なんの涙なんだろう | 10月の蝉

10月の蝉

取り残されても、どこにも届かなくても、最後まで蝉らしく鳴き続けよう

最近どうやら切ない系に弱いらしい。

以前ここでも「桐島、部活やめるってよ」について熱く語ったことがあるけど、あれもなぜか見るたびに泣けて泣けてしかたない映画である。ちなみに原作では泣いたことはない。好きだけど、涙腺は刺激されないなあ。胸の底に重い砂がたまっていくような感じ。
映画の「桐島、~」が泣けるのは、「叶わぬ思い」や「届かない夢」や「どうすることもできない現実」が実にさりげなく、でもくっきりと描かれているからじゃないかと思う。
「桐島、~」で切ないセリフトップ3は、野球部キャプテンの「一応、ドラフトが終わるまで、な」と、前田の「監督は無理」、そして菊池の「おれはいいよ」である。
特に野球部キャプテンは泣かせてくれる。本人はまったくそのつもりがないからよけいに傍観者は切なくなるのだ。勝手に切なくなってしまうのだ。

そして今日、新たに強力な切ない系の映画を観てきた。
内村光良監督「ボクたちの交換日記」
これはやられた。今、これを書いている時点で映画を観終わってから2時間たってるけど、いまだに涙がとまらない。いろんなシーンを思い出すたびに、ぐわっぐわっと嗚咽がこみ上げてくるからだ。
なんなんだ。なんでこんなに切ないんだ。なにがそんなに胸に迫るんだろう。

ということで、ちょっくら分析タイム。
ひたすら泣かされるのも悔しいからね。

甲本役の小出恵介くんは、ものすごくよかったなあ。
ああいうタイプの男の子っているよね。基本的に明るくて、クラスでもわりと人気者。
ぱっと面白いことやっちゃって、平均的に受けるやつ。ポジティブだし、あんまりむずかしいこと考えないし、単純だし、だから可愛いと思われちゃうタイプ。
そういうキャラクターを、小出くんはあの顔と表情とたたずまいで完璧に表現してた。
ほんと、憎めないやつだぜ、って思ってしまう。
そういうやつだから、伊藤くん演じる田中を、お笑いの世界へ誘うんだよね。

またこの伊藤くんもよかったのだ。ちょっと地味でおとなしくて暗い感じがするんだけど、でも書かせたら天下一品みたいな。そして甲本に誘われてコントをやることになったときのはじけぶりもよかった。
お笑いコンビの「ネタを書く方」はまさにこんなんです、という感じがよく出てた。

売れない頃の房総スイマーズのネタのだめっぷりがすごくリアルだったなあ。そこここに微妙な隙間が空いてて(間、じゃないんだな)、2人の間にある空気感が「中学高校の文化祭のノリ」。ほんとに文化祭のときなら受けるんだろうけど、っていう雰囲気がひしひしと伝わってくる。
淡々と重ねられる、「売れない営業の日々」の映像がとても痛かった。
あんなふうに営業の日々を重ねている芸人はうんとたくさんいるんだろうな、と思う。
もうこのあたりで感情移入しちゃって、うるうるしちゃうんだよねえ。
私は芸人を目指したことはないから、実際にはこういう経験はないんだけれども、役者をめざしてもがいている人、もがいていた人は何人か知ってるから、他人事には思えない。
芸人の世界が厳しいのは人を笑わせなくちゃいけないからだ。ものさしがすごくわかりやすい。笑うか白けるか。恐ろしいほどはっきり結果が出てしまう。
ライブでお客さんが静まり返っているシーンは、怖くて正視できなかった。

正視できないといえば、甲本がネタを飛ばしたシーン。思わず手で顔を覆ってしまうくらい恐ろしかった。
2回、同じネタで飛ばすんだけど、コンテストの準決勝でやらかしたときの小出くんの表情には鬼気迫るものがあった。アップになってるのでよりいっそう強調されてるんだけども。
あの目の泳ぎ方。空白ぶり。マンガだったら絶対真っ白な目で描かれてるはずだ。
そのあとも、とりあえず言葉はつないでいるけど、明らかに思い出せないでいるという目の動き。いやあもう、痛いやら怖いやら辛いやらで、心臓がバクバクした。

あんなふうに真っ白に飛んでしまうってことが本当にあるんだよね。
「頭が真っ白になる」っていうけど、ほんとに脳裏が白一色になるのが見えるんだわ。
なんにも出てこない。なんにも思い出せない。冷や汗が出て、足がガクガク震える。
なんかリアルに追体験してしまったわ。

甲本がお笑いを断念するあたりは、ほんとに見ていて辛かった。
自分が誘ったのだ、という思いは常にどこかにあっただろう。でもその、自分が誘ったやつは、自分よりはるかに才能のあるやつだった、という事実と向き合う怖さ。
どんなに自分がお笑いを好きでも、田中とコントをするのがどれだけ楽しくても、自分がいると田中は先へ進めない。そんなふうに引導を渡されたときの甲本の、小出くんの表情が。

……あ、思い出したらまた泣けてきた。゚(T^T)゚。
あんな切なくて苦しい状況ってあるだろうか。
「田中は福田と組ませたら絶対売れる」
そう言われて、海外ロケへ行ったのに、帰ってきてみれば「いつの間にか番組終了してたんですね」というありさま。
そして久しぶりの我が家でテレビをつけたらタナフクが。
映画を見てる時は、甲本がこのことを知ってたとは知らなかったのでハラハラしたんだが、だから妻の長澤まさみが「お疲れ様でした」って言うわけだ。
このあと甲本が書く日記が痛切だったんだわ。涙なしには見られない。

