在庫評価方法、後入先出法廃止へ | IR担当者のつぶやき

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上場企業に勤務する公認会計士の、IR担当者として、また、一個人投資家としての私的な「つぶやき」です。

ときどきIR担当者的株式投資の視点も。

先のトピックに引き続き、会計ネタです。

12/14付 日本経済新聞に、「会計基準委、原価計算の会計処理、後入れ先出し法廃止へ」という記事が掲載されていました。


前回は研究開発費の話題でしたが、そこで紹介した企業会計基準委員会のコンバージェンス問題に関するプロジェクト計画表に上がっていた項目のうち、後入先出法もありまして、これについても企業会計基準委員会が議論を始めたというものです。


■研究開発費の資産計上が復活?

 http://ameblo.jp/ir-man/entry-10060073213.html


後入先出法というのは、企業が保有する棚卸資産(在庫)を評価する際に、最も後から入庫したものから先に払い出すと仮定して、売上原価や期末に残っている在庫を評価・計算する方法です。

会計学の勉強をするときには、「Last-in First-out method」の略でLIFO(らいふぉ)などと習ったりします。


この後入先出法と並んで、主な在庫の評価方法には、次のようなものがあります。


先入先出法(First-in First-out method:ふぁいふぉ):先に入庫したものから先に払い出すと仮定して計算

平均法:一定期間をまとめた在庫・仕入金額と数量から平均単価を算出し、その平均単価を払い出し数量や在庫数量に適用する方法

平均法には、総平均法移動平均法といった方法があるといわれています。


これらの在庫評価方法を習ったときには、講師の方が、コンビニのおにぎりや牛乳などを例に出して、わかりやすく教えてくれたのを思い出します。


お店にしてみれば、おにぎりや牛乳など、生鮮食料品は古い日付のもの(先に仕入れている)を棚の手前の取りやすいところに並べますよね。

これが先入れ先出しってことです。


しかし、賢い消費者は、棚の奥に手を突っ込んで、日付の新しいものを買っていきますよね。

そのため、棚の手前には古い日付のものが残ってしまう、と。

これが後入れ先出しってことです。


これらの在庫の評価方法は、あくまでも「仮定」の話なので、実際にそうなっているかどうかは、また別です。

計算をするときの大づかみの話を決めてやらないと、1つ1つ売れた都度、その仕入れ金額を調べて売上原価を計算してあげないといけないのか?などという極めて煩雑なことになってしまいます。

実際、個別法といって、1つ1つ把握するやり方もないわけではありませんが・・・。


ま、それはさておき、この後入先出法、国際会計基準では認められていないのだそうです。



そんなわけで、国際会計基準と足並みをそろえようという会計基準のコンバージェンス問題を解決するためには、実際に後入先出法を採用している会社に、他の在庫評価方法に変えてもらわないといけないことになります。

その前提として、後入先出法を廃止しようということのようです。



ともあれ、在庫の評価は、その裏腹の関係として売上原価の計算に影響します。


期首棚卸資産原価 + 当期仕入金額(当期製品製造原価) - 期末棚卸資産原価 = 売上原価


ですので、期末棚卸資産をどのような評価方法で計算するかによっては、売上原価の計算結果が大きく異なってくることになり、結果として、売上総利益や営業利益・経常利益・当期純利益の金額が変わってきてしまうことになります。


記事では、 出光興産の例を出していました。


2008年3月期の連結営業利益は780億円(前期比24%減)の見通しだそうですが、総平均法で計算すると1,240億円(同21%増)になってしまうのだそうですビックリマーク

秋以降の原油価格上昇で、460億円もの在庫評価益が発生すると試算されるため、としています。

この在庫評価益、くせものです。


とくに損益計算書上、「在庫評価益」という勘定科目が登場するわけではないんですけどねぇ。


記事で紹介されていた住友軽金属工業(5738)では、今期から後入先出法から総平均法に変更しており、これにより営業利益が19億円強、押し上げられたとしています(中間決算短信http://www.sumitomo-lm.co.jp/ir/financial/pdf/20_c.pdf  P.17)。


企業会計上は、棚卸資産の評価方法など会計方針を変更した場合、その理由と財務諸表に与える影響額を注記しなければなりません。

上記の記載は、求められている内容に沿った、非常にわかりやすい記載になっています。


上記の19億円、会計の勉強をしている人にとっては、なーんだ、素材・資源価格の高騰による保有利得が実現利益に算入されただけじゃん、と極めて教科書チックに理解できると思うのですが・・・。


