Sun 120325 冬のナスル宮殿の静謐 抽象装飾に圧倒される(サンティアゴ巡礼予行記20) | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Sun 120325 冬のナスル宮殿の静謐 抽象装飾に圧倒される(サンティアゴ巡礼予行記20)

 12月20日、へネラリーフェを出たのが12時半頃である。ナスル朝宮殿に入場するチケットは13:00。チケットに記載された時刻から30分以内に入場すればOKというルールだが、13:30を過ぎればチケットは無効になってしまう。
 諸君、このあたりのルールはきわめて厳格である。無効になっちゃったら、意地でも無効。何故なら、無効だから。無効だから、無効だから、無効だから、無効。「どうして無効なんですか?」と聞かれたって、意地でも無効だから、無効なので、無効。だって、無効だから。そういうことである。
アラヤネスの中庭
(アルハンブラ宮殿、アラヤネスの中庭)

 こんなふうに、「無効」という文字でモザイク模様を作ったみたいに、意地でも無効なのだ。イタリアやスペインの人々について「底抜けに明るい」とか「愛と太陽と情熱」とか、日本人はおかしな枕詞をつけて論じるから、たくさんの誤解が生じる。
「情熱的に説得すれば、なんとかなるんじゃないか」
「日本人が旅先で困り果てていれば、暖かい救いの手が差し伸べられるんじゃないか」
「ナアナアが通じるんじゃないか」
イタリアでもスペインでも、その種の身勝手な期待は悉く拒絶される。「無効ですから、無効です」「ダメなんだからダメです」という硬い表情を突き崩すのは、よほど美しい女子がニコッと可愛く首を傾げ見せでもしない限り、まあ不可能と思った方がいい。
アラヤネス反対側
(アラヤネスの中庭、反対側から)

 イタリア・ボローニャでのこと、今井君がリュックを背負って大聖堂に入ろうとすると、ヒゲを生やしたコワそうな係員が、両腕を大きく広げて制止した。「リュックを持ったヒトの入場は許されません」と言うのである。
 トンチでおなじみ一休サンだったら「持ってません。背負ってるんです」と言ってサッサと入ってしまいそうだが、イタリアではそんなトンチは通じない。「ハシをわたっちゃダメなら、真ん中をわたります」とか、その程度のトンチを面白いと喝采してもらえるのは、中世の日本ぐらいのものである。
 「えーっ。だって困るじゃないか。ホテルに帰ってリュックを置いて、それからまたここまで戻ってこなきゃダメなの?」である。ボローニャ大聖堂とホテルの距離は徒歩20分。往復で40分。リュック1つのためにそんな苦労をさせられる。いやはや、係員は難しい顔で「私には、どうすることも、出来ません」と、五七五で肩をすくめた。
装飾に圧倒される1
(アルハンブラ宮殿、抽象装飾に圧倒される 1)

 困り果てていると、今井君の後ろから来たイタリア人中年夫婦にも同じことを言っている。奥方はポーチだからOK。しかしダンナはリュックだからNG。ダンナは苦笑しているだけだったが、奥方はカンカンに怒りだした。「どういうこと? ダンナをここに置いて、アタシだけドゥオモに入れということ?」と、キツい語調で詰問する。
 今井君からみても、奥方の怒りはよく分かる。「ダンナはリュックだからダメ」「ダメだから、ダメ」。で、最後に「私には、どうすることも、出来ません」と五七五のキメ台詞が来る。クマ蔵はちょっと安心してホッとする気分だった。「日本人だから意地悪されている」というワケではなかったのである。
 以上はイタリアでの話だが、スペインでもポルトガルでもギリシャでも、状況はほぼ同じ。「情熱と太陽と熱い人情の南ヨーロッパ」みたいな、甘いナアナアが通じることはない。ダメだからダメ。無効だから無効。入れないから入れない。「議論の余地なし」「門前払い」の冷酷さは、むしろイングランドやドイツ以上のものがある。
装飾に圧倒される2
(アルハンブラ宮殿、抽象装飾に圧倒される 2)

 考えてみれば、逆に「議論の余地あり」「話し合いで解決」「柔軟に総合的対応」などというのは、たいへんメンドクサイのだ。メンドクサイことがキライなら、どんなに熱い血と人情の国民性でも、柔軟な対応なんかこなせるものではない。
 まず、相手の事情を詳しく尋ね、なぜリュックで来ちゃったか、なぜ指定された時間に来られなかったかを理解する。次に、「どういう対応策があるか」「情状酌量の余地があるか」を考える。
 解決策を思いついたら、上司や関係各署に連絡をとり、渋る上司のOKを待つ。やっとOKが出たら、「OKだけれども条件がある」と顧客を説得し、顧客が頷くのを待つ。それでやっと「柔軟な対応」の名に値するのだ。
装飾1
(アルハンブラ宮殿、抽象装飾に圧倒される 3)

