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CPU年表(CPUねんぴょう)という記事名であるが、実際のところほとんど全てがパーソナルコンピュータのCPUとして使われるマイクロプロセッサに関する年表である。そのため、CPU#マイクロプロセッサおよびマイクロプロセッサ#歴史のそれぞれの記事のそれぞれの節と、ほとんど全く被っている記述も多い。
目次
- 11970年代前半 マイクロプロセッサの登場
- 21970年代半ば-後半 パソコンの登場
- 31980年代前半 ワークステーション用32ビットプロセッサの登場
- 41980年代後半 RISC の登場
- 51990年代前半 64ビットRISC の登場
- 61990年代後半 クロック数競争
- 72000年代前半 クロック数競争の終焉とマルチコア時代の到来
- 82000年代後半 電力効率向上の流れ
- 92010年代前半 CPUのSoC化
- 10脚注
1970年代前半 マイクロプロセッサの登場
マイクロプロセッサ以前、コンピュータのcentral processing unit(CPU)は、多数の集積回路(IC)で実装されており、汎用ロジックICとカスタム設計のICが必要に応じて使われていた。1970年代に入ると、LSIと呼ばれるような大規模なICによって、4ビット程度のプロセッサであれば1つのLSIに実装できるようになりマイクロプロセッサが登場した。背景には、1960年代後半に日本で起こった電卓戦争と呼ばれる開発競争と爆発的に拡大した市場による需要があった。電卓戦争の中で4004が誕生した。一方で、この時代には既にメインフレーム(例えばSystem/360)は32ビット、ミニコンピュータ(たとえばPDP-11)でも16ビットであり、また当時のLSIに使われたMOSのテクノロジでは動作速度も遅かったことから、コンピュータのメインストリームにマイクロプロセッサの存在が影響を与え始めたのは、もっと後である。
- 1970年 Garrett AiResearch、Garrett CADCを開発。
- F-14戦闘機専用に開発され、市場には出回らなかった。
- 1971年11月 4004 発表。4ビット
- 世界初の商用マイクロプロセッサ
- (これら以外にも、いくつかのLSIが「最初期のマイクロプロセッサ的なもの」として知られている。詳細はマイクロプロセッサ#最初のマイクロプロセッサを参照)
- 1971年 テキサス・インスツルメンツ TMS1050 出荷
- 電卓用。いわゆるオールインワンタイプを指向した、マイクロコントローラ(ワンチップマイコン)的なLSIの最初(ないし最初期のもののひとつ)。日本の電卓戦争に価格破壊をもたらした。
- 1972年4月 8008発表。8ビット
- 高機能端末Datapoint 2200用に設計されたが性能が不足し採用されなかった。後継の8080はx86の前史となった。
- 1973年 ナショナル・セミコンダクタ IMP-16
- 最初の16ビットプロセッサとされる。
1970年代半ば-後半 パソコンの登場
1970年代半ば頃からパーソナルコンピュータ(パソコン)で広く採用されたCPUが相次いで登場した。8ビットパソコンは、アメリカでは1970年代半ばから、日本では1970年代末から本格的に登場した(パーソナルコンピュータ史を参照)。
- 1974年4月 インテル 8080 発表
- コンピュータ用途を意識した 8ビットCPU。従来のCPUは制御装置など組み込み用途を意識していた。
- 1974年 モトローラ 6800
- 8ビットCPU。モトローラ初のマイクロプロセッサ。日立の 8ビットパソコンで採用された。
- 1975年 モステクノロジー 6502 発表。1976年出荷。
- 8ビットCPU。モトローラ 6800 の派生CPU。アップルの パソコン Apple II で採用された。また、6502の派生型CPUが任天堂ファミリーコンピュータ(ファミコン)で使用された。
- 1976年6月 テキサス・インスツルメンツ TMS9900
