『あやつり王妃の花嫁道』を試し読み♪ | 一迅社アイリス編集部

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こんにちは☆ 本日も引き続き、6月刊の試し読みを公開しますWハート

第2弾は…
『あやつり王妃の花嫁道 偽装生活は貴人のたしなみ』

著:雨川 恵 絵:キリシマソウ
ジャンル:ファンタジー

★STORY★
旅芸人のニールは、一座に売られ、大公女の身代わりとして、大国アーセルンに嫁ぐことに! バレたら即処刑の大ピンチに、必死に演技をするけれど、婚約者の国王・ライオールにさっそく押し倒されて……!? 

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「そこで、何をしている」

 不意に、廊下に鋭い声が響き渡る。去っていった男とは逆、背後からだ。予期せぬ新手の出現に、ニールは息を呑み、弾かれたように振り返る。
 真っ先に見えたのは、眩しい光だ。暗闇に慣れた目を焼くような炎は、しかし何度か瞬きすれば、ぼんやりとした角灯の明かりに過ぎなかった。角灯を持っているのは男――片手を油断なく剣にかけた青年は、ニールに気付くと、驚いたように目を見開く。
 しかし驚いたというなら、ニールの方がずっとそうだ。呆気に取られて、ニールはまじまじと相手を見上げる。灯に照らされる金の髪、暗がりで、記憶にあるよりは暗く見える藍色の瞳。会ったのは一度だけだが、それでも彼を忘れられるわけがない。

「……国王、陛下?」
「フィルネリア姫。あなたは――一体、何をしていたんだ」

 呼びかけは質問ではない。鋭く詰る声の響きに、ニールは思わず退きかけたが、しかしそれは叶わなかった。青年はあっという間に彼に近付くと、いきなり腕をきつく掴んだのだ。

「! な、何……!」
「今、誰かと話していただろう。こんな夜中に、暗がりで、こそこそしなければならない理由は?」
「こ、こそこそなんてしてない……」
「相手は誰だ? リュセニアの人間が、城に入り込んでいるのか」
「知らね……し、知らない、です。わたしは、何も……」

 掴まれたところが痛い。その上、逃がすまいとするように壁に押し付けられて、ニールは再び、骨の髄から震えが湧き上がってくるの感じた。前に相対したときは、すらりとした体格の若い国王に圧倒されるような感じはしなかったが、こうして押さえ込まれる形になると、頭一つ分の身長差は大きい。力では敵わない。
 震えるニールの頭上から、藍色の瞳が見下ろしてくる。射抜くようなその視線の強さに、ニールは無意識に寝間着の前をきつく合わせた。絶対に知られてはいけない。絶対に、彼にだけは――。

「……今、何を隠したんだ?」
「! 隠してなんか!」

 慌てて声を上げても、もう遅い。青年の瞳がきらりと光ったかと思うと、寝間着の襟首をぐいと引っ掴まれる。たまらず悲鳴を上げると、一瞬、ためらうような間があったが、しかしそれも逃げ出せるような隙ではなかった。国王は再びニールの腕を掴むと、強引に引きずる。

「一緒に来てもらおうか。ここでは都合が悪いだろう……お互いに」
「や、嫌だ、放せっ……放して、ください! 何で、こんな……っ」

 懸命にもがいてみるが、腕を掴む手が外れる気配はない。ニールの抵抗などものともせず、青年は廊下を進んでいった。やがて辿り着いたのは、ニールにも見覚えのある扉だ。大公女にあてがわれた客室の扉。

「…………! 陛下!」

 いつの間にか、控えの番についていた侍女が、突然外から入ってきた二人の姿に驚いて立ち上がる。慌てて膝を折る侍女の困惑には答えず、青年は短く告げるだけだ。

「下がっていい。大公女殿下に重要な話がある」

 侍女の目が、一瞬、引きずられているニールのそれと合った。どう見ても、穏やかな『話』とは思えなかったからに違いない。しかし一介の侍女が、国王の命に逆らえるはずがない。素早く一礼して彼女は姿を消し、ニールは乱暴に奥の間へと引きずり込まれた。先刻、飛び出してきた寝室だ。
 あのときは、闇に呑み込まれそうで息苦しかったその空間は、角灯の明かりに照らされた今は、ただの部屋に過ぎなかった。何があれほど恐ろしかったのか、もう思い出せない。
 だが、恐怖が去ったわけではない。閉めた扉の前に陣取った青年は、逃げ場もなく追い詰められたニールを、刺すような視線で睨みつける。

「さあ、白状してもらおうか。隠したものを正直に示すなら、手荒な真似はしない」
「白状って……そんな。わたしは何も……」
「――女の身体なら、遠慮してもらえるとでも思っているのか?」

 その瞳に、苛立ちの光が煌めく。青年の大きな手が、再び彼を捕らえようとした瞬間、ニールの中で恐慌が弾けた。もはや大公女の振りなどしている余裕はない。
 ――捕まったら、殺される。

「……触んな! 離せ! 嫌だ、あっち行けよ!」
「!? この……!」

 腕を掴んだ瞬間、形振り構わない全力の抵抗を受けた青年が、戸惑った声を上げる。滅茶苦茶に暴れて、彼から逃れようとしたニールだが、次の瞬間、視界が回る感覚に悲鳴を上げた。叩きつけるように寝台に放り出されたと悟ったときには、強く背中を打ち付けている。
 衝撃に、一瞬息が詰まる。その隙に、青年はいとも容易く彼を押さえ込んでしまった。

「……っ、何すんだよ、馬鹿、離せよ……! 変態!」
「誰が変態だ! グアドが選んできた女になんか、手を出すものか。隠したものを出せと言っているだけだ」
「隠してなんか……や、止め……やだ! やだって言ってる……!」

 だが、最後まで言うことはできなかった。何かひやりとしたものが、首筋に触れる――ほんのついさっき、やはり同じ感覚が、同じ場所に触れたものだ。
 冴え冴えと輝く、銀色の刃。いつの間にか帯剣を抜いて、ニールの動きを止めた青年は、刃と同じく鋭く目を光らせる。

「私は本気だ――甘く見るな」
「…………」

 青年の手が、寝間着にかかる。身をよじらせるニールの抵抗など意にも介さず、乱暴にその前を開いてしまう。
 ひやりと冷たい、夜気の感覚。ニールは全身の力が抜けていくのを感じた。頭の芯に真っ白な火花が炸裂して、何も考えられなくなる。
 ――知られた……!
「おまえ……」

~~~~~~~~(続きは本編へ)~~~~~~~~