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 本日(7月31日)は、7月30日に北区生涯学習センターにおいて行われた減税日本ナゴヤ市議団幹事長田山宏之氏の「市政報告会」ならびに、午後、同所において行われた衆議院議員佐藤ゆうこ代議士の国政報告会に参加した状況をご報告したいと思います。

 佐藤氏に対しては質問事項を2つ用意しておいたのですが、その内のひとつについて、本日(7月31日)の中日新聞朝刊に、関連事項の記事が掲載されましたので、それについては、7月31日の記事として掲載したいと思います。

 まあ、結論から先に申しますと、田山氏の市政報告会については「つまみ出された」わけで、引き続いての佐藤代議士の報告会においても納得の行く回答は得られませんでした。両名ともにこれら有権者の疑問について回答をしようという意思がみられないところをもって、「政治家失格」の烙印を押させていただきます。が、この会に参加したことによって非常に奥深い知見を得られることができました。

 ですので、本日の記事は、大げさではなく、「政治における基本中の基本」から、一気に「政治における奥義中の奥義」までが含まれるものとなります。
 もしも、若い方(学生さんなどで)政治家を志される方には、この記事は非常に示唆に富むものになるだろうと思います。

 その前に、当日の一連の流れをご説明しておきます。当日は北区生涯学習センターという(実は、田山市議はご存知ないかもしれませんが、この建物は昔、北区の区役所でして、そういう意味でも)非常に馴染み深い場所で。午前10時30分より田山市議が「市政報告会」を開催されました。当日渡された式次第にも掲載されていませんでしたが、河村市長が急遽参加すると言うことで、11時ぐらいまでは田山市議が市政の状況について説明されていましたかね。この中で6月臨時会に持ち込まれた「地域委員会」の意見交換会予算についてお話されたので、「総務環境委員会において提示された問題についての田山市議の御意見を伺いたい」と聞きましたが、なんだかトンチンカンな事を言ってみえて、結局回答は得られませんでした。ご本人は「総務環境委員会の議事は見ていた」とおっしゃっていますが、西区の問題についての問題意識はお持ちではないらしい。
 そうこうしている間に河村市長が来場されて、様々な話をされましたね。30分ほども「焼肉の話」をしていたでしょうか、切れましたね。私は、はい。
 なんで、ここまで市政について課題満載の折に、また、国政においても問題山積みのところで、「焼肉の話」をしなけりゃならないんでしょうかね?焼肉に絡めるように「市債は借金じゃない」と例のアレをはじめたので、「大概にしてくれ」とあれこれ指摘して、ひと悶着あって(手なんか出していませんよ)摘み出されました。というか、聞くに堪えなかったので出てきました。
 その後、午後1時30分から同所(部屋は別でした)で佐藤ゆうこ氏の国政報告会に参加しました。ここでは、引き続き、田山市議と荒深県議が参加していましたね。両名の話にも興味深いところはあったのですが、それはいいです。また、佐藤氏が話し始めてから、一件電話をする必要が発生して、お話の中盤からは廊下に出たのですが、そこで田山市議が話を聞いておられたので、あれこれと話をしました。また、午前中に質問できなかった質問項目の資料をお渡しもしましたよ。ご理解いただけるか否かは別ですけどね。
 さて、佐藤氏の話が終わって、質問となったわけですけれども。ここでも色々と「事実誤認」がありました。ここで、「政治における基本中の基本」と言う話になります。

 では、「政治における基本中の基本」とは。

 非常に簡単ですが、同時に非常に難しい問題です。「政治における基本中の基本」とは「事実に準じて語る、考える」と言う事です。たとえば、その評価であるとか、判断という段階では主観的な政治的判断や価値観が介在します。それは否定しません。しかし、そこにいたる道筋においては事実の積み重ねを丹念にしない事には正しい判断には行き着きません。または、人間の行う営為ですから、どこまでも「正しい判断」などには行き着かないかもしれない、しかし、そこへ行き着こうとする努力、誠意が必要ではないかと思うのです。
 ですので、たとえば自由主義でも、公共主義でも、共産主義でも何でもいいです。そんな政治信条は好きに選択されれば良いのですけれども、それを語る際の題材においては「事実」を立脚点にしなければ「政治」ではありません。
 「事実」を無視すれば、それは単なる「空理空論」で、せいぜい居酒屋か床屋で行われる政談でしかないのです。有権者の付託を受けた政治家がそんな態度(「事実」を無視する態度)では、公費で無責任な政談をしているに過ぎません。

