ラヴィリティアの大地第39話「最後の我儘」 | 『拝啓、夫が捕まりました。』でんどうし奮闘記

『拝啓、夫が捕まりました。』でんどうし奮闘記

鬱で元被害者の妻とつかまった夫の奮闘記。

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壁一面天井まで広がるガラス張りの大きい窓からエオルゼアの朝日が降り注ぐー、その太陽の眼下に広がるのは澄んだ海、水の都リムサ・ロミンサの大海だ。燦々と照り付ける太陽の陽が水面を反射して宿屋『ミズンマスト』の、そのガラス窓がより一層客室の中を輝かせる。宿の部屋の隅に配置されたキャビネットを挟んで置いてあるのは身支度をしてこれから始まる一日の、我が姿を確認し整えることのできるこれまた大きい鏡を取り付けたドレッサーだ。花のモチーフをあしらった青銀に輝く髪飾りをぱちりと髪に留めたこの物語のヒロイン、クゥクゥ・マリアージュはドレッサーの前で自身の体を左右に振った。もう一度だけ髪に挿し入れた髪飾りを鏡に写して自分に気合を入れた

「よし!完璧だぞ私」

鏡に写る自分自身に語りかけるように髪飾りを日光できらきらと輝かせたクゥ。このリリーの髪飾りに見惚れながら送り主の、恋人である青年オーク・リサルベルテとのやり取りをうっとりと思い出していた。クゥクゥは邂逅する

(これを受け取ったときはあの人の恋人になりたいなんて絶対に望めなかった。でも…)

今日はオークと付き合って初めてのデートの日だ。クゥクゥは朝早い仕事の依頼を引き受けねばならなかった兼ね合いで、デート先であるリムサ・ロミンサで直接彼と合流することになっていた。鏡に反転して写る時計に目をやると約束の時間までもうあと僅かだった。いけない、と呟いてから慌てて部屋を後にする。クゥクゥは胸の高鳴りが抑えられずほんの少しの緊張とほんのちょっとの期待を膨らませて宿屋の門を潜ったのだった。


「オーク!お待たせ!」
「お、来たな。朝早くお疲れ様、クゥ」

クゥはリムサ・ロミンサの中心部であるエーテライトプラザで恋人に抱きつきたい衝動に駆られたが如何せん人目があった。逸る気持ちをぐっと堪えて恋人の両手を握ってオークに笑ってみせた

「えへへ」
「髪飾り、付けてきてくれたんだな。ありがとう、やっぱり似合ってるよ。すごく綺麗だ」
「オークはいつも褒め過ぎだよ…」

彼の右手がクゥの挿しているリリーの髪飾りを、触れるか触れないかの位置で爪の一先分外側の輪郭をなぞった。クゥはオークの賛辞の言葉とその仕草に顔を赤らめ彼から視線を反らした。そのクゥの様子にオークは強く口づけをしたい衝動に駆られたが、こんなに愛らしく顔を真っ赤にして伏し目がちになる恋人をこれ以上何人たりとも拝ませてはいけないとかろうじて踏みとどまった。両者並々ならぬ思いを交差させる。オークは逸る思いでクゥの手を取り彼女に語りかけた

「じゃあ行こうか、初めてのデートに」
「うん…!」

互いに微笑み合い待ち合わせのエーテライトプラザのリムサ・ロミンサエーテライトを足早に横切った。メルウィブ提督率いる精鋭部隊『黒渦団』が統治するリムサ・ロミンサの冒険者広場のこの場所は今日も賑やかだ。


「わぁ…!風が気持ちいい」
「リムサ・ロミンサは少し暑いけど風はウルダハより乾いているし今日は海も凪いでる、絶好の日和りだな、クゥ」
「うん!オーク、最高の気分だね」

固く手を結び合いオークとクゥはリムサ・ロミンサのどこからも見える、どこまでも見渡せる青く光り続ける海を眺めながら時折視線を合わせ街を並び歩いた。露店を見つけては買い食いをしたり港から入ってくる異国の品々を手に取って眺めたりして一つまた一つと思い出を重ねデートを思う存分楽しんだ。しばらくしてエーテライトプラザに戻ってくると何やら人だかりが見える。背の高い冒険者達が集まり何かを眺めているふうだった。身長がけして高くないクゥには見えなかったがオークはそれを目に捉えクゥに伝えた。それと同時に軽快な音楽が耳に届いた

「どうやら旅の音楽家たちが演奏をしてるみたいだ。クゥ、見ていくかい?」
「すごい、こんなの初めて。オーク、私もっとちゃんと観たい」
「よし、前の方へ行こう!」

人並みをかき分け冒険者にしては比較的小柄な人間のクゥ達は演奏を続ける音楽隊に近付いて彼らの奏でる曲を楽しんだ。音楽家たちの歌有り踊り有りの圧巻パフォーマンスはオーク達ふたりのデートに彩りを与えるには充分だった

 

 

冒険の途中で行き交う冒険者達が次々足を止めては音楽に合わせ体を揺らし、鳴り止まぬ拍手と歓声は同じ刻は二度と巡ってこない恋人達の思い出のページを、また一つ軽やかに綴ったのだった


楽しい時間はあっという間だった。以前秋桜が咲いた頃からエオルゼアの気候変動の影響で再度開花し狂い咲きをしている桜の木の下でオークとクゥはひっそりと甘い口づけを交わしてから、グリダニアはラベンダー・ベッドの家に帰るため空の航空便『飛空艇』に乗車するランディング搭乗口まで戻ってきていた。ランディングに行くには三階の最上階に出なければならずエレベーターに乗るところでクゥの足が不意に止まった。それに気がついたオークは何か思い詰めているふうの恋人クゥに心配そうに声をかける