- 初期の代表的な16ビットCPUとされる。但し、複数電圧が必要、クロックの供給方法が特殊(4相)という、ハードウェア的に使いづらい所はあった。
- 1976年7月 ザイログ Z80 発表。
- インテル 8080互換の 8ビットCPU。命令体系の拡張、5V単一電源で動作など、8080よりは格段に使いやすかった。シャープのMZシリーズや NEC のPC-8000シリーズ、PC-8800シリーズなど、日本の代表的な 8ビットパソコンで採用された。また、家電製品のCPUとしても大量に使用された8ビットCPUの傑作でもある。とても多くの派生品がある。
- 1978年6月 インテル 8086発表
- 1979年5月 インテル 8088発表
- 1979年 モトローラ 6809
1980年代前半 ワークステーション用32ビットプロセッサの登場
パソコン分野ではまだ黎明時代から8ビットパソコンの全盛時代にあたるが、CPUの分野では一足先に32ビットCPUが登場する。32ビットCPUはワークステーションなど業務用に使用され、1990年代に入るとパソコンでも本格的に使用されるようになった。
- 1979年 モトローラ 68000
- 1980年代 NEC、米ハリス、AMDなどのCPUメーカーがセカンドソースでインテル互換CPUを生産
- 1982年3月 インテル 80286 発表。
- 16ビットCPU。1980年代後半-1990年代初頭のパソコンの代表的なCPUとなった。メモリ空間を16MBに拡大した。
- 1984年 モトローラ MC68020
- 外部バスも32ビット化した本格的な 32ビットCPU。業務用ワークステーションやMacintoshで採用された。
- 1985年10月 インテル DRAM事業から撤退
1980年代後半 RISC の登場
CPUの開発が進むにつれて、従来のCISCと呼ばれる仕組みに代わってRISCと呼ばれる仕組みを用いることで性能向上を図ろうとする考え方が生まれた。RISC CPUの研究は1980年代前半に進み、1980年代後半になるとミップス・テクノロジーズ (MIPS)、サン・マイクロシステムズなどからRISC方式を採用したCPUが相次いで発表された。しかし、まったく新しいCPUは従来のソフト資産を継承しにくいという弱点を抱えていた。
従来のCPUの互換性を保ちつつ RISC技術も取り入れていく折衷のインテルと、過去のしがらみを断ち切りゼロから作り直した革新の新興RISC CPUメーカーの攻防の行方は、パソコン分野についてはソフト資産重視のインテルに、業務用ワークステーション分野については、RISC CPUメーカーに軍配が上がった。RISC CPUはその後、サーバや組み込みCPUの分野で広く浸透した。
- 1985年10月 インテル 80386 発表
- 32ビットCPU。1990年代前半のパソコンの代表的なCPUとなった。
- 1985年 386ライセンス訴訟
- 1986年 MIPS R2000
- ほぼ最初の商用 32ビットRISC CPU。DECやシリコングラフィックスのワークステーションで採用された。MIPSはその後、いったんシリコングラフィックスに買収されCPUの開発を続けた。
- 1986年 エイコーン・コンピュータ ARM2を開発
- 32ビット RISC CPU。Acorn Archimedesに搭載された。6502の発展として設計されCISCとしての特徴も併せ持つ。低消費電力に注力したARMアーキテクチャは後にGSM携帯電話やアップル・ニュートンに採用され組み込みCPUとして圧倒的なシェアを誇る。
- 1986年10月 ヒューレット・パッカード (HP) PA-RISC
- 32ビットRISC CPU。HP のワークステーションで採用された。
- 1987年 モトローラ MC68030
- 1987年 サン・マイクロシステムズ SPARC 出荷
- 32ビットRISC CPU。サン・マイクロシステムズのワークステーションで採用された。
- 1988年 MIPS R3000
- 1988年 テキサス・インスツルメンツ TMS320C30
- デジタルシグナルプロセッサ (DSP) で有名なチップ。→ NS320xx
- 1989年4月 インテル i486