神が不在の世界~「ノーカントリー」 | ひょうたんからこまッ・Part2

神が不在の世界~「ノーカントリー」

『ノーカントリー』
NO COUNTRY FOR OLD MEN
(2007年・アメリカ/122分)
公式サイト
~死は、予測できないほど突然にやってくる。
かつて無いほど不条理に満ち満ちた我々の世界

人が人の命を意味も無く奪う時代。

我々は最早、運命を信じることも天命を信じることも出来ないのか。

まるでコインの裏表で占うように生死が決められ、

「彼ら」に出会った「運の悪い人々」が、ある日突然生きることを奪われる。

彼らが直面するあまりに理不尽なその最後。

それなのに連日紙面を賑わせる犯罪の洪水に慣れきり、

その異常さに人はかくも鈍感になってしまった。

人の命の重みも、自分が生きる意味もわからない・・・、

心も感情もすっぽりと抜け落ちた人間が、

今日も世界の何処かで生まれ、人を狩る。

常識の通用しないルールの中で生きる者が、
平凡で平和な日常に進入してくる恐怖。

そこに、

観る者の心を凍らせる戦慄の映像がある

まるで砂漠の真ん中のような殺伐とした心象風景。
正面に見据えたスクリーンの中に乾き切った風が吹く。


ノーカントリー ノーカントリー

<監督/脚本/編集>
ジョエル&イーサン・コーエン
<製作>
ジョエル&イーサン・コーエン、スコット・ルーディン
<製作総指揮>
ロバート・グラフ、マーク・ロイバル
<撮影>
ジャー・ディーキンス
<衣装デザイン>
メアリー・ゾフレス
<音楽>
カーター・バーウェル
<視覚効果>
ルーマ・ピクチャーズ
<出演>
エド・トム・ベル保安官:トミー・リー・ジョーンズ
アントン・シガー:ハビエル・バルデム
ルウェリン・モス:ジョシュ・ブローリン
カーソン・ウェルズ:ウディ・ハレルソン
カーラ・ジーン:ケリー・マクドナルド
ウェンデル:ギャレット・ディラハント
ロレッタ・ベル:テス・ハーパー


(以下内容に触れています)
コーエン兄弟が描く「国も法も神をも超える死の運び屋」。
彼が住むその世界に常識は通用しない。
我々はただ彼に出会ってしまったことを後悔するしかないのだから。
冒頭から死と血の臭いの漂う暴力的な世界が展開される。
122分の間、いつ命を奪われるかわからぬ恐怖を、
観客は客席で物語の登場人物と共に味わうだろう。

アメリカ、テキサスの午後。
麻薬密輸を巡る闘争の果てに広がる惨劇現場。
そこに行き合せた男がこの取引に関わる穢れた金を手にしてしまったことから、
この酷く凄惨な物語は始まる。
追われる男モス(ジョシュ・ブローリン)と、
彼を追う非情の殺し屋シガー(ハビエル・バルデム)
シガーは既に幾人も殺害し、さらに保安官まで手にかけて逃走している。
彼の行く先々で「彼と接点を持つと言う貧乏くじをひいた
不運な人々が次々と命を落とす。
この殺し屋に「憐憫」や「例外」などと言う感情は無い。
非情なまでに己のルールに従い、確実に獲物の命を仕留める。
混じり気の無い邪悪な魂だけを持ち、この世界に存在する男。
彼の持つ「心」を、人は狂気と呼ぶのかも知れない。
人を殺すことのみに照準を合わせた
精度の高い殺人マシーンが狂気を纏って存在する。

金が目的なのか、仕留めることが目的なのか、
シガーの決めたルールの下で奪われていく命。
シガーのルールに例外は存在せず、骸を跨ぐ時の彼は何の感傷も持たない。
ただ自分をコケにした相手にどこまでも追いすがる。

観たことも無い大金を手にした瞬間から
貧しくとも平穏だった暮らしと永遠の別れを告げることになってしまったモス
姿の見えない殺人マシーンの標的となったことを知るも、
相手の狂気のレベルを計りきれぬまま敢然と立ち向かう。
これが彼の誤算だったとは思わない。
シガーの「陰」の一片でも踏んでしまった者は、
例え途中でリタイアしようとも、白旗を揚げて降伏しようとも、
既にシガーの決めたルールの中で死刑が決定されているから。
そしてモス彼の妻は既にシガー死の手に触れてしまっていた。
それを逃れようのない運命と定めるなら、
運命を逆転できる可能性に賭け、モスは最後まで闘うしか無い。

モスの命を救うために事件の調査に乗り出した
定年間際のベル保安官(トミー・リー・ジョーンズ)がいる。
彼は想像を超える事件の凄惨な展開に、モスの命が危ういことを感じ、
彼を守るために動き出す。
さらに組織が送り込んだ「暗殺者を仕留めるための暗殺者」
カーソン・ウェルズ(ウディ・ハレルソン)までが追跡劇に加わり、
追跡される者・追跡する者、それぞれ4人に4通りの結末が訪れることになる。
ベル保安官の信じる正義と法の秩序は、
果たして心を伴わない悪に勝ち、秩序と安定を保つことが出来るのか。
4人全ての運命を握るのは神の手か、悪魔の手か。