「突然どうしたのクゥ、何か忘れ物が?」
「オーク、あのねその…」

尚も口籠るクゥ。彼女の並々ならぬ事態に心配でだんだん顔を曇らせたオークの様子を、クゥは上目遣いで見上げるも視線を彷徨わせ下を向くをくり返しまたオークの顔を見上げ彼に気づかれぬよう喉を小さくこくんと鳴らした。クゥが口を開く、

「私ね、疲れちゃったみたいで…。その、ちょっとだけでいいから休憩したいなあって思って…」

そう言いながらクゥは先程よりオークの背後にある“何か”をそろっと視界に入れたようだった。それは森の都グリダニアや砂の都ウルダハの街とは違って海の都と称されるリムサ・ロミンサランディングの構造上、一階部分には街の外に出る凱旋門方向の通路があり、二階には冒険者が飛空艇から降りたらすぐチェックイン出来るようエレベーターの真隣りに『ミズンマスト』があった。そう、ミズンマストはリムサ・ロミンサ屈指の宿屋だ。オークは背後に位置する宿屋をゆっくりと振り向いて無言になった

「…」

オークが振り向いたときクゥはもう顔が上げられない、自分でも思ったより大胆な行動をとったと自覚している。それでもクゥが常々考えている“本日最後のチャンス”はもう絶対にここでしかない。彼女は後から後から押し寄せる不安に飲まれそうになるもオークの次の言葉をひたすら待った。女の子として生を受け、初めてというぐらいこんなにも体がばくんばくんと音を立てている気がした。その様子を宿屋の更に奥に位置する酒場『溺れた海豚亭』の店主バデロンがふたりを見咎めていることも一切気が付かず、オーク達は沈黙に包まれていた。宿屋を視界に捉えたままオークが先にその沈黙を破った

「…そうだよな。疲れてるならー、」

オークが再度クゥに体の方向を戻して彼女に更に一歩近付く。クゥはオークが口にした言葉に弾かれるように、期待に満ち満ちた表情で顔を上げた瞬間クゥは次の展開に声ならぬ声を上げた

「…!?」

なんとオークが公衆の面前である宿屋ミズンマストの前でクゥをお姫様抱っこで抱き上げたのである。正直ここまでは想定していなかったとクゥはオークの胸の中で身を固くし“何か”がいよいよだと覚悟を決めて彼の首に腕を回しきゅっと巻き付いた。のだが…、

「…え?」

クゥがオークの腕の中で間の抜けた声を上げるより先に、オークは宿屋ミズンマストから三階の飛空艇ランディング専用エレベーターへと体の向きを変え歩き始めたのだった。クゥは事の次第の流れが自分の考えている方向と全く違う方向へ流れている事に瞬時に気が付き、顔をかっと赤らめてオークに小さく意義を唱えた

「ちょっと待ってオーク!私…」
「大人しくしていて。疲れてるんだから俺の腕の中で休んでていいよ」

三階へのエレベーターが自分たちのところに来るまでクゥは自分で歩けるから下ろしてと、オークに懇願するも頑なに抱き上げ続けられた。オークにどこまでも甘く優しく諭されながらそんな彼に成す術なく、人目も合ってクゥは振り絞った勇気をだんだん萎ませていった。静かになったクゥを抱きかかえたままオークは何事もなかったのようにやっと到着したエレベーターへと乗り込むのだった。


三階の飛空艇ランディングに到着するとクゥを抱きかかえたオークを心配して職員が声をかけてくる。オークがクゥの状態をよしなに伝え取り計らいそのまま乗船した。クゥを先に飛空艇内の長い座席中央あたりに座らせて、彼女より奥の座席にオークは着席する。オークは同時にクゥの右手を左手ですくい取り、繋いだ手を昼間とは異なって恋人繋ぎにしたのだった。クゥはオークのどこまでも自分を慮り清く正しく愛してくれる全ての優しさが詰まったその仕草に、彼の全てを察して自分の眉間を弱々しく寄せ瞳を潤ませた。そしてクゥが先にオークの名を呼んだ

「オーク、わたし我儘言ってごめんなさい…」

オークはゆっくりと動き出した飛空艇からリムサ・ロミンサの星空を見上げその言葉から不自然に顔を反らし本当に何事もなかったかのように彼女に最後にこう答えた

「…俺は我儘なんて何も言われてないよ」

ーこうして、クゥは何もなかった事にしてくれたオークの紳士的な振る舞いに女としての高潔な面子と何よりも代えがたい大切な体を丸ごと守って貰う。リムサ・ロミンサの海よりも懐が深くそれでいてしたたかな恋人の彼に、クゥは心底感謝して人生最初で最高のデートを夜を締め括って貰ったのだった。一方オークは愛しい彼女の先の情熱的なおねだりで熱くなった耳と首筋を乾かすように顔を高く上げながら心の中で悩ましくひとり呟く、

(本当はもっと自分を困らせてくれたって構わない。だけどあともう少しだけ、ほんの少しだけ待っていてくれ)

オークの届きそうで届かないクゥへのただならぬ想いは飛空艇の影と共に、リムサ・ロミンサの大海と夜空に月の橋を架ける姿を映した濃紺のビロード・カーテンに切なく溶けていったー。

(次回に続く)

 

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