 たとえば、野党の政治家が。もっと具体的に言うと、佐藤ゆうこ氏が民主党政権を批判しようとして事実誤認からどのような論を張られようとも勝手ですが、それを指摘されたときに言い逃れだけに終始されるのは如何なものでしょうか。また、この事例においては、あたかも政府がなんら根拠なく住民を被曝の危険に晒しているかのような記述であり、これも事実誤認であれば悪戯に国民の不安を煽り立てているに過ぎません。
 更に言うと、そもそもこの事実誤認は「佐藤ゆうこ」という政治家の勉強不足から来る事実誤認であり、質問主意書に対する回答を作成する経費(国費)すらもったいないと思える類のお粗末極まりないものなのであります。

 さて、ここまでケチョケチョに言っているわけですから、そろそろ、その「事実誤認」の指摘事項について述べてまいりましょう。

 その前に。ひとつ確認しておきます。私はこの事を指摘しているからといって、別に政府の見解を肯定も否定もしません。また、東電であるとか原子力安全委員会の見解についても同じです。それらの見解が正しいとか、誤っていると言っているのではありません。問題は、「政府が根拠なく住民を危険に晒しているか否か」と言う問題です。
 また、放射能被曝についても、そりゃあ0(ゼロ)が良いに越した事はありません。しかし、そのレベルは事故以前の自然状態でも達成はされていませんし、こと今の現状ではどこまでもコストと受忍範囲のバランスと言う事になります。そこでも政府は様々なデータを元に、最終的には政治的判断をするのでしょうが、いったん、政府見解として提示されたものは、それが現時における客観的な基準とみなすべきで、それに対する疑義についての立証責任は疑義を述べる側にあります。(といって、くどいようですが、その「現時における客観的な基準」にたいしての肯定、否定、成否も私は判断していません)
 と、ここまでの長ったらしい前提を置かなければ語れないような内容なのですが。事実誤認の舞台は佐藤ゆうこ氏の発行される機関紙にあります。幸いインターネットから参照することができます。こちら のページから、PDFファイルがダウンロードできます。
 第17号、最新号と言う事で、当日の参加者にも配られました。この中に「質問主意書を6本出しました!!」という記事があり。ここに放射性物質を含む下水処理施設の汚泥処理に伴う基準に対する質問に対して。「基準値の根拠については回答無し」と書いてありますね。これが<問題の1>です。
 次の問いでは、仮置きについての質問で、ここでも「住民への影響については回答無し」と記述しております。これが<問題の2>です。
 この記事の元となった質問主意書はこちらから参照できます。平成二十三年六月二十日提出 質問第二五八号ごらんのように、6月20日に質問が提出され、6月28日に答弁が内閣総理大臣名で送付されています。(答弁)ここに<問題の3>があります。

 佐藤ゆうこ氏の機関紙を見ると、あたかも政府が基準値の根拠もなく放射性物質入りの汚泥や焼却灰を扱って周辺住民に不安を与えているような、または不安を煽るような記述がなされているが事実でしょうか。また、住民への影響について回答がないといわれるように政府の施策には周辺住民への考慮が欠落しているのだろうか。または、それらについて回答漏れをするような誠意の無い態度なのだろうか。

 事実を検証すると誠意の無い態度はどちらか、非常に明白になってくる。

 まず、<問題の1>ですが。上の回答書にもあるように、これらの数値についての基準値の根拠は、1.平成二十三年六月十六日原子力災害対策本部決定による「放射性物質が検出された上下水処理等副次産物の当面の取扱いに関する考え方」(以下、「当面の取扱いに関する考え方」)ならびに、2.平成二十三年六月三日原子力安全委員会決定による「東京電力株式会社福島第一原子力発電所事故の影響を受けた廃棄物の処理処分等に関する安全確保の当面の考え方について」(以下、「安全確保について」)であると明言されています。当然、「当面の」と言われるように本来あるべき姿ではないが、この状況下での、ぎりぎりの判断である事は明白です。
 この「安全確保について」で、「周辺住民の受ける線量は10μSv/年以下であること、基本シナリオに対する変動要因を考慮した評価(変動シナリオの評価)の結果、周辺住民の受ける線量は300μSv/年以下であると等を示すことを求めている」として、文献(A)第二種廃棄物埋設の事業に関する安全審査の基本的考え方(平成22年8月9日、原子力安全委員会決定)、(B)余裕深度処分の管理期間終了以後における安全評価に関する考え方(平成22年4月1日、原子力安全委員会了承)、(C)余裕深度処分の管理期間終了以後における安全評価に関する技術資料(平成22年8月5日、原子力安全委員会放射性廃棄物・廃止措置専門部会)を根拠としてあげています。