甲本は、「え?ここで笑うんだ」というような場面でさわやかに微笑む。
小出くんのあの顔で、さらっと笑うのだ。
うまいなーと思う。さらっと笑わせることで、こらえているもの、傷の深さ、悔しさ、哀しさをよりいっそう強く想像させるから。
だからこそ、喫茶店で流した涙が胸に迫る。

ああ、辛いなあ。叶わない思いってなんて悲しいんだろうと思う。
自分の気持ちとはまったく違う次元で、厳然たる事実ってやつがあって、それは気持ちでどうにかできるもんじゃないのだ。
夢を諦めるな、っていう。確かに簡単に諦めるのはつまらない。
でも、どうもがいてもあがいても、諦めた方がいいってときだってあるのだ。
無垢で純真な「夢・願望」の息の根を、心を鬼にして止めなくてはならない時の苦しさ。
「どうして? なぜボクを殺すの?」と純粋な目で見返してくる夢や願望から目を背けなくてはならないつらさ。その痛さが涙腺を刺激するのかもしれない。

芸人をやめて居酒屋で働くようになった甲本が、仕事仲間と飲み会へ行くシーンがある。
「元お笑いさんなんだから何か面白いことやってよ」と無茶ぶりされて固辞するんだけど、「どうせお笑いなんて適当なことやってればいいんだろ」みたいなことを言われて怒りを爆発させる。「やったこともない奴が言うな」っていう怒りは、内村監督ならではのセリフらしいが、ここは思いっきり感情移入しちゃったよ。
たぶんこれは言ってはいけないことなんだろうけどね、でもやっぱり、まるっきりやったことない人が批評家ヅラしてあれこれ言うのは頭にきますよ。だったらあなたがやってごらんなさい、さぞや面白くてすばらしいものができるんでしょうね、と言いたくなるの。
出来栄えについて、面白いとか面白くないとジャッジするのはいい。それが観客の特権なんだから。出されたものを、うまいかまずいかだけ判断すればいいのだ。
それ以外のことを勝手に憶測して(特に低い方へ)、勝手に見下したりするのは、逸脱行為だと思うなあ。

見る前は、「売れないお笑い芸人が交換日記を通してお互いを理解し、一度は危機を迎えるけど大ドンデンでコンテスト優勝!」みたいな展開だったらどうしよう、とちょっと心配してた。
でもさすが内村監督はそこまで甘くはなかったな。というかもっとシビアだった。
コンビ解消がほんとのことになっても、まだもしかして復活という展開もあるかと思ってたら、一気に17年も飛んだからなあ。甲本の人生ってどうだったのよ、とちょっと思ってしまった。
結婚生活は順調だったみたいだし、娘もすくすく育ち、店も持つことができたから、たとえ最後は病気になったとしても幸せだった、ということもできる。
でも、芸人人生という側面からみたら、やっぱりいろいろ残念だったよね、と思わずにはいられない。いいとか悪いとかじゃなくね。残念だったよね、と思ってしまう。


芸人の夢と挫折を描いた映画としてみるととても素晴らしくて、すごく感動したんだけど。
ただ一点、女の立場から見たらちょっとだけ物言いをつけたい。
なんで、甲本の妻も田中の妻もあんなにのっぺらぼうに献身的なの?
あれは監督の願望なのかしら、と思いながら見てた。あるいは、こっちもリアルに描くと話が分裂するからあえて平板に描いたのかしら、と。
なぜ当たり前のように長澤まさみ演じる薬剤師の彼女は甲本を支えてるの? 彼女がそこまで甲本に尽くす理由がわからない。だってそんなに惚れてるようには見えないんだもの。ただ男の願望の具現化として、病気のときに優しく看病してくれて、妊娠したらがんばって産んで一人で育ててくれて、なんにも言わずに受け入れて、励ましてくれて。
なんでそこまでするんだろう、とつい思ってしまうのよねえ。
つまり「そこまで甲本に惚れてるんだよ、ということを示すシーン」がどこにもないわけさ。
それでいうなら、まだ田中の彼女の方がわかる。無名の房総スイマーズのことを知ってて、「あのタクシーのネタ、好きですよ」ときちんと把握してくれてるから。ああ、好きなんだなと納得できる。でもその後もなんの波乱もなく添い遂げてるのが不思議っちゃあ不思議。
このあたりの愛憎は、あえて割愛したんだと思いたいけどなー。どうなんでしょうね。
売れないお笑い芸人との結婚をあっさり許す親、っていうのもちょっと理解しがたいから、このへんも省略したのかなあ。

バーのマスター役で出てた大倉孝二さんが絶妙だった。いるいる、ああいうマスター。
「昔ちょっとやってたんだよ」という人はなぜかあんな雰囲気になるのよ。
他にも、遠山景織子ちゃんがちらっと出てたり、入江雅人さんがちらっと出てたりで、なかなかおいしい映画でもあった。


私も才能がないくせにいつまでも思いを断ち切れなくてグズグズしている人間なので、この映画は痛烈に胸に刺さった。
もうすぐ映画館での上映は終わってしまうけど、DVDが出たら絶対買おうと思った。
そして家で一人で観て、おもうさま泣いてやるんだ。
映画館だと思い切り泣けないからね~。

原作がどうしても読めなくて(苦手な文体なので)今まで見るのを躊躇してたんだけど、今日思い切って観に行ってよかった。心が切り傷だらけでヒリヒリするけど、なんか活性化した気もする。
とりあえず、小出恵介くんはすごくいい、ということだけ言っておきたい。