その音を聞くと、女兵士も大男も一様に暗く押し黙った。肩をすくめてぞっとしない風情だった。
「ほら、ついたぞ。おい、鍵を取って来てくれ。」
大男は引き綱を女兵士にわたすとその場を離れた。女兵士も牢の方を向いて二人から注意が逸れている。レナが一瞬、駆け出す姿勢を見せた。アシュウィンがそこにぴたりと体を寄せる。制止したようだった。
「ところで松明が焚いてありますけど、中の空気が悪くなったりはしないんですか?」
「窓や空気取りの穴は結構開いているのさ。巧妙に隠してあるけどな。」
「なるほど。あのー、そろそろ杖を返してもらえると嬉しいのですが…。」
「ん、ほらよ。」
そのとき戻ってきた大男が叫んだ。
「そいつら、縄が切れてるぞ!」
女兵士が振り向くと、自由になった二人が逃げ出すところだった。
「こらっ、待て!…う、うわ!?」
追いかけようとした女兵士は足に縄が絡まって転倒した。大男はそれを踏みそうになり慌てて足を止める。
「ねえっ、これからどうする気!?」
「僕について来てください。」
アシュウィンとレナは速度を上げて洞窟の中を走った。何個目かの角を曲がったときだ。
「行き止まりじゃない!」
「良いからっ。」
後ろからは猛然と大男が追って来ていた。岩壁でふさがれているとしか見えない通路を二人は駆け進んだ。今にも追いつかれそうな瞬間、
「伏せてっ!」
アシュウィンとレナは地面に伏せた。そのとき岩壁が窓のようにいきなり開き、突風が吹き込んできた。大男はたまらず後退った。
「行きましょう。」
二人は窓から外へ飛び出して、そこに面した細い谷道に着地した。そのまま逃走する。後ろからは女兵士と大男の声が響いた。
「何やってんだ、早く追えっ!おまえも外へ出るんだよ!」
「おお、押すなって。この窓じゃ小さ過ぎて、俺は通れないって。」
「急げー!逃げられちゃうだろ!!」
「だから押すなってば!姐御が先に行けば良いんだって…。」
アシュウィンとレナは走り下ってその場を離れた。やがて声も遠のいて聞こえなくなり、二人はようやく足を止めた。そのまま周囲の様子を窺う。追手の気配は無い。どうやら逃走に成功したようだった。
***
「何とか、逃げ延びられたのかしら。」
「そうみたいですね。良かった、良かった。」
息を弾ませつつレナが言い、アシュウィンも呼吸を整えながら答えた。その顔をレナがじっと見た。
「ねえ、さっきはいったいどうやって…。」
「でもまだ安心できないから、先を急ぎましょう。さあ、早く。」
「ちょっと待ちなさいよ!…あら、どうしたの?血が出てるじゃない。」
「え、いや、これは…。」
アシュウィンの右手からは血が流れ出ていた。よく見ればその腕はあちこちに包帯が巻かれ傷痕が残っていた。
「大丈夫?結構酷いんじゃないの?見せてみて。」
「いいえ、全然平気です。気になさらずに。」
「何言ってるのよ!怪我してるのに放っておけないわ。見せなさいっ!」
「わわっ!?やめて、暴力反対!…待ってください。あの音は?」
二人の来たのと反対方向から足音が聞こえた。多人数の話し声も近付いてきていた。
「追手ですかね?」
「いや、あれは…違うわ!お願い、何とか追い払っておいて!」
そう言うとレナは近くの岩陰に慌てて隠れた。
「はい?」
そのとき足音の主達が姿を現した。最初にレナを包囲していた一団だった。
「ああっ、貴様は!」
「やあ、これはどうも。またお会いしましたね。」
一団はアシュウィンを取り囲んだ。
「おい、一緒に逃げたのはどうした?」
「えーと、あの人ならすぐそこ…、すぐ速攻で別れたの知りません、はい。」
「それで、貴様はここで何をしているんだ?」
「いやー、…特に何も。」
男達は顔を見合わせた。
「怪しい奴だな。貴様を連行する!おとなしくついて来いっ!」
「え、え?えーと、こういう場合はどうすれば良いんですかー?」
返事は無かった。
「何を言っておるんだ?話は後で聞く。逆らうのなら容赦せんぞ!」
男達に囲まれて、アシュウィンは強引に連れ去られて行ってしまった。
(次回予告)
アシュウィンの連れて行かれた先とは?そこでアシュウィンはこの国の直面した問題を知る。…次回「ラーナティアの王城」