「夏の休暇」   吉行淳之介 |   心のサプリ (絵のある生活) 

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画家KIYOTOの病的記録・備忘録ブログ
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   法師蝉が鳴く夏の休暇。
  一郎はいつものように隣の家とつらなる塀の上で遊んでいる。
  下では珍しく、父が白足袋をパンパン両手ではたいている。
  
   この父親は、一郎つまり吉行淳之介の父親のエイスケ=モダン詩人だと思うが、いつも家にもどらずにふらふらと放浪の旅にでては女と遊んでいたと思われる。
  父は早く逝ったが、その父の思い出ですね。

  「明日船に乗って大島につれてってやるぞ」そう父は言う。
  一郎は母親はどうするのかを聞くと、「お母さんは身体の具合が悪いから家に残るんだ」と言った。

  その三原山での出来事が書かれている。

  旅にでて汽船に乗っていると、すぐに若い女が船室に入ってくる。
  美人で、白の手袋をはめていたと描写がある。
  父は機嫌が良くなり、食堂へ行こうと三人ででかける。そこで、一郎は気分が悪くなり、父から怒られるのだが、理不尽に怒られるのはすでに一郎は慣れっこになっている。
  手足が冷たくなり、吐くと、急に父親が優しくなったのが不思議だった。

  小学六年生の一郎は、宿につくとその女性が別の宿にはいっていくのを見る。
  宿屋のおかみさんもずいぶんと綺麗だったが、父は「おくさん、お綺麗ですね」そうさらりとその若い女将に言う。
  よく見ると、父は美青年で友達の中でも一番若いことに気づく。
  (母親の吉行あぐりが18歳で、エイスケが19歳というから驚く。小説の中だけのことではないでしょうね)

  翌日。一郎がひとり起きると、父親はまだ寝ている。一郎は庭に出ると、潮の匂いと土の匂いにあたりは包まれ、大きなミミズがいた。一郎はズボンをおろして、おしっこをひっかけようとした。
  その時、後ろにあの若い女が立っていて、こう言った。

  「みみずにおしっこをかけるとおちんちんが腫れるというわ。やめた方がいいとおもうわ」
   「そんなことあるもんか。迷信だ」と一郎はこう然としてみみずにおしっこをかける。

  すると、若い女は「いちろうちゃんのおちんちん、ほんとうに不思議なくらいに可愛いわね」
  そう言って女はけたたましく、笑い始めた。一郎はその笑いがあまりにも長く続くので異様に感じた。

  三原山に三人で登ることになる。
  一郎だけが、馬に乗ると足かつかないので、ロバに乗った。
  父と若い女はどんどん先にいってしまう。森がひらけたところまでいくと、馬子が父と若い女を見つけたが、彼女は馬が暴れて松の幹に足をこすられて血を流して座っていた。
  父はその血をふいている。
  父が先にまた馬でひょいと行った後に、彼女は一郎にささやく。

 「一郎さんのママにね、あたしが怪我したってこと内緒よ。いいえ、あたしに会ったってことが内緒なのよ。言ってはいけないことなのよ、わかったわね」と言う。
  一郎は怪我をした彼女が可哀想と思うと同時に、そのことを母に伝えると母親も可哀想だと思い、素直に頷く。
  溶岩の出る火口に三人はラクダで近づく。
  記念写真屋が近づいてきたが、父が強く断る。
  硫黄の匂いが激しくして、足が勝手に動くような気持ちになり目眩をおこす一郎。
  父親が彼女の白い手首をしっかりつかんでいるところをふと垣間みて、驚く一郎。

  帰りは下り道なので馬を頼まずに三人はゆっくりと、山道を降りる。
  若い女と父が先に歩いているのを見ていると、彼女の背中に汗がしだいに沁みだして張り付いたようになっている。それを見ていると一郎は急に尿意をもよおす。
  樹々の蔭でおしっこをしながら、一郎はやっぱり彼女がいったことはほんとうだったと思いながら、いつもとは違う大きさに膨らんでいる自分のちんちんを眺めながら、いっそこのことを彼女に告げようと思う。
  が、心の奥底にそれはいっちゃあいけないよ、という声があり「みみずのせいではないんだぞ」とも言う。その声の正体はわからないが一郎は彼女にそのことをつげないことにした。

