やっぱり「8耐」は日本人には特別なんだな | いってつの適当なMotor Sports ブログ
8耐観戦に行ってきた。
いろいろ波乱満載、そして最後の最後まで興奮させてくれた、とても熱い8時間。
そして今年いちばん感じた事が、「やっぱり日本人にとって、8耐というのは特別な存在なんだな」ということだった。

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上位陣の相次ぐ波乱。
ヤマハの世界耐久チームはマシンを修復したものの、完全に直っていないバイクで走り続ける事は危険だと判断しリタイヤを選択。
片や、転倒炎上して「さすがにこれはもう無理だろう」と思われたハルクもまたマシンをピットまで戻し修復、そして最後まで走った。

中須賀が、清成が、どうしてそこまでしてピットにマシンを戻したか。
それはやはり「8耐だから」に他ならないと思う。
日本人にとって8耐とは、それだけの事をするだけの価値があるのだろう。

YARTがリタイヤを選択したのは「世界選手権の1戦」であったから。そしてハルクが最後まで走ったのは「8耐」だったからなのだと思う。
もっともハルクだって本当に走れない状態であればリタイヤを選択したと思うが、やはり「8耐だからどうしても走り続けたい」という気持ちは強かったんじゃなかろうか。

決してYARTの判断を非難しているわけじゃない。ライダーを危険に晒せられないからという判断を、誰が非難など出来ようか。むしろ敬意を表したいくらいだ。

だからといって、押して戻ってくる事が愚かな行為だとも決して思わない。
やはりその光景は人の心を惹きつける。
そう思うのはやはり自分も日本人であり、8耐が特別だと思っているからである。