つまり、こういうことです。


素材・資源・原油価格等の高騰により、原材料や製造単価が、従来100くらいだったものが、120・・・130・・・150・・・と上昇していったとします。

後入先出法を採用していると、払い出しは150・・・140・・・130・・・と、直近の高い価格のほうから払い出すと仮定して計算しますから、期首在庫についている単価は、まだ高騰前の100程度の価格になっています(説明がややこしくなるので、食い込みについては無視します)。

その状態で期末を迎えると、期末在庫に使用する単価はやっぱり100程度の価格であり、貸借対照表に計上される棚卸資産の金額は、最近の資源価格の高騰に比してずいぶんと安い金額で計上されていることになります。

例えば、期末に1単位の在庫が残ったとして、これに期首の100の価格をつけるのか、期末の150の価格をつけるのかで、在庫金額は100円か150円かと大きく変わってしまうわけです。

ここでいう50円が在庫評価益と新聞が言っているもので、会計学などでは保有利得といいます。


ここで、会計方針を後入先出法から総平均法先入先出法などの他の方法に変更すると、この期首・期末の価格差が平準化されたり、期末在庫は期末付近の価格で評価されたりすることになるので、貸借対照表に計上される棚卸資産の評価額は現状を反映したものになり、財政状態が適正に表示されている、といわれるわけですね。


一方で、総平均単価が125円だったとすると、総平均法に変更した場合には、期末価格の150円と125円の差25円だけ売上原価が小さく計算されることになりますから、その分、売上総利益以下、損益計算書上の各利益が25円ずつ大きく計算されます。


先入先出法に変更すると、期末在庫金額は、後入先出法なら100円(期首付近の価格がついている)のところ、期末付近の価格150円で評価されますから、売上原価は50円小さくなり、各利益は50円ずつ大きく計算されます。


このように、在庫の金額をどういじるかで、会計上の利益ががらっと変わってしまうので、会計・監査上は、在庫の金額は非常に重要視されるわけですね。

(内部統制ルール上も、売上・売掛金・棚卸資産ははずせないことになってます)



記事では、後入先出法を採用している主な企業が紹介されていました。


住友化学(4005)

 中間決算短信:http://www.sumitomo-chem.co.jp/japanese/ir/pdf/tansin/ye2008_ir.pdf

 P.18に会計方針の記載がありまして、棚卸資産の評価方法は、後入先出法による低価法となっています。


三井化学(4183)

 中間決算短信:http://www.mitsui-chem.co.jp/ir/pdf/071109.pdf

 P.20 後入先出法による低価法


東燃ゼネラル石油(5012)・・・12月決算

 中間決算短信:http://www.tonengeneral.co.jp/apps/tonengeneral/ir/pdf/07_12_consoli.pdf

 P.17 後入先出法による低価法


出光興産(5019)

 中間決算短信:http://ir.eol.co.jp/EIR/5019?task=download&download_category=tanshin&id=501988&a=b.pdf

 会計方針等について重要な変更がないため、開示を省略されています。

 2007年3月期決算短信までさかのぼっても、開示省略→有価証券報告書を見ろ、という形になっています。

 2007年3月期有価証券報告書も、パートごとに分かれていて使いづらい・・・。

  http://ir.eol.co.jp/EIR/5019?task=download&download_category=yuho&id=1027119&a=b.pdf

  P.14 後入先出法による原価法


横浜ゴム(5101)

 中間決算短信:http://www.yrc-pressroom.jp/ir/dl_data/tanshin/tan08chu.pdf

 P.21 移動平均法による原価法

 (日経の記事では前期末時点で後入先出法を採用している会社をピックアップしたとしていますが、横浜ゴムは2007年3月期決算短信でも同じ在庫評価方法であり、会計方針の変更はしていないようです。)


ブリヂストン(5108)・・・12月決算

 中間決算短信:http://www.bridgestone.co.jp/ir/financialdata/data/h19fh_results.pdf

 P.18 移動平均法による原価法(ただし、米州事業は後入先出法による低価法を採用)


日本板硝子(5202)

 中間決算短信:http://www.nsg.co.jp/ir/library/pdf/2008-m.pdf

 P.15 移動平均法による原価法、ただし在外子会社は先入先出法による低価法

 2007年3月期決算短信も同じなので、これも日経の記事は???


