これまでのお話。
オールオンフォーにであったきっかけとその後についてがかかれています。
木村洋子の母がリスボンでICUに運び込まれ、日本から急遽木村洋子が駆けつけ
途方にくれています。オールオンフォーの技術的なことについてはこちら
つづき

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病院への道すがらの民家。古いタイルが貼られていました。

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そういえば、その前日はじめてこのリスボンのCUF病院のICUに連れて
こられたとき、見たのは泣きはらして携帯に向かって長い間話している
金髪の30代の美しい女性でした。その女性は携に向かって時々は
大声で途方にくれたように熊のようにうろうろと歩き回りながら
電話をしていました。

おそらく、家族が事故かなにかで運び込まれたのではないでしょうか。
私は、この中で起こっていることが現実であると知りながら、まだ
受け入れられないでいるのでした。映画のワンシーンに放り込まれた
ような感じでした。


2日目の夜は、ホテルに帰り、またアシスタント会社に電話。病名が
わかったらしく「溶血性貧血」とのこと。原因はわからず。母の保険は
1500万円しかカバーがないこと。ジェット機を飛ばすのには
3000万円かかること。早く決定してほしいと何度も何度も催促され
ました。

決めなければならないことが多すぎました。ただ、わかっているのは
母の容態はまだ改善していないし、動かせないと言うこと。ジェット機に
乗せて耐えられるような状態ではないこと。

私の友人が話した話を思い出しました。お母さんが海外で病気になり、
飛行機に乗せて帰って来たところ、日本にはいる前に飛行機の中で亡
くなってしまったと言うこと。

私は、明日、医師に時間を取ってもらい母の容態と、帰国について
相談したいので、アシスタント会社からもお願いしてくれるように
依頼しました。私も直接頼もうと思いました。

翌日、病院の事務に行き、医師との面談について訪ねたところ、その
連絡はアシスタント会社からは聞いていないとのこと。しかし、こち
らで手配できるのでと、予約を取ってくれました。

だんだん、アシスタント会社に頼れないという気持ちになってきました。
また、一人で食事を作り、いろいろなことを手配することも難しいと
思い、いろいろと検討した末、二人の弟を呼ぶことにしました。

この地で命を落としてしまうかもしれないことを考えると、弟も死に目に
会えないのは無念かと考え、急遽アシスタント会社に電話し、弟に連絡
して、すぐ来るように言いました。


弟に来るときには、簡単な炊飯器、米、即席味噌汁、その他和食で母が
元気がでるような食べ物をもってくるようにと言いました。さらに、
PCとノート、鉛筆、ペンなどを頼みました。

つづく