TOMASZ STANKO QUARTET 来日 / ライヴリポート編 | 晴れ時々ジャズ

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日々の雑感とともに、フランスを中心に最新の欧州ジャズについて書いています。

会場  開演前の会場


駐日ポーランド共和国大使館の地下にある講堂は奥行きが長く、並べられた椅子は120あまり。開演間近になると椅子に座りきれない聴衆が何十人も吹き抜けの螺旋階段の途中まで溢れていた。私は前列から5列目あたりの左寄り、しぶちゃさんのすぐ後ろだったので、特にピアノとベースの演奏の様子がよく分かる位置に座ったことになる。3列目あたりまでは指定席で、最前列中央に大使と思しき姿が見えた。
講堂の奥に高さ50センチほどのステージがあり、向かって左側にある小さなグランドピアノにはSHIGERU KAWAIの金色の文字が見える。中央奥にウッドベース、右に黒いドラムセット(SONORか?バスドラのヘッドも黒)。スピーカーは大小4ペアほどあってPAは客席の最後列右。
ステージに現れたMARCIN WASILEWSKI(p)は、ラフで地味な色合いの襟付きシャツ(演奏が始まると途中で脱いだ)の下に地味な色の長袖Tシャツ、SLAWOMIR KURKIEWICZ(b)は黒無地のぴったりした半袖Tシャツ(ジャズミュージシャン、特にベーシストとドラマーが決まって黒無地半袖Tシャツ姿なのは何か特別な理由でもあるのだろうか?)、MICHAL MISKIEWICZ(ds)の服装はどんなだったか覚えていない。3人に続いて登場したTOMASZ STANKO(tp)は、黒いテーラードカラーのジャケットに白シャツ、ノーネクタイ。4人とも実に地味ないでたちだ。

ステージ  開演前のステージ

最初の曲は、TOMASZ STANKOのトランペットがテーマに移るまでの導入部が長くてしばらくは分からなかったがSOUL OF THINGS, VARIATIONS Ⅲだったと思う。私も含めて聴衆は皆、一音も聴き逃すまいと演奏に集中していたのではないか。各人のソロが終わるたびに拍手が沸き起こる。ライヴだから当然といえば当然なのだが、完成された作品としてのCDとは、演奏そのものも演奏の空気感も全然違う。のっけからこんなに全開でいいのか?!と思ってしまうほど(実は全開などではなく、そのうちもっと凄くなるのだが)、とにかくアグレッシヴで熱いのだ。このメンバーで各国をツアーで回ってきただけあって、さすがに息の合った素晴らしい演奏。STANKOのソロに続いてMARCIN WASILEWSKIのピアノ、SLAWOMIR KURKIEWICZのベースのあと、なんとSTANKOのトランペットとMICHAL MISKIEWICZのドラムスで小節交換までやってくれたのだ!その後STANKOのトランペットがテーマを奏でて一曲目が終わったとたん、ため息とともに思わず「うう~...。」と唸り声が出てしまった。いや~凄い...。会場が大きな拍手に包まれたのはいうまでもない。私が曲の構成をはっきりと覚えているのは、唯一この最初の1曲のみである(分かりやすかったから)。

