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2012年05月22日(火) 20時15分44秒

孤立死の現場から

テーマ:日々の活動

自殺願望のある方、ひとりで孤立死の恐れがある方々の見回りをもう5年ほど続けている。


一人につき一回約1時間。私が関わっているのは、地元・新宿の方々30人。


それを月に三回こなす。全て無償の行為だ。


それらの活動が珍しいのか?メディアからの取材が絶えない。今日も雨の中、テレビ局の方がお見えになる。


私が見回りをしている人で、自殺や孤立死した人はまだいない。


しかし、見回りをしている人の隣の人が孤立死していたり、関係しているNPOや民生委員、葬儀社経由で孤立死の現場には数多く立ち会う。


写真は孤立死が起こった部屋の様子↓


中下大樹のブログ


中高年の男性がこの部屋で倒れていた。六畳一間の部屋。トイレも共同で、風呂は当然なし。


散乱したゴミからは、強烈な匂いが漂っていた。


部屋の外側↓(手前左側の部屋で孤立死は起こった)


中下大樹のブログ





孤立死の現場の様子は、著書「悲しむ力」でも書いた。


孤立死が悪いとは思わない。それも一つの生き方だと思うから。


大勢の家族に看取られても、精神的には孤立している人も、病院勤務時代、大勢見てきた。



核家族化し、少子高齢化が世界一のスピードで進む日本。


東京都の人口は約1200万人だが、世帯数の人数は2012年1月1日現在1,99


私が住む新宿は1,65


地方と都会は若干の違いはあっても、都会ではもはや「単身世帯」はマジョリティ。


「おひとりさま」が老若男女増えていることは、間違いない。


故に、孤立死の問題は「起こるべくして起こった」と言える。




今まで、人が死んで、それが場合によっては何ヶ月も放置され、ウジやハエが湧き、腐乱するような遺体を数多く見てきた。


それらの遺体を火葬し、引き取り手のいない遺骨を預かって、供養してきた。


孤立死の現場に年間、数十件立ち会う者としてこれだけは言いたい。



「孤立死」が多発するような社会は、果たして豊かな社会なのか?いつも自問自答している。



人間の最期と呼べるには、あまりにも壮絶な現場も数多く見てきた。


孤立死の問題は、もはや日本社会の縮図であり、人権問題でもある。


そして誰にでも起こりうる問題でもある。


そのことをどれだけの人が自覚しているのだろうか・・・・?









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