恐怖政治。 | ひょうたんからこまッ・Part2

恐怖政治。

『ラストキング・オブ・スコットランド』
The Last King of Scotland
( 2006年・アメリカ、イギリス/123分)
R-15指定
公式サイト
1971年、ウガンダ。
その英雄が大統領の座に就任したとき、
人々は歓喜し、期待し、熱狂的に支持をした。
やがて、多くの人を魅了したその人格が崩れていく。
権力を手にしたことで、その心が乱れていったのか。
それとも天使の笑顔の下にはもともと悪魔が潜んでいたのか。
人々の笑顔が翌日は恐怖と苦痛に歪み、
豊かな緑に恵まれた大地が、夜明けには流された血で朱に染まる。
頂上に登りつめ、権力と言う魔法の杖をその手にし、
それ故に自分以外の誰をも信じられない孤独の地獄に陥ったとき、
人は信じられない様な破壊的行動に走る。
建国の志とはうらはらに、狂気によって祖国を破壊した指導者。
あまりにも有名な元ウガンダ国大統領の在りし日々を
架空の青年医師を語り部に、衝撃的に描く。


監督:ケヴィン・マクドナルド
原作:ジャイルズ・フォーデン『スコットランドの黒い王様』
脚本:ジェレミー・ブロック、ピーター・モーガン
<出演>
フォレスト・ウィテカー(第79回米アカデミー賞・主演男優賞受賞)
ジェームズ・マカヴォイ
ケリー・ワシントン、ジリアン・アンダーソン、
サイモン・マクバーニー、他


(以下ネタばれあり)
「独裁者の陰と陽」
多分アミンは子どものまま大人になってしまったのだろう。
統率者になる前、アミンはボクサーとして名を馳せ、
軍人として世界にその英名を轟かせた。
人々から、愛し愛され敬われているうちはご機嫌だが
自分に意見する者、反抗する者には腹を立てる。
ただの駄々っ子でおさまる内は良いのだが、
権力を得た今、この裸の王様は、
自分の視界から不快な物は全て取り除いてしまうようになる。
やがて周囲の者の心はこの孤独な英雄から離れ、
彼に心の内を見せる者も、進言する者も誰もいなくなる。
疑心暗鬼になった独裁者の心は狂気へと傾き始める・・・。
そんな時に現れたスコットランド人の若い医師ニコラス
彼もまた心の成長過程にいる未成熟な青年だった。
足元もおぼつかない危うい生き方を選んでしまうこの若者の持つ
向こう見ずなエネルギーとパワーと若さに
まだ無邪気な時のアミンは興味を持つ。
自分自身の体調管理をニコラスに任せつつ、
同じ子供同士で政治ごっこをしているうちは
アミンにもニコラスにも、互いに心地良い毎日だったのだが、
アミンの本性が露わになり、暴力と謀略の恐怖政治が始まった時、
青年は初めて自分のいる場所が
とてつも無いモンスターハウスだったと知る。
鬼ごっこの鬼に代わったアミン
どこまでも追いかけてきてニコラスの手を離さない。
自分の大事なおもちゃを盗んだニコラス
彼なりのやり方で懲らしめるまで、
アミンは決してニコラスを許さないのだ。
ようやく、モンスターハウスから脱出できたニコラスは、
その目でつぶさに見てきたことをありのままに報告し、
その恐ろしい所業にいかに自分が関わってきたかを
万人に報告するために神に生かされたのだと、
知ることになるだろう。
暴君と共に盛大な泥んこ遊びに興じた、
かつての自分の罪を贖うためにも
その一生をかけて見聞きしてきたことを世に伝える・・・。
それが彼の贖罪であり、再生への道であるのだから。
危機一髪、またもや一人の命を代償に九死に一生を得て、
空港から自由の大空に舞い立ったニコラス
そう自分の心に言い聞かせたに違いない。

