー! 会話が途切れたらどうしよー! どうしよー!」 なんてずっと心配してたんですけど、ぜんぜん杞憂でした。 話題も色々。都会暮らしのこと、田舎暮らしのこと、宮城のこと、佐賀のこと。震災のこと、原発のこと。家族のこと、仕事のこと。 ……あんまり喋り過ぎて、逆に「うわぁ、ばるさんってめっちゃ喋るなぁ、疲れるなぁこの人」なんて思われちゃったんじゃないかという不安が生まれました(苦笑)。 平成仮面ライダーの話もしましたね。りりさんから、「ダブルとオーズは観るべきですっ!」って、めっちゃ勧められました。 はい、ちゃんと観ますっ;←ウチの相方からも、けっこう前からすんげぇプッシュされてる作品(笑)。 仮面ライダーW Vol.1 [DVD] 仮面ライダーOOO(オーズ) VOL.1【DVD】 また、こちらの方は、現在私が編集・ライター養成講座でご指導いただいている米光一成先生が携わられた『日本文学ふんいき語り』や、村上春樹・糸井重里共著の『夢で会いましょう』なんて持ってって、お勧めしたりしました。 日本文学ふいんき語り 『夢で会いましょう』は、ちょっとクスクス笑える軽めのショートショートといった作品集ではありますが、中には村上春樹名短編作『パン屋再襲撃』の前日譚である『パン』なんかも収録されてたりします。村上文学を語る上でも、割と無視できない一冊です。 夢で会いましょう (講談社文庫) (逆に、村上春樹初心者の方は、この本から始めてみると良いかもしれません) そんなこんなで、りりさんとお別れする瞬間は少し寂しい気も込み上げてきましたけど……。 「また来ますねー!」っておっしゃったとき、「あぁ、多分これは社交辞令じゃないんだろうなぁ」と感じました。 釣られて私も、 「宮城行きますねー」 なんて返しちゃいました。 そうですね、言っちゃったからには、ちゃんと有言実行しなくちゃですね(笑)。 ↑有言不実行のヘタレ人間、そろそろ卒業したなぁ…… ともかく、いよいよ4月、新しい年度の始まりです。 仕事がんばるぞーっ。お金稼いで、宮城に行くぞーっ!(切実;)

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  • 30 Mar
    • 【Twitter小説】ネタが出てこない。(2013.3.30)

      <Twitter小説もくじ> 「ネタが出てこない」と呟いていたら、 机の表面が突然波打ち、 中央部分が盛り上がると、 全長10cmくらいの頭の禿げ上がったオヤジになった。 「な、何だお前!?」 「ナニて、見ての通りネタやないか。出てきたったで。これで何か書けるやろ」 #twnovel いや突然出てこられても扱いに困る。 目撃!ちっこいオッサン図鑑 【ツイッターからの転載/http://twitter.com/chocolatesity/status/450310450245537792 】

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