753歳にお祝いを | 流離のロマンチストかく語りき

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何か書けと言われても、何と書いたらいいのか、、、、

とりあえず、暇な方は、ちょっとだけでもお立ち寄りくださいね。


正直言って、あまり気が乗らないので、今日は、久々に書くのを休もうか、、、と、思ったんだけど、この時間(午前2時)にパソコンの前に居るわけだし、チョットだけでも書くことしましょう。


そんなわけで、内容には、期待をしないように、、、って言ったところで、別に誰かに期待されてるわけでもなかったね。べーっだ!


期待されてるなんて言われないまでも、実感なんかしちゃったら、それこそ思うように書けなくなっちゃう。


というのもガキの頃から、良いところを見せようと思うと、おおよそ普段の力を発揮できない情けない半生だったんですよね。


特に学生時代の、、、というか、早い話が、モテない時代の僕は、自分の好きな女の子が見てるというだけで、それこそ柔道卓球の試合でも、射撃ボーリングビリヤードダーツでも普段だったら絶対に負けるはずのない相手に負けてしまう、、、なんてことも多々有ったような、、、叫び


早い話が集中力を書いた挙句の自滅って奴なんですよね。


平常心を保つことと、マインドコントロール(自己催眠のようなもの)する術は、難しいけど、あがり症の人気の弱い人動揺しやすい人なんかは、身につけておくと便利です。


ちなみに僕は、人里離れた山奥で、滝にうたれたり、猟師に撃たれたり、熊と戦ったり、浮遊霊と語り合ったり、、、と、厳しい修行の末に会得して、、、というのは嘘ですが、客観的に自分を見つめて楽しめるようになってからは、スポーツでも音楽でも試験でも、どんなことでも嘘のように本番で本来の力以上のものを出せるようになりましたとさ。にひひ


モテない時代の僕、、、なんて表現をしちゃいましたが、別にその後の僕が特にモテたってわけじゃないないけど、まあ、学生時代に比べれば、、、という解釈でお願いしますね。



さて、しょーもない話はさておいて、何時もなら今日と言う日は、、、なんて感じで話を広げるんだけど、ざっと見渡したところ、11月15日は、七五三かまぼこの日こんぶの日着ものの日生コンクリート記念日一般鳥獣狩猟解禁、、、と、あまり関わりが有りそうなものが極めて少ないようです。


もう20年以上も前の話だけど、アメリカで友人(勿論アメリカ人)に、ひょんなことから七五三の話題が出て、説明するのに困ったことがありました。


こういう独自の文化や風習は、なかなか説明がしにくいし、何といっても自分自身でさえ、やったことがあっても、どういう経緯で現在に至ってるかなんて知らなかった、、、というか、今でも知らない。


文献等を調べれば判るんだろうけど、知識に加える必然性も感じなかったし、何よりも興味がなかったし、、、


結局は、日本独自のお祝いで、カトリックの洗礼のようなもの、、、なんて、適当なこと言って誤魔化しちゃったけどね。


で、僕も5歳の時に、3歳の妹と一緒に七五三を祝ってもらったことがありました。


記憶に残ってるのは、母親と、お配りする千歳飴北千住に買いに行って、その時初めて、金太郎飴千歳飴を食べたことと、妹と一緒に、国道4号線沿いの須田写真館で着飾って記念写真を撮ったことくらいかな、、、


僕は、至って普通?の坊ちゃん服だったんだけど、妹の方は、着物や髪飾りでずいぶんとアレだコレダってやってたみたいで、簪や髪飾り類が一杯収められた箱は、何十年も実家の押入れのに残ってました。


