雑記 | フランス語発音上達ブログ!

フランス語発音上達ブログ!

TOEIC980。早稲田英文→早稲田仏文修士→上智外国語学部修士→上智博士課程在学中の井上がフランス語の発音を上達させるための方法について話します。

そう言えば、昨日の日記でいきなり何の説明もなく書いてましたけど、偶発的な学習ってのは何かを学ぼうとして学ぶのではなく、たまたま偶然なにかを身につけることです。よく無意識での学習って言われるのに近いんですが、無意識で何かを身につけるっていうと、それを学ぼうとする意識がないと言う意味での無意識なのか、それを身につけるときに意識せず学んでるのかはっきりしないので、学ぼうとする意思はないけど何かをしているうちにたまたま「気づき」が起きて学んだと言うときは、偶発的な学習という言葉を使います。



で、その反対が、何かを学ぼうと思って学ぶ”意図的な学習”です。ここでいう意図的って言うのはあくまで、学ぼうと思う意思があるって意味で、別に学ぶこと自体を意識するって言う意味ではありません。何となれば、この区別では、学ぶことに気づきが必要だというのは両者に共通しているので。



で、そう言う視点に立って考えてみると、結局明治以来日本って言うのは恐らく偶発的な学習を近代以前のものとして切り捨ててきた結果、本来は近代で導入したはずの意図的な学習が日本の古典的な学習として見られるようになってしまい、その結果偶発的な学習をするプロセスが失われてしまったんじゃないかというのが最近言ってきたことです。



で、これで恐ろしいのは、意図的な学習が進み偶発的な学習が失われてしまった結果、本来は偶発的な学習をしていた世代の人まであたかも意図的な学習をしていたかのようにみられることです。例えばですね、下の「海外経験ゼロ、それでもTOEIC900点」という本には夏目漱石のことが書いてあるんですけど、この作者の人は夏目漱石を国産英語学習者の代表だと捉えていて、音読のような方法論で英語を身につけたって書いてるんですよね。でも、こことか見ればわかるように、夏目漱石は高校レベルで英語を勉強するときは、英語で全ての授業をする塾に行ってそこで習ってるから、音読もしてない訳じゃないでしょうけど、どっちかっていうとこの本で敵視されてる帰国子女的な勉強をしてるはずなんですよね。でも、この人はそういう事情を無視して、日本にいたからと言う理由で自分と同じような勉強法をしているだろうと言う風に決めてかかっています。



まあ、といってもそれはこの人だけじゃなくて、例えばフランス語の方なんかでも、中江兆民とかの例を挙げて、そんな浮ついた会話だけ勉強するんじゃなくて、きちんとした文章を読むことから始めろみたいなことを言っている人を読んだことありますが、でも鹿島茂さんがドーダの近代史で書いてるとおり、中江兆民はもともとネイティブに会話を習うとこから始めてるんですよね。まあ、でも、そりゃそうです。当時フランス語を習うための方法論なんて確立されてないんだから、外国人に習うしかありませんし。



だから、そう言う意味では、僕らが思っている昔の人の行動と、実際に彼らが取った行動にはかなり差がある可能性があると思うんですけど、でも僕らの頭が凝り固まりすぎてて、それに気づかない可能性があるんですよね。考えると、恐ろしい話です。うむ。











海外経験ゼロ。それでもTOEIC900点―新TOEICテスト対応著者:宮下 裕介
販売元:扶桑社
Amazon.co.jpで詳細を確認する











ドーダの近代史著者:鹿島 茂
販売元:朝日新聞社
Amazon.co.jpで詳細を確認する