JFEホールディングス(5411)

 中間決算短信:http://www.jfe-holdings.co.jp/investor/zaimu/g-data/jfe/20/20cyu-tanshin.pdf

 これも会計方針の変更以外、開示省略パターン。使いづらいな。

 2007年3月期有価証券報告書:http://www.jfe-holdings.co.jp/investor/zaimu/g-data/jfe/19/jfe_yuho19.pdf

 P.56 後入先出法による原価法


東邦亜鉛(5707)

 中間決算短信:http://www.toho-zinc.co.jp/pdf/jigyou-report/200803_chukan.pdf

 P.21 後入先出法による原価法


住友金属鉱山(5713)

 中間決算短信:http://www.smm.co.jp/ir/pdf/20071029.pdf

 P.25 後入先出法による原価法(住金の棚卸資産は、金属系棚卸資産・電子材料系棚卸資産・その他に分類されていて、後入先出法の採用はその他に対してです。)


東邦チタニウム(5727)

 中間決算短信:http://www.toho-titanium.co.jp/ir/pdf_lib/fs2008_half.pdf

 P.19 先入先出法による原価法

 2007年3月期決算短信(http://www.toho-titanium.co.jp/ir/pdf_lib/fs2007.pdf )では、連結子会社の在庫評価方法が後入先出法による原価法だったのを2007年3月期から会計方針を変更した旨と理由の記述がありました(P.21)。

 これは、近年の生産設備の操業度の安定や、生産合理化によるコスト低減効果により、製造原価が低下したため、後入先出法によると、現状の製造単価×数量で計算してみると、棚卸資産の貸借対照表価額を下回る乖離が拡大してきたため、この乖離を縮小して財政状態を適正に表示する必要があったこと、及び、親会社の棚卸資産評価システム(先入先出法)に統一したことを理由にしています。


住友電工(5802)

 中間決算短信では会計方針の開示が省略されています。

 2007年3月期有価証券報告書:http://www.sei.co.jp/iv/yuuka/yuuka137.pdf

 P.46 総平均法による原価法ですが、銅等の主要原材料について後入先出法による低価法を採用


フジクラ(5803)

 中間決算短信:http://www.fujikura.co.jp/ir/2007/1105ren.pdf

 P.15 銅等の原材料について後入先出法による低価法


日立ツール(5963)

 中間決算短信:http://www.hitachi-tool.co.jp/j/ir/pdf/20071019.pdf

 P.14 総平均法または後入先出法による原価法


住友電装

 IRのページがないよービックリマーク

 今日び、珍しいです・・・。

 しかたないのでEDINETへ(EDINETコード:322019)。

 2007年3月期有価証券報告書では、総平均法に基づく原価法(ただし、製品、仕掛品の一部及び原材料については後入先出法による低価法)を採用しています。


ヤマハ(7951)

 中間決算短信:http://www.yamaha.co.jp/pdf/cor/ir/rep/ren-2008h.pdf

 P.19 後入先出法による低価法


記事で社名が挙がっている会社を調べてみましたが、後入先出法を採用していない会社もあるようにお見受けしますので、各社のIR担当者さんはチェックされたほうがよいのでは?

ざっとみただけですから、短信に記載するほどの重要性のない子会社で後入先出法を採用しており、それが日経のデータベースに残っているのかもしれませんし・・・。



さて、記事のご紹介に戻りますと・・・。


企業会計基準委員会では、後入先出法の廃止に伴い、投資家への情報提供の観点から、従来どおり、後入先出法で算出した場合の利益を注記で開示することを含めて検討していると伝えられます。


これ、やめてほしいんだよなぁ・・・むかっ


計算が二重になるし、連綿と会計期間を超えて引き継いでいかないといけないだろうし。


会計システム上は、ふつう一通りの利益計算しか算出できないわけですから。

システム上、同じ会計年度で別の会社ファイルを作って、二重に計算すればいいかもしれませんけど、二度手間です。

期末ごとに後入先出法と別の評価方法についての差額計算だけして、その差額を売上総利益に加減してやればよさそうですが、特に、出たり入ったりが激しい在庫について、その計算であっているかどうか検算するのはしんどそうです。


何期間か経過してから、あのときの在庫計算が違っていたとか判明したら、注記とはいえ、まとめて訂正だすのはみっともよくないしダウン


投資家としても、会計方針変更後、何年も経過した後で、とうの昔に廃止されてしまって、今、採用しようと思ってもありえない状況になっている後入先出法で計算したとした場合の利益はこうです、と注記されても意味ないと思うんですけど・・・。

注記するなら、変更した年度の四半期ごとに利益を2通り表示していれば、十分な気がします。

で、丸1年経過したら、移行措置としての利益開示はもうやめる。


そのくらいの割り切りで、投資家にとっての情報の有用性と企業側の負担との折り合いをつけてほしいものです。


たのむよ、ASBJ・・・。


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