 誰か、魔法使いでも居てくれて、一瞬ですべての放射性物質を消し去ってくれるならいい。また、財源が無限にあって(それこそ、河村市長が言うように、いくらでも国債を発行して良いのなら、発行して)コストを無視して処理をしてもよいのなら良いだろう。しかし、そんな事はできない。責任ある大人であれば、上記のような基準を根拠として、周辺住民や国民に十分な説明をしつつ、事業を進める以外に無いと思う。
 これが佐藤ゆうこ氏が「基準値の根拠については回答無し」と切り捨てた政府の姿である。無責任なのは果たしてどちらであろうか。

 次に<問題の2>について、「住民への影響については回答無し」と明言されている件については。「完全確保について」において「周辺住民の受ける線量が1mSv/年を越えないようにするとともに、処理施設等の周辺環境の改善措置を併せて行うことにより、周辺住民の被ばくを抑制するように特段の配慮が必要である」と明確に述べている。この事実を踏まえていない佐藤ゆうこ氏の機関紙は、悪戯に不安を煽るだけのものであると断じる。

 そして、ここが大切なのだが<問題の3>について。いいですか。以上のような文書を注意してごらん戴きたいが。「当面の取扱いに関する考え方」六月十六日に決定されている。「安全確保について」六月三日に決定されている。然るに、質問の提出期日六月二十日であり、各質問ともに、提示された資料をきちんと読んでいれば、いたずらに質問をあげなくとも回答が既に用意されている質問といえる。
 上記のように、根拠があるものに、「根拠が無い」であるとか。回答しているものに対して「回答無し」と言って見て、事実に沿わずに国民の不安をいたずらに煽る必要はないし、既に公開されえている文書を参照もせずに、質問を乱発されることは、ただでさえ非常時の業務量繁多の折に、行政の遅滞を招き、国費の無駄遣いだろう。

 恥じ入るべきだ。

(参照:「放射性物質が検出された上下水処理等副次産物の当面の取扱いに関する考え方」について METI )


 と、さて。ここまで飛ばさずに読み進んでこられたあなたは、政治家に“なっても”良い資質があるかもしれない。 この程度の文書を読みこむ事ができなければ、政治家と言ってみても、お役人から陰口をたたかれて馬鹿にされるだけだろうから、おやめなさい。しかし、「政治家になっても良い資質」と「政治家ができる資質」というのは全然一致しない。
 ここからが「政治における奥義中の奥義」とでも言うべき事例の報告となります。

 上でも述べたように、午前の田山市議の市政報告会(というよりは、事実上河村市長の独演会)においても、疑義は疑義として明言しました。「『市債は借金ではない』は嘘であり、いい加減そんな説明でごまかす事は誠意に欠ける」と。
 ・・・・そうしたら、どうなったと思います、皆さん。参加されている方から次のような野次をいただきました「うるさい、私たちは河村さんの話を聞きたいのであって、そういった政治の話はどうでもいい!どうですか。市長のごまかし発言やら、詭弁にはいくらでも対応できますが、この発言!あまりにも奥深い。

 また、午後の佐藤代議士の報告会においても、事実誤認についての指摘に続いて、上に述べたような指摘をしたわけです(途中でさえぎられましたが)。言っておきますが、これは主観的な問題ではないでしょう。質問事項としては私の言葉すら(接続詞以外)ありません。事実をつなぎ合わせたら、佐藤代議士の言っている事がおかしいという指摘です。ここで私が参加者からどのような野次をもらったか。「私たちは佐藤さんのお話を聞きにきたので、そういう政治の難しい話は聞きたくないと来た。

 昔、河村市長がある席で「政治家になるには役者と学者の資質が必要だ」と言いました。これは、春日一幸の受け売りなのですが、この春日の教えの中で、「役者」というか、「芸能人」というか、「芸人」にだけは河村門下生はなっているようです。そして、「票を取るのは政治なんぞではなく、人気」なのですね。はい、これが「「政治における奥義」です。

 けれど、この話にはまだ奥があるのですよ。春日一幸はそこも語っていますが、河村(敢えて呼び捨て)は忘れたのでしょう。「およそ人の中に在って、政治家を志そうとする者には役者と学者の資質が必要である。票を取るのは人気である、役者の如き人気が無ければ政治家である事能わず。しかれども、学者の資質を持って政治を語り得なければ、政治家となって何を為すのか」

 河村市長は市長となって、いったい名古屋をどうしたかったのでしょうか。また、総理になってみて消費税を4%にするのは結構ですが、それでいったい何をどうしたかったのでしょう。二つの資質の一方だけを肥大化させた政治家の末路は、目的も理想も失ったポピュリズムのピエロでしかありません。

 人気に食われてはなりません。これが「政治における奥義中の奥義」です。



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