戦争を愛してやまない人々が実在します。そしてその数はけっして少なくありません。かれらは、そんな自分を愛国者として位置づけることによって、狂暴なけだものなどではないことを示そうとします。また、かれらの主張に与しない人々を腰抜けとか女々しいとかの表現を用いて避難します。

けれども、そういうかれらは本当に雄々しい存在なのでしょうか。気骨にあふれた勇ましい人間なのでしょうか。単に動物的な闘争本能を抑制できないだけの意志薄弱な弱虫にすぎないのではないでしょうか。戦争という劇的な状況のもとでおのれの命を棄てることばかり考え、その行為を美学と捉えたがるのは、幼稚なナルシシズム以外の何物でもありません。

そんな漫画的な自己陶酔を本気で求めるなんて、また、そのために絶対服従が原則というような異様な世界に自ら進んで身を投じるなんて、マゾヒズムの最たるものです。もしくは、マゾヒズムの裏返しとしてのサディズムにほかなりません。これでは正常な精神状態とはとても言えないのです。女々しいのはいったいどちらなのでしょうか。

また、どこの国も異口同音に唱えるのは、防衛のための軍隊というきれい事の言い訳です。そうやって国民を欺きながら、少しずつ確実に専守防衛の形を崩してゆき、軍備を増強し、そして最終的には防衛のための先制攻撃という亡国に直結する答えをあっさりと出してしまうのです。