マハーヴィーラ【六氏外道七氏仏道地獄豚天狗道】 

 

尊称・異称

本名である「ヴァルダマーナ」は出家以前の名で、原義は「栄える者」である。ヴァルダマーナは、原始仏典では「ニガンタ・ナータプッタ」(nigaNTha nātaputta, निगण्ढ नात、漢:尼乾陀若提子)というが、それはナータ族の出身者で、古くからの宗教上の一派ニガンタ派[3]で修行したため称されたものである。彼は、従来のバラモンの教えに満足できずニガンタ派の教義からジャイナ教を確立し、以来「マハーヴィーラ」(「偉大な勇者」)の尊称で広く知られた。

ニガンタ派は、ジャイナ教の伝説によればマハーヴィーラ生誕250年前の人と伝承されるパーサ(パールシュヴァ)が開いた宗派とされる。伝説では、マハーヴィーラ以前に23人の祖師「ティッタンカラ」(ティールタンカラ[13]がいたとしており、パーサはその23代目、マハーヴィーラ(ヴァルダマーナ)は24代目とされる。パーサはニガンタ派を率いた歴史上の人物と考えられ、その意味でマハーヴィーラは改革者であり、宣伝者でもあった。彼の改革後も「ニガンタ派」の名は用いられ、漢訳仏典においてジャイナ教徒は「尼乾子」(にげんし)と呼称される。ジャイナ教では、自分たちを過去二十四聖ことに最後の七聖の教えを受けつぐものと称し、これらの聖人を「ジナ」(勝利者、征服者、漢:耆那)と呼んだ。ジャイナ教の名はこれより起こる。

なお、彼の尊称・異称としては、以上述べたほかに「アリハンタ」(敵を倒した者)、「アルハット」(修行完成にふさわしい人)がある。

23人のティッタンカラ

カルナータカ州に所在するシュラヴァナ・ベルゴーラ遺跡に立つ第2代祖師ゴーマテーシュヴァラ(en)の像(高さ17.5メートル、10世紀、世界最大級の立像)

ジャイナ教では、マハーヴィーラに先だって23人の祖師(ティッタンカラ)がいたとされるが、その最初にあたる「第1の師」アーディーシュヴァラは、カイラーサ山で涅槃に達する前、はじめは王子として、次には苦行者として10億年生きたとされ、他のティッタンカラの生涯もそれぞれ概ね同様の伝説を有している。だれもが王子として生まれるが、現世を捨てて宗教的共同体を創っていく。「第23の師」パーサは歴史上の人物であることが認められており、ベナレスの王の子息であったとされるが、30歳で出家し、全能の力を獲得して8つのコミュニティを創りあげた後、100歳で山中に没したと伝承される。今日でもパーサはジャイナ教の神話信仰のなかで独自の位置にある[4]

なお、カルナータカ州に所在するジャイナ教の遺跡シュラヴァナ・ベルゴーラには「第2の師」ゴーマテーシュヴァラの巨大な丸彫立像があり、ジャイナ教美術史上重要なものとなっている[14]

マハーヴィーラの思想

バラモン教批判

バラモン教では、人びとは4つの階級に分けられ、最上位のバラモン(司祭者階級)のみが神々と交わることができるとされていた。バラモン教は、司祭者階級による神々への供儀を中心とする祭式宗教だった。これに反旗を翻したのがブッダやマハーヴィーラらの自由思想家たちであった。マハーヴィーラはカースト制度を否定するとともに、多数の動物を殺して神々への生贄とする供儀を厳しく批判した。また、彼はバラモンが抽象的にしか示さなかった(カルマ)の過程を生き生きとしたかたちで定義しなおした[15]

多元的実在論

ジャイナ教徒の瞑想

マハーヴィーラの形而上学は、世界ないし宇宙を「生命」(霊魂、ジーヴァ)と「非生命」(非霊魂、アジーヴァ)とに分類して多元的実在論を展開したところにその特色があった。教義によれば、宇宙は、霊魂、運動の条件、静止の条件、虚空、物質の5つの実在体から構成される。霊魂は、ジャイナ教においては6種とされており、(土)・(空気)・植物動物を「六生類」と総称し、通常、生物とされる範囲よりはるかに広い範囲を「生命」とみなす点を大きな特徴としている[16]。その一方で、宇宙を世界と非世界に区分する分類もあり、その場合、非世界には虚空があるのみとした。

このようなマハーヴィーラの立場は無神論に属しており[17]、宇宙創造神や絶対の原理を否定する点でも仏教とのあいだに共通点がある。また、彼によれば、物質は原子からなり下降性があるのに対し、霊魂には上昇性があるとしている。

輪廻と業

霊魂(六生類)は、生じることもなく滅することもなく、永劫に輪廻の生存を繰り返し、本来は定まった形のないものだと把握される。輪廻は、汚れたものであるが霊魂に流れ込むことによって起こる。業とは、身・口・意によってなした行為のことであり、それによって微細な物質が霊魂に流れ込んで輪廻の生存が繰り返されるのである。したがって、すでに流れ込んでしまった前世からの古い業を苦行によって滅ぼし、新しい業が流れ込まないようにすることができれば輪廻は終わり、解脱へと至る。

業とくに悪業には物理的な重さがあり、悪業を多く含んだ霊魂は、繋縛(けばく)を受けて霊魂が本来もつ上昇性が妨げられ、地獄・畜生・人間・神々の4つの世界の境をさまよう。悪業のはなはだしい場合はしたがって、死後、地獄へ堕ちる。解脱した霊魂には繋縛がなく、上昇性は妨げられない。善行や誓いを守った生活を送ることによってこの上昇性を解放すると、霊魂は世界の頂上にたどり着いて平安の境地たる極楽世界に達することができる。

五戒

マハーヴィーラは、パーサの「四戒」[18]

  1. 不殺生アヒンサー
  2. 真実語(不妄語、サティヤ
  3. 不盗(不与得、アスティーヤ
  4. 不淫ブラフマチャリヤ
  5. 無所有(不所得、アパリグラハ

の5つの誓戒(「五戒」)に改め、これに懺悔をともなわせてニガンタ派の教説を改良した。

ジャイナ教の「五戒」には出家した者(ヤティ)が守る五大誓戒と在家信者(男性:シュラーヴァカ、女性:シュラーヴィカー)が守るべき五小誓戒があるが、項目上は同じである。仏教五戒とも多く重複しているが、ブッダが中道を説くのに対しマハーヴィーラは苦行主義に立つ。

不淫については、出家者は性的関係をいっさい結ばないことであるが、在家においては以外の男性以外の女性と性的に交わらないことを意味しており、無所有については、出家者とくに空衣派[19]では一糸まとわないことを意味するが、在家信者の場合は自ら設定した限度以上に得た財貨の全額を教団に寄付すべきであるという意味になっている。

マハーヴィーラは、「生きものが生きものによって傷つけられる」苦悩の生活について深く思慮し、苦の原因であるカルマ(業)を除去することによって、汚れのない本性的な自己を回復するため、自ら厳しい禁欲主義を実践した。倫理的な生活によって汚れから心のあり方を守るべきことを説く点では仏教と同じ傾向を示すが、ジャイナ教ではそれ以上に厳格な実践が求められる。とくに「不殺生」と「無所有」の実践は重視される。