憎しみも愛も仮面の下に~女帝・エンペラー | ひょうたんからこまッ・Part2

憎しみも愛も仮面の下に~女帝・エンペラー

『女帝 エンペラー』
Ye yan / THE BANQUET
(2006年・中国、香港/131分

公式サイト
第31回香港国際映画祭
「第1回アジアン・フィルム・アワード」最優秀美術指導賞

その女の心を知る者はいない。
愛を葬り葬られ、皇帝の妻の座に着いた時から、
その心も美しい貌も氷の仮面の下に隠してしまったから。
彼女の愛は何処にあるのか。
それとも愛などと言う不確かなものは、
もともとそこに存在しないのか。
憎しみの中に愛が見える。
愛の向こうに憎しみが見える。
虚栄の座を変遷した傾城の美女が
全ての愛を失い、愛以外の全てをその手に入れるとき、
彷徨う心が真紅の涙を流す。
煌びやかな色彩の中、孤独な心を照らす明りは無い。


監督:フォン・シャオガン
原案:ウィリアム・シェイクスピア
アクション監督:ユエン・ウービン
音楽:タン・ドゥン
美術・衣装:ティム・イップ
<出演>
ワン:
チャン・ツィイー 
新帝リー:グォ・ヨウ 
皇太子ウールアン:ダニエル・ウー 
チンニー:ジョウ・シュン


息を呑む美しさと切なさと。
アジアの緻密な目線で作られた作品は、
映像にも心理描写にも細やかな気配りが為されている。
絵の様に流れるアクションシーンも
「HIRO」「LOVERS」からさらに進化し、
ワイヤーアクションも、より自然に感じられるようになった。
アクション監督は「マトリックス」「キル・ビル」ユエン・ウービン
物語はシェークスピアの名作「ハムレット」をベースに、
中国の宮中に渦巻く愛憎劇を切なく描き出す。
台詞の行間、絵のように美しいシーンのひとつひとつ。
登場人物たちの物言わぬ、いや「物言えぬ」表情や、
目の動き、視線の行く先・・・
そして画面いっぱいに溢れ出す色彩。
それらの全てが意味を持って私に訴えかけてくる。
こういった細部にまでこだわる描写は、
やはりアジアの映画の持つ長所なのではないかと思う。
誰が何を思い、誰を想い、何を信じ、何を疑い、
誰を裏切り、誰に真心を尽くしたのか。
映像の美しさの向こうに、深い愛が見える。
深い憎しみが見える。

物欲と色欲。
人はできることならどちらも手に入れたいと願う。
分相応のささやかな願いであれば、天も叶えてくれるかもしれない。
兄の命を代償に、その両方を手に入れたリー新皇帝
彼は全てに貪欲すぎた。そして両方に一途過ぎた。
欲望と陰謀の渦巻く宮中で育った彼は、ただ信じる相手、
ひたすら愛せる相手が欲しかったのかもしれない。
私がこの劇で心を打たれた登場人物は、
チャン・ツィイー演ずるワンでも無く
ジョウ・シュン演ずる無垢な愛の人・チン二ーでも無い。
なんと敵キャラ?グォ・ヨウ演じるこの新皇帝リーなのである。
実の兄の命を奪ってまで権力を手に入れ、
その妻ワンも手中にした新皇帝
始めはただワンの色香と肉体に欲望を抱いていたのだろうが、
次第にその愛は本物に変わっていく。
グォ・ヨウはその様を悲しいまでに表情に閉じ込め演じ、
ワンに全てを預けるようにして自らの命を閉じていくその様(さま)に
何故かひどく心を揺さぶられた。

ワンはその皇帝の心を知りながらも、
愛が永遠だと信じることが出来なかった。
自分の容姿がいつか衰える時、この愛が失われることを恐れた。
愛が無くなり権力の座を追われることを恐れたのか、
今は真実の中で燃え盛る愛が色を失ってしまうことを悲しんだのか、
ワンの心の中に隠されたものは誰にも分からない。

ワン皇帝の命を奪おうとする。
「何故だ、私はお前の心を暖めたではないか。」
「(あなたの愛が)熱くて火傷しそうだったの。」
皇帝が亡くなる前にワンと交わした会話は切なく、
そこには真実がある。

皇太子ウールアンワンの間にも複雑な愛がある。
ウールアンの父親の旧皇帝にその仲を引き裂かれて以来、
ワンには氷の仮面が張り付いた。
皇太子は面を被って舞踊劇を舞い続け、その心を閉じ込めた。
皇太子はワンの仮面の下の素顔を忘れてしまった。
ワンは皇太子の顔を仮面の下にずっと見ていたのに。
でも、愛を信じることを忘れた点では二人は同じ。
それは先代の王が二人に残した刻印だった。
だからこそチンニの無垢な愛はワンの心を逆なでる。
無欲で一途な愛はワンの世界から去ってしまっていたから。

100日間。
たった100日の間新皇帝は権力を手中にし、
ワンの心も我が物にしたと錯覚する。
100日間。
ワン皇帝の間に横たわっていたのは憎しみか、
憎しみと背中合わせの欲望だったのか。
ワンが皇帝の胸の中で流した涙は
いったい誰のためのものだったのか。

ウールアンワンの愛も真実から遠ざかり
迷路に彷徨ったまま枯れてしまう。
迷路の出口にはチンニーと言う名の純白の花がただ咲くだけ。

映像から溢れ出す色彩に負けぬ俳優たちの競演と美
チャン・ツィイー
の美貌とダニエル・ウーの美貌が火花を散らし、
チャン・ツィイーグォ・ヨウの物言わぬ演技が火花を散らす。
先にも書いたが、登場人物たちの多くを語らない台詞の行間が
役者の視線、手の動き、細かい息遣いにまで読み取れる。
言葉での余分な表現を省いた分、映像の持つ力が生かされる。
ワンウールアンが剣を交え、
憎しみと疑いと愛の混在した視線を交わすシーン、
ワン皇帝と共に過ごす最後の閨のシーンは、特に秀逸と思う。
韓国の作品とはまた一味違う中国の作品は、
色彩豊かな描写が、私好みであることが多い。

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女帝エンペラー
早川書房
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映画「女帝[エンペラー]」
オリジナル・サウンドトラック

タン・ドゥン, ジェーン・チャン,
ラン・ラン, ジョウ・ション, サントラ
ユニバーサルクラシック
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