ちょっといい和 Take.23 < 東海道編4 > | 日々… 、アート・ライフ

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自分の好きな音楽や、心をユサブラれたアーティスティックなモノ (※音楽以外) を、ツラツラと… 書きつづってみたいと思っています。

こんにつわ~ニコ

今回は、東海道五十三次の大津宿周辺を散策します。

五十三次を旅するというコンセプトで大津を訪問するのは初めてなので、軽~い気持ちでブラブラしてきました!
にやり
 
 
ブログの記事を書く前に、撮った写真を整理してみると、結構な量になりましたので、2回に分けて大津宿編をお送りします。
 
 
まずは、1回目の移動ルートをザックリと説明すると
 
 
JR大津 右矢印 大津事件記念碑 右矢印 札の辻
右矢印蝉丸神社(下社) 右矢印 逢坂の関跡 右矢印
右矢印 逢坂(おうさか)峠 右矢印 京阪大谷駅
 
…というルートです。
 
 
では、JR大津駅へワ~プッ!ランニング
 
 
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ハイ、ココは京都から2つ目の大津です。
北改札口から駅を出ると
 
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 大きな通りがドーンと、琵琶湖に向かって通っています。
今回はもう少し西側にある通りを歩きました。あし
 
 
まず最初に向かったスポットが、露国皇太子遭難の地碑。
1891年に滋賀県警察官がロシア帝国皇太子を斬りつけた暗殺未遂事件(大津事件)があったそうです。ダウン
 
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ひっそりとたたずんでいて、探すのに手間取りました。
周辺は改築などで、昔の雰囲気を感じさせる建物は少なくなっていました。
 
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さらに西に足を向けますと、大きな通りと交わります。
 
そこを「札(ふだ)の辻」と言うそうで、
交差する所から南に進むと東海道、通りを渡ってまっすぐ進むと北国街道、との事。
 
 
そもそも「札の辻の《札》って何?」と思い調べると…
 
幕府や領主が決めた決まり事などを、木の板札に書いて人の目につく高い所に掲げておく場所を高札場(こうさつば)といい、それがあった場所に由来するそうです。
 
 
札の辻を、東海道に沿って少し南に行くとこれまたひっそりと、「大津宿本陣跡」の案内板と、明治天皇聖蹟碑が
 
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この案内板のおかげで、初めて「本陣」という言葉の意味が分かりました
(宿場の中の、大名などの宿泊施設を指す)
 
残念ながら、周辺を見渡しても当時の面影はありません。
案内板の右下に、歌川広重がこの辺りを描いた絵が紹介されています。
木曽街道六拾九次 大津 - 広重画
(木曾街道六拾九次 大津 <原本と色が違います>)


その絵を現在の場所と照らし合わせてみると、おそらく…
 
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 こんな感じかな?
写真の右側中央付近が湖で、浜大津行きの電車が信号待ちしてます。
 
 
先日、三条大橋から大津へ歩いた時(Take.22) の道を、一部引き返して数分歩き、到着したのが
 
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関蝉丸(せき・せみまる)神社の下社。神社のど真ん前を電車の線路が走ってますアセアセ
 
 
神社の名前にある蝉丸という方は、醍醐天皇の4番目の子として生まれたものの、生まれながらの盲目のため幼くして逢坂山に捨てられる。平安時代の伝説的歌人という話や、(楽器の)びわの名手、実在した人物と思われるが生没年不詳、など諸説あり。
 
 
下社と、さらに南に進んだ所にある
 
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上社を順にめぐりお参りをしてきました。
 
そして、道路はしだいに傾斜が出てきて
 
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 逢坂峠に差し掛かります。
 
道路の壁面をよ~く見るとダウン
 
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絵と説明板が。ナニナニ…うーん
 
東海道で米や物資を運ぶ時に、ここ逢坂峠は特に難所と言われていました。
そこで江戸時代のある学者が1万両を費やし、花崗(かこう)岩にわだちを刻んだ物を荷車運搬用に並べ、通行がしやすくなった。
これを車石という
(車石の説明板より引用)
 
…なるほど。今は牛は通らないけど、物資を積んだトラックや乗用車、人が行き来している点は変わらないワケですね。ニコ
 
 
峠もくだりに差し掛かった辺りに
 
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逢坂の関趾碑と常夜燈。
 
また、逢坂の関記念公園(2009年完成)が隣接していて、親切に
 
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ガイドブックを開かなくても、情報収集が出来ます!ほっこり
 
欲を言えば、右下の草が育ちすぎて看板の肝心な所が見づらくなってますんで、関係者の方、草刈りをお願いしますぐすん
手で払いのけようにも、クモの糸が葉に付いていて、触る気力が
 
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コチラは、関所っぽいですね。にやり
 
そして、国道1号線から別れた一般道を京に向かって歩いていると
 
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アップこんな看板が。絵はまさしく歌川広重の五十三次『大津(走井茶店)』。ガーン
右下には、近くのうなぎ料理屋かねよの名が。
単なる宣伝なのか、なにか深い意味があるのか?
謎は深まるばかり…アセアセ
 
まぁ、また行くと思うんで、次回の課題にしておこう・・お茶
 
 
少し先に行くと
 
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「走井餅本家」の文字が。
しかしこの時、別の事が頭の中を占領していて、走井餅を探すのを忘れていました。
 
なので、この件も次回に持ち越し。
ネットで調べると、大津駅名店街で売ってます、と。
あと通販もあるそうですが、出来れば初回は現地で購入したい・・なぁ、とぐすん
 
 
それ以前に、食べた時に歯の詰め物が取れたりしないか?アセアセと、そういう心配もしてしまう、今日この頃。えー?
 
 
と悩んでいるうちに
 
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京阪・大谷駅に到着。
 
大津宿周辺散策の前半は、ココで終了します。
続きは、この大谷駅から再開しますニコ
 
 
 
ここまで読んでいただき、
ありがとうございます