最初の曲を演奏中、WASILEWSKIにタオルが用意されていないことに気づいて、ソロを終えたSTANKOが、いったんステージを降りてスタッフに指示し、戻ってきて白いタオルをピアノの上に置いてあげたり、トランペットのピストン用オイル(しぶちゃさんがそう話していた)を足音を忍ばせて取りに行くという一幕もあった。STANKOは、その後もステージの袖に控える日本人スタッフに接近して何事かを伝えたり(ハウリングが起こっていたのでPAに伝えるためか)、メンバーにさりげなく演奏上の指示を与えたりして、このバンドのリーダーとして気を配っている様子がうかがえたが、それも最初のうちだけだったように思う。
3人のソロになると、STANKOは優しそうな目で(そんな感じがした)演奏を見守っているようだったし、特にピアノとベースにはソロをたっぷり取らせてあげていたので、この若いバンドを信頼しているのだなという感じがした。WASILEWSKIとKURKIEWICZの2人は度々アイコンタクトを取っているようだった。残念ながらドラムのMISKIEWICZの様子はここからはあまり見えなかった。
STANKOのトランペットの音は実に渋い。メロディも渋い。渋いうえに選ぶ音とリズムにセンスの良さを感じる。ひとつひとつが彼独自の美学にもとづいて生まれた音だといってもいい。メリハリが利いていて、突如としてハイトーンが駆け上るように響きわたると背筋がゾクゾクしそうになる。
WASILEWSKIの両足は常に激しくリズムを刻んでいる。ここからだとペダル操作までは見えない。繊細なタッチを必要とする演奏では鍵盤におでこがくっつくかと思うほど極端に猫背になり、そうかと思うと次には両腕をいっぱい伸ばし、思いっきり上体をそらして打鍵したりの視覚的効果でも楽しませてくれる。それにしてもこの躍動感、緊張感、各プレイヤーの熱演はどうだ!そのうえ各人のソロがたっぷりと堪能できるのが嬉しいではないか。特にWASILEWSKIのピアノは強烈にドライヴし、まるで何かが乗り移ったかのような凄みを感じさせる演奏だ。ああ~、CDと全然違う。これがライヴの醍醐味ってぇもんだぜ!となぜか急に東京弁になってしまう。CDと全然違うと思ったのは、バップテイストを感じる場面がけっこう多くあって意外な感じがしたということもある。やはり、そこはヨーロッパのジャズだから、非常に洗練されたバップテイストではあるけれども。
突如4人の音がビシッとひとつになって、一瞬の静寂をおいてまた演奏が続くという場面が何回かあった。こんなことをいうと大げさかもしれないが、なんだか魔法のようだと思った。
ベースのKURKIEWICZがたまにわずかに苦しそうな表情になることはあったが、演奏中の4人は涼しい顔とさえいえるほどだった。ステージが終わっても4人とも汗ひとつかいていないように見えたぐらい。

ステージも中盤を迎えるころには聴衆も随分と熱狂していたに違いない、掛け声や指笛ピーピーも聞こえ始めた。興奮してきた聴衆の体温により、講堂内の室温が3度は上昇したのではないか。そのうちに足元に冷風が漂ってきたので空調が強められたと分かった。このあたりになるとステージの4人は絶好調という感じがした。
途中、曲紹介などのMCは一切なく、聞き覚えのある曲が息をつく間もなく次々に演奏されたが、とにかくどの曲もテーマに入るまでの導入部が長く、テーマのメロディもCDとは少し変えてあるので、注意深く音を追っていかないと分からないほどの曲もあった。ピアノの内部を手で叩き、ドラムは素手でヘッドを叩き、スタッカートで4人が強烈なリズムを打ち出すという民族的な趣が感じられる打楽器的アンサンブルがしばらく続き、ようやくテーマへ移るというような曲もあったが、これが何の曲だったのかは分からなかった。
SUSPENDED VARIATIONS Ⅴも演奏したと思うが、これなどはもともとフリーインプロ的な要素が強いうえに、CDとは少し違う演奏になっていたので、注意深く音を追っていかないとそれとは分からないところだったが、聴き覚えのあるベースのリフでようやくそれと分かった(が、ほんとうにそうだったのかどうかあまり自信がない)。SOUL OF THINGS, VARIATIONS ⅤとSOUL OF THINGS, VARIATIONS Ⅹも演奏していたように思う。

全部で何曲だったかは覚えていない(数えていなかったから)。最後の曲はSUSPENDED VARIATIONS Ⅱだったことは確かだ。STANKOにしては珍しくキャッチーなメロディと転調を伴うユニゾンのリフが強烈な印象を残す私の大好きな曲だ。もう本当に素晴らしい...!としかいいようがない。終わったとたんに立ち上がって拍手する人も何人かいた。STANKOがメンバーを紹介し、4人はステージをいったん降りたが、当然拍手は鳴り止まない。
アンコール曲は何だったか覚えていない、というか何の曲かなんていうことはもうどうでもよくて、ただただ、4人の素晴らしい演奏にこのままいつまでもずっと酔っていられればいいのにと思った。

出演 : TOMASZ STANKO QUARTET
  TOMASZ STANKO (tp)
  MARCIN WASILEWSKI (p)
  SLAWOMIR KURKIEWICZ (b)
  MICHAL MISKIEWICZ (ds)
日時 : 2005年10月26日(水) 午後7時開演
会場 : 駐日ポーランド共和国大使館(東京都目黒区)