  翌日。船着き場で一郎と父と若い女性が三人スーツケーツを持って立っている。
  どうやら、父親は伊豆半島にいくらしいことがわかる。若い女性に一郎は一緒にいこうと誘うが女はたじろぐ。
  父が、「熱川にでも五日ほど行ってみるか」とぼつりと言って、女を見送った時に女の目の白いところがぴかりと光ることに気づく一郎。

 熱川で一郎は困惑する。家で塀の上で自由に遊んでいるほうがどんなに楽しかろう。父は好きだが、朝からごろごろと温泉地のここで昼寝をしたり、急に海に行って飛び込んだり父親の気持ちがしれない。
 そんな時の夕飯で、一郎が駄洒落をひとつ言うと、父が笑い出した。 
 一郎は得意になってどんどん駄洒落を言う。
 「鯛が出るとはありがタイ」そんな駄洒落で父は大笑いするのだ。一郎はこの遊びにしだいに嫌気がさしてきたが父はそのまま上機嫌である。
 
  三日後。
 光がぎらぎらとふりそぞくが海は荒れ模様だ。父は石英の粒が広がる砂浜に出て、一郎と一緒にサイダーを飲んだ後、ボートを借りて海に出た。
 一郎が怖がるのもきかずに、父親は着物を脱いで海に飛び込んだ。
 一郎はじっとしながらボートのなかで落ちつかない時間をもとあそんでいると、ボートの端に白い指がかかってボートがゆれた。
  あの若い女が髪の毛をビッタリ顔にはりつかせてボートにあがってきた。
 一郎は驚いて「オーイ」と父親を呼んだ。手に負えないことがおこったように感じたからである。

 「さわ子、どこから来たんだ」そう父が言ったので、一郎は若い女の名前をそこで初めて知る。
  「父は待っていたんだ」そう一郎は思った。
 「道を歩いていたらボートが見えて」そうさわ子さんは言い、ボートの中にはある不安のようなものが漂っていたが、次第にさわ子さんの顔がやわらかくなり、気が抜けたようになった。

  三人一緒に宿に近づくと、宿の窓から一斉にたくさんの首が出て三人を見回している。
  聞くと、海で人が溺れて死体があがらない、それで、きっと姿のない父が死んだんじゃないかという噂が流れたらしく皆心配していたとのこと。
  「みなさん心配をかけて申し訳ありませんでした」と父が窓の皆に言うと、そのひとりが、「死んだどころか綺麗なおねえさんがひとり増えてるよ」と言った。
  その時、いじめられた表情がさわ子さんの顔にとうりすぎていくのを一郎は見た。

 真夏ではあったが、真夜中の死体の捜索は困難をきわめ、村の青年達が皆裸で荒海に飛び込んでゆく。
 父はそれを見ていて興奮しはじめ、太い命綱が荒波にもまれていくのをじっと見つめている。
 「オレも探しにいってくる」そう叫ぶ、父にさわ子さんが飛びついて泣きながらやめてと言う。
 寒さのために、砂浜にはかがり火が焚かれ、青年達は「冒険」に皆陶酔しているようにも一郎には感じられた。
 翌日。まだまだ海は荒れていたが、父は「海水浴にいってくる」と一言いって、荒波の中に飛び込んで行く。
 さわ子さんは「まだあぶないものがいろいろ流れているからやめたほうがいい」と言うが父は黙って海に飛び込んだのだ。
 父はどこまでも沖にむかって進んで行く。
 「一郎さん、大丈夫かしら。どうしましょう」
 一郎が手首が痛いので気がつくと、さわ子さんがしっかりと一郎の手首をつかんでいるのだ。

 三角形に騒ぎ立てている波の合間に父親の小さな黒の一点が消えて行くのを見つめながら、一郎は、あと数十秒もすれば父があらわれてくると思うと同時に、激しい怯えが身体を突き抜くことを感じた。そして、不思議に甘い開放感のようなものが身体中にひろがっていくのも感じていた。