最近特に議論が激しい中国の食品安全問題、特に国内での議論が高まってきています。その勢いは一時の「日本産農産品に放射線が」という話題をすっかり飲み込んでしまった感じです。最近では蒙牛(中国の乳製品大手)CEOが香港で「香港に出している製品は間違いない、大陸より安心だ」と2008年に発言(動画はこちら:日本からも見れるかな?)したという内容が微博(中国版ミニブログ)で出回り、国内で波紋を呼んでします(新華社の蒙牛釈明も含めた記事はこちら)。「中国人を貶めるのか!ダブルスタンダードか!」との怒声。(香港との基準の差に関しては、これも中国語ですがこちらの以前の南方週末の記事も面白いです。)

 では、その中国の食品安全基準は現在国際的な比較も含めどういった位置にあるのでしょうか?やはりゆるゆるなのでしょうか?課題はどこに?南方週末5月5日号の記事をご紹介しましょう。(以下、記事抄訳)

「国際基準」との差
 中国の食品安全基準と国際基準が大きく違っていることが、国民の疑義を巻き起こしている。南方週末の取材によると、中国の食品安全基準は少ないだけでなく基準も非常に低いので、多くの貿易上の摩擦を呼んでいる。現在世界基準としてはコーデックス委員会(訳注:詳しくはリンク参照。1963年にFAO及びWHOにより設置された国際的な政府間機関であり、国際食品規格の策定等を実施)が公表しており、食品で8000種類余り、残留農薬に関して3274種類、1005種の食品添加物に関して基準を設定している。しかし、中国国内での実施はまだ始まったばかりの段階だ。

北京で考えたこと-youjiniunai
【消費者の意識が高まる中、食品の広告に「有機」などのキャッチフレーズは欠かせない。】

 例えば2006年制定の冷凍肉国家基準では、唯一オキシテトラサイクリンだけがコーデックス委員会基準と一致していた。ジエチルスチルベストロール(中文:「己烯雌酚」、環境ホルモンの一種)に関してはEUの残留基準が0.001ミリグラム/キロに対して国内基準は0.25ミリグラム/キロ、250倍の差がある。中国科学院研究者によると、中国の農産品質基準の中で62種類の化学物質が言及されているのに対し、FAOでは2522種、アメリカは4千種、日本は数万種にまで上っている。「緑色食品にはAA級とA級があり、AA級がより厳格なものであるが、A級は多くの途上国における基準を満たしている、いわば「失業労働者が食って倒れやしない」レベルだ」と同研究者は言う。(訳注:これには緑色食品担当者が激怒しそう…、A級でも減化学肥料、減農薬農産物という位置付けです。それより緩い基準に「無公害農産品」というのがあり、それの方がまだこのレベルに近いかも…)

乱立する基準、改訂されない基準
 もう一つの問題は基準同士の争い。中国には大きく分けて国家基準、業界基準、地方基準、企業基準の4種類があり、それぞれが違う主管部門で管理されている。例えば果物野菜などに関しての業界基準では農業、林業、商業検査、商業、軽工業、供鎖の6部門が絡んでくる。「中国には以前は全く食品安全基準はなかった。昨年から基準の整理が始まってきている。いわゆる安全基準は「衛生基準」という程度のもので、食品がきれいであることを目指す程度の科学的でないものだ」と唐書沢教授は語る。1980年代末から公布し始めた各種の衛生基準、業界基準は主に感覚指数、及び浄化指標であった。最近5年間、2006年の農産品質量法、2009年食品安全法により整備が進んできた。

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【写真:「特供」と書かれた段ボール箱。「特供」に関してはKINBRICKS NOWの「中国で一番安全でおいしい野菜!極秘の共産党幹部専用農場は実在した―中国コラム」でも紹介されています。このように自己防衛できる人は良いですが、一般庶民は?(写真は新疆ウイグル自治区北京事務所の果物売場より)】

 現在、既に制定から10年が過ぎている基準は全体の1/4、中には20年間全く改訂されていないものもある。「標準化法実施条例」第20条では基本的には5年間に1度見直すべきとされているのに。中国での基準策定は農業部、衛生部、国家質検総局など多くの部門にまたがり調整に時間がかかっている。例えば家畜へのワクチンは既に140種余りの残留量基準が決まっているが、その検査方法が公表されているのは50あまりに過ぎない。

安全基準と企業・国家利益
 「基準に関する争いは正に利益の争いである」と業界関係者は言う。基準を高くすれば淘汰される企業が多く出てくるからだ。2006年末に農業部など9部門が合同で発表した国家基準改訂計画では国際基準に合わせている率が23%から55%にまで上がったが、まだ国内外の差は存在する。衛生部も2011年4月に乳製品なども含めた新しい基準を公表している。

 かといって、今すぐに基準をコーデックス委員会、EU或いは日本のレベルに引き上げるのに賛成する専門家はいない。「日本の基準がベストというわけではない。彼らだって自国の利益を考えて設定している。中国のうなぎにどんな薬を使っているかわかって検査項目を決めているから、必ず我々のうなぎは検査で引っかかる」と農業部漁業産品質量監督検験測試センターの呉成業主任は言う。逆の場合もある。例えばエビアンのミネラルウォーター、プリングルスのポテトチップスなど国際的に有名なメーカーの食品が中国の検査に通らなかったこともあった。一部基準は中国の方が厳しいこともあるのだ。(以上抄訳)

【考えたこと】
 東日本大地震、福島原発の問題から、日本でも食品の安全基準とは何かというものが議論されていますが、その制定過程が意外と複雑で容易でないことは、皆さん実感されているところではないでしょうか。消費者の安全が第一なのは当然ながら、「安全」とは何か、どこまでいけば安全かという、簡単なようで難しい問題、生産者の意見・立場、そして国際的に見れば輸出国、輸入国それぞれの思惑、などが入り混じって基準が制定されている、中国でもそれは同じのよう。少し乱暴な記述・発言の引用もある気はしますが、南方週末らしいタイムリーかつ深めの記事です。

 中国では基準自身の設定が量的にもまだまだ十分でいないこと、また上記香港と大陸のような「一国両制」なんていうものまで絡んでくると、問題はどんどん政治性を増していきます。それに、広い中国では常に問題となる「じゃあ、その基準ちゃんと守っているの?」という実効性の問題は常に離れないのですが、それはそれで非常に大きいテーマなので、今回はそこはとりあえず置いておきます。

 日本では食品安全委員会に、有識者、各省庁から人を出して智恵を出し合い、国内の食品安全基準を作っていますが、その仕組みは中国でも応用できるのではないかと思います。多くの関係省庁の調整が、恐らく日本よりももっと大変そうな中国、その意味では2010年に設立された国務院食品安全委員会がそういった調整機能を果たしていけるのでしょうか?(中国の同委員会に関しては以前のブログ記事食の安全論議、再び加熱?をご覧下さい。)

 科学、政治、経済、ブランド、風評、ここから見えるのは安全基準という一見して科学的に決まりそうなものが、如何に人間の生々しい営みの中で決められていくかということです。