ラヴィリティアの大地第41話「勇者の名前」 | 『拝啓、夫が捕まりました。』でんどうし奮闘記

『拝啓、夫が捕まりました。』でんどうし奮闘記

鬱で元被害者の妻とつかまった夫の奮闘記。

【このお話の続きはこちら】

 

【前回のお話はこちら】

☆人物紹介はこちらから→

 

 

森の都グリダニアの冒険者居住区ラベンダー・ベッドへの帰途に着くためこの物語のヒーロー、オーク・リサルベルテとヒロインのクゥクゥ・マリアージュは馬のように足として使う二人乗りの騎乗動物『チョコボ』に跨って颯爽と黒衣の森の森林を走っていた。デート帰りの彼らは青年オークが前に跨り、また彼女であるクゥクゥはオークの腰に腕を回していた。その日楽しかった付き合って初めてのデートはクゥには名残惜しく、彼女は想い余ってオークに本音をこぼした

「まだ帰りたくないな…」
「…」

どこまでも可愛いくて愛しい消え入りそうな恋人クゥの言葉は家路を急ぐなか風を切る音で掻き消えそうであったが背中に響く声はしっかりと彼オークに届いていた。オークは何か決意を固めるように唇を一度横に引き結び、体の体温を僅かに高揚させてクゥに言葉を絞り出した

「クゥ、俺少し寄り道したいところがあるんだけどいいかな」
「…!もちろんいいよ」

クゥはぱっと明るい声を取り戻した。新市街のグリダニアを青狢門を出てからベント・ブランチに向かっていたオークたちは踵(きびす)を返して東部森林から中央森林へ冒険者居住区とは反対の道に進路変更をする。ホウソーン家という少し開けた拠点のある“茨の森”の茨道を抜けるとそこには煌々と灯りが洩れる背の高い塔の頭が見えてきた。オークは勢いのついたチョコボをそのままにその塔らしき建物の麓までチョコボを走らせた。建物の前にある、人の背丈の三倍近くはある大きな鉄格子門の前でふたりはチョコボを停めたのだった。オークは先に地面に降りてクゥをチョコボから降ろした。クゥの手をしっかり握りオークは目の前の門をゆっくりと押し開いた。そのオークの躊躇いのない様子に小さく戸惑ったクゥは彼に慌てて声をかけた

「随分立派な建物だけど勝手に入ってもいいの?」
「大丈夫、ここはいついかなる時も人を受け入れる場所だから」

オークはずっと前を見据えて目を細めた。建物は大きすぎるし中央森林は暗すぎるので目がなかなか慣れないクゥはだんだんと近付く建物の輪郭を認識し始める。だがしかしクゥがその建物がなんてあるかに気がついた時すでに自分がどんな場所に降り立ったのか気がついた。クゥは呆然としながらも口を開いた

「これ、教会だ」
「そうだよ、ここは十二神大聖堂。グリダニアが誇る最長の歴史と最大の大きさを有した教会」
「綺麗…」




大聖堂から神々しく溢れるおびただしい蝋燭(ろうそく)の灯りは建物にはめ込まれた赤や青や黄色の彩り鮮やかな硝子窓の光を反射して、クゥの視線と心を虜にして離さなかった。教会を真剣に見つめるクゥの横顔の様子にオークは安堵して彼女に声をかけた

「クゥに気に入ってもらえたみたいだな、この場所」
「うん、オーク私ここすごく好きになりそう。また来たいな」
「じゃあここで式を挙げようか」
「…え?」

未だ大聖堂を見つめていたクゥはオークの言葉に一拍遅れて気がついて顔だけを彼に振り向けた。オークが今まで見たこともない優しい笑顔でこちらを見つめている、クゥは今度はオークのその熱い視線に虜になった。オークは潤んだ瞳でクゥを見つめ、けして視線を逸らさず彼女に言葉を重ねた

「ここで俺たちの結婚式を挙げよう」

クゥはオークの言葉に目を丸くし驚きを隠せず言葉を失った。呼吸が止まりそうだ、彼女は次の言葉が紡げずオークの言葉に聞き入ることしかできない。オークはクゥに言葉を続けた

「本当は日を置いてから改めてと思ったんだけど…やっぱり今日伝えることにした。俺の気持ちはこの先ずっと変わることがないから、だから」

言葉を区切ったオークはクゥから静かに一歩距離を取って彼女の前で膝を折った。彼はクゥの手を流水の如く片手ですくい上げて最後にこう想いを伝えた

「君の見えている世界の美しい大地に、逞しい心に根ざすことのできる人間になれたなら俺の伴侶になってもらえませんか」

それは言葉や場所や形は違えどクゥ自らが繰り返しオークに話し聞かせていた、勇者であった父親が幾度も断られても諦めずグリダニアの辺境の地で町娘をしていた母親に求婚をし続けた言葉に他ならなかった。クゥはオークに取られている手とは異なるもう片方の手を震わせながら自身の口元へ運んだ。彼女は本当に自分が呼吸をしているのかわからなくなっていた。オーク、彼はいつも機知に富んでいてあざとく抜け目がない。本当はちょっとだけ寂しがり屋の男の人で時にはひどく頼りなく、告白の時も今もクゥ彼女にねだるように答えを乞い願う可愛い人だ。その彼が自分だけを見つめて答えを待ってる。クゥは一言だけ、本当に一言だけ鼻をすすりながら僅かに微笑みオークの求婚に応えた

