すでに先週のお話ではありますが…
高野山
へ行ってきました
難波駅から南海電車で。
極楽橋駅までは
電車で1時間半程度。
そこからさらに、
ケーブルカーに乗り、
さらにバスに乗って
ようやく到着、という、
かなり交通の便が悪いとこ
前日にふっと思いついての企画で
綿密な計画はあまりしてなかったのですが、
きたよ。
秋の週末の恐ろしさ。
(過去のにっき参照
。この時もすごかった)
まず、特急券つき高野山チケットを
難波で買おうとしたら
「売り切れです」と…
仕方ないので快速で。。
ほんで、電車に乗ってみたら、
見事に席がない。
明らかに皆、高野山へ行くぜ
と言わんばかりの服装。
1時間半、立ちっぱ決定
もちろん、行きが混んでりゃ帰りも…
夜は30分に1本の電車が、
朝の御堂筋線以上の混雑。
行きの電車では、
扉の近くに立っていたので、
極楽橋駅着いたら小走り。
ケーブルカーは何としても
イチバンに乗ってやる
と思ったら、周りの観光客もダッシュ
な、何ぃ!?
高野山駅へは、
このケーブルカーで。
何とか座れたー
1時間半も南海で
立ちっぱやったんやもん。
さすがにキツイよ
ケーブルカーの中は人でいっぱい。
あ、しまった!
この後、バスもあるんだった…
こんなとこで座るんじゃなかったぜ。。
高野山駅に到着し、
気長にバスを待つ。
幸いにも臨時便が
いくつか出ている模様。
よかったー
またもや混み混みのバスに乗り、
ようやく高野山に到着
ついに来たー
高野山っていえば、こういう↓建物が有名よね。
ここは「壇上伽藍」という地で、
高野山の中心を成す、二大聖地の1つです。
(左)根本大塔:
⇒真言密教の象徴的建物。
多宝塔様式としては日本最初と言われる。
(右)金堂:
⇒伽藍の中で最も早く建立された建物。
高野山の重要行事の多くがここで行われる。
こういった建物やお寺が
「高野山」っていう山に建立されたのか
とずっと思っていたのだけど、
高野山という名前の山はないらしい
約1200年前、弘法大師によって、
真言密教の修行場として
山々の間の盆地に開かれた、
高野山真言宗の聖地、それが
「高野山」なのだそうですよ
つまり、この高野山全体がお寺ということ。
その定義にふさわしく、
高野山は、駅からバスで十数分、
うねうねと山道を走らないと
たどり着けないという行きづらさ。
まさしく秘境というにふさわしい地
しかし、高野山の上には
たくさんのお寺とともに、普通の商店や
民家、警察、役場、学校もあって、
まさに宗教都市といった雰囲気。
お昼ごはん後、
壇上伽藍と並ぶ
高野山の聖地、
「奥の院」へ。
山のお天気ということもあって、
大阪よりかなり寒くて、空気もキレイ
道すがらの両脇には、
何万というお墓が乱立し、とても荘厳.
ピーンと張り詰めた冷気(霊気?)に
心がググッと引き締まる思いでした
不思議だったのが、
お墓がたくさんある横に
鳥居も存在していたこと
墓って仏教のもので、
鳥居は神道でしょ
こういう現象を「神仏習合」と言うらしい。
仏教が中国から日本に伝来し、
一般に広まるにつれて、
日本の神様は、いわば格下になってしまい、
人間と同列の存在と位置づけられます。
で、神様も人間と同じように苦悩し、
仏様に救いを求めているんだ、
と認識されるようになったんだそうです。
そして、仏様の仮の姿とされた
神を祭る「神宮寺」が日本各地に
次々とできていき、その一方で、
お寺側も、各お寺に関係する神様を
寺の守護神、鎮守とするようになりました。
…コレ↑を調べてたら、
日本の仏教面白いなぁーって
ズンズン興味が沸いてきた
宗教学って知れば知るほど奥が深い
↑何か「もののけ姫」の世界を
彷彿とさせる雰囲気。
コダマとか出てきそう(笑)
水かけ地蔵。
お地藏さんにお水をかけてお参り。
良いお天気の太陽の下、
心なしかお地蔵さんも気持ちよさげ
さて、奥の院のいちばん奥、
燈籠堂までにやって来ましたが…
ガーン
改装中でした
私、こういうのに
よく遭遇するんよね。。
奥に弘法大師の
御廟もあります。
(ここから先は写真撮影NG)
奥の院には、弘法大師様以外にも
皇室・公家・大名などの墓所がたくさん!
特に戦国時代の武将の
6割以上の墓所がココにあるらしい。
有名企業のお墓なんかもあります。
とにかくもう、お墓だらけです
(左上)豊臣家墓所/(右上)石田光成墓所
(左下)武田信玄墓所/(右下)・・・
「しろあり やすらかにねむれ」
と書かれた右下のお墓は、
「日本しろあり対策協会
」のもので、
駆除したしろありたちを
供養する墓らしい…(笑)
こういった企業のお墓は
他にもたくさんあったよ
江崎グリコの墓には、
グリコのおじさんの絵が彫ってあったり
UCC上島珈琲の墓は、
コーヒーカップの墓石が乗っかってたり
宣伝なのか供養なのか、
よくわからんわい
そうそう、高野山は
ちょうど紅葉がいい感じの色づき具合でした
←蛇腹道という通り。
ここを通り抜けたら、
壇上伽藍に入ります。
さて、続いては、金剛峯寺。
金剛峯寺は、高野山真言宗の総本山です
元々は高野山の総称を指し、
このお寺も、元は青巖寺・興山寺という
2つの寺院が合併してできたもの。
後に「金剛峯寺」と改名し現在に至ります。
で、元々の2つのお寺は、
ともに豊臣秀吉ゆかりのお寺
秀吉に追放された秀次が自刃したという
「柳の間」などがあります。
(ここも写真撮影NGでした…
襖の柳の絵が素晴らしかった)
美しい石庭もありましたよ
新別殿では、お茶の接待
しばらく畳の上で
まったりしていると、
お坊さんがやってきて、
法話が始まりました
話が逸れますけど、
おばあちゃんのお葬式のとき
にも
お寺で法話を聞きました。
もう中身は全然覚えてないけど、
あの時の胸のすく感じは、
今でも忘れられない
後から思い返してみれば、
ごく当たり前のこと、
誰でも気付きそうなことを
仏教の視点から話しているだけなのに、
聞いてると、何でこういう気分になるのかな
と不思議に感じられたのです。
私自身、「仏を信じる」「宗教を信じる」
という感覚はあまり実感としては
沸かないけど、この時ばかりは
それが何となくわかった感じがした
おばあちゃんの死という辛い状況で、
自分の心が何かに(=仏に?)
救いを求めてる感覚
おっと、話を元に戻しまして
法話が始まった時、
私はあの時の感覚を思い出してみたい、
と思って、すっかり聞くつもりでいたのに、
相方は早々に腰を上げて、
次へ行こうとジェスチャー
あ~心を落ち着ける
せっかくのいい機会なのに、
こうせかせかしてちゃあ、
それも台無しだわ
次はもっとゆったりと計画を立てて、
安らかな気持ちで
お参りに来たいですな