ども。

新幹線の中です。

日帰りで、瀕死の猫(19歳)に会って来ました。

ええ。文字通り瀕死でした。

毛が多いのですぐにはわからないけど

触ったら、皮と骨!おいおい。

飯は食わないし、ろくに歩けないし、

絵に描いたような、瀕死でした。

もっと悲しいかなぁ、と思ってたんだけど、

実際、肉眼で見て、撫でたら、そうでもなく

美化なく誇張なく、等身大、リアルの「死」を

実感いたしました。

猫は19年間一回も病気をせず

今回も特別な病気でなく、まさに老衰。

生き物のあるべき形なんだ。

けどね。

うちのオヤジが悪趣味にも手作りカンオケを

もう既にこしらえてあって、

開けてみると、愛用の猫じゃらし二本。

それを見た途端、猫との思い出が恐ろしいほどのスピードで

脳内プレイバックされて、たまらなかった。



この涙は、猫の死を悼むものか

はたまた、猫と居たあの頃に

もう戻れないという現実からなのか

俺にはわかりません。

もしかしたら

俺は、まだ、過去を過去、と割り切れていないのかもしれません。

過去には戻れないことに

念を押された、そんな気もします。



心のすみに閉じ込めていた「懐古」が

ムズムズと動き出し、

2010年、あの頃赤ん坊だった猫が死ぬという現実を従えて

俺の心を押しつぶそうとします。

でも、

最期に会えて、ほんとによかった。

会えなかったら、「懐古」はもっと強大な力で

俺を叩きのめしていたことだろう。

猫は今日、今現在の猫自身の姿、

そしてリアルな死をきっちり見せてくれた。



抱き上げたら引っ掻くし

すぐ噛み付くし

ちっとも寄り添ってこない、可愛くない猫だったけど

最後の最期まで、俺に大切なことを教えてくれた。

俺の悲しみを減らしてくれた。

ありがとう。本当にありがとう。

19年間本当にありがとう。

少し時間かかるけど、別の世界でまた会いましょう。