衝撃の映像、衝撃の展開に眠気など感じようも無く、
最後までストーリーを追い続けた。
物語の展開にどこまでも裏切られ続け、
陰惨な物語の行方と乾いた映像に心がどんどん重くなる。
この物語が最近の日常で見慣れ過ぎた多くの事件と
同じ次元で簡単に繋がっていることに気付き、
心の闇はさらに大きく重くなっていく。
鑑賞後もその息苦しさをずっとひきずったまま、
今もまた繰り返される現実の事件に向き合っている。
シガーの中に住む「殺人者の人格」が、
今世界のいたるところに拡散し伝播していることの恐怖と、
その「彼ら」といつ出会うかもしれない偶然への恐怖。
コーエン兄弟が描いた映像はあまりに乾き切っていて、
未来に対する微かな夢さえも枯渇してしまいそうだ。

冒頭でモスが狩りをするシーンがある。
獣たちにとっては人間の行う狩りこそ理不尽な行為。
結局モスは狩る立場から自分自身ががハンティングされる対象へと逆転していく・・・。
最後に、ふとその皮肉も感じた。

シガー役のハビエル・バルデムの鬼気迫る演技に喝采。

【2007年度受賞歴】
ナショナル・ボード・オブ・レビュー
作品賞、アンサンブルキャスト賞、脚色賞
ワシントンDC映画批評家協会賞
作品賞、監督賞、助演男優賞、アンサンブル演技賞
ニューヨーク映画批評家協会賞
作品賞、監督賞、助演男優賞、脚本賞
ニューヨーク・オンライン映画批評家協会賞
助演男優賞
ボストン映画批評家協会賞
作品賞、助演男優賞
シカゴ映画批評家協会賞
作品賞、監督賞、脚色賞、助演男優賞)
サンフランシスコ映画批評家協会賞
監督賞
サテライト賞
作品賞(ドラマ部門)、監督賞
サウスイースタン映画批評家協会賞
作品賞、監督賞、脚色賞、助演男優賞
ダラス―フォートワース映画批評家協会賞
作品賞、監督賞、助演男優賞
オースティン映画批評家協会賞
助演男優賞、脚色賞
サンディエゴ映画批評家協会賞
作品賞、助演男優賞、撮影賞、アンサンブル演技賞
フェニックス映画批評家協会賞
作品賞、監督賞、助演男優賞、アンサンブル演技賞、撮影賞、脚色賞
トロント映画批評家協会賞
作品賞、監督賞、助演男優賞、脚本賞
ラスヴェガス映画批評家協会賞
作品賞、監督賞、助演男優賞
フロリダ映画批評家協会賞
作品賞、監督賞、助演男優賞、撮影賞
ユタ映画批評家協会賞
作品賞、監督賞、助演男優賞、脚本賞
セントルイス映画批評家協会賞
作品賞、監督賞
デトロイト映画批評家協会賞
作品賞、監督賞、助演男優賞
オクラホマ映画批評家協会賞
作品賞、監督賞、助演男優賞

【2008年受賞歴】
ヒューストン映画批評家協会賞
作品賞、助演男優賞、名誉テキサス人賞
カンザスシティ映画批評家協会賞
助演男優賞、脚色賞
ブロードキャスト映画批評家協会賞
作品賞、監督賞、助演男優賞
オンライン映画批評家協会賞
作品賞、監督賞、助演男優賞、脚色賞、撮影賞、編集賞
USCスクリプター賞
脚色賞
ゴールデングローブ賞
助演男優賞、脚本賞
セントラルオハイオ映画批評家賞
作品賞、監督賞、助演男優賞、脚色賞
アイオワ映画批評家協会賞
作品賞、監督賞、助演男優賞
アメリカ監督組合賞
監督賞
ノーステキサス映画批評家賞
監督賞、助演男優賞、撮影賞
全米映画俳優組合賞
助演男優賞、アンサンブル演技賞
アメリカ製作者組合賞
作品賞
ロンドン映画批評家協会賞
作品賞、英国助演女優賞
オンライン映画&テレビジョン協会賞
助演男優賞、アンサンブル演技賞、脚色賞、編集賞
アメリカ脚本家組合賞
脚色賞

アメリカ製作者組合賞
長編映画部門
英国アカデミー賞
監督賞、助演男優賞、編集賞
アカデミー賞
作品賞、監督賞、助演男優賞、脚色賞
アメリカ美術監督組合賞
美術賞(コンテンポラリー部門) 
アメリカ録音監督組合賞
録音賞
ヴァンクーヴァー映画批評家協会賞3部門受賞
監督賞、監督賞、助演男優賞