「はい、わかりました」

その言葉を皮切りにオークはすぐさま立ち上がりクゥを抱き寄せた。緊張していたのだろう、中央森林の底冷えする気温で更に下がったオークの冷たい体にクゥは目一杯で腕を伸ばして震える彼を抱きしめ返した。クゥはオークの心震わせる求婚で体温が最高潮に達して彼に自身の熱を分け与えた。彼女のぬくもりがオークの体と心に染み渡る頃、ふたりは顔を見合わせて互いの額を擦り合わせ、すぐ来るであろう幸せな未来への思いを噛み締め合うのだった。


「結局オークとクゥクゥふたりの結婚式は大聖堂に決まったのね、ルフナ?」
「…そうみたいだな、錬金術師のマリーさんよ」

マリーと呼ばれた、兎のような耳を生やした長身のグラマラスな女性。彼女はオーク達が所属する冒険者クラン『Become someone(ビカム・サムワン)』の冒険者居住区にあるラベンダー・ベッドの家の工房で、クランお抱えの武器職人ルフナと会話を交わしていた。マリーは話を続けた

「確か十二神大聖堂って冒険者の結婚式を優遇している教会よね?」
「そうだよ、グリダニアの盟主カヌエ様のご意向でな。冒険者の大掛かりな式も新郎新婦だけの式もやってるとこな」
「今更なにふてくされてるのよルフナ。オークとクゥのこと認めたんでしょう」
「そうだけど!…気持ちはすぐに追いつかねぇよ」
「そうねぇ、早く床を共にしたいからって理由だけで先に式を挙げるって言うんだから驚きよね。オーク達らしいと言えばらしいけどね」
「マリー!言い方選べよ!」
「はいはい、個人的な事情だし急なことだからふたりだけで挙げるのね解ったわよ」

壁に背を預けてルフナの話を聞いていた錬金術師マリーは肩をすくめてルフナを慮りながら再び彼に確認した

「ルフナ、貴方のやるせない思いは伝わってるから。ふたりが式を挙げたその足で新婚旅行に行ってるあいだ獣人のオウと私と貴方と、後から合流する魔道士のオクーベル四人で装備の材料取りに行く手筈でいいのよね?」
「そうだよ」
「まあその途方もない気持ちは全て冒険にぶつけなさい、ルフナも冒険者なんだから」
「わかってるよ、マリー」

武器職人ルフナは家の窓から差し込む日差しに目を細め、グリダニアのどこまでも澄んだ青く青く広がる空を切なく見上げ続けるのだった。


オークがクゥに求婚をした数日後、彼らはクゥの故郷である旧ラヴィリティア領、現グリダニア領地の飛び地に降り立っていた。オークは挙式前にクゥの両親の墓に挨拶がしたいと本人に申し出て、現在は『勇者の眠る場所』として観光地にもなっている農村に足を踏み入れていたのだった。オークと肩を並べたクゥクゥはクランリーダーでもある未来の夫に疑問を投げかけた

「挙式前に錬金術師のマリーにヒーラーの回復士役を任せちゃって本当に良かったのかなオーク?」
「マリーは優秀だから大丈夫だよクゥ。元は八人居なきゃいけない七人クランパーティーでヒーラーの君ひとりがメンバー全員カバーしてたのが過重労働だった。回復士の能力も含めて彼女を仲間に迎え入れたんだ、クランお抱えで回復薬を作れる場所を探していたって本人が言ってたじゃないか。きっと上手くやってくれるよ」
「オーク、そうね。有り難くお言葉に甘えよっか」

彼女の明るい言葉にオークは深く頷いて、彼らは微笑み合いクゥの両親が眠る場所へ歩を進めるのだった


「父さん母さん、久しぶり。今日は私の旦那さんになる人を連れてきたよ」
「初めまして、ラヴィリティア国のオーク・リサルベルテといいます」

クゥとオークは彼女の両親の墓石の前で膝を折って結婚の挨拶をした。墓石はクゥが生まれ育った農村の中で一番町外れにあったが、小高い丘の上に位置しグリダニアとラヴィリティアの曖昧な国境を一望できる場所だった。初めてこの場所を訪れたオークは、クゥの目から見てその眺めをとても気に入ったようだった。しばらく膝を折っていたオークは墓石に刻まれているクゥの両親の名に愛しむよう目を細めたがとあることに気がついた。オークがぽつりと言葉をこぼす

「おしいな、クゥのお父さんってラヴィリティアの“彼”と一文字違いなんだな」
「え?」

オークはにこりとクゥに笑いかけながら言葉を続けた

「ライラック・マリアージュ。頭文字が『レ』と発音してレイラックだったならラヴィリティア王家皇帝近衛執務長の名だ、本当に惜しい。英雄と称された彼の名は特別珍しくないけどお父さんのご両親、クゥのおじいさんがつけられたのかな。お母さんも可愛らしい名前だけれどお父さんの名前は姓も名も素晴らしいね」
「オーク、わたし言ってなかったかな。マリアージュはお母さんの姓なの」
「え、じゃあまさか…」

クゥもひどく動揺したが事の発端を言い出したオーク本人もまた驚きを隠せずにいた。ライラック、その男の過去の名はレイラック・バン・ラヴィリティア。通称『ラヴィリティア卿』遠くない過去黎明期が混沌を極めた小国の、ラヴィリティア王家直属の勇者の名前だったー。


(次回に続く)

 

読者登録をすれば更新されたら続きが読める!

フォローしてね!

ぽちっとクリックしてね♪

 

↓他の旅ブログを見る↓

 

 

☆X(※旧ツイッター)

 

☆インスタグラム

 

☆ブログランキングに参加中!↓↓


人気ブログランキング