 だからクマ蔵みたいな旅のベテラン♨は、「南欧だからこそ時間厳守」「底抜けに明るい情熱の国だからこそルール厳守」を心がける。
 ついでに、万が一時間やルールが守れなくて拒絶されたときは、潔くサッサと諦めるのが得策。日本国内でみたいに「粘り強く交渉」「何とか解決策を模索」などが通じるとは期待しない。拒絶の雰囲気を感じたら、トットと背中を向けて帰るほうがいい。
装飾2
(アルハンブラ宮殿、抽象装飾に圧倒される 4)

 13時、ナスル宮殿の入り口前に集まったヒトビトは20名ほどである。夏の観光シーズンならこれを2倍にした上にゼロが1個増えて、30分ごとに300人も400人ものヒトが入場し、宮殿内は押し合いへし合いになる。
 それでも前売りチケットは完売、当日券は朝8時に売り切れるというのだから、冬のシーズンオフに訪れたクマ蔵がどれほど恵まれているかが分かる。第一、この宮殿は静寂と静謐の中でこそ真価を理解できるのであって、佃煮にしたいほど大量の観光客でごった返していたんじゃ、花見の頃の上野や浅草と択ぶところがない。
拡大図1
(拡大図 1)

 「春とか秋はどうですか?」であるが、諸君、ヨーロッパの有名観光地の春と秋は、修学旅行の高校生&遠足の小中学生集団に占拠されていることを覚悟した方がいい。美術館とか史跡とか、狭い建物の中で彼ら彼女らと遭遇した場合、それは想像を絶する戦いになる。
 小中学生集団に対しては、欧米のオトナたちは日本のオトナに比較して、遥かに甘い対応をとる。「叱る」という行動を見かけることは少ない。たとえ叱っても、「静粛を促す」とか、「そんなに騒いで、いいのかな?」と笑顔で呟いてみるとか、その程度である。
拡大図2
(拡大図 2)

 図に乗った子供たちは、走り回ったり、列なんか無視して割り込んだり、展示品の前を集団で占拠したり、ニックキ東洋グマをつついては「チーノ!! チーノ!!」と囃し立てたり、要するにしたい放題という状況になる。
 日本人と中国人の区別がつくのはオトナたちだけで、コドモたちは今井君を中国のヒトだと判断するようだ。オトナは一瞬で「コンニチハ!!」と声をかけてくるが、コドモは例外なしに「ニイハオ!!」でくる。まあそれも悪くないが、「チーノ!! チーノ!!」と指差して笑い興じるというのは、もう少し厳しく指導すべきなんじゃないか。
 その点、今日のアルハンブラは素晴らしかった。20名ほどが整然と列を作って、話し声はおろか足音も忍ばせつつ、ナスル朝宮殿の冷え冷えとした空間に入っていく。もちろんみんな個人だから、団体行動を求められることは一切ないが、見事に統制がとれた集団みたいに静かに進んでいく。
鍾乳装飾
(鍾乳装飾。これについては明日詳述する)

 イスラム装飾は具体性を一切排した抽象的モザイクの連続。これほど徹底した抽象性の連続と、恐るべき執念の継続には、静謐こそが相応しい。今日の記事冒頭で今井君はあえて「無効だから、無効だから、無効だから、無効」と「無効」の文字を連続させ、言葉の連続による抽象的装飾の話題を暗示しておいた。
ライオン
(アルハンブラ、ライオンの中庭で)

 ナスル朝宮殿の装飾とは、同じ1つの文字なりセンテンスなりを、左手にノミを、右手に槌を握った装飾職人が、石の壁に向かって数十万回彫りつづけたものである。その執念の激しさが分かる。
 宮殿着工が1230年ごろ、完成が1330年ごろ。つまり承久の乱で鎌倉幕府が安定した時期から、元寇をへて鎌倉幕府が崩壊するまでに該当する。気が遠くなるほどの長い時間、硬い石を相手に、ノミと槌で同じパターンとセンテンスを彫り続けることに一生を捧げた職人たちが、多数存在したのである。
 着工が祖父の時代。完成はそのマゴたちがもうこの世を去ろうとする時代。イベリア半島に隆盛を極めたイスラム帝国は衰え、まだ姿は見えないが、北からも南からもキリスト教勢力がグラナダを取り囲んで、ジワジワとその間合いを詰めてくる。
 息詰まるような圧迫感が100年続き、その静寂と静謐の中で、職人たちはひたすらノミをふるってこの装飾を1つ1つ彫り上げていったのだ。冷え冷えとした冬の宮殿でなければ、700年前の職人たちの表情と濃密な息づかいを、身近に感じ取ることは出来ないと今井君は思うのである。

1E(Cd) Pešek & Czech:SCRIABIN/LE POÈME DE L’EXTASE + PIANO CONCERTO
2E(Cd) Ashkenazy(p) Maazel & London:SCRIABIN/PROMETHEUS + PIANO CONCERTO
3E(Cd) Ashkenazy(p) Müller & Berlin:SCRIABIN SYMPHONIES 1/3
4E(Cd) Ashkenazy(p) Müller & Berlin:SCRIABIN SYMPHONIES 2/3
5E(Cd) Ashkenazy(p) Müller & Berlin:SCRIABIN SYMPHONIES 3/3
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