「俳優たちの競演」
主演のフォレスト・ウィテカーはこの映画で
アカデミー賞主演男優賞を受賞しているが、
クリント・イーストウッド監督の『Bird』でも、
ニューヨークを舞台に活躍した実在の
天才ジャズアルト・サックス奏者チャーリー・パーカーを演じ
88年カンヌ映画祭最優秀男優賞を受賞している。
今回この作品でも、2006年の他の映画賞も総なめにしたそうで、
実在の人物になり切る熱演は
他の追随を許さないといったところなのだろうか。
さらに自身でマルチメディアの会社も設立。
1993年には、『ハード・ジャスティス』で監督としてデビューし、
トロント映画祭新人監督賞も受賞したと言うのだから、
俳優業の他にも多彩な才能の持ち主のようである。

彼が演じたアミン大統領は、その「目」に全てが表れている。
時として子どものように屈託無くはしゃぐときの綺麗な瞳。
そこには人々に支持されるアミン
純粋だったかもしれない頃の輝きがある。
「ニコラス、ニコラス!」と青年医師を頼るときの
悲しいような甘えるような瞳。
そして狂気に陥ったときの冷徹で一点を見据えたような冷たい瞳。
『Bird』でも天才ジャズ奏者の栄光の日々よりも、
麻薬とアルコール依存に陥った日々の方に重きをかけ、
より丹念に描かれていたと聞いているので、
その「バード」と言う役を見事に演じきったという
フォレスト・ウィテカーの演技がなんとなく、
今回の役にも重なって感じられるような気がしている。
ぜひ、一度『Bird』での彼の演技も確認してみたいと思っている。
それにしても、本人に実にそっくり!!

青年医師ニコラス役のジェームズ・マカヴォイは、
周知のように『ナルニア国物語/第1章ライオンと魔女』で、
タムナスさんを演じたときに人気が出た俳優。
ご他聞に漏れず、私も『ナルニア』
このスコットランド出身の俳優に興味を持ったのだが、
今回はそのままスコットランド人の青年医師役を演じたので、
言語的な部分はリアルな演技になったのではないかと思っている。
(私にはスコットランドの発音の微妙なニュアンスなど
到底聞き取れはしないのだが)
彼の演じたニコラスは、実に若く経験が無いゆえに頼りなく浅はかだ。

自らが望んだわけではないが、その精神的な「若さ」が、
アミンの破壊活動の援助をしてしまう結果にもなり、
ひとりの女性を悲惨な死に追いやる結果にもなってしまう。
ラストでアミンや彼の側近たちが、ニコラスに言った様に、
「よそ者気分でアフリカに滞在しに来た。・・・」
そんな軽薄さが彼の心に無かったとは、決して言い切れない。
アフリカと言う大地、ウガンダと言う国は、
親の期待に応えるだけでは心が満足では無かったこの若者の
心を満たすような甘い場所では無かったのだ。

彼はいとも簡単に地球儀を回し、
まるで海外旅行にでも行くように気楽に
自分の運命を決めてしまったのだから。
後悔してもしきれない旅路へと続くルートを、
一瞬にして指先で決めてしまったのだから。
そして、辿りついた地の果ての国でも、
彼は女性関係を含め実に軽薄な選択をしていく。

アミンに愛され、憎まれた青年医師を
ジェームズ・マカヴォイは実に痛々しく演じきり、
タムナスさんというお伽噺のキャラクターとは違う
新たな魅力が見えてきたように思う。
この青年医師は物語上の架空の人物だが、
実際にアミン大統領の周囲には似たような役割を果たしていた
数人の白人男性が存在していたと言う。。

映画のラストに流れた文字に、
1979年にアミンサウジアラビアに亡命、
2003年に亡命先のサウジアラビアの病院で死去とあったのを見て、
実は、こんなに最近までアミンが生きていたのかと驚いてしまった。

あのような大罪を犯した政治的指導者でも
結局は亡命してしまえば、断罪されることも無く、罪を贖うでもなく、
延々と寿命を全うするまで生きることが許されるのか、と。

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スコットランドの黒い王様

新潮社
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映画「ラストキング・オブ・スコットランド」
オリジナル・サウンドトラック
サントラ, モモ・ワンデル, パーカッション・ディスカッション・アフリカ,
トニー・アレン, E.T.メンサー&ザ・テンポス・バンド
ユニバーサルクラシック

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