妹だけ7歳の時にも七五三をやってたけど、その時は、僕も小学3年生だったから勝手にやってくれ、、、って感じで、全くの無関心でしたね。


3歳の頃の妹は、たしか寄り目だったような気がしたけど、何時の間にか普通になってたけど、なにかしたんだろうか、、、と、何十年も経った今頃気になったりして、、、


というわけで、僕と一緒に写ってる最初の時の写真こそ持ってるけど、妹だけで写した2度目の時の写真は、見た覚えもなければ千歳飴を食べた記憶さえ全くなし。


まあ、普通の兄妹なら妹だけが写ってる写真なんか、向こうから見せにでも来ない限りは、見ることも無いだろうし、まして持ち歩くなんてこともないよな、、、


そういえば、何ヶ月か前に起きた事件で、自分の妹を殺して肉体の一部を持ち歩いてた気持ちの悪い奴が居たけど、ソイツは、学校の友人たちに自分の妹の写真を自慢げに見せてたって言ってたけど、どう考えたって気色が悪い!叫び


殺した同機が妹に馬鹿にされたからって言うんだけど、そりゃ妹じゃなくたって馬鹿にするだろ?


こういう機会だし、何十年も経った今だからこそ、幼い頃の妹と僕が一緒に写ってる七五三の写真でも披露しようかな、、、と、思ったんだけど、昔のアルバムは、実家に置き去りにしちゃってて手元にないのが残念です。


けどさ、七五三って、言うくらいなんだから、3つの数字の組み合わせなら何でもいいことにして、35歳でも37歳でも53歳でも57歳でも75歳73歳でも、、、更には、753歳でも祝えば良いって思わない?にひひ


まあ、七五三歳を祝うっていうのも怖い気がするけど、、、叫び


なんかさ、、、おもいのほか七五三の話が長くなっちゃったね。


というわけで、後は、また次の機会に、、、と、思ったけど、狩猟解禁の話だけ少し、、、



若い頃は、ガンマニアとまではいかないまでも、僕らの世代なら拳銃ライフル等に憧れた奴も多かったんじゃないかな?


僕の場合、一番最初に憧れたのは、西部劇で活躍してたジョン・ウェインウインチェスター



ジョン・ウェイン



このライフルには、畏敬の念さえもったものでした。




ライフルであって、アイフルじゃないぞ!



次に憧れたのは、荒野の7人ティーブ・マックイーンが使ってたランダル




ティーブ・マックイーン



拳銃では、クリント・イーストウッド44マグナム




クリント・イーストウッド



日本人では、21歳で亡くなった赤木圭一郎が使ってたコルト・ウッズマン




赤木圭一郎



けど、最終的には、今現在最も好きな銃は、コルト・パイソン357マグナムなんですけど、、、




コルト・パイソン357マグナム




ついでに言っちゃえば、荒野の7人の中で一番好きなキャラクターは、ナイフ投げの名人ブリット役のジェームズ・コバーンで、ナイフに興味を持ったのもスローイングナイフを覚えたのも彼の影響が有ればこそ。




ジェームズ・コバーン



と、まあ、ライフルに纏わるスターの話は、ここまでにしておいて、数日前にも書いたとおり、20年くらい前から釣り狩猟を含めて、娯楽の目的で生き物を殺すことを辞めました。


生き物を撃たない射撃は、空気銃とかレーザー銃とか、今でも時々やってますけどね。


昨今では、趣味としての狩猟だけでなく、食べることに関しても、動物や魚は勿論のこと、サザエアサリ等の貝類でさえわざわざ殺してまで食べようと思わなくなりました。


まあ、細かな経緯は、数日前にも触れたので書きませんが、いわゆる殺生は、直接的に害を齎すとか白アリとか以外は、ゴキブリ毛虫でさえ出来る限り殺さないようにしてる今日この頃でございます。


カミさんもゴキブリ毛虫こそ、キャーキャー!と、大騒ぎして潰しちゃってるけど、食べ物に関しては、同調してるようです。


そんなわけで、我が家から殺生が無くなる日は、そう遠くないような、、、なんて言ってるうちに、カミさんに愛人でも作られて、ソイツと共謀して、保険金目当てで僕をベランダから、、、叫び


大友柳太郎か沖雅也ばりの飛び込み?



なんてことになったら、、、笑えるような、、、にひひ 


いや、あながち無いと言い切れないところが笑えないかも、、、ショック!